閑話
「貴様は何者なんだ!」
草原全体に響き渡るかのような怒号が発せられる。発した本人はすでに瀕死の状態だ。左腕は力なく垂れ下がり、右目ももうすでに機能を失っている。身体中に切り傷を受けている騎士の目はもう一人の騎士風らしき男、カーマインに向けられている。
「お前みたいなのは聞いたことがない! 本当に王国兵の騎士か!」
「元王国騎士だ。今はただの教師をしているがな」
彼らの周りには彼の部隊の者達だった人が力なく横たわっている。
そんな彼らを見るカーマインの目には、まるで路傍の石をみるかのように何も写してはいなかった。
「だいたい、俺が一人目を倒してから次の対処が遅すぎだ。あんた本当に
「ふざけるな!」
彼が率いていた部隊。三十人はいた部隊員は全滅し、ここに残っているのは二人のみ。部隊員を倒された
「そうそう、殺気立つなよ。ってな」
「何を! っぐわ!」
男は何をされたか分からなかった。気がつけば、杖を持っていたはずの右腕まで切り落とされていた。
男は戦慄する。幾ら相手が剣技に長け自分が一対一が苦手だとしても、ここまで一方的になるのは明らかにいち教官の腕を超えている。
「貴様は一体……」
「いろいろうるせーよ。それよりもくたばってくれ」
「そう簡単にはいかんぞ。王国騎士!」
帝国の
青紫の杖から発せられる魔力がどんどんと大きくなっていく。
男の周りに空気の渦が生まれ、それはやがて周りを巻き込み一筋の竜巻きとなった。
サイクロン。
男ができる風魔法の中で、一番攻撃力の高い魔法だ。
この魔法に渾身の魔力を込めて、解き放った。
サイクロンは周りの土が巻き込み、まっすぐカーマインに向かっていった。
「先に仕掛けてきたのはお前らだろうが。それに俺は
カーマインはそう一言呟き剣を一閃すると、サイクロンは消えてあたりは静寂に包まれた。
またこれだ。何度やっても、なんの手品か魔法の類が無力化されてしまう。
剣に秘密があるのか、それとも何かしらのスキルなのかは分からない。
とりあえず言えることは、
「な、なぜだ。こんなことありえない! ありえていいはずがない!」
怒りのままにまた魔法を放とうとするが、男は膝から崩れ落ちでしまった。
それを見たカーマインはゆっくり男に近づいていく。男にはそれが死神の行進に見えた。
「あばよ」
そういうと、カーマインは膝をついた男の首に剣の峰を当てて気絶させた。
「終わりましたか?」
「ああ」
男を気絶させた所で、カーマインに少女が駆け寄ってきた。
まだ15歳にも満たないのだろう。赤い髪に冒険者学校の学生服を身にまとった少女は、カーマインと並んでみると親子にも見える。
「また鮮やかなお手並みですわね。さすが王国最強の騎士」
赤髪の少女ソフィアはそんなことを言う。
「元だって言ってんだろ」
「あら、つれない」
非難するような物言いだが、その表情は言葉とは裏腹に無表情だ。
「襲ってきた割にはあっけない奴らですわね」
「そこは俺様の実力を褒めろよろな」
カーマインは剣についた血のりを振り払うと、鞘に戻した。
その顔には疲労感はなく、警戒しながらあたりを見渡している。
「生徒たちに被害はないか?」
「おかげで様で誰も怪我ひとつ追っていません」
ソフィアの後ろには、三十人くらいの生徒達がこちらの様子を伺っている。
どうやら全員無事のようだ。
それを確認したカーマインは、素早く襲撃者の男を止血をして、拘束しソフィアに言い聞かせるように言う。
「ここじゃまた襲撃のまとだ。移動するぞ」
「分かりました」
ソフィアは素早く立ち上がると、後ろの生徒達に指示を飛ばし始める。
「みなさん一旦の脅威は去りました。これから私たちは学園都市に帰還します。みなさん落ち着いて準備を始めてください」
ソフィアがそう指示を飛ばすと、生徒達はぞろぞろと行動を開始した。
「ソフィア。今の王国と帝国の関係をどうみる?」
「何を今更言っているのですの」
「いいから、いいから」
カーマインは馬で学園都市に移動しながら、ソフィアにそんなことを聞いてきた。
「このままいけば戦争は終わると思うか」
「まず不可能でしょうね」
ソフィアはバッサリと切り捨てた。そう言うだけの理由があった。
そう、昔と違い。魔王がいない今の世の中じゃみんなが一つの方向を向かうことはできない。人間同士で小競り合いが続き、領地を奪い合う戦争がここ数百年間続いていた。
「……戦争が怖くなりましたか?」
ソフィアのその言葉にカーマインは一つうなずく。
「初めから怖いさ。しかし、ここ最近の戦争は貴族たちの道楽とかしている節がある。相手側の兵士にも家族がいる。そんなことを考えるとどうもな」
「あなたは騎士には向いていませんわね」
「自分でもそう思う。だから教師になったってのになんでこんなことに駆り出されにゃならんのだ」
カーマインは馬の上で顔を下に落とす。
「お前達を俺と同じにはしたくない」
「……くだらないですね」
カーマインは口をつぐんでしまった。
「先生が何を持って戦争のことを考えているか分かりませんが、それはもっと高位の方々が考えることで、私たちには関係のないことです」
ソフィアはまくし立てるようにカーマインに詰め寄る。
「しかし、戦争はなくならないぞ。貴族達はいたずらに兵を出し我先に手柄を出そうとしている。それは両国とも変わらない」
「しかしも何もありません。その時になったらなるようになるです」
「だいたい私たちはあなたに好きでついていっているのです。だから……」
ソフィアは横目でカーマインの目をみると、はっきりと宣言する。
「先生が心を痛める必要は何もありません」
はっきりと、しかも力強く。そこには瞳にはしっかりとした、光が宿っていた。
「ははは」
カーマインは馬上で顔を上げた。
その顔は先ほどと打って変わって晴れやかなものになっている。
「まったく俺の半分も生きていないひよっこがよく言うぜ」
「先生の生徒ですから」
「どう言う意味だ?」
「そのままの意味です」
ソフィアは足で馬腹を蹴って行進の先頭に躍り出る。
「ほら先生急がないと我らのまた可愛い生徒が待ちくたびれてしまいますわ」
「わーってるよ。
そう言うとカーマインも馬腹を蹴った。
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