第9話「香りのつくりべ」(スーメルさん)の物語
窓を開け、部屋に流れこむ朝のにおいを吸い込んで、彼女の一日が始まります。
毎日、それぞれに朝のにおいは違います。
彼女はそのにおいを香りに変えて石鹸にしています。
毎日生まれ変わる朝のにおいには、常に違う一日を過ごすエネルギーが秘められています。
そんな力を香りに込めて、彼女は石鹸を作ります。
島には彼女が作る香りのもとがたくさんあります。
彼女はこの島のいく種類もの草花で香りをつくっています。
草花摘みの籠を持って、彼女は毎日散歩に出かけます。
そして、今朝のにおいに合った草花を探して島を巡ります。
彼女には、朝のにおいに近い草花を組み合わせる嗅覚鋭い鼻が備わっているのです。
摘んできた草花を、籠に入れたまま数日間干しておきます。
乾いた草花をお湯に入れ、煮だします。
香りのエキスが溶け込んだ水を瓶に入れ、保存します。
香りのついた水を使って彼女は石鹸を作ります。
石鹸の材料に香りの水を加え、形を整えます。
石鹸の型も島には豊富です。
川に行けば石が、海に行けば貝殻が、石鹸の型として役立ちます。
そして何よりもうれしいことは、島の‘つくりべ’たちが、望みの型をいろんな素材で作ってくれることです。
出来上がった石鹸を彼女はみんなに分けています。
贈る人たちのその日の状態を嗅ぎ分け、それぞれに合った香りの石鹸を選んで分けています。
彼女は、ご主人と小学生の女の子と暮らす普通の主婦でした。
懸命に仕事をしていた20代が過ぎ、30になって結婚をしました。
多少の波はありましたが、おおむね生活は安定していました。
仕事を続けながら主婦業をこなしていましたが、それはおおかたの家族と同様です。
そんなある年、彼女の両親が立て続けに亡くなりました。
静かだった生活に突然の変化が起こりました。
家族は彼女にとっての救いです。
そんな家族を彼女はますます大事に思いました。
ある秋の朝、彼女は娘の弁当作りで早起きをしました。
カーテンを開けると、一晩中荒れていた天候がすっかり回復し、さわやかな光が窓から差し込んできました。
気持ちの良い朝を感じようと、彼女は窓を開けました。
勢いよく風が吹き込んで、彼女の体を流れます。
涼しさと暖かさ、消えゆく雨と昇る陽が混じり合い、霞みながらも優しい秋のにおいが彼女を包みます。
そのにおいから陽に輝く葉っぱのイメージが浮かび上がりました。
朝のにおいが彼女を過ぎようとしていました。
葉っぱもまたそのにおいと一緒に消えようとしていました。
彼女は、その葉っぱを追いました。
においの流れに乗って、葉っぱの後をついてゆきました。
においが消え、彼女は島にたどり着いていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます