第19話 異界の王(1)

 ヴィエルシフロを出た潜水艇は黒い聖樹の最寄りの都市ポライディに停泊した。

 船を降りたオリエス達は町に入った。

「誰もいない……」

 オリエスは人影のない町を見て呟いた。

「ああ、眠り病が最初に起きた町だ。住民はモノシロフと他の町に運ばれたよ」

「俺の町もこんな感じだったよ。戻ってきたら人が倒れて物音ひとつしなくて」

 ノリゼンとデアンが話しながら歩いた。

「ちょっと、燃料を補給するだけだから奥に行かない方がいいんじゃない」

「そうよね。魔物がいたらどうするの?」

 パンジィとシュミルの言葉にオリエスは立ち止まって、

「なあ、眠り病になった町に魔物はいないのはどうしてなんだろう」

 ふと呟いた。

「それは……あれだよ。魔物が眠ったら困るからだろ」

「それはなさそうだけど、人間を食べたりしてなさそうね」

「でもヴィエルシフロでは人間を魔物に変えていたわ」

 シュミルの言葉にノリゼンは指を顎に当てて、

「冷静に考えると人間を魔物に変えるっていうのも変だな」

 静かに呟いた。

「じゃあ、何なのさ」

 デアンはノリゼンに訊いた。

「魔物が人間に寄生した、という事か」

 オリエスが思いついたように呟いた。

「そうだな。何らかの方法で人間の体に入ったのかも知れないな」

「でも倒したら、他の魔物と同じで黒くなって消えるんだぜ」

「それならもっと納得できる。人間の体に入って内側から魔物に変えるんだ」

「何だ、結局魔物に変えてるんじゃねえか」

 デアンは面倒臭そうに答えた。

「仮にそういう事ができたとしたら何で魔物に変えられた人間があちこちにいないのよ」

「あの時の戦いでは完全に出来ていなかったのか」

「なるほどね。あの研究所のおぞましい状況だと実験中だったみたいね。思い出すだけでも吐き気がするわ」

 パンジィはうなずいて答えた。

「取りあえずあの聖樹を壊せば何かわかるんじゃねえの。なあもう戻ろうぜ」

「ああそうだな」

 急かすデアンにオリエスは答えた。

 一行は港に戻った。


「ああ悪いが、兄さん達が遅れているみたいだからもう少し待ってくれないか」

 クリュテは兵士達に指示しながらオリエス達に言った。

「クリュテ兄様も忙しくて大変ですね」

 シュミルが笑顔でクリュテに話しかけると、

「ああそうだな。どこかの暴れ姫の面倒も見ないといけないからな」

 クリュテは淡々と答えた。

「なあ、あの兄妹って本当に仲がいいのか?」

「一緒に来ているって事は仲がいいんじゃないの」

「俺は船の中で休んでいるよ」

 オリエスはデアン達と別れて潜水艇に戻った。

 船室の席に戻ったオリエスはおもむろに座席横に入った石版を取り出して画面を呼び出した。

「この船で読める本は伝記に雑誌にいやらしい本……っていやらしい本ばっかりじゃないか。まあ長い間、船の中にいるから仕方ないか」

 オリエスはため息をついて石版を元に戻した。

(さっき思いつきで言ったけど何でこの町に魔物がいないんだろう)

 オリエスが目を閉じて考えているとまぶたの裏に黒い影が止まった。

「ん?」

 オリエスが目を開けるとデアンの顔が真ん前にあった。

「うわっ、何だよ」

「何だよじゃねえよ」

 デアンはオリエスの驚きように呆れた。

「出港してから全然俺達の部屋に来なかったじゃねえか」

「そうだったな。色々考えていたからな」

「ロコトロアで修行している時に何かあったのか?」

「まあ……何というか色々な」

「大丈夫かよ」

「ああ、心配してくれてありがとう」

「そういう優等生なところが心配なんだよな。変に抱え込まなくていいんだぞ」

 デアンは不安な表情で答えた。

「そうだな」

 オリエスは微笑んだ。

「それじゃまた後でな」

 デアンは固い表情のまま手を挙げて奥の部屋に入った。

(何でぎこちないんだ俺……)

 オリエスは自分の言動に苛立った。


 しばらくして潜水艇が出港してヴァイルの艦隊と合流した。

 オリエスは石版を手にして操縦席の前面の風景を見ていた。

「あれが黒い聖樹か。何だあの形は……」

 映像の黒い聖樹は前に見た写真よりも幹がねじ曲がって枝が太く伸びていた。

「これから聖樹の破壊作戦を実行する」

 艦内に無線機を通してヴァイルの声が響いた。

 艦内の両脇の壁がほとんど透明に変わり外の様子が見えた。

「すごい数の船だ」

 オリエスは数十隻の潜水艇が並んでいる光景に驚いた。

 潜水艇から一斉に光弾が発射された。

 黒い聖樹は上半分がすぐに破壊された。

「随分あっけなかったな。敵は出てこないのか」

 オリエスは壁に顔を押しつけて壊れた聖樹を見ながら呟いた。

 聖樹からは何も出て来る気配はなかった。

「ここが魔物の巣じゃないのか」

「何も出てこないぞ」

「どういう事だ」

 席に座っていた兵士達が外の様子を見てざわついた。

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