第23話 契約・ロコトロア

 海中を泳ぐオリエスは美しい珊瑚礁や魚影の景色に目を見張った。

 潜水艇から見る景色と違ってどこまでも広がる透明度の高い海の中を自由自在に泳ぐ開放感は今まで体験した事のないものだった。

「不思議だ。全く冷たさを感じない」

 オリエスの体を包んだ緑色の光の膜は冷たい水を遮っていた。

 だから保温が必要な潜水服も着ないで深い海を潜っていられた。

 透明度の高い海水はコロナボスの日差しが深くまで届いて海溝の先まで見えた。

 オリエスは海溝に入った先の横穴に着いた。

 水から上がるとガクッと重力に体力を奪われた気分になった。

「意外と疲れるな」

 オリエスは前屈みになって息を荒くした。

 そしてしばらく休んで洞窟を歩いてロコトロアに入った。

「おお、オリエス。無事だったか」

「怪我はしなかったか」

 ロコトロアの人々はオリエスを温かく出迎えた。

 人々に明るく振る舞いながら始祖の聖樹の前に立つヘミンスの元へ歩いた。

「ヘミンス様。また来ました」

「ああ。バルザゲアの戦いは大変だったな。聖樹の声が聞こえていたよ」

「リオーザ様にお会いしました。ヘミンス様によろしくとの事でした」

「リオーザか。相変わらず地上でのんびり暮らしているのだろうな」

 ヘミンスは静かに微笑んだ。

「それでここに来たのは強い力が欲しいからか」

「はい。始祖の聖樹と新たに契約をする為です」

 オリエスは固い表情で答えた。

「リオーザに会ったという事は聖樹は木の民が変わった姿だと聞いたのだな」

「はい。木の民が人々を救う為に海に沈んで力を解放したと……」

「そうだ。オリエスよ。お前はバルザゲアを倒す為に契約を結ぶのか」

「はい。バルザゲアを倒して父さんや母さんを目覚めさせたい。仲間を救いたいのです」

 オリエスの覚悟した口調にヘミンスは黙って腕を組んだ。

「オリエス、力を手に入れた代償の事はリオーザから聞いたかね」

「代償……いいえ、ヘミンス様から聞くように言われました」

「全く、嫌な話はこっちに振ってきたな。リオーザ……」

 ヘミンスはオリエスを厳しい表情で見た。

「いいかね。力を手に入れた代償は寿命が短くなるんだ」

「えっ。寿命……」

 ヘミンスの言葉にオリエスは戸惑った。

「聖石の大いなる力を手に入れた者は体の中に聖石が宿る。その力を使う度に聖石が育ち力を全て使い切った時に体が聖石に変わるんだ。その先はどんな形になるかわからない。それは願い次第だ」

「そうやって昔の木の民は聖樹になったのですね……」

「そうだ。オリエスは自分の姿が何かに変わってもいいのか。それが人の姿でなくても」

 ヘミンスの厳しい口調の問いかけにオリエスは黙ってうつむいた。

「このままバルザゲアの手で滅びていくのが我々の運命かも知れない。人々が滅んで新たな世界の成長が進むのもあり得るだろう。お前一人が背負う事ではないんだぞ」

 ヘミンスはオリエスの肩に手を乗せた。

「ヘミンス様。俺には世界がどうなるとかわからない。でも父さんと母さんがまた目を覚ましてくれて俺が生きている間だけでも一緒にいてくれたらそれでいいんだ。もちろん仲間ともね。寿命が縮まって俺が先に死んだとしてもその時間が最高に幸せな時だと思えるなら俺は構わない」

 オリエスは目を潤ませた。

「だからその幸せな時が訪れる為に俺は力を手に入れたい。背負うとか犠牲になるというのではなくて俺が心からそうなる事を望むんです」

 オリエスは言葉をかみしめながら話した。

「だから契約させて下さい。お願いします」

 オリエスは覚悟を決めてヘミンスに頼んだ。

 周りで人々のすすり泣く声が大きくなった。

「無理しなくていいんだぞ」

「父さんや母さんは眠ったままでも生きているんだぞ」

 人々はオリエスに話しかけた。

 オリエスは振り向いた。

「ありがとう、心配してくれて。俺は大丈夫です。皆さんも祈っていて下さい」

 オリエスは穏やかに微笑んでまたヘミンスを見た。

「わかった。契約をしよう。聖樹に触れたまえ」

「はい」

 オリエスは聖樹の前に立ってゆっくりと両手で聖樹の細い幹に触れた。

「いいかね。掌に風の魔法を作って全力で聖石に放つんだ」

「はい」

 オリエスは掌に意識を集中して風の魔法を幹に放った。

 聖樹の幹が揺れた。

「力が抜けていく……」

 オリエスは目の前が霞んた。

 聖石から体に流れ込んでくる力を感じた。

 緑の香りのする何かが体の中を駆け巡った。

 そして胸の奥に何か異物を感じた。

 体の中に流れる物が消えてオリエスの意識がはっきりした。

 オリエスは大きく息を吐いた。

「ありがとうございます。力が体に入りました」

「お前の胸の奥の異物は聖石だ。力を使い切ると体が石になるから力の使い方を間違わないようにな」

「はい」

「それとバルザゲアを倒すにはこれだけの力では無理だろう。他の町の聖石と契約する必要がある」

「えっ。そうなんですか」

「モノシフロとヴィエルシフロ、そしてガンザシフロの聖石と契約したまえ。その三つの聖石は非常に強力だからな。とりあえずここから近い東のガンザシフロに行くといい。契約の仕方は聖石に触れて今と同じように魔法を放つんだ」

「わかりました。それじゃ行きます」

「気をつけるんだぞ」

「はい」

 オリエスはヘミンスと別れた。

「オリエス……」

 オリエスは住民に囲まれた。

「皆さんもお元気で」

 オリエスは人々に一礼してロコトロアを出た。

「ガンザシフロか……」

 洞窟を抜けたオリエスは海に飛び込んだ。

「このまま行こう」

 海溝を出てオリエスは東へ進んだ。

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