第24話 契約・ガンザシフロ

(あれか……)

 オリエスはガンザシフロの近くまで来た。

 《ガンザシフロ》──

 アクアティリスの行政都市であり実質的にこの星の首都である。

 しかし聖樹が他の町より一回り大きい程度で華やかな景観はなく政治を行う者達が住む位で静かな雰囲気の町だ。

(これじゃ聖石と契約が出来ない……)

 オリエスは聖樹に近づいたが聖石の周りは急造の壁に囲まれていた。

 諦めて港に入るとヴィエルシフロの潜水艇が数隻止まっていた。

「あの……」

 オリエスは港にいたヴィエルシフロの兵士に話しかけた。

「何だね」

「ヴィエルシフロの人ですよね。オリエスという者ですがクリュテ様かヴァイル様かシュミル……様と連絡を取りたいのですが……」

「オリエス……ここにいたのか! わかった。少し待っていてくれ」

 兵士は急いで潜水艇の中へ入った。

 潜水艇から指揮官の制服を着た男が出てきた。

「オリエスか! よく無事だった。私はジルだ。それでここには?」

 オリエスは指揮官のジルに事情を話した。

「なるほど、聖石と契約か……しかしバルザゲアが聖石を狙っているかも知れないので見ての通り聖石を壁で囲んで我々が守っているんだ。船の中の無線機ならヴィエルシフロに通じるからレガルト様からヴァンキス様に頼んでもらおう。君も来てくれ」

 ジルはオリエスを潜水艇に案内した。

 しばらくしてオリエスはジルに呼ばれて無線機に話しかけた。

「レガルト様、オリエスです」

「おお、オリエスか。無事でよかった。みんな心配していたぞ」

「みんなは無事なんですか」

「ああ、今は各シフロの警護に当たってもらっているよ。事情はさっき聞いた。ジルと一緒に会議館へ行ってくれ」

「会議館……わかりました。ありがとうございます」

「今後の事はそれからだな。急いで行きたまえ」

 無線でレガルトと話したオリエスはジルと共に町に入り会議館へ向かった。

「静かな町ですね」

「ああ、ここが賑わうのは町の長達が集まる時位だからな。普段はこんな感じだ」

「そうですか……」

 同じ高さの建物が規則正しく並んだ町並みを歩くと白いドーム状の建物が見えた。

「あれが会議館だ」

「大きいですね」

 二人は巨大な白いドーム状の建物の中に入った。

 会議館の中の窓口でしばらく待っていると痩せた女に階段を上って広い部屋に案内された。

「随分物々しい感じですね」

「町の長と話をする場所だからな。うちのレガルト様の方がむしろ無防備すぎるよ」

「はあ……確かにそうですね」

 オリエスは苦笑した。

 部屋のドアが開いた。

「君がオリエスか」

 特徴的な髪型をした老人が部屋に入ってきた。

「はい。あなたがヴァンキス様ですか」

「ああ、そうだ。よく来たな。待っていたぞ」

「待っていた? 俺を……」

「まあその辺は場所を変えて話そう。君だけ来たまえ」

「わかりました。じゃあ行ってきます」

 ジルは「ああ」と小さく手を上げて答えた。

 部屋を出たヴァンキスとオリエスは階段を下りて奥にある昇降機に乗った。


 昇降機は静かに下へ降り始めた。

 ほのかに明るい小さな空洞を降りていくと急に視界が明るくなった。

「眩しい」

 オリエスは思わず目を閉じた。

「見たまえ、この町を……」

 ヴァンキスの言葉にオリエスはゆっくり目を開けて下を見た。

「何だこれは!」

 オリエスの目に入ったのは白い半透明の建物とピラミッド状の建造物が並んだ地下に広がる町だった。

「こ、ここは」

 地下空間の青い壁面と眩しい位に白い地面に建つ透明の町並みにオリエスは驚いた。

「ここはリシラナの町……我々はそう呼んでいるよ」

「リシラナの町……」

 オリエスは呆然とした。

 二人は町の入口に降りた。

「うわっ!」

 半透明の女がふっと現われてオリエスは驚いた。

「オリエス、彼女がリシラナ。この町の主だ」

「リ、リシラナさん……オリエスです」

 オリエスは驚きを隠さないままリシラナに挨拶した。

「オリエス、あなたの事は聖樹を通して知っていますよ。会いたかったです」

 リシラナは澄んだ声で話した。

「この声、前に聞いた事があります。あなたでしたか……」

 オリエスは固い表情のまま言うとリシラナは微笑んだ。

「あなたも木の民なんですか」

「私も昔は木の民でした。そして今はこの町に姿を変えています」

「この町? この町全てがあなたなんですか」

「リオーザから聞いたと思いますが木の民は力を解放すると他の形に変貌するのです。私は人々が海底に住む町を欲しかった。しかし私の力が足りずにご覧の通り人が住めない町に変わってしまいました」

 リシラナはふっと目を伏せた。

「でも、あなたの願いが伝わってこの素晴らしい町が出来たのでしょう。あっすみません。余計な事を言って」

「フフフ、オリエスは良い子ですね。木の民の血を色濃く持つ者だからか知りませんがあなたの願いもとても素敵ですよ」

 リシラナの言葉にオリエスは表情が曇った。

「そうですか。リシラナさんも俺の願いを知っているのですね」

「ええ、あなたが何を悩んでいるかわかりませんが願いが叶うといいですね」

 リシラナは微笑んで話した。

「それでリシラナ。オリエスに聖石の契約をさせたいのだが」

 ヴァンキスがリシラナに訊くと、

「ええ、構いません」

 リシラナは穏やかに答えた。

「オリエス、わかっているでしょうが巨大な力を使う事はあなたの命を削るのです。くれぐれも気をつけるのですよ」

「はい。わかっています」

 オリエスは厳しい表情に変わった。

「あなたの願いが叶う事を祈っています。ヴァンキス、帰りに例の物をオリエスに」

「わかった」

 ヴァンキスは歩き出した。

「それじゃ俺も……」

「ええ。気をつけて。ここの聖石の契約を済ませたらモノシフロへ向かいなさい。魔物達が来ています」

「モノシフロが! 大変だ。あそこには……」

「ええ、フウリイがいます」

「フウリイ……さん……」

 オリエスは言葉に詰まった。

「オリエス、まだ複雑な気持ちなのでしょう。だけど木の民の血筋がどうこうではなく、彼女はあなたを生んでくれた女性なんです。守ってあげて下さいね」

「わかりました。守ります。必ず」

 オリエスは口元を固く結んでリシラナに一礼をすると走って昇降機へ向かった。

「お待たせしました」

「よし、行こう」

 ヴァンキスが操作すると昇降機が昇り始めた。

「ありがとう……リシラナさん」

 オリエスは町へ戻っていくリシラナを見下ろしながら呟いた。


 会議館に戻ったオリエスは走りだしたが、

「さっきの待合室で少し待っていなさい」

 ヴァンキスは言うと早足で歩いて階段を上っていった。

「急がないといけないのに」

 オリエスは苛立ちながら待合室に向かった。

「おお、早かったな」

「大変だ。モノシフロが襲われているって」

「何だと! でも大丈夫だ。向こうにはヴァイル様とクリュテ様がいる。また魔物が人間を改造したら大変だからな。ここより更に厳重に守っている筈だ」

「そうだけど、あそこには……ああヴァンキス様に待っていろと言われて動けない」

 オリエスは一人で苛立った。

「まあ焦るな。いいか、こういう時はどっしりと待つもんだぞ」

 ジルは焦るオリエスをなだめた。

 ヴァンキスが入ってきた。

「待たせたな」

「俺は契約を済ませてモノシフロの魔物を退治に行きます」

「ああ、お前が焦らずともヴィエルシフロの部隊が守っている。取りあえずお前は聖石の契約を済ませるんだ」

 ヴァンキスは穏やかにオリエスを諭した。

「ほらな。この人みたいにどっしり構えるのが男ってもんだぞ」

「ふん、若僧に褒められても嬉しくないわ」

 ヴァンキスはジルを見て呟いた。

「これがリシラナに頼まれた物だ。着てみるといい」

 ヴァンキスはオリエスに薄緑色の服を渡した。

「えっ、これをですか。わかりました」

 オリエスは服を受け取るとその場で着替えた。

「軽いですね」

 服は上下が薄緑で袖と裾に模様が入っていた。

「これは木の民が昔着ていた服だ。聖樹の葉を織り込んであって魔法の力を制御できるそうだ」

「へえ……」

「そしてこれは木の民が使っていた剣。見ての通り木で出来ているが魔法剣と呼ばれるもので掌に魔法を集中して使うと切れ味が上がるそうだ」

「へえ……って今読んでいる紙を渡してくれたら別にいいのですが」

「いや、あまりにも古い物で私もよくわかっていないんだ。すまんな」

 ヴァンキスは笑った。

(大丈夫か……)

 オリエスは少し不安になりながら剣を背負った。

「よし、これで準備が整った。まずは聖石の契約をするんだ。そして終わったら港に戻って飛行艇に乗ってくれ。無駄に魔法を使わせるわけにはいかないからな。それでモノシフロまで送らせよう」

「わかりました。ありがとうございます」

 オリエスはヴァンキスに礼を言ってジルと共に部屋を出た。

「急ごう」

「俺は飛行艇の手配をしてくる。ちゃんと戻ってくるんだぞ」

「はい」

 オリエスはジルを抜いて全力で走った。

 港に着いたオリエスは海に飛び込んで町を出て聖石に向かった。

 聖石の周りにいた潜水艇の先端の光が点滅した。

(案内してくれるのか)

 オリエスは潜水艇に近づいた。

 潜水艇から潜水服を着た二人の男が出てきた。

 男達の案内でオリエスは聖石に囲まれた壁の上へ泳いだ。

 壁の上には隙間があり、男達はここに入るように指示した。

 オリエスは指示に従って隙間に入った。

(あった。聖石だ)

 聖樹の幹に埋もれた聖石が緑色に輝いていた。

 ロコトロアで始祖の聖樹と契約した時と同じようにオリエスは聖石に触れて掌から風の魔法を放った。

 聖石の力が体に入ってきた。

(うっ……苦しい。息が止まりそうだ)

 オリエスは必死に体に入ってくる力を受け入れた。


(恐れるではない。お前に流れる力は血を伝いお前の力となる。もう一度力強く魔法を放つんだ)


 オリエスの頭の中に低い男の声がした。

(力強く!)

 オリエスは再び聖石に魔法を放った。

「ぐわっ……」

 オリエスは声を上げた。

 気泡がぶくぶくと立った。

(体に流れ込む物が俺の力に変わる……)

 オリエスは息苦しさを堪えて力を受け入れた。


(契約は果たされた。その力はお前の物になった)


(ありがとう)

 オリエスは聖石をそっと撫でて上へ泳いだ。

 壁の隙間から出てそのまま港に入った。

「こっちだ!」

 ジルが手を振った。

 オリエスは水から上がるとジルの元に走った。

「これに乗ってくれ。あとは運んでくれる」

「わかりました。ジルさん、ありがとうございます」

「気をつけてな」

「はい」

 オリエスはジルと別れて飛行艇に乗った。

 船室は狭く小さな座席が数個あった。

「出発します」

 操縦士が言うとオリエスは急いで席に座った。

「これが飛行艇……飛ぶのか?」

 オリエスはゆっくり潜る飛行艇を見ながら不安になった。

 飛行艇は港を出てすぐに浮上を始めた。

 しばらくして船が止まった。

「海上に出ました。これより飛行します」

 操縦士の声と共に飛行艇は前進して浮いた。

「これ、浮いているのか……」

 今まで経験した事がない浮遊感にオリエスは驚いた。

「雲の海だ」

 飛行艇の窓からオリエスは眼下に広がる雲を眺めて呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る