第13話「鉄のつくりべ」(キャオンさん)の物語

砂浜に小さな魚が打ち上げられています。

鳥たちが群がり、魚を獲りあっています。

羽音と鳴き声の渦が、辺りをざわつかせていました。

やがてその音も静まり波音だけが聞こえるようになった時、一匹の猫が岩陰から現れました。

猫は鳥たちが群がっていた所に近づくと、鼻を砂につけ、かすかに残った魚の匂いを嗅いでいました。

猫は思い描きます。

群がる鳥を追い払い、打ち上げられた魚をくわえて悠々とその場を立ち去る雄々しい姿。

夢心地に目を細めた猫は、精一杯の声をふりしぼり空に向かって叫びました。

よろけた声が空を上ります。

上空を漂っていたトンビがその声を耳にして急降下してきました。

夢破れ、猫はあわてて岩陰に逃げてしまいました。


強くなりたい。

小さな手を砂浜に押し込みながら猫は思います。

きしむ砂に力を入れて何度も何度も手を押し込みました。

手の毛が擦り切れ、その後に黒い砂がついています。

猫はその砂をなめてみました。

何やら血のような味がします。

それは小さな鉄の粒、砂鉄でした。


波が引いた後、白い砂に黒い文様が浮かび上がります。

砂浜に遠くその文様は広がり、波の満ち引きによってさまざまな姿を現します。

猫はその上を毎日歩いていました。

足跡が頼りない形を残し、やがて波に洗われます。

繰り返し現れる文様を見ると、なぜか猫の心は落ち着きました。

どんなに波に翻弄されても砂鉄はそこにいます。

強い力にも負けることなく柔軟に姿を変えながら。

猫は歩きながらその足に砂鉄の強さを感じていました。

そしてその文様が見せる姿に強さだけではない優しさも。


猫は手についた砂鉄を集め、ガラス瓶に詰めました。

そして中に手を入れ、そこから伝わる温もりと撥ね返る砂鉄の強さを感じ取っていました。

ある日、岩の上に瓶を置き、いつものようにその中に手を入れようとした時でした。

一羽の鳥が降りてきてその瓶を飛ばしてしまいました。

勢い砂鉄は投げ出され、空に散らばりました。


あわてた猫は砂鉄をつかもうと飛び上がりましたが、大きな木の枝に頭をぶつけ、落ちてしまいました。

砂鉄を追った猫が、落ち行く猫をみていました。

木に頭をぶつけた瞬間、もう一匹の猫が体から抜け出したようです。

抜け出した猫は落ちる猫を見やるとすぐに、風にあおられ舞い散る砂鉄を追いました。

空に広がった砂鉄が何やら形を作り始めました。

それは、ゆっくりと回転する双葉のように見えます。

双葉は薄くなったり濃くなったり、陽の光に透かされながら空高く上って行きました。


タテガミを風になびかせながらキャオンさんが砂浜を歩いています。

雄々しく、そして優しい姿が目を引きます。

キャオンさんは砂浜で砂鉄を集めています。

その砂鉄を使っていろんなものを作っています。

その作品には力強さと温もりが詰まっています。

キャオンさんは鉄で形を作り出す‘鉄のつくりべ’です。

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