第2話 前衛学の授業

 実際に前衛学の授業に行ってみると、参加しているのは4、5人だった。

 前衛職が人気がないというわけではなく、ガイダンスが終わると冒険に出かけている人たちがほとんどのようだ。

 しかし、そういう人は実際にモンスターを狩ったことがあったり、高級な装備を持っていたりしている人たちだ。

 俺のように、身体一つで学園にきた人は先生の授業を受けるしかない。

 ちなみに、彼らの卒業資格は冒険者ログの評価が高いため、授業を受けなくても免除されるらしい。


 でも、経験豊富な人の話を聞くことは重要だと思うんだけど。

 実際に授業を受けてみると、確かにカーマイン先生の授業は実践的で合理的だった。

 盾の使い方から遠距離攻撃をするモンスターへの対処法まで、その内容は多岐にわたっていた。

 実際に盾を使った訓練では的確なアドバイスが入り、ほとんどワンツーマンのレッスンのような感じだ。

 そして、実際に盾を使ってみた感想だが


 これはかなり難しいな。盾を構え続けることがこんなに辛いとは。

 簡易な木の盾ですら三十分も構え続けると腕が上がらなくなる。

 しかも、少しでも構えをとくと教官から厳しい言葉が飛んでくる上に、盾の上から木劍で攻撃してくる。

 その上、盾を動かして攻撃を受け流せと言ってくるのだ。


 これに鎧を着て動き回ることを考えると……。これはどうにかしないと実戦なんてとてもじゃないができない。

 永遠に続くかと思われた先生の攻撃も、なんとか受け流しが成功したところで、ようやく今回の授業が終わった。


「よし。これで今日の授業はここまで」

 授業が終わると、参加した生徒はみんな床に倒れこんだ。

 眩しかった太陽がいつのまにか夕日になっている。

 しばらくして、頭の中でポンという音がした。


『習得可能スキルに タウント と 盾スキル が追加されました』

 

 どうやら、今回の授業でスキルを追加することができたみたいだ。

 まさに1日がかりの成果と言える。

 まだまだ確認したいことはあったが、しばらく動けそうになかった。





 部屋に戻る道中で食堂で夕食がもらえることを教えてもらった。

 そういえば、今日は訓練(授業)のおかげで何も食べてない。

 さっそく食堂に行くと、周りは食事を待つ学生がちらほらといた。

 ほとんどが冒険に行っていて、今日は人がいないようだ。

 周りの様子を伺いながら進んで行くと、棚の前に料理が並べられていた。どうやらセルフサービスのようだ。

 ケイトは腹持ちが良さそうなパンに緑色の魚のソテーを手にとると、適当に空いてる席について料理を食べた。


 よかった。普通にうまい。

 異世界の料理ということで不安だったが、思いのほか美味しかった。

 緑の魚も味はどことなくタイに似ていて、それでいて食べ応えがあった。


 飯がうまいのはありがたい。あとは冒険に出かける準備だけど、これは数日をかけてじっくりやっていこう。焦る必要はない。情報を集めてしっかりと装備を揃える。とにかく死なないことが最優先だ。

 緑魚を口に運びつつ、これからの予定を考える。


 明日は神聖学で神聖魔法を教えてもらって、午後からは野戦学でキャンプのやり方を教えてもらって……。

 指折り数えていくとまだまだやることはたくさんある。

 こう考えてみると、冒険者学校では大体のことは学べるようになっているようだ。

 おそらく三ヶ月もすれば大抵の用意が出来るだろう。

 とにかく、しっかりと知識とスキルを学んで冒険に備えるべきだ。

 焦ることはないと自分に言い聞かせ、パンを口に運んだ。


 食事が終わり、緑茶らしき飲み物をすすりながら学生証を確認する。


 ほんと、ファンタジーだよな。

 スキル習得可能欄にスキルが追加された。

 授業を受けるだけでスキルが習得可能になるなんて、ゲームの世界でしかありえない話だ。

 今日の授業の感じだと、スキルを持たなくても武器は扱えそうだが、かなり身体に負荷がかかりそうだ。

 剣を振ったことはないが、この調子だとまともに振ることも出来ないだろう。


 レベルの高い人なら楽に武器も扱うこともできるのだろうが、レベル1の自分にとっては武器に振り回されるようで、使いこなしているとは言い難いだろう。


 これは早急に対策を考える必要があるな。

 筋トレとかすればいいのだろうか?


「明日先生辺りに相談してみよう」

 そう呟くと急に眠気が襲ってきた。

 どうやら自分が思っていた以上に疲れが溜まっているらしい。


 ケイトはそそくさと返却口にトレーを返すと自分の部屋に戻って行った。





 次の日、午前中に神聖学と野外学の授業を受けた。

 正直、前衛学の授業と比べて随分簡単だった。

 町外れの教会に行き、三十分程度祈りを捧げればそれだけで神聖魔法を習得することができたし、野戦学も前衛学と違い座学が中心となっており、少し拍子抜けした気分だ。


 カーマイン先生の授業が特殊なのかな?

 授業が終わると、そのカーマイン先生に会うために職員室に行くことにした。

 情報収集と、できればクエストを受けたいと考えていたためだ。


「カーマイン先生、今お時間大丈夫でしょうか?」

 カーマイン先生は入り口の近くの机に座っていた。

 机の上には書類が山積みになっており、いまにもくずれ落ちそうだ。


「あ? ケイトだっけ? どうした?」

 前衛職の授業に参加した人数が少なかったため、覚えてもらっていたらしい。

 今日の参加人数は3人。

 昨日の訓練でさらに参加した生徒が減ったようだ。


「はい。武器のことについて相談したいと思いまして」

 レベルが低くて武器がうまく扱えないこと、このままじゃ、授業を受けてもついていけそうにないことを説明する。


 カーマイン先生は黙って聞いていたが、やがて顔を上げた。


「……なら、うってつけの仕事がある」

 カーマイン先生が机の中から一枚の紙を取り出した。

 

『 ちびっこ剣術教室。

 初等科の子供達に剣術を教えてください。

 期間は毎週2回で、報酬一日は8000リルです 』


「剣術指導ですか? 僕剣術なんてできませんよ」

「違う違う、俺がそこに講師として招かれているだ。お前には子供達の相手をしてもらう。

 そもそも、お前が武器を扱えないのは根本的にレベルが足りてないためだ。

 少しだけだが、対人戦闘は経験値が入る。さらに剣術も学ぶことができて一石二鳥だろ。報酬も半額払ってやるがどうだ?」


 カーマイン先生はどこかにやけた顔をしながら、紙を渡して来た。

 確かに、先生の言う通りなら経験値も稼げてお金も手に入る。


「でも、先生授業は大丈夫なんですか?」

「いやー。授業の参加者が少なくて金が入ってこないんだ。これは空いた時間にやる、公認のバイトみたいなもんだな。嫌なら嫌めとくか?」

「……いえ、ぜひお願いします」

「よし、あっちには俺が説明しといてやる。昼飯が終わったら早速行くぞ。準備しとけよ」





 昼食が終わると、ケイトはカーマインに連れられて小学校に来ていた。


「なんか、すごい豪華な学校だな」

 校門にたどり着くと、おもわず感嘆の声を漏らした。


 今回依頼を受けた、王立ノーベルエンド学院は王族や貴族の子弟が通う名門中の名門だ。小学校から中学校まで有しているマンモス校でもある。

 中央の時計塔のような校舎を中心に、建物が円状に広がっている。外周壁の内側は花壇だろうか、咲き乱れた花で鮮やかに彩られていた。よく見ると、校舎にはひとつひとつ彫刻が施されており、建物全体がどこか芸術作品のようだ。

 王都に専属の高校や大学までもあるらしいく、入り口も固く閉ざされており、侵入者が入ろうものなら即刻警備隊につれていかれるだろう。

 そう考えるとなんだか行きづらい。 

 よく見ると、先ほどからチラチラと門のそばにたつ鎧姿の警備員がこちらを伺っている。


「どうした? さっさといくぞ」

 しのごの考えていると、カーマイン先生はとっとと門の横にある看守室に向かってしまった。

 慌ててその後を追いかける。

 カーマイン先生が警備員に向かって歩き出すと、門前にいた警備員がいつでも剣を抜ける構えを見せた。

 どうやら警戒させてしまったらしい。


「どちらさまでしょうか?」

「小学生に剣術を教えることになってカーマインだ。後ろのは助手」

 先生がクエストの用紙をみせると、相手は構えを解いて門を開けてくれた。どうやら話は通っていたみたいだ。


「はい、確認できました。これは通行証になりますので、首から下げてなくさないでください」

「はいはい、ありがとう。おつかれさまー」

「ありがとうございます」

 二人は通行証を受け取ると、薔薇の彫刻が刻まれた門をくぐって行った。

 

 校舎の中もこれまた豪華だ。廊下に敷かれた赤絨毯はどこまでも続き、壁には高そうな絵画が並んでいた。

 また、ちらほらと確認できる生徒たちの制服も特徴的だった。男の子は学ランみたいな黒の制服に赤いラインが入ったデザインで、女の子は白を基調としたふわふわとしたワンピースみたいだ。歩く姿もどこか気品があり、立ち姿も綺麗だ。


「なんか場違いなところにきてしまいましたね」

「ん? ああ、ここはお坊っちゃまやお嬢様が通う学校だからな。実際に訓練することは変わらないし、二、三日でなれるさ」

「は、はぁ」

 そう言われても、周りを見渡すと聞こえてくる挨拶は「御機嫌よう」だし、誰もが執事やメイドさんを連れている。異質な感じは否めない。

 周りが年下ばかりと言うのもいただけない。


 というのも、ケイトは子供が少し苦手だった。

 話すだけでも少し緊張してしまう。

 前の世界で兄弟もいなかったせいか、ケイトは子供の扱いをどうしていいのかわからないのだ。

 初めからフレンドリーに接すればいいのか、タメ口で話せはいいのか。

 あまり怖い口調で喋っても相手を緊張させるだけだし、逆に敬語で話すのもなんか違う。


「さて、ここが体育館だ。準備はいいか?」

「と言われましても」

 校門からしばらく進むと中央の時計塔近くの建物に到着する。どうやらここが目的地のようだ。

 壁は赤レンガのような石積みだが、屋根が楕円形になっており、前世の体育館の形そのままだった。

 外観は平凡なはずなのに、なぜかRPGのラスボス部屋に来たように足が進まない。

 どうやら思っていた以上に緊張していたみたいだ。

 汗ばんだ手を何度かズボンの裾で拭く。


「おいおい小学生相手に緊張してんのか?」

「そ、そんなことないですよ」

 カーマイン先生に茶化されてドアノブに手をかける。 冷静を装っているが内心ばくばくだった。


 どうせ俺は補佐だし大したことはしないはず。おまけなんだから気楽にしてればいい。

 あまり自分のことを考えないようにして扉に手をかける。


 考えたって始まらない

 覚悟を決めて思いっきり引き開けると、焦ったような声が飛び込んで来た。


「ちょ、ちょっと待って! じ、自分で着るから! ちょ、助けてー!」

「良いではないかー良いではないかー」


 なぜかバニースーツ姿の女が、下着姿の女の子を襲っていた。


「お嬢様のご命令です。ご覚悟ください」

「すーすーして、きもちいいよー」


 他の女の子二人も楽しそうにその光景を囃し立てていた。


 ふと、襲われていた女の子が音のなった方に顔を向けた。

ーーーー目があった。


「失礼しました」


ーーーーすぐ扉を閉めた。どうやら緊張のしすぎで変なものを見てしまったらしい。


 しばらくすると、扉の奥から可愛らしい悲鳴が聞こえた。

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