第17話 再びヴィエルシフロで(2)
翌朝、オリエスは町はずれの森で瞑想した。
コーンコーンコーン……
木を叩く音が聞こえた。
(前に聞いた音より深いな)
音が鳴る方向に進むと中年の女が右手で木に触れていた。
「あの……何をしているのですか?」
オリエスが訊くと、
「木の音が聞こえるのです。深く叩く音が……」
「あなたも木の民ですか」
「ええ、そうです。オリエス様」
「えっ……」
女からいきなり名前を呼ばれて驚いた。
「何で俺の名前を?」
「始祖の聖樹と契約した人の事は聖樹を通して伝わるんですよ」
女は微笑んだ。
「えっ、そうなんだ」
「この木は聖樹の根元に繋がっていますからね。よくわかりませんが町の木が聖樹の根と深く繋がると音と声が聞こえるんです。不思議ですよね」
「へえ、そういう事なんだ」
オリエスは木に触れた。
コーンコーンコーン……
頭の中に音が響いた。
「だめだな。俺には音しか聞こえないよ」
オリエスは笑った。
「声が聞こえるのは一部の人だけですから気にしないで下さい。フウリイ様はお気の毒でした」
女は静かにうつむいた。
「そういう事も伝わるんだな。心配してくれてありがとう」
「木の声が聞こえる人達はみんなオリエス様の無事を願っています。どうか次の世界の為に……」
「次の世界……それは何なんだ」
オリエスはハッとなって強い口調で訊いた。
「それは契約を果たされた人達の心が望む世界です。それがどんなに良くても悪くても私達は叶う事を願っています。契約は果たされましたから」
「あの契約の時に決まったのか。だとすると俺の願いが次の世界になるのか?」
「いえ、始祖の聖樹と契約した者達全ての心が映し出した世界です。オリエス様の血はとても濃くて沢山の人の分と同じ心の力で契約をされたのでしょう」
微笑む女の言葉にオリエスは驚いたが、
「次の世界への成長とはそういう事なのか。驚いたけどもう戻れないんだな」
木を眺めながら穏やかに答えた。
「それなら俺もみんなの願いが叶うように頑張るよ」
オリエスは木に触れて目を閉じた。
「オリエス様が無事であらん事を……」
女も目を閉じて木に触れた。
空に広がる海でゆらめく日差しの下で音が鳴る木がほのかに緑色に輝いた。
女と別れたオリエスは森の中で瞑想した。
しばらくすると左手の人差し指が震えた。
「あれ、パタホンを切るの忘れていた」
オリエスはパタホンの画面を呼び出した。
「ねえオリエス、ちょっと建物の修理手伝わない? 代金はずむって」
パンジィの張りのある声がした。
「お前……金取るのか。俺の分はただでいいから手伝うよ」
「そう。治安局の前で待っているわ。じゃあ」
パンジィは手短く答えて通話を切った。
「全く……」
オリエスは画面を閉じて町へ向かった。
治安局の前に着くとデアンが立っていた。
「おいデアン、まさかパンジィと待ち合わせか」
「何だお前もか。人使いが荒いよな。作戦前だというのに怪我したらどうするんだよ」
「この位で怪我していたら作戦なんか出来ないわよ」
パンジィの乾いた声がした。
「お前なあ……」
「別にいいでしょ。どうせやる事ないから」
パンジィの冷めた態度にデアンは呆れた。
「それじゃ、行くわよ」
パンジィに連れて行かれた場所は通りから外れた民家だった。
「お待たせ。連れてきたわ」
「おお、すまないなお嬢ちゃん。人手不足でな」
屈強な兵士が壊れかけた屋根の上から話しかけた。
「ええっと……どうすればいいんですか」
「屋根を壊してくれ。全部張り替えが必要なんだ」
「派手にいいんですか」
「ああ、家の中は誰もいないから構わないよ」
「それじゃ」
オリエスは屋根に上り精神を集中して掌から風の弾丸を連射した。
石造りの屋根がボコボコと音を立ててへこんで穴が次々とあいた。
「こんな感じでいいですか」
「あとはちょっと叩けば崩れそうだな。ありがとう」
兵士はオリエスに礼を言った。
「やっぱり風で正解ね。氷や水の魔法だと水浸しになって後始末が大変だから」
「ああ、それで俺か……まあいいや」
オリエスはパンジィに答えた。
「そしたら俺も屋根を壊すの手伝うよ」
デアンは屋根に上った。
「おい、穴だらけだが大丈夫か?」
兵士は心配そうな表情で訊いた。
「大丈夫。いくぞ」
デアンは穴のふちを飛び跳ねながら短剣を突き立てた。
屋根が崩れ落ちていった。
「ほらよ」
デアンは飛び跳ねながら次々と屋根を崩していった。
「へえ、やるじゃないか」
オリエスはデアンの剣さばきに感心した。
「この辺、まだ固いから頼むよ」
「ああ」
デアンが指した場所にオリエスは風の弾丸を連射して薄くなった場所をデアンが剣を突き刺した。
あっという間に屋根が全部崩れた。
「いやあ助かったよ。はいよ。約束の代金だ」
「えへっ、オジサンどうもありがとう」
パンジィは満面の笑みを浮かべた。
「俺達だけ働かせて金を取る……恐ろしい女だ」
デアンが呟いた。
オリエスは苦笑した。
「さっ次の場所に行くわよ」
パンジィが振り向いて無表情で話した。
「顔変わるの早くねえか」
「何も言えない……」
パンジィの後を二人はうなだれて歩いた。
日が暮れて三人は宿屋の向かいの店で食事をした。
「お疲れさま。私のおごりでいいわよ」
丸いテーブルの席に座ったパンジィが言うと、
「当たり前だ。こき使いやがって」
「本当……もう帰って寝たい」
二人はげっそりした表情で料理を頼んだ。
「あっそうそう明日なんだけど」
「まさかまたか!」
二人はギクッとした。
「違うわよ。シュミルと会うの。何か言っておく事ない?」
パンジィはパンをちぎって口に入れた。
「別にいいや」
デアンは肉をかぶりつきながら答えた。
「俺も特にないな。前の戦いと修行で疲れていたみたいだからしっかり休んでくれとでも言っておいてくれ」
オリエスはスープを飲みながら言った。
「わかったわ」
パンジィは軽く答えて食事を続けた。
「なあ、あの聖樹を壊したら本当に眠り病が治るのかな」
オリエスがボソッと呟いた。
二人はしばらく黙った。
「無理でしょうね」
「ああ、俺も何となくそう思うよ」
「そうだよな」
二人の答えにオリエスは呟いてパンを口に入れた。
「でもあれを壊す事から次の手が見つかる気がするわ」
「ああ、そうだな。俺も何となくそう思うよ」
「って、あんた何も考えてないでしょ」
パンジィは魚にかぶりつくデアンに呆れた。
「まあな。敵がどんな奴かわからないのに色々考えても仕方ないだろ」
「そうだけど……」
「お前やっぱり変わったな。父ちゃん達をサルクおばさんの家に連れていく時は無我夢中で必死だったのに今は動く前からあれこれ考えるようになってさ」
「えっ、そうか」
「私も思ったわ。ロコトロアで何かあったの? かなり変よ」
パンジィも話に入ってきた。
「いや……まあ……」
オリエスは言葉に詰まった。
「色々あって困っているのはお前一人じゃないんだから悩みがあったら話せよ。俺には解決できないかも知れないけどよ。話は聞いてやるからさ」
「ああ、ありがとう」
オリエスは微笑んでカップの水を飲んだ。
食事を済ませた三人は店の前で別れた。
オリエスは宿屋の部屋で入浴した後、ベッドで横になって石版で本を読んでいた。
(あの女の人、いつもあの木のそばにいるのか)
昼間に会った女を思い出した。
どことなくフウリイに似たその女は穏やかな表情で木の声を聞いていた。
(あの人も始祖の聖樹と契約したのだろうか。始祖の聖樹と契約した人達の願う世界が叶うとどうなるのだろうか)
オリエスが目を閉じて考えているとデアンの「お前やっぱり変わったな」の声が脳裏をよぎって目を開いた。
「ごめんデアン。もう昔の俺には戻れないんだ」
オリエスはそのまま眠りについた。
翌朝、町はずれの森の中にいくとまた女が音の鳴る木に手を当てていた。
「いつも来ているのですか」
オリエスが訊ねると女は、
「いえ、最近はよく聞こえるので」
と静かに答えた。
「それは世界の成長が近いせい?」
「どうでしょうね。聖樹は気まぐれですから」
女は笑った。
「ふ~ん、そういうものなのか」
「ええ、でも聖樹は怯えています。あの黒い聖樹に」
女の口調が暗くなった。
「そういう風に感じるのか」
「きっとあれには何かあるのでしょう。オリエス様も気をつけて」
「ああ、ありがとう。それじゃ」
オリエスは女と別れて湖の岸辺に座った。
向こう岸にレスペルクの家が見えた。
オリエスは心を鎮めて両手を伸ばした。
両手の掌に冷たい風が渦巻いた。
湖の水面が静かに波打った。
オリエスは両手をゆっくり回した。
湖面に吹く風も手の動きに合わせて渦巻いた。
湖面の水がバシャバシャと音を立て始めた。
オリエスは早く手を回した。
湖面に小さな水柱が立った。
オリエスは掌に力を入れた。
水柱がバシャッと水しぶきを散らして消えた。
「ふう~集中が弱いな」
オリエスは目を閉じて瞑想した。
(気持ちがざわつくのはなぜだ)
オリエスは呼吸を整えながら考えた。
(木の民の若者よ。焦る事はありません……)
遠い場所から女の声が聞こえた。
(誰だ?)
頭の中に響く声にオリエスは訊ねた。
(あなたとはいずれ会う時が来ましょう。木の民の若者よ)
女の声が次第に遠のいて消えた。
「頭の中で色々聞こえて気が変になりそうだ」
オリエスは目をこすって立ち上がり宿屋へ戻った。
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