【緊急補足】ロシア中央銀行総裁エリヴィラ・ナビウリナの孤独な戦争(中編)〜ナビ公「男がバカだと女は苦労するわよねー」イエレン「あらやだー」ラガルド「せやな…」

○ナビウリナの戦略はルーブルの維持=インフレファイター


西側の想定を遥かに超える全面金融経済制裁のために一瞬でロシアは砕け散りました。ルーブル暴落、株式市場暴落、債権暴落+CDSが数万bpsという異常事態に彼女が最優先に採ったのが「ルーブルの維持」でした。理由は簡単で、ルーブルが大暴落し本当に紙くずになったら全国民が一文無しになるだけでなく、株券などの有価証券も全て紙くず。借金とハイパーインフレしか残らない事を知ってるからです。自国通貨の価値を守る…そもそも彼女はこのためだけに中銀総裁に留め置かれたようなようなものです。ナビウリナが使った手法は、現在判っている段階で以下の内容です。


・政策金利を上昇させる

・外貨購入制限

・金などの実物資産の買い取り

・輸出企業を中心に外貨資産の80%を強制的にルーブルに為替

・外国企業に対して、輸出代金のルーブルでの支払い命令



まず「政策金利を上げる」ですが、これは証券債券為替市場が崩壊した3月2日にいきなり20%にあげています。通貨が暴落し、特に急激なインフレが予想されたので金利を上げて引き締めにかかると同時に外貨の購入制限に踏み切ります。これはルーブルを売って他国通貨を購入する=ルーブル暴落になるからです。この二つは常道です。

よくわからないのはGoldなどの購入です。ロシアは金産出国なので産業保護の意味も含め、ルーブルを国内市場に放出して僅かでも景気の下支えを図ると同時に現物資産の保有量の増加を目論んだものと思われます(とはいえ、金資産の制裁も後に加わるし、金の総量は決して多くもないんですが…)。


かなり思いっきった手段は残りの二つです。

まず「外貨の八割をルーブルに変えさせる」というのは興味深いと思います。輸出企業の代金の八割をルーブルに変えさせる=ルーブルをドル(などの海外通貨)で買い支えると同じ効果が期待できます。他方、輸出企業にとっては地獄です。ルーブルが万が一に紙くずになったら、持ってる資産のほぼ全てが紙くずになるだけでなく、海外にドル資産などの形で「逃がす」ことができないばかりか、将来の企業体力をも奪い取られる可能性があるからです。この辺は「プーチン様には逆らえない」オリガルヒ系企業ばかりのロシアだからできたことでしょう。


もう一つの「外国企業に対して、エネルギー輸出代金をルーブルで支払え」というのも、輸入代金をルーブルで支払ってもらえばその分、ルーブルを買い支えた事と同じ効果が期待できるからです。問題なのは企業デフォルト案件な事です。明確な契約違反です。それはロシアも判ってる事でした。そこでロシアは奇策に出ます。


ロシアは、自国のエネルギー…特に天然ガスの多くをヨーロッパに輸出している。そして脱石油エネルギーにはヨーロッパをしてもあと10年はかかるだろう…という読みがありました。ということは、結局、ヨーロッパにはまだしばらくの間はエネルギー輸出が可能なはずであり「この間はカネを支払ってもらえる」と踏んでいます。逆に言えばロシアは国力の全てをこのエネルギー輸出に賭けているので、今すぐに対欧州全面輸出禁止措置には踏み切れない。この間に出来るだけ早急にヨーロッパに変わる輸出先を確保するのに必死になっているということです。チキンレースです。



米英アングロサクソン諸国はロシアを早期に潰すためにエネルギーの完全輸入停止+支払い中止を求めて来ましたが、ヨーロッパの方は絶望的にロシアにエネルギーを依存していたために急に輸入をやめることはできず、またエネルギーは一瞬でも止まれば国家は窒息死するために支払いに応じるしかなかったのです。ヨーロッパ諸国としては出来るだけ早く代替エネルギー〜おそらくは自給自足が可能な自然エネルギーへの移行を急ぎ、この移行期だけはロシアにカネを支払い続ける。そして移行期を出来るだけ短くしてロシアを徐々に締め上げる…という長期持久戦しか選択肢はありませんでした。

ロシアは冷徹にこれを読み抜き、米国は一部の決済金融機関への制裁に抜け道を残しておくはずだ(短期的には…)と見ていました。よって決済金融機関は経済金融制裁の対象外となるはずであり、実際、その読みどおりになりました。


そこで制裁から逃れたいくつかのロシア系金融機関に外貨でエネルギー決済代金を支払ってもらい、このロシア系金融機関の中で「支払い外貨をルーブルで買い取らせる」という奇策に打って出たのです。これならば支払い条件は変わらないので企業デフォルトにはならない。他方、自国の金融機関に強制的にルーブルで買い取らせることで買い支えの効果が期待できる。米国などもヨーロッパの窮乏を見て、早急に入金禁止措置およびエネルギーの完全輸入停止を求めることはできないだろうという弱みに漬け込んだ戦略です。この形なら「かろうじてセーフ…⊂(^ω^)⊃ セフセフ!!」です。


ちな、ロシアが「天然ガス購入にルーブルで支払え」と大統領令を出したことも事実です。んで、大抵の国はさすがに拒否したようです(ハンガリーあたりは支払ってるようですが…)。これはデフォルト条件です。そのためロシアは既に選択的デフォルトの憂き目を見ています。支払能力は十分にあるのですが、支払い条件をクリアできないことによるデフォルトです。直接的な影響はいまのところ無いのですが、中長期的にはロシアへの信頼は揺らぎます。とはいえ、ロシア信頼できると思ってる国は中国含めてどこもないでしょう…( ・ั﹏・ั)


どんでん「(吉野ロシアなんか)信頼ゼロやな」



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これら全ての政策はルーブル防衛のため…ただそれ一点です。もしルーブルが暴落すれば、国内企業が破産地獄に陥るからです。会社経営にあたって現金資産はゼロに、株券は紙くずに、社債は支払不能で倒産。個人もそうでローン支払いできずに破産。支払い給与や預金も紙くず。しかも倒産すれば収入も無くなる。様々な金融商品も当然破綻し、これらが更に国内景気を悪化させ、民力を破綻させていく…の無限地獄です。これらは全てルーブル暴落が引き起こす無限破滅ループであり、そのためにルーブルの価値だけは守るということです。ナビウリナはこの地獄を乗り切るために投入された「インフレファイター」であり、ロシアを守る最後の女神でした(でもスラブ人じゃないけど…)。ではこの数ヶ月のナビウリナの成果について検討してみます…m(_ _)m




○今のところ「東方の救世主プレスター・ジョン

 →破滅を免れない祖国に対し、最後まで殉じるつもりの「真の愛国者」


んで、七月までのだいたいのロシアの収支について考えてみます。「上出来」です。一言で言えばまさに救世主です。


ナビウリナ凄い!( •̀ᄇ• ́)ﻭ✧

キミは偉い!!!( •̀ᄇ• ́)ﻭ✧


…です。彼女の思ったとおりの結果が出ています。

4月中に暴落の一方だったルーブルは必死の買い支え策の結果、上昇し、いまでは最高値をつけています。このルーブル安定化策の成功により、ルーブルは史上最高値で安定推移。この結果、6月には20%もあった政策金利を10%以下に下げることができました。これはロシア国内市場が過度な金融引き締めから解放された事を意味します。このルーブル安定化策のためにハイパーインフレと失業を防止することができました。


めでたしめでたし

終わり…m(_ _)m



…にはなりませんわね、しかしながら (´つω-`)


まずルーブル安定化&最高値ですが、これは制裁により世界からルーブルが切り離されたためにルーブル全体の市場規模が著しく縮小したことに加え、多額の外貨→ルーブルの下支えによる仮初かりそめの結果です。日本などでも似たようなことが起こります。正月とかGWとかの日本だけの長期連休の期間、突然、一瞬だけ円が高くなったりすることがあります。これは日本が長期休日になるために円の市場参加者が極端に少なくなったため、通常より遥かに少ない投資で大きなリターンを得られることからくる現象です。たとえば100万円規模の市場が10万円規模に縮小した時、手持ちの一万円で市場に与えられるインパクトが遥かに巨大になるのと同じです。


ルーブルの市場規模が小さくなった時に、多額の外貨をルーブルに変換(=ルーブル買い)したために起こった現象です。実力を反映しているとは言い難いということです。またルーブルが過度に高くなることは輸入額がその分「減る」事を意味します。日本で言えば円高なので輸出競争力は落ちるということです。よってエネルギー価格上昇分をルーブル高が相当程度相殺するだろうと予測できます。


現在のルーブル高も強引な下支え政策によるもので、ロシア国内経済が自律的に回復したからではないのです。民間は悲惨で倒産率は前年比で40%増。インフレ率は15%を超えるほどになっています。インフレ率が西側の2倍もあるのですが、ロシア人はそもそも高インフレに慣れているので15%の高インフレにも我慢できるという「特殊能力」があるだけです。普通の国なら暴動連発でしょう。特に食料品などの価格が二倍近くに上昇して貧乏人の生活苦を増強しているだけでなく、民間企業の設備の多くを支える外国製品のパーツの補充が制裁によりままならならず「壊れたらどうしよう?」という記事が散見されるようにもなりました。


経済力が回復している状況とはとても言えず、よって現在のルーブル高は極めて不自然で「ゲタを履かせたもの」に過ぎないのです。幻想です。経済力が弱ってるのだから、本来はルーブルはその分「弱くなるべき」はずなのに、です。これは「下支えバブル」と同じです。実力と額面との乖離が著しいワケで、これは一気にルーブルが大暴落するリスクを内在しています。そしてルーブルが暴落すれば国内経済が破綻しかねないのです。いままで突っ込んだ分が無駄金になって消えるということです。


だから為替や通貨介入はしてはならない、ということです…(๑¯ω¯๑)

鉄則です。基本的には市場の流れに任せるしか無いのです…(๑¯ω¯๑)


またロシアの場合、これほどインフレが高いのなら本来ならば高金利政策を維持し続けなければならないのですが、高金利政策は事実上のデフレ化政策であり、経済制裁と戦争で民間の産業が弱っている現在のロシアで採用できる政策ではありません。よって政策金利を下げたのも「仕方なく金利を下げた」と考えるべきで、弱ってる民間を資金的に支えるつもりのようですが、この「金融緩和」の結果、ロシア国内のインフレを抑圧することが出来無くなりました。インフレ地獄が続くということで、貧富の格差の増大と社会不安の裾野が広がっていくことを意味します。

これでは結局、ルーブルは信用できない通貨ということで、昔からロシアでいわれている「ルーブルは所詮紙くず」のままです。これでは国内投資のための資本金となる銀行預金も確保できず、国内産業の育成や自律的回復も望めないということになります。


これが長年の緊縮財政という失策の顛末なのです…(๑¯ω¯๑)


もしも他国への軍事介入や戦争するのを辞め、捲土重来を期して国債を発行し通貨膨張インフレ→経済成長インフレ政策を採用し、中国のように国内産業と市場の強化を図っていたら、いまこの時にロシア国内産業がロシア国内の潤沢な資源を活用して自立した経済圏を営めたかもしれなかったのに、です…(T_T)


産業力が絶望的に不足しているのです。この本質的な経済力の弱さのため、実際にルーブル高を確認した後で政策金利を下げた途端、ルーブルはアッサリ暴落しています。前述の「実態と額面との乖離」のためです。その後は買い支えで回復させているのですが、国内経済力がそもそも無いのだから、これからもエネルギー売却収入によるルーブル買い支えでしかルーブルの価値を守れないという絶望的な状況から抜け出す方法があるようにも見えません。


そもそも制裁によってモノの輸入が滞っているのでは、インフレは収まるはずもありません。しかも禁輸制裁にはさらにいくつも手段が残されていて、たとえばロシアへの物品輸送時にかける保険金の禁止などがあります。万が一に損害が出た場合、荷受け業者(船会社とか)は全額自己負担になるためにロシア行きを諦める…ということが出てくるかと思われます。ということはインフレや物不足はこれからも継続して続く可能性があり、全ての経済制裁がロシアをインフレ地獄へと導くものです。

しかも経済制裁はまだ始まったばかりにも関らず既にインフレ率が15%にもなっているのです。時間がたてばモノ作りに必要な生産資源の海外パーツが滞るようなことがこれから続々と出てくることが予想され、しかも補完する国内産業もないのならばロシア経済は徐々に減速していく危険性があります。


長期的に見れば、絶望な事に変わりはないのです…(T_T)


またルーブルを買い支えられたのはエネルギー収入のおかげです。3月から6月までの2Q時のロシアの原油およびエネルギー収入は最大で15兆円と言われています。これはウクライナ紛争によるエネルギー価格上昇による恩恵と、主にヨーロッパへの輸出禁止措置が「抜け穴だらけ」だったために多額の収入がロシアにもたらされたことが影響しています。

ネットなどでは中国やインドなどが多額の買い付けを行っているから…と言われていますが必ずしもそうではなく、ロシア収入の半分は今でも欧州です。特に中国は新コロ対策に極めて大規模なロックダウン隔離政策を取り続けていて、この結果、エネルギー消費量は前年比でマイナス。同時期の中国経済成長率はわずかに0.4%であり、エネルギーを大量にロシアから購入した形跡もありません。そんな状況ではないのです。ちな中国は過去30年で最悪の経済状況で、リーマンショックよりも更に悪いほどです。ヨーロッパの代わりにはなりません。ロシアからすれば「アテが外れた」なのかもしれませんが…。


他方、戦費に関してはまちまちですが、ワイは英国軍事情報部の推算である「一日最大一千億円」というのを基準に考えているので、ちょうどトントンくらいの計算です。その意味では確かに「戦争経費はゼロ」とは言えるのですが、実際はもちろん違います。元々ロシアはそのくらいの貿易黒字を稼ぐことで成り立っていた国なので、15兆円近い戦費を使ってるとしたら「大損」です。また人的犠牲や戦闘装備の喪失も大きいでしょう。この損失を補充するための戦争資源が必要ですが、あらゆる禁輸措置によりハイテクパーツを筆頭に入手できず、戦力の補充拡充もままならないようです。厄介なことに長期持久戦になってしまい、戦費は時間とともにジリジリと増えていくのです。この状況で徐々に大口顧客であるヨーロッパが脱ロシア・脱化石燃料を推し進めていけば、収入の方はジリジリと先細りしていきます。これでは継戦能力が早晩、失われるでしょう。ウクライナの全土征服はもはや難しく、時々、大規模な局地戦を展開するのが限界と思われます。


あとはゼレンスキーが死んでくれるのを祈るしか無いでしょうね…(๑¯ω¯๑)


現在は大規模な軍事作戦を展開する余力をロシアが失っているために戦火が下火になり、そのために従来よりも戦争経費が安くて済んでいる…という「奇妙な金融的平和」な時期に過ぎないのです。しかし将来展望はさらに厳しいものです。全世界的なインフレのせいです。


2022年は全世界で極端なインフレが発生しています。理由は以下の3つ…m(_ _)m


・新コロ時に莫大な量の金融緩和によって、カネが溢れた

・新コロにより生産物流活動が滞り深刻な物不足となった

・ウクライナ戦争によりエネルギー・食料価格が高騰した


この「モノ <<<<< カネ」の状況はしばらく続くため、全世界は2022年内にピークアウトするものの高インフレ時代は数年は継続するでしょう。ということは欧米や日本、世界でこの結果の高インフレが定着したら、今度はロシアにこの海外発の高インフレが襲いかかるということです。自分が野に放った付け火で今度は自分が焼かれる番になるのです。今後、反欧米諸国〜たとえば中国やインド、アフリカのいくつかの国など「景気が回復した国」もしくは「経済的に困ってる国」がロシアに擦り寄って貿易を始めたとしても、ロシアはこうした高インフレ国家から第二次産業製品を輸入することになります。つまりコスト高です。


これは現在の日本でも実感できることです。アメリカで大戸屋のサバ定食(日本だとおよそ900円)が5,000円にもなっているという驚愕の事実の理由が「インフレ」です。物価高です。この物価高インフレが来年あたりからじわじわとロシアに襲いかかるということです。当然、ロシアは戦争と経済制裁で疲弊しており、この時に「大戸屋のサバ定食」だらけの貿易を強要されるというリスクに直面する可能性があるということです。海外が窓を開いたら、中のほしいものは目玉が飛び出るほど高いものばかりになっていた…ということです。


ロシアの国家経済力ファンダメンタルズは弱く、経済制裁の悪影響で徐々に衰退していく。ルーブルはエネルギー輸出に頼っているが、将来は先細る。これではルーブルは支えきれず、いずれ大暴落しハイパーインフレになる…


ナビウリナはこの極めて厳しい現実を正確に認識しています。そのため事あるごとに「産業育成政策を」と嘆いているのです。前述のロシア貯蓄銀行ズベルバンクのCEO・グレフの試算によれば経済制裁の打撃は露GDPの15%に及ぶようで、このためナビウリナは第二次・第三次産業の抜本的改革のために国家主導で手を打つしかないと言い出すほどです。しかしナビウリナは本来、新自由主義者で国家による統制型の育成政策を嫌っているはずでした。しかしそれでも「官民挙げて経済力をつけねばならない」と言わねばならないほど追い詰められているという事です。


そのくらい、既に追い詰められているんですよ…(๑¯ω¯๑)

ロシアもナビウリナも、です…



  ※     ※     ※


では後編で、この後ロシアはどうなるのかを考えてみます…m(_ _)m



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