第16話「木のつくりべ」(モックさん)の物語
モックさんは、休みになると山に入り家を作っています。
やがて家族の別荘として暮らせるよう、誰の手も借りず一人でこつこつと丸木を組み合わせています。
モックさんの趣味は、木を使っていろんなものを作ることです。
家の中の物は大概彼が作りました。
椅子、テーブル、棚、時間があると彼は木を使って何かを作っていました。
そんな彼の夢が自分で家を作ることでした。
妻の同意を得、お金を貯め、土地を買い、設計をして、材料をそろえ、ようやく待望の家を作ることができるようになりました。
ある秋の日、大型の台風が山に近づいて来ました。
モックさんは作りかけの家が心配で山に向かいました。
昼の空はどんよりと曇り、にわかに風が起きると同時に大粒の雨が一斉に落ちてきました。
勢いを増す雨風にモックさんの車は喘ぎながら進みます。
ようやく山にたどりついたモックさんは、むき出しの丸太を他の木材を使って補強します。
材料が飛ばされないようシートを被せロープで固めます。
一通り作業が終わったモックさんは、急いで車に乗り込み山を下りました。
すさまじい豪雨が車を襲います。
叩きつける雨の音と、吹き荒れる風の音を切り裂いて、悲痛な声が運転するモックさんの耳を貫きました。
モックさんは車を止め、声がした方向を探りました。
道路の下では氾濫した川が暴れています。
荒れ狂う川を見やり、轟音の中に耳を澄ましてみると、どうやらこの川から声が聞こえてくるようです。
川の中ほどにある岩場に黒い影が見えました。
濁流が岩を襲います。
猛烈な水しぶきを上げる岩の上に一頭の子熊が立ちすくんで震えていました。
恐怖に振り絞った悲痛な声が洪水に打ち消されます。
モックさんは車を引き返しました。
そして、ロープと丸太を車に乗せると、子熊が取り残された川へ一散に向かいました。
川の水は更に増し、子熊のいる岩場はどんどんと狭くなって行きます。
モックさんは到着すると丸太とロープを持って川に降りました。
川幅が広がり足場があまりありません。
それでも何とか踏ん張れる場所を見つけると、モックさんは子熊のいる岩場に向かって丸太を流しました。
丸太は濁流に翻弄されながらも岩場に架かりました。
モックさんは祈る思いで子熊に叫びました。
「この丸太にしがみつけ!」
恐怖に凍りついた子熊は少しも動くことができません。
モックさんは声の限り叫び続けました。
そんな彼の叫びと思いがようやく子熊に届いたようです。
子熊は震えながらも必死に丸太にしがみつきました。
それを見たモックさんは、慎重に丸太を川辺に手繰り寄せます。
濁流に抗いながら引き寄せることは容易ではありません。
あらん限りの力でロープを手繰り、ようやく岸に丸太を着けることができました。
子熊は震える足でモックさんに近づきます。
冷たい鼻を彼の顔に寄せ、小さく鳴きました。
子熊の思いが鳴き声を通して伝わってきます。
モックさんの心は穏やかな温もりで満たされました。
その夜、モックさんは高熱で寝込んでしまいました。
うなされながら夢を見ています。
濁流が彼を飲み込んで、川の中に沈めようとしています。
必死に抗いながら彼はその腕を伸ばしました。
伸ばした腕を何者かがくわえます。
沸き立つ水泡の合間から、自分を助けようとしている者の姿を捕えました。
それは、彼が助けた子熊です。
子熊はやさしい穏やかな目で彼を見ています。
そして、勢いよく彼を水の中からくわえ上げました。
彼の体が水から引き上げられたその瞬間、水しぶきが宙に広がりました。
太陽の光が水しぶきに反射して輝いています。
その輝きに目を細めた彼の目に、ゆっくりと回転しながら浮き出てくるものが映りました。
飛散したしぶきが虹となり、二枚の葉を広げた双葉の姿がその中でにじんでいます。
彼は虹の中に双葉を追いました。
光が彼を包みこみ、いつしか深い眠りにつきました。
太陽のまぶしさでモックさんは目覚めました。
夢に見た子熊の瞳が忘れられません。
モックさんは立ち上がり、近くを流れる川を覗きこみました。
川面には忘れられない子熊の目が映っていました。
モックさんは、熊の力を持った‘木のつくりべ’になりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます