第11話「書のつくりべ」(チョッパさん)の物語

カバンの中には、葉っぱでできた紙がたくさん入っています。

そのカバンを提げて彼は島の中を散歩します。

気の向くまま歩いていると、ふと何かを感じる時が訪れます。

その瞬間、彼は立ち止まり、カバンの中から葉っぱの紙を取り出します。

おもむろに筆を手にすると、一気に‘書’を書き上げるのです。

この筆は彼自身の毛でできています。

少し硬いけれど力強い線が書けるようです。

どこからか届く様々な思いを感じ取り、その思いを葉っぱの紙に表す彼は、‘書のつくりべ’と呼ばれています。


どんよりとした曇り空。

遠くに広がる山間が墨ににじんで見えています。

一頭の猪が畑の土を掘り返し、出てきた芋を一心に喰らっています。

森林の伐採が進み、山の食べ物が減ったため、猪もやむなく里に下りてきました。

一通り食べ終わった猪は、頭を山に向け鼻をひきつかせて思います。

「昔のように自分たちの山で十分に食べることができたら、仲間たちも安心して暮らせるだろうに。」

しかし、彼には何もできません。

むなしく山に戻り、せめても仲間に畑のことを知らせることで気持ちを和らげていました。

話を聞いた仲間たちの多くは躊躇しましたが、空腹に耐えかね徐々に畑へ向かうようになりました。


畑を荒らす猪に困った人間たちは、周りに網を張り、罠を仕掛けました。

猪たちもしばらくはその罠をかいくぐっていましたが、ある日とうとう一頭が捕まってしまいました。

捕まった猪の悲しい声が静まった夜の山に染み込みます。

仲間たちはその声を聴いて、凍りついたように身動きもできません。

「自分たちの山が昔のように豊かだったらこんなことにはならなかっただろうに。」

仲間たちは思います。

そんな思いを感じ取り、彼は捕まった仲間のいる畑に向かいました。

そもそも畑のことを教えた自分を鞭打ちながら。


檻に捕えられた仲間が、近づく彼を見つめます。

その瞳には、すでに生きる望みを失い諦めきった静けさが漂っていました。

彼はその瞳に猛然と怒りを感じました。

湧き上がる怒りを檻にぶつけます。

何度も何度も突進し、ついには檻の扉が壊れました。

その後も彼は体をぶつけ続けましたが、ついには倒れてしまいました。


薄れて行く意識の中で、檻から出てくる仲間が見えました。

仲間の思いがぼんやりと届きます。

「ありがとう」

仲間が近づく影がかすかに見えています。

暗闇の中で近づくその影の中に一粒の光が灯りました。

光は徐々に広がり、やがて彼を包み込んでしまいました。

温もりが彼を眠りに誘います。

霞みゆらぐ光の中から双葉が現れました。

双葉はゆっくりと回りながら空に昇って行きます。

彼はその双葉を目で追いながらやがて眠ってしまいました。


優しい風が彼の体をくすぐります。

穏やかな気配に彼はゆっくりと瞼を開きました。

そこには畑も檻も仲間の姿もありません。

青い空と一面の草原、彼は静かに微笑みました。

風が仲間の思いを届けてきました。

彼はその思いを無性に何かの形にしたくなりました。

辺りを見回すと、自分の体に何かがぶら下がっていることに気づきました。

それは腰に巻かれたカバンでした。

彼はカバンを開け中身を取り出しました。

葉っぱでできた紙と、墨、そして細い竹のような管が出てきました。


「この紙に墨で自分の思いを表現できたら。」

彼は思います。

しかし、書こうとしても筆がありません。

彼はヒラメキました。

「自分の毛をこの管にくっつけて筆にすればいいんだ。」

さっそく彼は自分の毛をつまみとり、手でもみました。

そして管に取り付け、筆にしました。

でき上がった筆を墨につけると、彼はその筆を一気に紙の上に走らせました。


山で猪だった彼は、この島で道具を手に入れ、様々な思いを自分の毛の筆で表現しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る