第15話「味のつくりべ」(クッキーさん)の物語

今日もまた、彼女のところに透き通った泡が飛んできました。

泡は彼女の顔に近づくと、静かに弾けました。

かすかな匂いが漂います。

彼女はその匂いを嗅ぎ取ると、こっくりとうなずいてキッチンへ向かいました。


島で集めた材料を、鍋に入れて煮込みます。

フライパンで炒め、オーブンレンジでじっくりと焼き上げます。

そこから立ち上がる匂いをそれぞれの瓶に詰め、蓋をします。

一通りの作業が終わると、彼女は仕上げに取り掛かりました。

でき上がった瓶の蓋を開け、煮込んだ匂いを一カップ、炒めた香りを少々、焼き上げた匂い三サジ、彼女はそれぞれの匂いを集めました。

弾けた泡の匂いを思い出しながら、彼女は集めた匂いをブレンドします。

そして最後に彼女のシッポで集めた匂いを一混ぜすれば、でき上がり。

でき上がった匂いを彼女は透明の薄い膜に吹き込みます。

窓を開け、膜を風に流します。

やがてその膜は、泡を送った相手のもとに届きます。


彼女は料理があまり得意ではありません。

でも、食べることは大好きです。

気の合う友達との食事、家族との食事、想っている人との食事、料理を囲みながらの会話や和らいだ雰囲気が好きでした。

楽しい時だけではなく、つらい時や悲しい時、苦しい時や落ち込んだ時、お母さんが作ってくれる料理、友達が元気づけてくれる料理、思いのたくさんこもった料理は彼女の何よりのごちそうでした。


ある日、仕事の失敗で落ち込んだ気持ちを引きずりながら彼女は家路についていました。

重い足取りで下を向いたまま歩いていると、小さな影が近づいて来ることに気がつきました。

その影が足にまとわりつき、彼女を悲しい目で見上げました。

見上げていたのは子犬です。

彼女はしゃがみこみ、その犬を優しくなぜました。

子犬はうれしそうにシッポを振ると彼女の手をなめました。

ざらついた舌の感触が伝わってきます。

繰り返し手をなめる子犬を彼女は思わず抱きしめました。

小刻みに震える子犬の温もりが体に伝わってきます。


雲が切れ、月の光が彼女と子犬を照らしました。

子犬の顔が明かりに浮かびます。

悲しく沈んでいた目に安らかで穏やかな輝きが差していました。

彼女はその目を覗きました。

その目の中には、お母さんの乳を飲んで眠る子犬の姿が映っていました。

お母さんの体温で温められた乳の匂いがかすかに漂います。

彼女の手の中で安心して眠ってしまった子犬の温もりと、かすかに漂う乳の匂いに誘われて、彼女も眠くなりました。

温もりと匂いの中に彼女は吸い込まれて行きました。


眠っている彼女の鼻を双葉が優しくなぜました。

その感触で彼女は目覚めました。

そこにはたくさんの葉っぱがそよぐ世界が広がっていました。


この島で、彼女は送られてくる泡の匂いをもとに料理を作ります。

泡には食事をした時のさまざまな思い出が匂いとなって詰められています。

彼女はその匂いを嗅ぎ取って、美味しさだけではなくその思い出にふさわしい料理を作って相手に届けます。

彼女が作る料理の匂いが、みんなの生きる力となるように。


料理が得意ではなかった彼女も、この島では‘味のつくりべ’として、毎日料理を作っています。

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