第4話 少女育成計画

「はっはっはっ!、びっくりしただろう!」

「いや、観戦しているだけで死にかけたんですが……」

 帰りの石畳を歩きながら、そんな会話を話し始める。

 通り過ぎる街灯がポツポツと灯し始める。飲食店の魔法鉱石光マグライトがどこか幻想的な光景を映し出している。


「はっはっは! それもいい教訓だ! で、どうだあの子達の訓練はやってけそうか?」

 カーマイン先生が僕の背中あたりをバシバシ叩きながら聞いてくる。

 手加減してくれているのだろうが、さっきから背中が痛い。


「ゲホ。訓練といっても、僕が何かを教えられるはずないじゃないですか」

 なんとか痛みを我慢しつつ、そう返事をする。

 今日なんて見ていただけで、何度か吹き飛ばされそうになった。

 あんな高レベルの子供達だと思わなかった。

 子供といっても、もう完成されているように見える。


「というか、なんであの子達はあんなに凄い動きができるんですか?」

「ああ。なんでも先代の四英雄の戦闘の記憶がそのまま継承されているらしい。さらに技の熟練度スキルレベルも継承されて、代を重ねるごとに僅かづつではあるが確実に強くなっていくんだそうだ」

「なんですか、そのチート能力」

 それならこんな講習なんて必要ないんじゃないか?


「ちーと? いや、それほどの能力が継承されていても、扱うのがあの子達だから、精神的な部分がまだまだ未熟なんだ。歴代の英雄の中には、戦うこと自体を嫌った人物もいたそうだ」

 それはわかる気がする。いくら才能があったとしても、嫌なことや、やりたくないことはあるもんだ。嫌のことに背を向けるのも勇気がいる。


「へーじゃ、僕たちの役目は精神的なサポートということですか?」

「そうなるな。あの子達は身体能力が高いが、実戦経験がほとんどない、生粋のお嬢様だ。しっかりフォローしてくれ」

 未来の英雄のお手伝いか。なんでそんな役割がこの人にやってきたんだろうか。やっぱり凄い人なんだろうか。さっぱりそんな風には見えないが……。

 少しだけカーマイン先生のことを見直していると、先生はなんでもないように言った。


「あ、それと明日から俺は二ヶ月間、冒険者学校の方の上級生の遠征について行くことになっているから」

「は!?」

「その間はあの子達の面倒を見ておいてくれ」

 いやいやいや。何を言ってるんだこの人は。


「そんな! 先生がついていてくれるんじゃないんですか!?」

「バカ! 俺は冒険者学校の教師だぞ。講習ばかりできるわけじゃないだろう。元々そのためにお前をひっぱり出してきたんだからな」

「そんなの聞いてませんよ!」

「言ってないからな」

 何を言ってくれてんだ、この暴力教師は!

 ただでさえ手に余るというのに、一人で教えるなんて無理に決まってる!。


「せめて、何をするのか指示をください」

「バカそれも含めての講習だろうが、しっかりやれ」

「今からでも辞退する事は……」

「めんどくさいからパス」

 教えることをめんどくさいとか言い出したこの教師。


「ああもう! どうなっても知りませんよ!」

「あぁ好きにするといい」

 ヤケクソ気味に言い放ったのだが、カーマイン先生からはなんでもないように返されてしまった。

 さっきまで幻想的に見えていた街並みの光景が、どこかどんよりとしたものに感じた。





 小学生の強さをマジマジと見せつけられた日から丸一日とび、再び王立ノーベルエンド学院の体育館に来ていた。

 カーマイン先生はやっぱり冒険者学校の遠征に行ってしまい、今回は僕一人だ。

 どうでもいい事だが、今度はみんなバニー姿ではなく、まともな鎧姿になっている。

 それも、全員何やら紋様が入った特注品のようだ。


 テレーゼさんの装備は青い外装部分が極端に少なく、機動力が存分に活かせるように胸当てと小手だけだ。彼女いわく、速度をあげるエンチャントが施されているらしい。

 ロマナさんのメイド服はこの前と同じように見えるが、所々に魔術的紋様が刺繍されている。並みの鎧より防御力がある特注とのことだ。

 クレアさんのは魔物の鎧ともいうべきか、全身が黄金の毛皮に覆われた装備だ。その所々が発光していて、バチバチと音を立てている。また頭からは猫耳のような耳が生えているように見える。

 セリアさんはフルフェイスまで追加し、全身装備となっていた。まさしく全身要塞と化した彼女は、顔が窺えないがどこか張り詰めた空気を醸し出している。


 全員が本気装備に身を包み僕の前に並んでいる。

 姿だけ見れば、貴族の子供が気合いを入れて装備を揃えた微笑ましい光景にも見えるが、僕は彼女達の実力を知っている分、国でも落としにいくのかと思ってしまった。


「ケイトン。これお父さんから、ケイトンにってさ」

「ケイトン? まあいいけど、テレーゼさんこれは何?」

「テレーゼでいいよ! ケイトン! なんかねー、ほうしゅうの先払いだってパパが言ってた」

 テレーゼは豪華そうな小さな木箱を僕に差し出した。

 早速中身を開けて見ると、中には黒いガラスがはめ込まれた、メガネ。いわゆるサングラスが入っていた。


「これはねーマジックアイテムになっていて、相手のステータスを見ることができるんだよ!」

 かけてかけてー。そう話すテレーゼを押されて渋々かける。


「おおーかっこいいー。どっかの闇ギルドの幹部みたい!」

 テレーゼは大喜びで囃し立てるが、幼い頃からヤ○ザとやばれていた僕にとっては、それは喜ばしいものじゃない。

 なんとかテレーゼをなだめ、咳払いをしつつ聞いた。


「コホンえーじゃー、始まる前にいつもみんなはどんな練習をしているの?」

「ええっと、少し待ってください」

 そういうとセリアさんが自分のカバンが置いてある更衣室に飛び込んだ後、しばらくして茶色い羊皮紙の切れ端を見せてくる。


「一応、こんな感じのメニューでやってます」

 練習メニューを受け取ると、彼女達四人が集まり覗き込んで来た。

 四人が僕を中心に縁を描くように陣取ると、セリアさんが説明し始める。

「このメニューはセリアさんが決めてるの?」

「私もセリアでいいですよ。練習メニューはみんなで考えたんです。あまり時間もないので、基礎練習を中心に模擬戦ばかりになってしまっていますけど」

「なるほど……」


 そう言いつつも、何がいいのか僕にはさっぱりわからない。

 セリアが言いたいこともわかるけど、僕が練習で教えられることなんて全然ない。

 こういう時、何かしら教えることがあればいいのだけれど……。

 あ!。


「今日は外に出かけてみよっか」

「外ですか?」

「そう外」

 思い出した。ファンタジーの冒険で初めにやること、それは……。

 レベル上げだ。





 学園都市マイル。

 ゴーレムが数多く出て来る山脈のダンジョン。大岩のダンジョンを背景に、広大な大地に囲まれた巨大な都市だ。

 多くの学校が建ち並び、お互いに切磋琢磨している。年に一回、各学校の代表者パーティによる競技会もあり、王族たちも観戦するそれは、王国のビックイベントの一つとされているらしい。

 また良質な鉱石を落とすゴーレムがいることで有名なこの都市は、冒険者目当てで商売を始める商人や冒険者の武器を扱う鍛治職人の聖地ともされている。


 そんな所にきた理由はもちろん、モンスターと戦うためだ。

 僕はソーシャルゲームに出てくるRPGを思い出していた。

 今のこの子達はスキルは高いけどレベルは低いキャラクターのようなものだ。

 それなら、序盤は草原などの雑魚キャラでレベルをあげるのが定石になるだろう。

 そう思い、学校を出て城門に向かおうとしたのだが。


「うわぁー、これが街なんだね!」

「あっ! あっちで露店やってるよ!」

「ぉぉー! ひとがいっぱい!」

「お嬢様がた離れないでくださいね」

 溢れるほどの人々が織りなす街の喧騒に、お嬢様達はキラキラと目を輝かせている。

 普段、馬車などで屋敷と学園を行ったり来たりしているお嬢様にとって、城下の街並みは新鮮なのだろう。さっきからみんな興奮しているようだ。


「学校途中で街に来るなんて、なんだか悪いことしているみたいでドキドキしますね」 

 僕がみんなを見渡していると、セリアがそう話しかけてきた。

 

「そうだね。草原に狩りにいく授業もまだなんだって?」

「はい。それは上級生の授業だそうで、私たちはまだモンスターを狩ったことはありません。だから楽しみなんです!」

 それもそうだろう。誰しもが彼女達のようにすごいスキルを持っているわけではない。

 安全を考えたら、それも当たり前のことだと思う。


「とりあえず、これから冒険者ギルドに行って簡単なクエストがないか見てみよう」

「ケイトン! 簡単どころかドラゴンだって退治してみせるよ!」

 自信満々に言うその姿は実に頼もしい。

 

「あはは。みんなが強いことは知ってるけど、油断しないように初めは草原のクエストにしようね」

 学園都市マイル周辺の草原には低レベルのモンスターが集まっている。

 ゲームで言うと、レベル5にも満たないモンスターばかりだ。

 そこで実戦経験を積みつつ、モンスターとの戦いに慣れてくことが大切だと思う。

 そう言うと、袖をくいくいと引っ張られた。

 目線を下に向けると、クレアがこっちを見ていた。


「どうしたのクレア」

「ちぇんちぇー。あれはなにやってるよー?」

 そう言いつつクレアは、顔を上げて正面を指差す。

 目線をクレアが指差す方に向けると、そこにはリンゴ飴の屋台があった。


「あれはリンゴ飴って言ってね。とても甘くて美味しいお菓子なんだよ」

「おかし!」

 お菓子という言葉に反応したのか、すごい勢いで屋台の方に向かって行った。


「ちょクレア! 待って!」

 慌てて追いかける。人混みをかき分けると、クレアは屋台にかじりつきリンゴ飴をじっと見ている。


「お嬢ちゃん、お金がないとうちの商品は売れないよ」

「ううーくれあ、おかねもってない」

 リンゴ飴を欲しがっているのは丸わかりだが、屋台の主人もタダというわけにもいかず困り顔だ。


「クレア、今日は冒険に行くんだから、リンゴ飴は今度にしよう、ね」

「ううー、りんごあめ」

 泣きそうなクレアを見ていると、なんだかすごく悪いことをしているように見えてくる。

 溢れて来る涙が瞳を揺らし、いまにも崩壊しそうだ。


 そうしていくうちに、周りの目がどんどん厳しくなっていく。

 あの子女の子を泣かせてるわよとか、リンゴ飴ぐらい買ってあげればいいのに、とか。

 そして、トドメは、っし、聞こえるわよ。

 ああもう!


「おじさん、リンゴ飴ひとつ頂戴!」

「はい毎度!」

 ヤケクソ気味にそういうと、屋台のおじさんは景気良く声を上げる。

 

「ああ、クレアだけずるい!」

 魔の悪いことに、今度はセリア達がやってきた。

 結局人数分買わされることになった。

 おじさんもこっちの事情を察してか、心なしか大きいのをくれた気がした。

 

 前例が一つできてしまうと、泣き崩し的にことは進み、屋台から屋台へと渡り歩く羽目になった。

 おかげで、今日は草原に出るはずだったのに、外に続く門に近づくことさえできず、屋台めぐりで一日が終わってしまった。

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