第3話 アルバイト
しばらくして、もう一度扉を開けると、目の前で女の子たちが整列していた。
突然の悲鳴で、いまいち働かない頭を動かしながら、彼女たちを見渡す。
僕は目の前の光景に目をそらすか、注意したほうがいいのか戸惑っていた。
目の前いには四人の少女が、奇抜な格好で並んでいた。
少女たちは全員頭にウサギの耳をかたどったヘアバンドを身につけており、胸元には蝶ネクタイ、腕には真っ白なカフス
服装は漆黒のバニースーツでウサギのような尻尾がついている。まるでどこかのカジノにいるバニーガールの格好だ。
なぜ彼女たちがバニー姿になっていたのかはわからないが、完全に場違いな格好だ。
よく見るとノリノリなのは三人だけで、さっきの女の子なんか、恥ずかしさのあまりうずくまっていた。
「さっきはごめんね」
「……ぃぇ、こちらこそすみません」
彼女の返事は蚊の鳴くような小さな声だった。
「で、君たちはなんで、そんな格好をしてるの?」
そう聞くと子供達の中から元気な声が返ってきた。
「え? せっかくだから、新装備をつけてお出迎えしたくて」
「でも、この格好は……」
明らかに異様な光景だ。
詳しく話を聞くとこういうことらしい。
彼女のお父さんの元にこのような格好で尋ねてきた者達がいて、それが高レベルの冒険者達だったため、その格好が気にいってしまったらしい。
全く、そんな格好の冒険者がいるのかと頭を抱えていると、カーマイン先生が近づいてきた。
「こいつはビキニアーマーだな。防御力を犠牲にして、攻撃力をあげるエンチャントが施されている防具だ。エンチャントの防具は高いから、一部の冒険者以外まがい物が多いのだが……」
これは全部本物らしい。
そんな高い装備を全員分用意するなんて、さすが貴族だ。
というかこの世界の冒険者はバニーガールの格好で冒険に行くのか。
是非ともお知り合いになりたい。
「でも、これじゃ怪我するかもしれないから、とりあえず着替えて来てね」
「ええー?先生ー。こっちの方がかっこいいよー」
「ダメです。鎧に着替えてきなさい」
そういうと、彼女は渋々と言った感じで、しかもその場でバニースーツを脱ぎ初める。
って!!
「更衣室に行きなさい!!」
「大丈夫だよ、下に
満面の笑みを受けべながら、金髪の女の子がパンツを見せてくる。
いや、大丈夫じゃないだろ。貴族のモラルとかどうなってんだ、ってかなんで他の女の子たちは止めないんだ!
「ね、大丈夫でしょ?」
「ダメだ。今すぐ更衣室に行きなさい!」
彼女は「えーめんどくさい」と言いつつ、ようやく体育館裏の更衣室に向かって行った。
「本当に大丈夫かよこれ」
明日には貴族の親に極刑にされているなんてことなんてないよな。
しばらくすると、全員鎧に身を包み、また僕の前に一列に並んだ。
「じゃー、早速自己紹介からすっか」
カーマイン先生の合図で端から順番に自己紹介を始める。
さっきから元気がいいショートカットの彼女は、テレーゼ・アンバーさん。学年は2年生で、年齢は7歳。アンバー侯爵の一人娘で、天真爛漫という言葉がよく似合う。
腰には高そうな双剣を装備している。
どうやらこのバニーは彼女には好評のようだ。その証拠にさっきから「作戦成功だったね!」だの「次はもっとかっこいいのを準備しないとね!」だのと言っている。
次は、ロマナ・レグホーンさんだ。年齢は12歳。黒の長袖と足までのスカート。頭にフリルのついたカシューシャ?(名前がわからん)に白色のエプロン。まごうことなき、小さなメイドさんだ。
彼女はアンバー家に使えるテレーゼさん専属のメイドらしい。
一番小さいのはクレア・マンダリンさん。6歳。マリンダリン男爵の娘で学校以外で外に出たことがないらしい。完全な箱入り娘で、剣を持つことも初めてだそうだ。
彼女は武器らしいものは何も持っていないが、さっきから楽しいのかニコニコとほほんでいる。
先ほど下着を見てしまったのはポニーテールのセリア・ローデンハイムさん。学年はテレーゼさんと同じ2年生。年齢は7歳。辺境伯ローデンハイムの娘で、剣の扱いには自信があるらしい。
これまた高そうな剣とショートシールドを身につけている。
服装もしっかりしており、自前の臙脂色のプレートを身につけている。冒険者と言うより騎士といった風貌だ。
こうしてみると、一人一人が個性的で、特徴がよく出ている。
「剣を教えるカーマインとケイトだ。みんなよろしくな」
「「「「よろしくおねがします」」」」
先生が僕たちの紹介をすると、元気のいい声が帰ってくる。
「それじゃーまず剣に握り方から。みんなまず、右手で柄の上の方を持って、左手でーー」
カーマイン先生が講義を始めると、みんな真剣に話を聞いている。
学園の授業と比べてかなり優しく教えていた。
学園でもこれくらい優しくすれば参加者が増えそうなもんだけど。
「それじゃー、ぼちぼち模擬戦をはじめるぞー。二人一組になれー。あ、ケイトお前はこっちだ」
「あ、はい。しかし、大丈夫なんですか。いくら木刀といえど、あたりどころが悪かったら、大怪我しますよ」
全員が練習用の木刀に持ち替えて二人一組を作っている頃、僕は心配になってカーマイン先生に聞いた。
「大丈夫、大丈夫。見てなって」
いや大怪我して、親御さんからクレームがきたら、嫌なんだが……。
そんなことを言っている合間にはじめのペアが、
初めはテレーゼさんとセリアさんとが対峙する。
危なくなったら途中で割り込めばいいかと思い、二人の姿を見つめた瞬間。
ゾク!!
体が硬直してしまった。顔が赤くなっていたセリアさんは極寒の吹雪に似た冷たい眼光を放ち、テレーゼさんも天真爛漫な雰囲気が、どこか獣と見間違うほど荒々しいものに変えていたのだ。
これから始まるのは、模擬戦なんて生易しいものじゃない。これは、完全な死合いだ。
「初め!」
開始の合図と同時にテレーゼさんが攻め、ドーンという音が響き渡った。
テレーゼさんは双剣の特性を生かして手数で攻め込んでいるのに、セリアさんの盾から発するのは決して軽い音ではない。
耳を塞ぎたくなるほどの、例えるなら爆弾が爆発したかのような音なのだ。
テレーゼさんの攻撃は大きく振りかぶったかと思えばフェイント、更には左右に二度連続攻撃と幅広い。
さらに見たことない足捌きで背後をとったりと、変幻自在だ。
しかし、そんなとんでもない攻撃をセリアさんは受けきっている。
攻撃を受け、時にはずらし、体勢を変えながらさばいていく。
その姿はまるで生きた要塞のように堅甲で、全く攻撃を受けつけていない。
テレーゼさんの技量もさることながら、テリアさんの技量も驚嘆とすべきものだろう。
そんな中、セリアさんは、盾を強引にテレーゼさんの体に押し付けると、その身体を吹き飛ばした。
『シールドバッシュ』
あとで聞いたことだが、盾の上級スキルで、本来は相手の体勢を崩す程度だけれど、高レベルになればああゆうことができるようになとのことだ。
テレーゼさんは錐揉みしながら吹き飛べされたが、空中で体制を立て直すと数メートル離れたところに着地する。
ここで思わず眉を寄せる。テレーゼさんが着地した瞬間、距離をとったのだ。
しかし次の瞬間その意味がわかった。
轟!!
セリアさんが剣を振ると夥しい炎が、先ほどまでテレーゼさんがいた所に降ってきたのだ。
その地面はチリチリを押し寄せる熱が肌を焦がし、天を衝くような焔が轟々と天に向かって振り続けている。
もし回避しなければ今頃、消し炭になっていたことだろう。
「焼き尽くせ!
セリアさんから、再度膨大な金色の炎がテレーゼさんに放たれる。
テレーゼさんはやすやすと回避したが、炎の先に僕たちがいた。
ほとんど条件反射だった。僕は尻餅を着くようにその場に倒れこんだ。炎は僕の頭上を通りずぎ練習場の壁に激突、そのままを観客席を破壊した。
ここから確認すると転がった破片は完全に溶け、彫刻が美しかった壁は融解している。
「小細工なんて必要ない。それを超える力で相手をねじ伏せればいい」
「あいも変わらず、戦闘になると性格が変わるねセリアン」
なんじゃこりゃ!!
ここまで色々突っ込みたいところは、あるけど、なんじゃこりゃ!!
「おおーすげーなー」
「先生これはどういうことなんですか!」
僕は、カーマイン先生の体を揺らしながら聞く。
「おちつけ」
ゴンという音と共に、僕の頭にゲンコツが振り下ろされる。
まるで、脳天が割れたかのような衝撃を受け、僕は地面にのたうちまわった。
「ぐぉおぉお」
「あいつらは特別だ。四人とも四英雄の家系だからな特別なスキルを持ってるんだ。それも使いこなすため幼い頃から特殊な訓練をこなしてるんだろ」
「四英雄?」
「お前知らないのか?大昔、勇者様に付き添った四大英雄のことだよ」
まだ揺れる頭を抱えながら、なんとか説明を聞く。
簡単にいうとこんな感じだ。
なんでも、約2000年前までは、魔王と言われる個体が世界の八割を牛耳っていた。
人類は絶滅の危機に直面した時、異世界の勇者が現れてそれを退治した。
そんな勇者に付き添っていたのが、原初の精霊を操る、四大英雄様。
「あの子達は国の最高戦力の一つだからなー。これぐらいできて当然だ」
いやまだ10歳にも満たない子供が、国の最高戦力って色々おかしいだろ!!
「彼女達は、国の重要人物だからな丁重に扱えよ」
「は、はぁ」
全員の模擬戦が終わる頃には、あたりはすっかり暗くなり、この日の講習は終了になった。
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