第6話「糸のつくりべ」(ケートさん)の物語
首のまわりの毛を引っ張り出して糸車につなぎます。
糸車を回してその毛を巻き取って行きます。
体中にたっぷり育った白い毛が首から下に向って巻き取られ、柔らかいうぶ毛だけが体に残ります。
顔と手と足の黒い部分を残してすべての白い毛を巻き取ると、彼女はいったんその作業を止めました。
彼女は自分の体の毛を巻き取って糸を作っているのです。
彼女は刺繍が趣味でした。
手作りの刺繍で子供の持ち物を作るのが好きでした。
布団カバーやよだれ掛け、上履き袋や給食袋、レッスン袋や道具入れなど、子供が必要なものに愛情を込めました。
子供も育ち、やがて別の家庭を持つようになると、家での仕事もめっきり減りました。
そこで、今まで子供のために作っていた刺繍を、自分の趣味として楽しむようになりました。
刺繍を趣味とする人々と集まり、思い思いの作品を作っては品評し合いました。
それは確かに楽しい時でしたが、何かが足りないような気がしてなりませんでした。
かわいい刺繍が施された布団を羽織って、赤ちゃんが静かに眠っています。
名前がつづられた上履き袋をひっつかんで、あわてて子供が出て行きます。
鏡に映るニキビが嫌で、カバーを降ろした後、描かれたカバーの刺繍をため息交じりに中学生が見つめています。
一晩中かかって書き上げた手紙を手提げ袋に入れて、不安そうに高校生が家を出て行きます。
お守りの入った袋を胸に抱え、祈る思いで高校生が駅に向かって行きます。
彼女は夢を見ていました。
それは、娘が嫁ぐ前夜の光景でした。
刺繍が施されたいろんな物を手に取って、家族が笑っています。
さまざまな思い出を、お母さんが、お父さんが、そして娘が楽しそうに話しています。
子供のために、家族のために、思いを込めて彼女は刺繍を施してきました。
その刺繍は、家族にとっての宝物でした。
そんな夢の中で、彼女は刺繍をしたくてたまらなくなりました。
家族への思いが体を熱く巡り、その思いが気持ちを掻き立てたのです。
彼女は糸を探しました。
しかし、いつもあるところに糸はありません。
ふと上を見ると、何やら光るものが垂れさがっていました。
それはまっ白な糸でした。
彼女はその糸に向かって手を伸ばしました。
もう少しで届きそうなところで、止まっていた糸が静かに上り始めました。
彼女は糸を追って伸び上がりました。
糸はどんどん上って行きます。
彼女の眼は夢中でその糸を追いかけます。
そして糸の姿が消えそうになったその時、白い光が弾け、彼女は夢から覚めました。
糸を追って自分の体から抜け出したもう一人の彼女は、こうしてこの島にやって来ました。
巻き取った自分の毛を糸にして刺繍を施す、‘糸のつくりべ’として、この島で暮らすことになったのです。
真っ白な毛を、様々な色に染めた糸にして、思いを込めた作品をつくっています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます