第9話 勇者選定の儀 

 神聖国にあると言う勇者神殿に行き、聖剣を抜かないことには勇者と認められない。

 これが世に言う勇者選定の儀で、神聖な儀式であるため、神殿の中には勇者候補者しか入れないが、神官であるマグナレンさんはすぐ外で待つらしい。

 もし偽勇者であると判明すれば、直ちに処罰されてしまうだろう。

 神殿までの道のりを北上しながら、昨晩のことを思い出す。


 あの後、夜になっても自宅の寮にいないことを知ったセリア達は貴族の情報網を使い、僕が学園都市の協会に囚われていることを知った。

 あのままじゃ一生教会の中で、過ごす羽目になっていたのを勇者選定の儀に参加することを条件に、解放することに成功したらしい。。

 四英雄の貴族達はこの国で最上位の権力を持っているらしく、勇者協会といえど無視できないみたいだ。


「ねぇ。これはいったいどういうことかな?」

「だって、前約束したじゃん。クエストに連れてってくれるって!」

 僕の疑問に前に乗っていたテレーゼがにこやかに応える。

 勇者選定の旅に彼女達もついてきてしまったのだ。

 もちろん助けてくれたことには感謝しているけれど。


 その結果、勇者選定の儀までの道中は神官と二人のみと決められているのに、今回ばかりは違っていた。

 数にして百人単位だろうか。戦に向かわんとする雰囲気を醸し出した騎士たちが隊列を組んでいた。この騎士たちは一人一人が貴族お抱えの騎士たちで、レベルも全員60を超えている猛者たちだ。

 神馬に乗るケイトたちの周囲を囲うように陣形が組まれ、仰々しくあたりを警戒し行進している。

 まるで、貴族の護衛のようだ。いや。貴族の護衛でもここまではいかない。それほど、今回の勇者選定の儀は異彩を放っていた。


 その中心で神馬に乗ったセリア達は上機嫌に笑っている。

「この人たちはどうしたの?」

 僕は周りの騎士たちを見ながら、神馬の前方に座っていたテレーゼに話しかけた。

 テレーゼは元気よくこちらに顔を向けた話し始めた。


「パパにお願いして行きたいと言ったらこういう事になったの!」

 テレーゼは、どうだすごいだろう!っと言わんばかりに、胸を張って言った。

 彼女の親はどう勘違いしたのか神聖国にに行くならと、護衛を百人単位で用意したらしい。

 確かに危ないんだけど。しかし、それにしてもこの人の数はちょっと過保護すぎないか?


「これで、ちぇんちぇーがゆうしゃになるところがみられるね」

 クレアもどこかワクワクした声で話しかけてくる。


「でも、二人旅のきまりは大丈夫なのかな」

 今回は大人数になってしまったけれど、そこのところどうなっているのだろうか。

 その問いに答えたのは、意外にもメイド服を着たロマナだった。


「大丈夫です。我々はたまたま・・・・先生と同じ時間に・・・・・に森に入ってモンスターを退治するだけですから」

 ロマナは飄々とした態度で、周りにも聞こえるような声で言う。

 その声は反論を許さないというひびきが含まれていた。


「この騎士団の中には、モンスターと戦ったり、薬草を採取するために森の奥に入る為、神殿の近くに行くことになるかも知れません。そして、その際勇者様の誕生を見ることなったとしても、まったくの偶然・・・・・・・です」

 ロマナはそう言うと、彼女達はうんうんと頷いた。

 うわ、屁理屈だ。

 しかもこれだけの人を集めるとか、貴族の権力フルに活用しているし。


 僕はちらりとマグナレンさんの姿を盗み見る。

 そこには、案の定ものすごい不気味な表情になっているマグナレンさんがいた。

 まだ気持ちの整理がつかないのか、ただでさえ青白い顔がさらに白くなり、表情をコロコロ変えて、百面相をしている。

 二人旅のきまりを破らされた怒りか、勇者を発見したことで得られる栄達に対する喜びか。

 気持ちはわかるが、自分から声をかける気はなかった。


 マグナレンさんは相手が貴族、それも四英雄の子供達だから強く言えないこともあるようで、こめかみあたりをグリグリと指で押し当てている。


「……では護衛はお願いしますね」

 マグネレンさんはしゃくれた声で言うと、集団の先頭に行ってしまった。

 

「よーし。それじゃ先生が勇者になるところを見に行こう!」

『おー!』

 子供たちは元気よく声をあげた。



 神聖国の神殿に着くまで一週間かかってしまった。

 そこから教会本部の枢機卿に促されるがままに挨拶をしていき、あれよあれよというまに、神殿への挑戦を受ける羽目になった。

 そこは、歴史の流れを感じさせるような建物だった。

 元は白かったのだろう。苔とシミだらけになった壁は、無残にも所々に穴があき、等間隔に並べられている柱は何本かは倒れ、中央のドーム状の建物は天井が朽ち果てている。

 この廃墟のような神殿こそ、神聖国に数千年も前から存在する勇者の神殿。

 帝国の人工迷宮。王国の海中庭園に続き、世界の三大遺産の一つなのだが数千年の間に経年劣化が進み、今では無残な惨状になってしまっている。

 神聖国最大級の建造物のはずなのに、誰も直そうと思わなかったのだろうか?


「なんか、ぼろっちぃね」

 僕があっけにとられていると、テレーゼが歯に布着せぬことを言ってのけた。

 同じことを思ったが、さらに子供は残酷だった。

 その言葉にマグナレンさんがぐるりと首を回し反応した。


「のほほほ。我々も修繕をしようと試みましたが、なぜが不思議なことに直した箇所からまた崩れていってしまうのです」

 マグナレンさんは、見えない何かを天に掲げるように両手を突き出した。

 その姿は、どこかお祈りのようにも見える。

 

「これは神が定めた真理! その定めからは決して逃れられないのです」

 マグナレンさんが高らかと宣言する。

 あまりのテンションの高さに若干引いた。

  

 それにしても何か特別な呪いがかかっているのかもしてない。

 でもこれじゃ中の聖剣もボロボロになってしまうんじゃないだろうか。

「それじゃ勇者様。ここからはお一人で聖剣を抜いてきてください」

「あ、はい」

 僕は神馬から降りると、神殿の方に足を向ける。

 ここからは一人か。


 ……さてどうやって逃げ出すか。

 そう僕は勇者選定の儀に参加するつもりは全くなかった。

 殺させると分かっていて、どうして行かねばならんのか。

 セリア達のことはちょっと辛いけれど、命には変えられない。

 このまま他国に逃げてしまおう。

 壁が壊れているから、建物の反対側から逃げるのもありかもしれない。

 はたまた死角になっている窓から逃げ出すか迷いどころだな。

 僕が色々思考を巡らせていた時。マグナレンさんが声をかけてきた。

 

「それでは頑張ってください。私は試練が終わるまで、逃げてしまわないよう結界を張っておきますゆえ」

「え?」

 結界?


「はい。これも決まりごとでして、偽物が逃げ出さないようにするための処置です。本物を手に入れてくれば問題ありませんのでご安心ください」

 お、終わったぁぁぁ!

 そりゃそうだよね。僕が考えることなんて、一度はみんなやっているよね。


 ああーもうダメだ!!

 そんなの聞いてないよ!!

 パニクる僕とは裏腹にマグナレンさんは続けて口を開いた。


「あ、あとこれをお持ちください」

 マグナレンさんに渡されたのは、何かと思ったら剣の鞘だった。

 純白に金の幾何学的な紋章が施されており、鯉口にも金で紋章が装飾されている。下紐には複雑な模様が描かれており、どこか鞘全体も輝いて見える。一眼見ただけで分かった。これは高いだ。


「霊鞘、白毫。と言います。入れた剣によって大きさを変える能力があります」 

 先ほどのショックが未だ残っている僕をよそに、マグナレンさんが説明を始めた。


「協会に伝わる一品でして、これくらいの鞘でなければ、聖剣にふさわしくありませんからな」

 協会に伝わる一品なら、どれくらいの価値があるのだろうか。

 そんなものをポンと渡すのだから、教会は本気なのだろう。

 ああ僕の命もここまでかぁ。


「ここから扉から入ってまっすぐ行けば、聖剣が祀られている台座にたどり着きます」

「ありがとうございます」

 なんとか言葉を返すと、震える手で扉を開けた。

 中はやはり天井が崩れているのか、うっすらと太陽の光が差し込んでいる。

 普段なら幻想的な空間も、今の僕には淀んで見える。

「これなら、松明等も必要なさそうですな」

 後ろで、準備していたマグナレンさんはそう言うと、持っていた松明を引っ込めた。


「ケイトンさっさと帰ってきて狩りに行こうね」

「先生。ファイトです」

「ちぇんちぇいがんばってねー」

「お早いお帰りをお持ちしております」

 背中から子供達の声が聞こえる。

 それに僕はどうにか後ろ手で返すと、震える足で神殿の中に入って行った。




 神殿の中は不思議な空間だった。

 天井が抜け落ち辺りに植物が生えている光景は、部屋というより森の中を歩いているような感覚に陥った。

 天井から差し込む光が、またいい味を出している。

 なんというか、映画の中に入り込んでしまったような感覚だ。

 

 やけになった僕は、こうなったら聖剣を抜くしかない。と考えた。

 よく考えれば、一応僕も異世界からきたわけだし、聖剣を扱えてもおかしくない。

 とにかく、聖剣を見つけないことには始まらない。

 マグナレンさんの話では、まっすぐ行けばいいはずだったのだけど。

 時間にして30分くらい歩いているはずなのに一向に聖剣までたどり着けない。

 なんで! 外から見た感じだと大きといっても、そんな距離があるわけじゃなかったぞ。

 魔法か何かで空間を捻じ曲げているのだろうか?


「こうなったら、とことんやってやる!」

 苔だらけの廊下をさらに進むと、やっと大部屋にたどり着いた。

 どうやらここが建物の中心のようだ。


「おおー」

 中を見るとそこには、こうごうと輝く一本の剣が台座に突き刺さっていた。

 あれが聖剣なのだろう。

 クレイモアと呼ばれる種類だろうか。大ぶりで肉厚な大剣は無駄な装飾はなく、纏う雰囲気が今まで見たどの剣よりも神聖な感じが漂っている。


 台座の周りには、どうにかして聖剣の台座を壊そうとしていたのか、大量の剣やハンマーとうが所狭しと散らばっていた。

 前の勇者候補のものだろう。おそらく聖剣が抜けなくて焦って台座を壊そうとしたに違いない。

 しかし、剣を含め台座には傷ひとつ付いていなかった。


「よし」

 僕は意を決して台座の方に向かった。

 イメージはそのまま上にあげること。

 力ではなくスポっと抜けることを想像する。

 もしかしたら、他の挑戦者の力で緩んでいる可能性もあるし。


「おりゃーー」

 掛け声ひとつ僕は聖剣のつかに手をかけると上に思いっきり引っ張った。

 思わず手に力がこもる。10秒近くそのままの姿勢で剣を抜こうとしたが、聖剣はビクともしなかった。

 本当の勇者ならここで、簡単に抜けるはず。

 なのに抜けないと言うことは……。


「やっぱり僕は勇者じゃなかった」

 僕から発せられた声は、思いのほか大きく聞こえた。

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