第7話 高まる名声
カーマインとソフィアが命懸けの逃走劇を繰り広げている頃。
ケイト達といったら……。
「先生出てきてください」
「嫌だ! 絶対に出ない!」
絶賛引きこもり中だった。
「ちぇんちぇーおそとでよ」
「ケイトンまだ部屋にこもってたんだ」
学園都市に帰ってまる三日。
神馬を従えて帰って来たケイト達は一躍有名になり、寮の前は一目見たいという多くの人々で埋め尽くされていた。
伝説の勇者の誕生はたちまち周辺諸国にまで広がり、もう収拾のつかないところまで来ていた。
ケイト達を囲おうとする人々は大勢いたが、ケイトはその全て断っていた。
勧誘してくるほとんどが世界有数の冒険者のパーティーや、勇者信仰がある協会の大司祭。挙げ句の果てには、近隣諸国の王族の使いまでやって来ていたのだ。
そもそも、あの一件はたまたま神馬が友好的な関係であった上に、偶然自分が異世界から来た
そんな事情があるわけだが、他からみると『勇者は何か理由があって正体を隠している』と捉えられて、ミステリアスな噂はより一層評価が上がる原因になっていた。
「そういえば、しんばさまはどうしたの?」
クレアが扉の向こうでに素朴な疑問を呟いていた。
「あの方なら寮の厩舎にいらっしゃるとの事です」
その質問にロマナが淡々と答えを返す。
そう、神馬はあろうことか、しばらくの間僕が世話をする羽目になった。
勇者なのだからその相棒と寝食を共にするのは当然とのことだとは、セリアの弁だ。
と言っても、あいつは厩舎住まいだ。あまりの神気に周りの馬どころか人も当てられて毎日気が休まらないらしい。
「とりあえず、また冒険に行こうよー」
「でも、こんなに人が多いと先生はお外に出られないよ」
テレーゼの元気な声にセリアが答える。
そうとも。ひとたび外に出ようものなら、それこそどんな目にあるかわからない。
行く先々で握手を求められたり、サインを求められたりして行列ができる。腕自慢の冒険者から一騎打ちを申し込まれたり、商店では勇者だからと、食べ物をタダでくれたりと、僕が偽物だと言うに言えない状況にまで陥っている。
これ以上自体をややこしくしないためにも、こんな状況で外に出るわけにはいかない。
「でもセリアもケイトンと一緒に冒険行きたいよね」
「そ、それは……」
扉の外でセリアの声が弱々しくなっていくのが聞こえた。
このままじゃこの人混みの中外に出るはめになる。
どうにかしなくては……。
「そ、そうだ。みんなにお願いがあるんだけど、次の冒険で使うキャンプ用品を買ってきてくれないかな?」
「えー、ケイトンも一緒に買い物行こう!」
テレーゼの非難めいた声がこちらに聞こえてくる。
「ほ、ほら。僕が外に出たら騒がしくなっちゃうし」
「そうだよ。テレーゼ。先生が出てしまうと余計な混乱が起こるかもしれなし、しょうがないよ」
「えーでも、ケイトンがいないとつまんない」
っぐ。そういってくれるのは嬉しいけど、今はそうも言っていられない。
僕が次の言葉を発しようとしたが、意外な人によって遮られた。
「お嬢様、ここは一旦我慢いたしましょう」
「ロマナ?」
ロマナはそう言ってテレーゼを諌めた。
正直意外だった。テレーゼの味方だと思っていたからだ。
そんなロマナはテレーゼ達を手招きすると、耳元で何やら呟く。
「お嬢様方お耳をお借りします」
「「「……」」」
扉の向こうでガサゴソと音がする。
しばらくすると、
「それいいね! わかった今回は我慢する!」
扉越しにそんな声が聞こえた。
何やら嫌な予感がした。
「ケイト先生。その代わりといいてはなんですが、ここはひとつ交換条件と行きませんか?」
「交換条件?」
ほらきた。やっぱりタダでと言うわけにはいかない。どんな要求されるのだろう。勇者だし国王とかに挨拶にいかにゃならんのだろうか。それとも勇者神殿っていう宗教じみたところにいけとか言うのだろうか?
「条件といっても大したことではありません。後日、いつものようにお嬢様方とクエストに行っていただければ結構です」
そんな考えをよそに、言われたのは大したことではなかった。
今日ではないく、違う日にクエストに行けばいいだけだ。
それならいいよ。っと言おうとして瞬間僕は止まった。
いやまて、交換条件にするわけだから何かあるんじゃないか?
ロマナがそう簡単に引き下がるように思えない。
例えば王子様を護衛するとか。凶暴なドラゴンを退治しろとか。
国が抱えている問題は僕には荷が勝ち過ぎるけど、この子達なら引き受けて一緒にやろうとかいいだすんじゃ。
現にこの子達だけなら、ドラゴンすら葬る事ができる。
この前の一件は別。あれは完全に想定外の出来事だ。
そ、それならありうる。この子達は僕の実力を過大評価している節がある。僕には勇者の力なんてなのだから、慎重にいかなくては。
「ドラゴン退治とか護衛任務とかならNGですよ!」
「はい分かりました」
「あと、死ぬ可能性のあるクエストもなしの方向ですからね」
「はい了解致しました」
あ、あれ? なんかあっさりしてるな。
僕の思い違いか?
ここ数日間いろんなことが起きすぎてナーバスになっているのかもしれない。
いや、これでいいんだ。慎重なぐらいの方が生き残る事が出来るに違いない。
僕は恐る恐る了解の返事をした。
「よかった。では日程は後日連絡いたします。ほらお嬢様方? ここじゃ先生のご迷惑になります。移動しますよ」
「「「はーい」」」
「え、ちょ!」
簡単に決まりすぎて拍子抜けしていると、ロマナがそう言った。みんなが移動するのが扉越しに伝わってくる。
「よーし。じゃーみんなで買いに行こう!」
「一応、裏口から出てった方がいいかな?」
「おかいもの! りんごあめ!」
「クレア様。りんご飴はまた今度にしましょうね」
なんだか釈然としないものの、とりあえず危機は脱したようだ。みんなには悪いけど、あとはほとぼりが冷めるまで引きこもるのみ。
「異世界でもニートってあるんだろうか」
そう言いながら部屋のベットに腰掛けると
「ニートというの聞いたことはありませんな」
いきなり、冷たいものが体を突き抜けた。
「っーー」
慌てて周囲を見渡す。
そこには赤いフードをかぶり、黒いズボンを履いた
「勇者ケイトさまですね?」
「っどちら様でしょうか」
飛び上がりそうな心境を悟られないように、僕は聞き返した。
ここは僕の部屋だ。入り口は一つしかないので、誰かが入って来たらすぐわかる。
しかし彼? はそこにいるのが当然のようにたたづんでいた。
「ふーふっふふふふ。あーーーはっはっはっはああああああああ」
そんな心情を知っては知らずか、彼は狂ったように笑い出してこちらの様子を伺ってきた。
首を90度横に折り曲げ異様な雰囲気を醸しだし、青白い顔に髪を掻き分けながら言う。
「そう警戒なさらないでください。私は教会所属の魔法使いマグナレンと申します」
以後お見知りおきを。
そう言いつつお辞儀をした。
「失礼ですが、こうでもしないと会っていただけないと思い、勝手ながら侵入させていただきました」
「……そうですか」
ちょっとーーーーー!
なんかやばい人が入ってきたんだけど!!
明らかにカタギじゃない人じゃん!!
僕この人に殺されるの!!
僕はパニックになりガチガチの声で答えた。
「そ、それで、その教会さんは僕に何のようですか?」
「うふふ、ですからそう身構えないでください。単刀直入に申し上げと、あなた様を協会に招待したいのです」
「……」
この間も威圧感は増大している。
ものすごく逃げ出したい。
この人、神馬とは違った感じでやばいのは確かだ。まぁ部屋に無断で入った時点でまともじゃないのだろうけど。
「詳細は着いてからいいます。では行きましょうか」
「ちょ、ちょと待ってください、今からですか!?」
それはなんでも急すぎる。
このまま出て行くの幾ら何でもまずい。外にはたくさんの野次馬がいる。とてもじゃないが出られる状況じゃない。
そして何よりこの人と一緒なところには行きたくない。
そんなことを考えていると、赤フードの男。マグナレンはわかっていますと言わんばかりに手を広げ、まるで狂ったように宣言する。
「ご心配には及びません! 勇者様のお姿を完全に隠すことができる魔道具をご用意しております。こんな群衆などに勇者様の貴重なお時間を使う必要はございません!」
「いやそうではなく」
「自分勝手なのは重々承知ですが、これを引き受けていただけないと、勇者様が大変なことになると思い飛んで参りました」
「は、はぁ」
あなたといる方が大変です。とは言えない。
「有体に言ってしまえば、このままでは勇者様は近日中に死ぬことになるです! お分りいただけましたね!! さぁ参りましょう!!」
「え! ちょっとまって!!」
協会の魔法使いマグナレンは、僕の襟首を掴んだかと思うと、何やら黒色の袋に僕の体を押し込んだ。
「っーーっーー!!」
「ちなみに防音の魔法もかかっておりますゆえ、声が漏れる心配もございません。さぁ行きましょう勇者さま! あなたのいるべき場所へ!!」
マグナレンがそう宣言すると、部屋の窓を開け飛び降りた。
ケイトの部屋は二階にあったのだが、ケイトには衝撃すらなかった。これだけでも、この男が相当な腕だという事がうかがえた。
マグナレンは再度、ケイトの入った黒い袋を肩にかづき直すと薄暗いの路地裏を駆け抜けていった。
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