第6話 神馬

 突然現れた神馬に警戒しつつ、サングラスで相手のステータスを盗み見る。


『 神馬スレイプニル 討伐難易度:SSS

 HP/MP:99999/99999

 スキル:???/???/???/???/??? 』


 ダメだこれは勝てない。

 サングラスの情報を見てそうわかってしまった。

 得られる情報は、ほとんど不明でわからなかったが、ヤバさだけは伝わった。

 討伐難易度はF〜Sまでなはずなのに、それを超えている。

 いかにセリア達が優れているといっても、今回ばかりは相手が悪い。

 突然の事態にみんなも困惑している。


「何これ・・

 つぶやくようにテレーゼが言葉をこぼす。

 テレーゼなんて先ほどとは言って変わって、顔を青くしていた。

 なまじ実力がある分、その差が分かってしまうのだろう。

 その体は少し震えているように見える。

 すぐさまセリアとロマナがテレーゼを守るように、壁になる。

 クレアも姿勢を低くして、四つ足になり完全に戦闘モードだ。

 声を低く唸らせ、猛獣のように威嚇しているが、相手は完全に格上。

 このままでは、勝ち目のない戦いをすることになる。

 僕は撤退の声を上げようとした。


「みんな! にげ……!」

『そう殺気立つものではじゃねーっすよ。俺っちは戦うつもりねーっすから』

 頭の中に呑気な声が響き渡る。

 神々しい雰囲気に対して、なんだか近所の大学生のような喋り方だ。

 神馬は悠然と進んで来たかと思うと、突然その姿がかき消えた。


 次の瞬間全員に緊張が走った。

 僕たちと馬まで距離はまだ数メートルあったはずだ。なのに、神馬はいつの間にか僕たちの目と鼻の先にいたのだ。

 今に剣が届きそうな距離。

 こんな状況、誰も気をぬくはずもない状況で、いつの間にか距離を詰められている。そのことに驚いていると、クレアがいきなり神馬に飛び移った。


「あーすくらっち!」

「待つんだクレア!」

 僕の制止も聞かず、クレアは渾身の力で神馬の首を絞める。

 しかし、まるで神馬はそれを意図も返さない風に立ち尽くしていた。


『お! 何かの遊びっすか? お嬢ちゃん?』

 竜種すらもたやすく、ねじ切れる力で締め上げているのに、神馬は呑気にそんなことを言う。

 クレアはその間も顔を赤くしながら、「んーんー」と唸っている。

 ありえない、彼女の破壊力はこの中で一二を争う。そんな彼女がまるで赤子のようになっている。

 そんな状況に戦々恐々した時、神馬は子供と遊ぶかのように躰を揺らしたかと思うと、突然クレアが吹き飛んだ。

 あまりの風に僕たちの周りに衝撃波が生まれ、僕たちも吹き飛ばされた。


『あ、やべ』

「クレアお嬢さま! エンチャント空中跳躍エアウォーク!」

 見かねて、ロマナすぐさま体制を立て直しクレアの救出に向かった。

 彼女の姿が搔き消えると、空中に放り出されたクレアを抱えて着地する姿が、神馬の向こうに確認できた。その額には大粒の汗がにじんでいる。

 この一合だけで、実力差をマジマジと感じ取ったのだろう。

 クレアの力をいとも容易く振り落とすその力だけでも、相手の力量がうかがえる。


『ごめん、ごめん悪気はなかったんっすよ』

 軽く返されるが、普通の人間ならあの高さから落ちたら落下死している。

 なんとかロマナが助けたらいいものの、一歩間違えたら大惨事になりかねない。

 クレアはさっきの一撃でぐったりしているし、テレーゼは完全に萎縮してしまった。

 セリアとロマナも戦闘態勢はとっているが、相手にならないことはわかっているのだろう。どこか腰が引けているように見える。

 神馬の一端を垣間見た僕は、慎重に言葉を選び神馬に話しかけた。

 

「ぼ……私たちに何かご用でしょうか?」

 緊張で声が震える。できれば戦いたくない。平和的な解決に収めたくてそう聞いた。

 一瞬の静寂の後、神馬は呑気にあくびを一つしながら言った。


『いやぁ。天空神殿ヴァルハラで寝てたんすけど、起きたら草原にいたんすよ。心あたりないっすかね』

 

 どうやら僕と同じで、いつの間にかこちらの世界にきてしまったようだ。

 神馬はそう言うとこちらの方に躰を向ける。そして


『君もこの世界の人間じゃないっすよね。何か知ってねーっすか?』


 神馬は僕だけしか知らないはずの事を聞いてきた。





『そうっすか。大変だったんっすね」

 あの後、僕が異世界の住人であることを理由にいろいろなことを聞かれた。

 僕が知っている情報は、あまり多くない。

 ここ数日学校で習ったことくらいしか、教えられることはないが、そんなことでも色々と興味深いのか、神馬は熱心に話を聞いている。

 異世界から来た勇者の話や、どのようにしてこの世界に来たのかなど僕の知っている事全てを話した。

 そんなことをしていると、子供たちも落ち着いたのか多少距離を取りつつ話しかけてきた。


「先生。私も少しいいですか?」

「あ、いいよ。おいで」

 セリアが代表して集団から出て来た。

 その顔は何やら覚悟を組めたような顔だ。

 彼女は神馬の前に立つと、その場で身をかがめ騎士の敬礼の構えをとる。


「先ほどは仲間が失礼しました。私の名前はセリア・ローデンハイム。辺境伯ローデンハイムの娘でございます。不躾な質問なのですが、あなた様は神獣様なのですか?」

『ああーそうっすよー』

 神馬が軽く返すと、小学生達から何やらどよめきが起こった。

 神を冠する動物は、この世で初代勇者に従われた、伝説の神龍以外いないらしい。

 一説によれば、勇者と同じ国からやって来たとも言われているその神獣は、一息で街を破壊する力を秘めていたそうだ。

 我こそは、神獣だと言う紛い物が出てくることはあったそうだが、それも知能を持った魔物が言うだけの偽物だった。

 しかし、目の前にいるのは紛れもなく神々しい神気をまとった動物で疑いようもなかった。


「ではなぜ神馬様はこのような場所に? それとも私たちに何か御用だったのでしょうか」

『いやぁー。彼も違う世界から来たようで、近くまで来た感じっすね』

 神馬がみんなの目線が僕に集まる。

 そんなみんなに驚いていると、今度はセリアが僕の方を向いて話しかけてきた。

「で、では、先生も異世界から来たのですか?」

「え? あ、そうだよ」

 先ほどの会話を聞いていたのだろう。半ば確信に近い形で聞いて来た。

 僕もセリアの質問に、とっさに返してしまった。

 そしてこれが間違いだった。

 

「もしかして先生は勇者様!?」

「え。いやいや僕は……」

『そうかも知れないっすねー』

「ちょ!」

「「「「やっぱり」」」」

 神馬の返事に今度は子供達から歓喜の声が上がる。

 いやいやちょっと待って!

 僕は異世界から来たのは間違い無いけど、一般人だから!


「いや、セリア。僕は勇者様なんかじゃ……」

 慌てて訂正しようとすると、セリアは何やら鬼気迫る勢いで言う。

「異世界から来たってことは、伝説の勇者様しかありえません! それも神獣様のお墨付きです!」

 その勢いに耐えきれずに、思わず口を閉じてしまった。

 なんかキャラが違うんですけど!


 なんでも異世界から召喚された勇者は、四英雄の子孫と共に国の依頼を引き受けているらしい。

 その冒険譚を幼い頃から聞いていた、セリアは自分もいつかは勇者様と共に物語に出てくるような冒険をしてみたいと思っていたようだ。

 スキルを継承しても、勇者が現れない時代なんて良くある事らしく、それがこんな形で、達成するかもしれないことに興奮を抑えきれないみたいだ。


「先生なぜ早く言ってくださらなかったのですか。それならそうといってくれれば」

「だからね。僕は勇者じゃ……」

「やっぱりいいです。皆まで言う必要はありません。何か理由があったのですね」

 何やらまた勘違いをしているようだ。


「そっかー。だからケイトンは私たちの講習にきてくれたんだね!」

「おにいちゃんは、ゆうしゃさまだったんだ!」

「勇者様なら納得です。未来の仲間を見極めようとしてくださったのですね」

 少し離れた場所で、テレーゼ達もそんな事を言っていた。

 やばい。なんだか知らないけど、こっちもだんだん酷いことになって来ている。


 なんとか彼女達の誤解を解こうと説得するが、彼女達からはわかってますというように、

「わかっているよケイトン。何か理由があるんだよね」

「勇者様だもん。きっと魔王復活とかそんな感じの理由だよ!」

「ゆうしゃ! ゆうしゃ!」

「これは旦那様に報告しなければなりませんね」

 だめだ聞いちゃいねえ。

 懸命に説得しようと試みたが、誰も相手にしてくれない。

 そんな話している間に、いつの間にかあたりの日は沈み夕暮れになりつつあった。

 あたりは肌寒くなっており、今のままでは閉門の時間には間に合わない。

 しかも、日帰りで帰る予定をしていたため、野宿の装備も持って来てはいない。


「このままじゃまずいな」

 思わず呟いてしまった言葉は、思いのほかあたりに響き渡る。

 その言葉に神馬が反応した。

「何がまずいんっすか?」

 ケイトは閉門の時間のことを説明する。

 このままじゃ時間に間に合わないこと、野宿の準備もしてないことを言うと、なんでもないように神馬は言った。


『なら俺っちの背中に乗っていけばいいっすよ。その方が楽っしょ』

 僕は少しためらったが、セリア達は乗りたそうにしており、お言葉に甘えることにした。

 大柄の神馬は子供四人と僕が乗ったとしても、まだ余裕があった。

 神馬の背中はほんのり暖かく、乗馬の経験がない僕でもなぜかしっかりと乗ることができた。セリアいわく風の精霊が躰にまとっており、僕たちを保護してくれているらしい。

 神馬は僕たちを背中に乗せ、走り出したかと思うとぐんぐんスピードを増し瞬く間に一筋の閃光となった。

 早く周りの景色を置き去りにしているのに、僕たち自身は風の影響を全く感じなかった。おそらくこれも精霊のおかげなんだろう。五分もしないうちに僕たちは学園都市に帰って来れた。


 閉門の時間にはなんとか間に合ったが、神馬の登場に門番のおじさんが驚いたのはまた別の話。

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