第12話「木のつくりべ」(ベックさん)の物語

大きな丸太をくりぬいて、その穴に寝そべったクマが空を見上げています。

丸太は池に浮かび、静かな波に揺られています。

形を変えて流れる雲を見ながらやがてクマは眠ってしまいました。


眠りの向こうで木を伐る音がコダマしています。

ヒトが木を伐り、枝を払っています。

鬱蒼と茂った木で届かなかった日差しが、一気に地表に差し込み、その温もりの中で人々が弁当を食べています。

分厚い弁当箱のごはんを頬張り、かみ砕く感触でクマはヒトであった自分を夢見ていました。


先祖代々の山を守り、彼は木を伐って暮らしていました。

しかし時代は流れ、木を伐って生活することが難しくなってきました。

やむなく彼は山を下り、町で暮らすことにしました。

仕事にも慣れ、町の暮らしがようやく馴染んだ頃、所帯を持つことになりました。

夫婦はともに働き、子供を二人育てました。

質素ながらも明るい家庭でした。

ある日、今では二人ともいなくなった子供たちの部屋に、彼は入りました。

忘れ去られた思い出が、ところどころに置かれています。

机、カバン、制服、修学旅行の土産、そしてアルバム。

押入れを開けてみました。

大きな木のおもちゃ箱がそこには置かれていました。

彼はその箱を取り出してふたを開けました。

かつて、彼が子供たちに作った木造りのおもちゃが、ギッシリと詰まっていました。

その中の一つを手に取りました。

ほのかなぬくもりが木から伝わってきます。

子供たちとの思い出が体を巡ります。

その時の家族の暮らしが目の前に広がります。


山での暮らしは、町の生活のようには恵まれていませんでした。

何かを買うにしてもとても不便でした。

テレビは映らず、ラジオだけが楽しみでした。

でも、不幸ではありませんでした。

父親は厳しかったけれど、よく遊んでくれました。

母親は優しく、自然の恵みから作る料理はとてもおいしいものでした。

周りに友だちが少なく、いつも兄弟で遊んでいました。

ヒトはいなくても、身近な動物たちが遊び相手となりました。

遊び道具はみんな手作りでした。

木の枝とツルで弓を作りました。

どんぐりでコマを作りました。

細い竹で吹き矢を作りました。

子供にとって、家の周りはみんな遊び場でした。


おもちゃ箱から手にした物は、竹とんぼでした。

手のひらを合わせてその枝をくるくる回してみました。

涼しい風が顔に流れます。

彼は窓を開け、空に向かって竹とんぼを飛ばしました。

勢いよく飛び出した竹とんぼは、風に乗って舞い上がって行きました。

彼の眼がその姿を追いかけます。

竹とんぼが遠くに飛び去り、やがて見えなくなろうとしたその瞬間、勢いのある風が巻き上がり、窓から乗り出していた彼の体を通り過ぎました。


見失った竹とんぼが再び見えてきました。

よく見ると、竹とんぼの形がいつしか双葉に変わっていました。

双葉が回転しながら空を舞っています。

風となった彼は、いつまでもその葉っぱを追って行きました。


眠っていたクマの顔に一枚の葉っぱが落ちました。

その感触で目覚めたクマは、顔に落ちた葉っぱをつまみ、そっと池に浮かべました。

これから作るもののイメージが浮かんだようです。

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