第5話 初クエスト

 学園都市マイルから草原に出る門が3つあり、北、東、南でそれぞれ出てくる魔物モンスターのレベルが違う。北が最も強く順に東、南と下がってゆく。

 今回選んだルートは、一番弱いと言われる南のルートだ。


俊足羊ソニックシープ15体討伐』


 それが今回選んだクエストだ。俊足羊ソニックシープは、二〜三メートルぐらいの巨体だが、その名の通り、素早い羊だ。

 普段は大人しい性格だが、危険が迫るとすぐ逃げてしまうので討伐にはなかなか厄介な魔物だ。

 そんな俊足羊が、年々近隣の牧草地帯に出現しては、田畑を荒らし農作物に被害を与えるようなる。

 レベル的には大したことないモンスターだが、数が増えて来ると、こうして冒険者ギルドに依頼が出てるようになる。

 元の世界でいうところの、鹿や猪のようなものだ。これなら、初戦闘でもあまり支障ないだろう。

 

 僕たち一行は、前衛にセリアとクレア、中衛にテレーゼ、後衛にロマナと僕という陣形で南の草原に移動していた。

 僕は学校から支給された制服になけなしのお金で買った短剣。それとテレーゼのお父さんからもらったサングラスをかけて冒険にきていた。

 草原ということもあり、視界は開けていたので、あまり緊張感なくここまで進んで来たのだが、ここに来て、クレアが突然ガバと振り返ると、何やら僕の方に駆け寄って来た。


「ここから、ひつじさんのにおいがするよ?」

 彼女は敏捷性に富んだ軽戦士レンジャーだ。その鼻と耳で相手を索敵する能力は、四英雄の時代から変わっておらず、半径数百メートルにかけて気配を察知することができる。

 彼女がモンスターの気配を感知したということは、標的に近づいたということだ。


「よし、いつでも戦闘できるように全員用意してね」

 みんなは『はーい』と元気よく返事をして、各々の武器エモノを手にとる。

 しばらくクレアが先頭に立ち進んでいく。

 みんなどこか引き締まったような顔立ちで、隊列を組んでさっきまでの雰囲気と別物だ。


「いた」

 クレアがポツリと声を漏らした。その瞳は縦に割れており、人間というより、動物の猫のような瞳に変わっている。そこにいたのは一匹の獣だった。

 すぐさま皆が近くの物陰に集まり武器を構える。


「どの辺にいるの」

「あのへん」

 セリアの問いにクレアが答える。彼女の指をさす先には、見えない森が広がっている。しかし、それを疑うものはここにはいない。彼女の探知能力は絶対だ。

 よく目をこらすと、何やらサングラスが反応しレンズに文字が投影され始めた。


『 俊足羊ソニックシープ 討伐難易度F

 HP/MP:15/5

 スキル:突進 』


 どうやら、本当に俊足羊ソニックシープがいるようだ。

 そんなことをしていると、セリアが小声で話しかけてきた。


「先生。テレーゼと私が後方から奇襲を仕掛けるというのはどうでしょう?。皆んなは半円の陣形で囲ってもらえば、全滅させることができると思います」

「……わかった。それで行こう」

 セリアは一つ頷くと、テレーゼと共に大きく円を描くように森を迂回していった。


「クレア、ロマナ、とりあえず好きにやってみてくれるかい?」

「りょうーかーい」

「分かりました」


 二人は素早く物陰から飛び出すし、大きな鳥かごを作るように配置に着く。

 しばらく経つと、前方から大きな爆発音がした。おそらく、セリア達が攻撃を開始したのだろう。

 すると、森の中からすごい勢いで動物らしき影5体出て来た。

 鋭い角に灰色の毛並み。鹿のような体躯と羊の頭。ギルドで聞いた俊足羊ソニックシープの情報と合致する。

 俊足とだけあって、セリア達だけでは仕留めきれなかったのだろう。

 

「あーすくらっち」

 クレアは一体の俊足羊ソニックシープの首に飛びつくとそのまま、ゴギリと首をへし折った。

 軽戦士レンジャーとは思えないその力は通常ではありえない。軽戦士レンジャーとは元々、斥候役としてチームを導き、弓やナイフを用いて戦うことが一般的だ。しかし彼女は土の属性の加護を受けた四英雄の子孫だ。その力は巨神兵タイラントすら凌駕し彼女の攻撃は一撃一撃が必殺技になりうる。

 拳一つで地面にクレーターを作り出し、相手をつかんだら離す事はない。彼女が受け継いだ四英勇のスキルには、斥候役でありながら、格闘家モンクさながらの近接戦闘術が組み込まれている。

 まさしく取り付く死神とかした彼女は次々に俊足羊ソニックシープの首に飛び着き首をへし折っていく。


「エンチャント、風の腕力ウインドパワー×4、空気の靴エアライド×4、妖精の剣フェアリーソード×2、樹木の防具ツリーアーマー×2」

 今度はロマナがそう呟くと、彼女の姿が消えた。その一撃はいつ放たれたのかわからなかった。そして、気がつく頃には俊足羊ソニックシープの頭がポトリと落ちていた。彼女自身はそれほど優れた剣士ではない、しかし彼女は他の三人に比べて圧倒的に優れている部分が存在した。それが彼女の毎分のMP回復量である。

 付加師エンチャンターである彼女は常にMPを消費しつつけることになる。そのため、普通の付加師エンチャンターは体に数十秒間だけ付加するが一般的だ。

 しかし彼女のその特殊スキルにより、MPの消費より多くMPを回復することができる。

 よって、桁違いにより多くバフを重ねることができる。

 しかも、エンチャントを極めたかの四英雄の継承スキルの強度は測りしれず、エンチャント一つで一般の兵士が大岩を持ち上げるほどの力を与えることができるようになる。


「……これはひどい」

 改めて彼女達の実力をみると、とんでもない光景だ。

 まだ小学生低学年の幼女がスプラッタの作り出しているなんて、元の世界ではありえない光景だ。それがこの世界では、当たり前のように実現される。若干羊に同情してしまう。

 そんなことを考えていると、森の中からセリア達も合流して来た、残りの羊の掃討してしまったのだろう。

 

「んー緊張したね」

「そうかな、私は結構楽しかったけど」

「くれあも、たのしかったー」

「うふふ」

 モンスターの完全にいなくなり、そこにはどこか誇らしげな子供達の姿があった。

 戦闘も終わり、リラックスしている状態で四人で笑いあっている。

 こうしてみると普通の女子小学生に見える。さっきまでの戦闘とはうってかわって、どこか和やかな雰囲気すら感じた。


「あ! 見てみて! 私レベルが上がったよ!」

「ああ! 私もだ! 一気に2もレベルが上がってる!」

「えーみせてみせて!」

「あら、私も上がっています」 

 子供達は、冒険者カード学生証で自分のレベルを確認したみたいだ。

 冒険者にとってレベルが上がることは、最大級の喜びの一つだ。

 それだけ自分が成長したことを実感することもできるし、何より強さの指標になる。


 僕はふと自分はどういう扱いなになるのかと思った。

 今回の戦いでは、戦闘らしい戦闘はしていない。

 僕は冒険者カードを取り出すと、冒険者ログの欄をクリックする。

 

 Lv2 騎士 

 ケイト・イノシマ

 HP/MP 25/12

俊足羊ソニックシープ 討伐数15 


 どうやら、パーティーを組んだ全員に同じだけ入る仕様のようだ。

 パーティーの成功は全員の成功とのことなのだろうか。

 しかも戦闘に参加していない僕の分まで経験値が入っている。

 しかしこれは、

(僕は何もやってないのだけれども……)

 幼女に守ってもらいながらレベルが上がるなんて、罪悪感が湧いてくる。

 実際に戦った彼女達ならまだしも、ただ立っていただけの僕にも経験値が入るのは、なんだかとても悪い気がしてならない。

 

 僕が一人悶々としていると、クレアが僕に近づいて来た。

「ちぇんちぇー。あのね、このさきから、へんなにおいが近づいてくるよ」

「え? 変な匂い?」

 疑問に思いつつ、僕は答える。


「それは俊足羊ソニックシープの匂いじゃなくて?」

「ううん。ひつじさんのにおいじゃないよ。なんかね、かいだことないにおいがするのー」

 僕は少し考えて、今回のクエストは引き返すべきじゃないかと考える。

 せっかく子供達の初クエストだし、目標は達している。ここで無理をする必要はない。

 僕は、子供達の輪にいるセリアに視線を向けると、彼女も同じ考えらしく頭を一つ縦に揺らした。

 そんな表情を見て何か感じ取ったのか、隣にいたテレーゼが話しかけて来る。


「ねー、ケイトンせっかくだから、そのモンスター見にいってみない?」

「は?」

「せっかく草原に出て来たのにもう帰るなんて勿体無いよ。どうせならもう少し遊びたいな」

 先ほどの戦闘で調子付いてしまったのだろう。

 冒険を遊びか何かと勘違いしているようだ。これは大変危険である。


「ケイトン、大丈夫だって。そんな心配することないよ。もし危険になったとしても、速攻逃げれば良いんだしさ」

「ダメだよ。今回のクエストは完了したから、今日のところは大人しく帰ろうね」

「ぶーぶー」

 テレーゼは、可愛らしく頬を膨らまし抗議して来たが、そうも言ってられない。

 改めて言葉を重ねようとしたその時、


「先生!!」

 セリアが突然声を上げる。先ほどまでの余裕がある雰囲気ではなく、明らかに切羽詰まっている風だ。

 何事かと顔を上げると、

 

 そいつは突然現れていた。

 立派な純白の毛並みに金色の鬣、引き締まった胴体。躰にはところどころ、戦闘でできたであろう、傷跡が生々しいく刻まれている。

 明らかに歴戦の戦士たる風格を醸し出た一匹の馬がそこにいた。

 しかしそんな事はどうでもいい。他の馬とは違う点が、一つだけあったのだ。その馬には足が8つあり神々しい神気を醸し出していたのだ。

 これを僕は知っていた、よくゲームなどで登場した北欧神話に出て来るオーディの愛馬。


「スレイプニル」


 伝説の神獣が僕たちの前に現れた。

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