第27話 契約・ヴィエルシフロ

 二人を乗せた潜水艇の先にヴィエルシフロが見えた。

「どうする。先に契約を済ませるか?」

「ああ、そうだな。聖樹の近くで待っていてくれ」

「わかった。えっと、あ~あ~」

 デアンは無線機を操作した。

「こちらヴィエルシフロ第5部隊であります。オリエス殿をお連れしました。まず聖石で契約を済まされるとの事。終わり次第、治安局に入るのであります。ハイッ!」

「了解。レガルト様に伝えておく」

「はっ!」

 デアンは無線機を切った。

「何だよ。今のは」

 オリエスは笑いながら言った。

「お前がいない間、ずっとここの兵士達と動いていたから喋り方覚えちまったんだ」

「ハハハ。じゃあ行ってくる」

「おう、気をつけてな」

 オリエスは船室を出た。

 乗降室の注水が終わりオリエスはハッチを開けて外に出た。

 聖樹の周りに停まっている護衛の潜水艇の間を抜けて聖樹にたどり着いた。

(聖石は……)

 オリエスは太い幹に沿って上へ泳いだ。

(あった)

 幹の穴の奥で緑色に輝く聖石を見つけた。

 オリエスは聖石に触れて魔法を放った。

(うっ……)

 体に流れる前に胸に痛みが走った。

(これで最後だ……これで)

 オリエスは再び魔法を放った。

 聖石の力がオリエスの体に流れ込んだ。

(苦しい……今度は胸も苦しい……)


(今お前の心の聖石に力が満たされた。これから強い力を解放する度に聖石が育つであろう。契約は果たされた)


 太い男の声がオリエスの頭の中に響いた。

(これで終わりか……)

 オリエスの胸がほのかに緑色に輝いた。

 胸の辺りから気泡が立った。

(ありがとう。古の木の民よ)

 オリエスは聖石をそっと撫でて聖樹を後に泳ぎだした。

 二人を乗せた潜水艇はヴィエルシフロの港に入った。

「オリエス、デアン!」

 二人が船を降りると港の入口でレスペルクとヴォリラが手を振って立っていた。

 オリエス達はレスペルク達と再会を喜んだ。

「ヴォリラもすっかり良くなったな」

 デアンはヴォリラの肩を叩いた。

「おう! 今はレガルト様の身辺警護をやっているんだ」

「へえ、すごいじゃないか」

「オリエス達が来たと聞いて私も来たんじゃ。私もレガルト殿の補佐を勤めているんじゃ。まあ非常時と人手不足で仕方ないがな」

「そうなんですか。今から治安局へ行きます」

「おう、私達も行こう」

 四人は治安局へ向かった。

「オリエス、よく無事だった」

 治安局の部屋でレガルトが出迎えた。

「はい、色々ありましたが何とか……」

「そうか。皆あれから色々あったからな」

「他の町はどうなんですか」

「ああ、各地の聖石が次々と奪われてな。町の者達が逃げ出したが酷い有様だ」

 レガルトの口調が重くなった。

「聖石を失った聖樹のふもとの町は空気が失われていく。逃げ遅れた者は苦しみながら死んでいくしかないんだ」

 レスペルクはうつむいて呟いた。

「ひでえ話だ。だからこうして戦っているんだけどよ。敵が多くてあちこちで手間取っているのさ」

 デアンは険しい表情で話した。

「ここまで酷くなった以上、バルザゲアを倒すしかない。やりましょう。もうそれしかない」

 オリエスはレガルトを見て話した。

「かと言ってむやみに突っ込むだけでは……」

「俺がやります」

 オリエスは厳しい表情で答えた。

「やれるのか?」

 レガルトの口調が厳しくなった。

「わかりません。ですが聖樹をこれ以上失う事は許せません。あれは昔の木の民が人々の無事を願って変わった姿なんです。その人達の心である聖石を奪うなんて許せません。そして俺はバルザゲアを倒して父さんや母さんを眠りから覚ます事を願って聖石と契約を結びました。俺があいつを倒します」

「おい、何のことだよ。聖樹が木の民とか……」

 デアンは戸惑った。

「デアン……」

 オリエスはデアンを抱きしめた。

「すまない。デアン……」

 オリエスの口調が震えた。

「おい、何で謝るんだよ。どうしたんだよ」

 オリエスはデアンから離れた。

「倒そうな。必ず」

「あ、ああ」

 オリエスの言葉にデアンは不思議な表情で答えた。

「そうか、そこまで知ったのか……」

 レガルトとレスペルクの表情が曇った。

「ヴォリラとデアンは先に外で待っていてくれんか」

「はい。デアン行こうぜ」

 レスペルクは二人を外で待たせた。

「もう一度訊ねよう。本当にそれで良いのか」

 レガルトの表情が険しくなった。

「ガンザシフロのヴァンキスから言われたよ。リシラナがオリエスを守ってくれと言っているとな」

「リシラナさんが……そうですか。二人とも知っていたんですね」

 オリエスはリシラナの表情を思い浮かべてふっと微笑んだ。

「俺には世界の更なる成長がどうなるかわかりません。俺はただ父さんや母さんや仲間を守りたいだけなんです。それは他の人から見たらとても小さな願いにしか見えないでしょうが俺にとっては今一番叶えたい願いなんです。俺は誰かの犠牲になるんじゃなくて俺の願いを叶えるんです」

 オリエスが穏やかに話した。

 部屋の中がしばらく静かになった。

「わかった。お前に託そう。私に出来るのはお前が守りたい仲間と共に送り出してやるだけだ。許してくれ」

「いえ、そんな。お子さん達を危ない目に遭わせる事になるのに……」

「それなら大丈夫だ。あいつらはお前の使命を果たす為に必ず役に立つであろう。何しろ私の子供だからな。甘く見てもらっては困るぞ」

「そうですね。感謝します」

「もうモノシフロから港に着いているはずだ。頼んだぞ」

「はい」

 レガルトはオリエスと固く握手を交わした。

「それでは失礼します」

「気をつけてな」

 オリエスはレスペルクと共に一礼して部屋を出た。


「これからどうするんだ」

「ガンザシフロへ行きます。そこでもう一度リシラナさんと作戦を考えます」

「わかった。ヴァンキス殿には話を通しておこう」

「ありがとうございます」

 オリエスがレスペルクと廊下を歩きながら話しているとデアンとヴォリラが座っていた。

「待たせたな」

「別に待っちゃいねえよ」

 デアンは明るく答えた。

「ヴォリラ、ノリゼンに港へ行くように言ってくれ」

「はい」

 レスペルクの指示でヴォリラは走って行った。

「それじゃ私はヴァンキス殿に連絡してくる。気をつけてな」

「はい」

 オリエスは答えてデアンと一緒に治安局を出た。

 港に入るとヴァイルとクリュテとパンジィとシュミルが待っていた。

「みんな無事で良かった」

「まさか、あんな程度で死ぬと思ったのか」

「ああ、腕ならしにもならなかった」

 ヴァイルとクリュテは冷めた口調で言った。

「全く海の中でも派手に暴れて本当、脳筋兄弟よね」

「でもいつにも増してお兄様達が強くて頼もしかったですわ」

 皮肉を言うパンジィにシュミルは笑った。

「待たせたな」

 ヴォリラがノリゼンを連れてきた。

「話は聞いた。オリエス、いよいよだな」

 ノリゼンが厳しい表情で言った。

「みんな、これで本当に最後にしよう。まずはガンザシフロへ行こう。リシラナさんに会って作戦を立てるんだ」

 オリエスは皆を見渡しながら言った。

「それじゃ行こうぜ」

 デアンが言うとみんな黙って頷いて飛行艇に乗った。

「これが飛行艇か。初めて乗るぜ」

「結構怖いぞ」

 デアンが驚いている後ろでオリエスは微笑みながら言った。

「これ、空を飛ぶのよね。ちょっと怖いわ」

「どんな感じで飛ぶのでしょうね」

「やれやれ、これじゃ遠足だな」

「全く……」

 賑やかな船室でノリゼンは黙って操縦席へ向かった。

 オリエスはノリゼンの元へ歩いた。

「ガンザシフロのリシラナ様か。噂では聞いていたがまさか会う事になるとは」

「ああ、何万年もガンザシフロの地下でこの世界を見守ってきた人だ。何かいい策があるといいが」

「オリエスはどうなんだ。勝てる見込みはあるのか」

「それは……」

 オリエスは言葉に詰まったが、

「勝つだけだよ。それが俺の願いだ。その先に俺が見た世界がある」

 固い表情で答えた。

「出発します」

 操縦席の男が言うと船が潜り始めた。

 オリエス達は席に座った。

 飛行艇は町を出てすぐに浮上して海上に出た。

「離陸します」

 操縦士の声が船室に響いた。

 船体がふわっと浮いた。

「うわあ、揺れてるぞ」

 船体がぐらぐらと揺れながら浮上して前進した。

「船体が安定しました」

 操縦士が言うと船室の緊張が一気に解けた。

「もう死ぬかと思ったわ」

「あら珍しく怖がっていたわね。パンジィ」

「そりゃ初めてだからね。空に浮くなんて死ぬ時だけだと思っていたのに」

「やめなさいよ。大げさね」

「そうね。まあ本当に死なないように頑張るわ。緊張したら眠くなったからちょっと寝るわね」

 パンジィは席で眠り始めた。

「でもよお、あんなデカブツにどう立ち向かうんだよ」

「そうだな。顔を狙うしかないな」

 クリュテは腕を組んでデアンに答えた。

「俺もそう思うな。頭を集中的だな。オリエスはどう思う?」

「頭が弱点なのかわからないが固い体を狙うよりはまだマシだな。でも一番の問題は聖石を体に入れている点だ。魔法が効かない時も考えないといけないな」

 オリエスはヴァイルに答えた。

 船室で話し合っている内にガンザシフロの上空に来た。

 船体は着水して船室が激しく揺れた。

「うわあ、着水も激しいな」

「ちょっと、急に揺れるからびっくりしたじゃない」

「パンジィたらよく寝てたじゃない」

 船室が騒がしくなった。

「は~い。これから潜水します」

 操縦士が呆れた口調で言った。

「ほら騒がしいからあなた達、子供扱いされてるわよ」

「お前も含めてだがな」

 ヴァイルがシュミルに呆れながら言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る