第17話「話のつくりべ」(ペントリーさん)の物語
後ろ手に組んだ腕に本を挟み、僕は海に出る。
夜の潮風に当たりながら、遠く冷たい海を思う。
氷に覆われた世界。
飛ぶことのないペンギンとして、僕は海を駆けていた。
氷の海は音で溢れている。
裂ける氷の音。
砕ける波の音。
湧き上がる水泡の渦。
鳴き叫ぶ動物の声。
たくさんの音が氷の世界にコダマして、僕はそこに夢を見る。
氷の地表に耳をつける。太古からのヒソヒソ話が聞こえる。
水泡が耳に渦巻く。深海の秘密がささやかれる。
冷気に凍えた音が耳を裂く。懸命に生きる命の声がふるえる。
僕はその声を握りしめ、夜の空に放り投げる。
声は星となり、天空で語り出す。
飛べないペンギンが空を見上げ、羽ばたいた。
氷の世界の寂しさに、星の語らいが欲しかった。
瞬く星は語り出す。
かつて空を飛んだペンギンの話。
ペンギンは空を飛ぶことを夢見ていました。
毎日、夜になると小高い氷の山に上り、空を見上げました。
輝く星を見つめ、いつか空を飛べる日が来ることを願いました。
ある日、一つの星が天から降ってきました。
星は海に落ち、揺らめく光を引きながら沈んで行きました。
ペンギンは海に飛び込みました。
真っ暗な海にかすかに光る星が見えてくると、速度を上げ、その光に追いつきました。
弱々しく光る星をくわえ、一気に海上に泳ぎ着いたペンギンは、その勢いのまま氷の上に滑り込みました。
ペンギンは氷の上にそっと星を降ろしました。
力なく瞬く光は弱まる鼓動のようで、ペンギンは心配でたまりません。
じっと見つめるペンギンの心に何かが伝わってきました。
それは星からの声でした。
「わたしを天に連れて行ってください。」
星はペンギンに願いました。
しかし、空を飛べないペンギンにはどうすることもできません。
悩んでいるペンギンに星は伝えました。
「もう一度わたしをくわえて、思い描いてください。翼を大きく広げ空を駆け上がるあなたの姿を。」
ペンギンは星をくわえ、空飛ぶ自分を思いました。
弱々しかった星の光が一瞬強く輝き、にわかに起きた風がペンギンを空に舞い上げました。
星をくわえたペンギンが、月空に向かって飛んで行きます。
天に近づくにつれて星の形が変わってきました。
尖った星が丸くなり、二つに開いた葉っぱになりました。
蝶の羽のように閉じたり開いたり、ペンギンは葉っぱとの会話を天空で楽しみました。
そして星になりました。
葉っぱとペンギンの会話が物語となって、天の星に語り継がれています。
星たちは瞬き、数々の物語を世界に振り撒いています。
天に近いこの島で、僕は話を編んでいる。
落ちてくる星の語らいを拾い集め、この本に散りばめる。
語らいは文字に変わり物語となる。
いつしか僕はこの島で、‘話のつくりべ’と呼ばれるようになった。
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