第8話 勇者教会
勇者教会。
サントレア神聖国が信仰している世界最大の宗教だ。
各国に支部が置かれ、世界中で数千万人の信徒がいる。
この世界の人口がどれほどなものかは分からないが、なんでも王都の三人に一人は勇者信徒だというのだから笑えない。
特に魔王を討伐した初代勇者の功績は凄まじく、数千年のうちに神格化され、今では神様と同等の扱いを受けるという。
その逸話は、今では劇場から絵本に至るまで様々な形で現代に伝わっている。
以後何人もの勇者が召喚されたが、それはその時代に何か重要な事が起こるという事だ。
例えば、王の圧政であったり、大陸全土にはびこった疫病であったり、はたまた天災と言われたドラゴンであったりする。
しかし召喚された勇者といえど、初めは弱い事がほとんどで暗殺やモンスターとの戦闘で死んでしまう事が多い。
そのため毎回、異世界から勇者が召喚されると教会が保護をしているのだいう。
「お分かりいただけませしたか? 勇者様?」
「はぁ」
目の前の勇者協会の大司祭。コルソンさんは仰々しく僕に説明してくれた。
本当はもっと長たらしく、回りくどい説明だったのだか要略するとそんな感じだった。
あの後、黒い袋に入れられた僕は、街の一番大きい教会で解放された。
しかしそこは教会というにはあまりにも場違いなところだった。
全体的に白を思わせる壁に所々に装飾が施されている柱。解放的な教会内の通路には様々な絵画が並べられ、天井には見たこともないシャンデリア。床には赤い絨毯を敷かれ、机の上には美味しそうな料理が数々並べられている。
チャペルにある申し訳なさそうな十字架がなければ、到底教会とは思わないだろう。
このように、僕は一冒険者とは思えない待遇を受けていた。
保護にする気があるならこんな運び方するなよっと思ったが、
なんでも勇者が召喚された時に担当する司祭はのちの歴史に名を残す名誉が与えられるとか。
そりゃ教会からの使者が多いはずだ。
「ささ。料理が冷めてしまいます。どうぞお座りください」
コルソンさんがそういうと、後ろに控えていたマグナレンさんが椅子を引いてくれた。
僕は渋々席につくが、なんだか食欲が湧いてこない。
そんな僕をよそにコルソンさんは上機嫌にその大きな体を揺らし喋り始める。
「なにぶん勇者様を狙う者共は多くいますからね。保護する事ができて幸いです」
「は、はぁ」
保護というより無理やり感がすごかったけれども。
それよりこの状況に頭がついていかなかった。
とりあえず、目の前にあるスープに口をつける。
あ、美味しい。
「すぐに見つかってよかった。まさか神馬様を従えてくるとは、あなた様は歴代の勇者様よりも特別な存在かも知れませんな」
「い、いえいえ。そんなことは」
なんか変な人にあったと思ったら、今度はすごい偉そうなおじさんに会う羽目になった。
これはますます、偽物だといいづらい雰囲気になってきた。
そんな僕の心の中を知っては知らずかこんなことを言う。
「中には勇者様の偽物と偽って登場する輩もいるのですよ」
「っ! 勇者の偽物ですか!」
思わず食べていたのもは吐き出しかけた。
僕が勇者じゃないとバレてしまったのかもと思った。
でもそんな人がいるのか、ぜひ変わってほしい。
これはチャンスかもしれない! 場合によっては正体を明かしてしまうのもありなのでは。
意を決して僕が勇者じゃないと言おうとした時。
「あの実は……」
「全くもってけしからんですなっ!!」
コルソンさんは持っていたグラスをどんとテーブルに叩きつけると興奮した様子で、まくし立てていう。
その剣幕は、目は血走り息は荒く身体中で興奮を表すように体を揺らしていた。
「神聖な神の化身たる勇者をなんと心得るか! 神のご威光にすがろうとする蛾の分際で身の程を知れ愚か者どもが!!」
僕はあまりの剣幕に言葉を失ってしまった。
僕を拉致ったマグナレンさんもやばかったけれど、この人も相当やばい人かもしれない。
フーッフーッと未だ興奮冷めやらぬ感じでいる、コルソンさんは僕に向かっていう。
「すみません興奮してしまって。ですが、我々も本物の勇者様が見つかってホッとしている所です」
「あ、あのーちなみに僕が勇者の偽物だとどうなってしまうのですか?」
「そうですなー」
少し冷静になったコルソンさんは持っていたワイングラスをテーブルにおくと、顎をさすりながら語り始めた。
「ある者は拷問の末串刺しの刑。ある者は家族郎等皆殺し。またある者は毒物の人体実験など様々な方法で処理されてきました。それに当てはめると、それらに準ずる刑が執行されることでしょうな」
あなた様はそんなことはあり得ませんでしょうがね。ガハハと笑うコルソンさんに僕は「あははは」と愛想笑いを返すことしかできなかった。
怖い! 怖すぎる勇者教会!!
なんでこんなことになってんの! 俺はただ安全に異世界ライフを満喫したかっただけなのに!!
勇者なんて称号いらないよ。
心の中で悶々としていると、コルソンさんはさらに追い打ちをかけてくる。
「まったくあなた様に会うまで、これまで何人の偽物を処刑してきたことか。毎年毎年、数十人もの偽物が報告されていて困っているのです。万が一にも勇者様になる事ができれば、それは神にも等しい地位を手にする事ができるわけですから」
そんな僕の心情とは裏腹にコルソンさんの話は続く。
聞けば聞くほど手に持ったスプーンが震えてくる。
しかし、それほど勇者になりたい人がいるのか。
そりゃこの世界の人ならば、勇者と偽ってでもなりたいものなのかもしれないけど。
「それで勇者様、実は折り入ってお願いしたい事があるのですが」
「な、なんでしょうか」
僕は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
これ以上何をやれっていうんだ。
「初代勇者の聖剣が収められていると言われる神殿に行って聖剣をとって来て欲しいのです」
「聖剣ですか?」
コルソンさんは仰々しく頷く。
その眼差しは先ほどとはまた違った緊張感をうかがわせるものだった。
思わず僕の声が裏返ってしまう。
「はい。これも面倒な決まりであるのですが、それをしないことには真の勇者と認められないのです。なにぶん偽物が多いものですから、勇者選定の儀だと思ってくれて構いません」
コルソンさんはワインを一気に駆け込むと、そのまま上機嫌にいう。
「偽物には
ちょっと待った!
そんなもの僕には絶対抜けるはずないじゃないか!!
コルソンさんにちらりと目線を外しながら、恐る恐る聞く。
「……ちなみに、聖剣はいらないなんてことは」
「とんでもない! 勇者といったら伝説の聖剣がセットになっているものです。もし聖剣を所有していなかった場合、勇者の資格を失われ投獄さえれてもおかしくありません!!」
コルソンさんの嵐のような罵声が響き渡った。
その声は大聖堂のステンドグラスを揺らし、煉瓦造りの壁を壊さんばかりの大声だ。
「そんな事態になれば、私たちも相応の対応を足らざる終えませんな」
そばに控えていたマグナレンさんも静かな口調でそういった。それは心の底から響き渡るような声で、あまりの雰囲気に思わず心臓が止まるかと思った。
「あ、あははは。冗談ですよ。お、お任せください。そんなもの僕が簡単にとって来て差し上げますよ」
「くわははは。冗談とは勇者様も人が悪い。しかし、やはり本物は言う事が違いますな」
あんな話聞いた後に、行かないなんて言えるわけないだろう!
ああ、
僕が勇者じゃないことはバラせないのに、いつバレてもおかしくない状況が続いて行く!。
内心汗だくの僕にコルソンさんは、さらに追い討ちをかけてくる。
「教会からはマグナレンを同行させませしょう。これでもコレは優秀な魔術師でしてな。過去に数々の偽勇者を葬ってきた達人です。きっと道中、力になってくれるでしょう」
やばいって。
これ聖剣抜けなかったら、そのまま殺されてしまうパターンじゃないか。
やばい人だと思ってたけど、やっぱりやばい人だったぁ。
僕の心臓はすでに限界だった。
もう逃げ出したい。
そんな気持ちを知らずコルソンさんは食事を再開する。
「いやー、これでこの世界も安泰ですな!」
「あははっは。そうですねー」
それ以来口にした料理は美味しはずなのに、まったく味が全くしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます