第8話「音のつくりべ」(ニョッパさん)の物語

雨が木の葉をたたきます。

雨が川面に弾けます。

雨がクモの糸をつま弾きます。

雨が殻の中で響きます。

雨の音を聞きながら、一匹のカタツムリが二本の角を振っています。

気持ちよさそうに澄ました顔で葉っぱの上を滑っています。


自然の中は音であふれています。

その中から気に入った音を拾い、紡ぎ合わせることがカタツムリにとっての喜びでした。

中でも雨の音が一番のお気に入りです。

自慢の角をタクトのように振って、ばらばらに奏でられる雨音を、好みの音に調和します。


雨の降らない日、カタツムリは殻に閉じこもります。

殻を通して伝わる振動は、殻の中で音となり、心地よい調べが夢に誘います。

風の音は空に、波の音は海に、草木のそよぎは草原に、カタツムリは世界中を飛び回ります。

それぞれの場所で感じられる音を、その角をタクトにして奏でます。


ある日、カタツムリは海の中にいました。

そこには自分と同じ殻を持った生き物が泳いでいました。

無数の手を殻から出して、海の中を浮遊しています。

その生き物は、オーム貝です。

オーム貝はその無数の手を動かして、何かを奏でているようでした。

音の無い海の中にいて、かすかな調べをカタツムリは感じていました。

調べはカタツムリを更に深い眠りに誘いました。


砂浜に色とりどりの巻貝が打ち上げられています。

巻貝の中を風が通りすぎ、それぞれに音を発しています。

それは、意思を持つ貝たちが、自分自身で音を奏でているようでした。

カタツムリは、その音を聞き、自分が楽器となって奏でる音を想像してみました。

自分の殻をホルンのようにして、通りすぎる風を音にする。

なんて素敵な感覚だろう。

今までのカタツムリは、周りにある音を聞くことが楽しみでした。

巻貝が奏でる音を聞き、カタツムリは無性に自分で音を創ってみたくなりました。


カタツムリは音を創るため、殻から抜け出し、空っぽになった殻に風を送りました。

殻の向きを変えたり、入り口の穴を細くしたり、いろいろと試してみましたがうまくいきません。

ある日、一枚の葉っぱが飛んできて、殻の穴を塞ぎました。

塞いだ葉っぱに風が吹き、葉っぱは小刻みに震えました。

震える音が調べとなって殻から流れてきます。

カタツムリはその音に聞き入りながら涙をにじませました。


風が収まり、音もまた止みました。

カタツムリは抜け殻に近づこうとしましたが、動けません。

長い間殻から出ていたので、乾いてしまったようです。

目が徐々に霞み始めたその時、殻についていた葉っぱが舞い上がりました。

カタツムリは、霞む目で葉っぱを追いました。

葉っぱはどんどん遠ざかって行きます。

カタツムリは目をつむりました。

消え行く葉っぱを思い、夢の中でその後を追いかけました。


カタツムリは目を覚ましました。

いつものように自分の体は葉っぱの上にありました。

でも、どこか違っています。

手に何やらラッパのようなものを持っているのです。

水たまりがあったので、自分の姿を水面に映してみました。

そこには殻を背負ったカタツムリはいませんでした。


カタツムリはこの島で、‘音のつくりべ’として暮らすことになりました。

好きな音楽を、自分自身で作っています。

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