第28話 最後の契約

 飛行艇はゆっくり潜ってガンザシフロに到着した。

 一行は会議館のヴァンキスを訪ねた。

「みんな、よく来たな」

 待合室にヴァンキスが入ってきた。

「いえ、突然押しかけて申し訳ありません」

「そう固くならなくていいぞヴァイル。クリュテも逞しくなったな」

 ヴァンキスが微笑んで言うとヴァイルとクリュテが一礼した。

「皆さん、ようこそガンザシフロへ」

 リシラナが突然部屋に現われた。

「うわっ!」

 デアンは半透明のリシラナに驚いた。

「みんな、こちらがリシラナさんだ」

 オリエスはデアン達に紹介した。

「ど、どうも初めまして……それと驚いてすみません。デアンです」

「あなたがオリエスのお友達のデアンですね。よろしく」

 リシラナは穏やかにデアンに答えた。

「初めましてリシラナ様、シュミルです。そしてパンジィです」

 シュミルとパンジィは軽く会釈した。

「二人とも可愛い魔法使いですね」

 リシラナは微かに微笑んだ。

「初めましてノリゼンです」

「初めまして賢者ノリゼン。フウリイの面倒を見てくれてありがとう」

「いえ、とんでもありません」

 ノリゼンは恐縮した。

「えっそうだったのか」

 オリエスは驚いた。

「あ、ああ。オリエスの父上とは知り合いだったんだ。亡くなられてからフウリイ殿に寺院に住むように勧めたんだ」

「そうだったのか。ありがとうノリゼン」

「いや、急にかしこまられても困るぞ」

 ノリゼンは微笑んだ。

「それでじゃ」

 ヴァンキスが話に入ってきた。

「黒い聖樹の島に向かう為にヴィエルシフロから援軍が来る事になった」

「援軍ですか? 聞いていませんでした」

 オリエスは少し驚いた。

「ああ、お前達が出発した後で緊急で町の長同士で話し合ったのだ」

「失礼するよ」

 一人の長身の老人が入ってきた。

「紹介しよう。モノシフロの長のマイロスプだ」

「先日はモノシフロを助けてくれてありがとう。改めて礼を言わせてもらうよ」

 マイロスプは銀縁の眼鏡の位置を直して頭を下げた。

「いえ、マイロスプ様もご無事で何よりでした」

 ヴァイルが一礼した。

「でもよお。何でモノシフロが先に狙われたんだ? ここの方が近いのに」

 デアンは頬をかきながら呟いた。

「ここはリシラナの力で守られているし、ヴィエルシフロは治安維持部隊の兵器があるからな。手薄なモノシフロが狙われたんだろう」

「ああ、そういう事か」

 ヴァンキスの説明にデアンは納得した。

「デアン、あなたはとても勇敢ですね。フウリイを守ってくれてありがとう」

 リシラナは微笑んだ。

「いやだな、綺麗な人に礼を言われると照れるからやめてくれないか」

 デアンは笑った。

「私がいくらお礼を言っても照れないのにね。どんな美的感覚しているのかしら」

 パンジィが呟いた。

「相変わらずだな。パンジィは」

 ノリゼンが微笑んだ。

「デアン。あなたにこの武器を差し上げます。どうかこれでオリエスを守って下さい」

「えっ、武器!」

 デアンは喜んだ。

 ヴァンキスが箱から短剣を出した。

「これはな。古代の木の民が使っていた短剣をモノシフロで改良したものだ」

「ありがとうございます」

 デアンはヴァンキスから短剣を受け取った。

「なるほど。二つの剣をくっつけるのか。これは便利だ」

「全くガキね」

 はしゃぐデアンを見てパンジィは呟いた。

 オリエスは苦笑いした。

「それで話の続きだが、ヴィエルシフロの援軍が着いてから黒い聖樹の島に向かう。これが今の島の状況だ」

 ヴァンキスが掌を広げると大きな四角の画面が浮き出た。

「こ、これがあの黒い聖樹……」

 オリエスは驚いた。

 小島に凶暴な形に変化した黒い聖樹が伸びていた。

「前の攻撃で半分壊した筈なのにもっと凶暴な形になっているわ」

「あの木の中にデカいのがいるのかよ」

 シュミルとデアンが呟いた。

「ところがその巨大な生物は小さくなったようなんだ」

「体が小さくなったのですか」

 マイロスプの説明にクリュテは驚いた。

「ああ、やつは体に聖石を大量に取り込んでいるから聖石の反応から体の大きさを調べだが随分と小さいようだ。それでも人間の三人分の背丈はあるようだがな」

「無駄にでかいよりマシだが小さくなったからといって弱くなったとは思えないな」

 ヴァイルは呟いた。

「ああ、そうだ。聖石が体にある分、相当な魔力を蓄えていると思った方がいい」

「となると、やはり魔法の攻撃は効かないと見た方がいいですか?」

 ノリゼンが画面を見ながら言った。

「むしろ聖石があるなら木の民の魂のこもった武器を持つヴァイルとクリュテの攻撃が効くかもしれませんね」

 リシラナが呟いた。

「何にしろ戦わない事には何もわからないって事か……」

「あいつが聖石の力を使った時に我々の攻撃が効くかだな」

「もし効かんようなら一斉に退散するしかないな」

 クリュテとヴァイルの会話にヴァンキスが加わった。

 オリエスはしばらく目を閉じて考えた。

「オリエス、私の所に来て下さい」

 リシラナは言い残して消えた。

「うわっ消えた。どこに行ったんだ?」

「あんた、本当にいちいちうるさいわね」

 驚くデアンにパンジィは呆れた。

「リシラナは町に戻った。オリエス、奥の部屋から行きなさい」

「はい」

 オリエスはヴァンキスに言われて会議館の奥の部屋にある昇降機を使ってリシラナの町に降りた。


「こちらへ来なさい」

 無人の町にリシラナの声が響いた。

 町の中央の不思議な形の建物が明るく光った。

 オリエスは中央の通りを歩きながら周りを眺めた。

 半透明で中身のない輪郭だけの大小の建物が並んでいた。

「すごいな。これがリシラナさんの力で作られているなんて」

 しばらく歩いて輝く建物の前に着いた。

「お入りなさい」

 建物の透けた壁に四角い穴が開いてオリエスは建物に入った。

 建物の中から外の景色が透けて見えた。

「何だか中を歩いている気がしないな」

 オリエスは居心地悪くなってきた。

 広間の奥に地下へ通じる階段が見えた。

 洞窟の壁に燭台が同じ距離に置かれてぼんやりとした白い明かりが灯っていた。

「これは何の光なんだ」

 オリエスは燭台の炎に触れた。

 触れた時には温かいがすぐに冷たさが伝わった。

「冷たい炎? こんな物があるのか」

 オリエスは驚いて階段を下りた。

 長い階段を下りて石の扉の前に立った。

 ゴゴゴと鈍い音を立てて扉が開いた。

「何だここは!」

 オリエスは目の前の景色に驚いた。

 中は紺碧の光に照らされた鍾乳洞だった。

「石が光っているのか」

 壁面も床も光り水の流れが残る岩肌がむき出していた。

 少し歩くと丸い石柱に囲まれた石棺が見えた。

「ここは墓? あの人の墓なのか」

 オリエスは石棺を覗いた。

 中には何もなかった。

「ここには私の亡骸がありました。しかし長い歳月で亡骸は朽ち果てました。オリエス、この棺に触れて下さい」

「はい……」

 リシラナの声に従ってオリエスは棺の縁に触れた。

「これがあなたが出来る最後の契約です」

「最後?」

「そうです。そしてこれであなたの体の聖石の力が増幅します。しかしそれはあなたの死を更に早める事になります。それでもやりますか?」

 《死》の言葉を聞いたオリエスは戸惑った。

「教えて下さい。俺はこの戦いで死ぬ為に生まれたのですか?」

「死ぬ為に生きる……それは人として生まれてきた以上、誰もが背負わされた宿命です。ですが死の訪れには何も意味はありません。もしバルザゲアがこの星に来なくてもあなたはいつか死んでいたでしょう」

「そんな事はわかっている。でもなぜ俺が死ねばみんなが救われるんだ」

「それはあなたの自惚れです。あなたが死ぬ事で救われない程に傷つく人もいるんですよ」

「あなたは一体俺にどうしろと言うんだ! 戦って死ねと言うのか、ここで戦いをやめて引き返せと言いたいのか」

 オリエスは苛立って怒鳴った。

「この星で聖樹になった木の民は誰もが世界の人々が海の中で暮らせる為に力を解放した訳ではありません。他人の為にそこまでやれる人なんてごく僅かです。自分の仲間や家族、そして自分の子孫がいずれ沈む陸上に住んで死んで欲しくない……そう願って海へ身を投げて行ったのです。上辺の願いではなくその人の心の奥底に秘めた叫びでもある命をかけた願いであの姿になったのですよ。私が愛した人はここの聖樹となりました。そして私はその聖樹の下で町を作った。私を一人で生きている悲しい女だと思う人がいるかも知れませんが違います。私は幸せなんです。あの人とそばにいるのだから」

「そうなんですか。それがあなたの願いだったのですね。俺にも秘めた願いがあるのでしょうか」

「あなたの願いはあなただけの物です。もしあなたの願いが気安い綺麗事を並べたものなら叶うかどうかわかりません」

「わからない……俺の願いの力が気安いものか」

「願いの力……あなたは今そう言いましたね。何かを願うには力が必要なのです。そして強さも」

「俺が願いを叶えるには力と強さが必要って事ですか」

「そうです。死にたくないと宿命に抗う願いももしかしたら叶うかもしれません」

「随分勝手な事を言うんですね。あなたはわがままな人だ」

 オリエスはふっと微笑んだ。

「もちろん叶う保証はしませんよ。わがままな女は嫌いですか?」

 リシラナは穏やかに言った。

「わがままな女の子と一緒にいるのでもう遠慮したいです」

「まあ、あとで二人に言っておきますよ」

 リシラナは微笑んだ。

「オリエス、あなたは強い子です。どうか自分を信じて下さい」

「はい。ありがとうございます。リシラナさんもどうか見守って下さい。それじゃ契約します」

 オリエスは石棺に手を触れて意識を集中した。

「最後の契約です。風の魔法を放ちなさい」

「はい」

 リシラナの声に従ってオリエスは石棺に魔法を放った。

 体から魔法が吸い寄せられた感覚になってすぐに何かが体に流れ込んできた。

「う、うわああああ!」

 体の血管に激しく電流が流れる感覚にオリエスの体がびくんびくんとうねった。

「俺は願う。聖石の力を解放してどんな姿に変わっても俺は生きる。必ず生きるんだ!」

 体中に痛みを感じながらオリエスは叫んだ。

 オリエスの体から無意識に魔法が放たれた。

 体の周りに竜巻が生まれた。

 背負った剣が勢いで落ちて天井に舞い上がった。

 落ちてくる剣を右手で取ると剣は緑色に輝いて木から銀色の剣に変わった。

 オリエスは目を閉じて風を鎮めた。

「契約は果たされました」

 リシラナの声でオリエスは目を開いた。

「これで本当に契約が済んだのか」

「そうです。これであなたの体の聖石の力が強くなりました。魔法の威力も強力になります」

「ありがとうございます。バルザゲアと戦えるのですね」

「あなたの力はとても強い。それゆえに聖石の解放も早まるでしょう。どうか魔力を使う時はくれぐれも気をつけて下さい」

「はい。それじゃ行きます」

 オリエスは石棺のある部屋を出てリシラナの町に戻り中央の通りを抜けて昇降機で上がった。

(リシラナさんは姿を変えてもずっと好きな人と一緒にいる。俺もみんなと一緒にいられるのかな。どんな姿になっても……)

 遠のく透明の町を見下ろしながらオリエスの表情が曇った。


 オリエスは会議館に戻り待合室の部屋に入った。

「どうだった」

 デアンは心配そうな表情で訊いた。

「ああ、最後の契約を済ませたよ」

 オリエスは剣を見せた。

「おお、あの木の剣がこんな風に変わるとは」

 ヴァンキスは驚いた。

「オリエス、作戦の準備は出来た。明日出発だ」

「わかりました」

 オリエスはヴァイルに答えた。

 作戦の説明を聞いた後でひとまず解散した。

「ガンザシフロってお役人の町だって聞いたが、意外と質素なんだな。もっと金持ちが住んでいるかと思った」

「どうせあんたの事だから何か金目の物がないか期待していたんでしょ」

「あのな。いつまで泥棒みたいに俺を見るんだよ」

「さあ一生かもね」

 デアンとパンジィが話している後ろをオリエスは歩いた。

(いよいよ決まるのか。リシラナさんに誓ったのはいいけどどうなるのかわからない)

 オリエスは不安に思っていた。

「ああ、俺は先に宿屋に行くよ」

 不安に思ったオリエスは一人で別れて宿屋に向かった。

 その晩、オリエスは宿屋を出て湖の岸辺で瞑想した。

「眠れないのか」

「あ、ああ」

 背後からノリゼンが話しかけてきた。

「みんなそうだろうな。あの化け物と戦うから」

 オリエスは風の魔法を掌に出した。

「そうだな。勝つ事だけを信じるしかないからな」

 ノリゼンも掌に光の球を出して意識を集中した。

 球が眩しく輝いた。

「俺は自分の命を賭けて戦う事に迷わないけどみんなを巻き込みたくないな」

「それは違うな。みんな命を賭けて戦うんだ。自分の為、守りたい人の為にな。お前の為などずっと後に考えているさ」

 オリエスの言葉をノリゼンはきっぱりと否定した。

「いつになく厳しいな」

「戦いはそういうもんだぞ。目の前で仲間が無残に死んでも泣く暇があったら目の前の敵と戦わなければならないんだ。そして戦いが終わったらとことん泣く。恥ずかしがらずに大声でな」

 ノリゼンの言葉にオリエスは掌の魔法を消した。

「そうか。俺ってまだまだ甘いんだな。ありがとう、覚えておくよ」

「オリエス、今さら甘い励ましは言わないがお前は戦っても死ぬなよ」

「ああ。お休み」

 オリエスは宿屋に向かった。

「そうだな。俺と同じでみんなも自分や誰かの為に戦うんだ」

 宿屋の部屋に戻るとデアンが寝ていた。

「もう戻っていたのか」

 オリエスもベッドに入って眠りについた。

 翌朝、一行は潜水艇に乗って出発した。

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