第16話 再びヴィエルシフロで(1)

 フラスコンテを出発したオリエス達はヴィエルシフロに着き修理中の治安局でレガルトと対面した。

「よく来たな」

 レガルトは穏やかな表情で三人に話しかけた。

「お父様も元気そうで安心しました」

「ああ、治安局は修理中だが町は少しずつ元に戻っているぞ」

 オリエスは港から治安局に入る迄、あちこちで建物の修理をしている住民達を見かけた。

 あの戦いからまだ日が経っていないのに元の暮らしに戻そうとしている人々の熱意と活気を感じた。

「ついに作戦が始まるのですね」

 オリエスはレガルトに訊いた。

 シュミルと話していたレガルトの表情が引き締まった。

「そうだ。待たせたな」

「失礼します」

 部屋にヴァイルとクリュテ、そしてノリゼンが入ってきた。

「まあ皆さん、お元気そうで」

 シュミルが笑顔で話しかけた。

「お前も修行してまた逞しくなったようだな」

「少しは上品なお姫様になれないものか」

 ヴァイルとクリュテはため息をついた。

「そういう事を教えるのは家族のあんた達でしょ……」

 パンジィは小声で呟いた。

「相変わらずだな。パンジィ」

 ノリゼンが声をかけた。

 パンジィも「あなたもね」と乾いた口調で話した。

「ノリゼン、デアンは?」

「ああ、もう来る頃だな」

「失礼します!」

 デアンの声がした。

「デアン! あれ?」

 オリエスはデアンの格好を見て驚いた。

 紺色の頭巾を被って全身を紺色のつなぎの服をしていた。

「へへへ。これが俺の新しい装備だ。どうだ、すばしっこそうだろう」

「デアン! 久しぶりだな」

「ああ、オリエスも元気そうで良かった」

 オリエスとデアンは再会を喜んだ。

「さて、揃ったところで話をしようか」

 全員がレガルトを見た。

「これから黒い聖樹の破壊へ出発してもらう。作戦はノリゼンが説明する」

「はい。黒い聖樹の場所はここから南西の位置にある」

 ノリゼンが地図を示しながら話した。

(ポルバラトの裏側か……)

 オリエスは地図を見てふと思った。

「そしてこれがその黒い聖樹だ」

「何だこれは……」

 ノリゼンが出した写真に一同は驚いた。

 それは幹がうねって枝が凶暴な姿で伸びて何かの生き物のような形をしていた。

(どこかで見た気がする……ロコトロアであの時……)

 オリエスは頭を押さえた。

「おい大丈夫か」

 デアンが心配そうな顔で行った。

 オリエスは「ああ、ごめん」と答えてノリゼンの話を聞いた。

(なぜだろう……息が苦しくなる……)

 オリエスは静かに呼吸した。

 作戦は黒い聖樹を潜水艇が攻撃して外に現われた魔物達を兵士達が攻撃してオリエス達は根元から侵入して破壊するという段取りだった。

「その根元って俺達が入れるのか? 溺れたりしないだろうな」

 デアンが心配になった

「モノシフロからの報告では空洞化しているから大丈夫だ。それに魔物達も基本的には人間と同じ空気を吸って生きているそうだからあいつらがそこを拠点にしている以上は我々が行っても大丈夫だろう。ただ地下は火山になっているから注意が必要だ」

「根元には俺達も同行する。またあの金色の魔物が出てきたら困るからな」

「まあ、お兄様達まで」

「お前はどうせ来るんだろう」

「ええ、その為に修行したんですから」

 オリエスは聖樹の写真を見て考えた。

「ノリゼン、この聖樹には聖石があるのか?」

「ああ、それはまだ確認できていないんだ」

「そうか……」

(他の聖樹と違いすぎる……)

 オリエスは不安になった。

「なあ、お前ちょっと暗くなっていないか?」

 デアンが心配そうに話しかけてきた。

「えっそうか」

「何か前より暗いというか気難しくなったような」

「そんな事ないぞ」

「まあいいか。後でゆっくり話そうぜ」

「ああ、そうだな」

 オリエスはデアンに明るく答えた。

 作戦は三日後に行われる事になった。


 作戦会議が終わって一行は町に出た。

「デアン、本当に久しぶりだな。その格好といい見違えたよ。また強くなったんだな」

「お前も何か変わったな」

「えっそうか?」

「オリエスはデアンと会えて嬉しそうね」

「本当そうよね。ロコトロアでは私達とろくに話さなかったくせに」

「あの時は喋る機会がなかっただろう。みんな別々の部屋で修行していてさ」

「そりゃそうだけど、デアンじゃないけどあの時から何か雰囲気暗くなったわよ」

「そうよね。始祖の聖樹に触れてからだったかしら……」

 シュミルからその名前を聞いた時、オリエスの表情が暗くなった。

「ほら、今みたいな感じ。あんたのその顔を見たら話し辛かったわ」

「あっ、ああ……ごめん。みんなには一瞬だったみたいだったけど何か色々見えてさ……」

「ほお、聖樹と心を通わせるとはやっぱり木の民だな」

 ノリゼンは感心した。

「木の民なら誰でも出来るらしいよ。デアンは強くなったのか?」

「ああ、最初は剣の訓練を受けていたけど身軽さを伸ばした方がいいって言われてさ、こんな感じでやっているんだ。短剣と小刀を投げるんだぜ」

「へえ、良かったじゃない。いかにもコソ泥らしくなって」

 パンジィはまた乾いた口調で言った。

「コソ泥コソ泥ってうるさいなあ。真面目にやっていたんだぞ」

「ほお、その真面目な誰かさんは夜中に武器庫に忍び込んで何をやっていたんだ?」

 クリュテはよそ見しながら言った

「そりゃ、金目の……いや価値のある物を鑑定していたんだよ。どのくらい高そうな武器があるかをよ」

「お前のその悪びれず堂々とした振る舞い、部下達には見習って欲しくないものだ」

 ヴァイルはため息をついた。

「まあ、お兄様達を呆れさせるなんてなかなかの強者ですわね」

 シュミルは笑った。

「そうだ。これからヴォリラの見舞いに行こうぜ。この前やっと目を覚ましたんだって」

「本当か。良かったな、行こう」

 オリエスは喜んだ。


 ヴァイルとクリュテと別れた一行はレスペルクの家を訪ねた。

「おお、みんな元気そうだな」

 レスペルクが笑顔で迎えた。

 ヴォリラが休む部屋に入った。

「ヴォリラ、元気になって良かったな」

 オリエスはベッドで半分起き上がっているヴォリラを見て喜んだ。

「おおっ、お前達も元気そうだな」

 ヴォリラもオリエス達を見て喜んだ。

「レガルト殿の褒美でヴォリラの部屋を作ってもらったんだ」

 後から入ってきたレスペルクが言った。

「へえ、広いしゆっくり休めそうね」

 パンジィが見回しながら言うとヴォリラは「へへへ」と笑った。

「私達がこうしていられるのもヴォリラ様のおかげです。全くお父様ったら部屋じゃなくて家を建ててあげれば良かったのに……」

 シュミルは不満げに呟いた。

「いや、本当はそうだったんだがな。ヴォリラがわしと一緒に住みたいと言ってな。それで部屋を増やしたんだ」

「まあ、そうでしたの。確かにレスペルク様も一人では不便でしょうし良かったですね」

「レガルト様は他にも礼をしたいって言って下さったけど、部屋だけで十分だったからな。町の者達も大変だし」

「あんたのそういう所はやっぱり町を守る兵士だよ」

 オリエスは感心した。

「そうね。でもこの部屋、乾きすぎて匂いが強いわね。まだ新しいからかしら?」

「言われてみればそうね。少しいい香りにしません?」

 パンジィとシュミルはにやりとした。

「どういう事だ?」

 レスペルクは訊いた。

「こういう事ですよ」

 シュミルは掌に白い光の粒を、パンジィも水玉の粒を浮かべた。

「オリエス、弱い風を吹かせて。始祖の樹の儀式の後のように」

 シュミルは目を閉じたまま言った。

「あ、ああわかった」

 オリエスは掌から弱い風を吹かせた。

 白い光の粒と水玉の粒が混ざって薄い霧状になって部屋に広がった。

「こ、これは……」

 オリエスはロコトロアでの景色を思い出した。

「どう、いい香りがするでしょう」

 シュミルは微笑んだ。

「偉大な水の魔法使いの私に感謝する事ね」

「ほお、パンジィは水の魔法を使えるようになったのか」

 ノリゼンは驚いた。

「それなら俺も……」

 オリエスは掌に緑色の粒を輝かせた。

 霧に混ざって木の香りがした。

「ああ、正にあの時の香りだわ」

 シュミルは呟いた。

 部屋に優しい木の香りが漂った。

「すごいじゃないか。三人の魔法が合わさるとは……」

 ノリゼンは辺りの粒子の輝きを見渡して感心した。

「おお、魔法でこういう事もできるんだな」

 レスペルクは微笑んだ。

「これも次の世界の成長期の到来ってやつかしら」

 パンジィは呟いた。

 オリエスはハッとレスペルグを見た。

 レスペルクの表情が一瞬固くなった。

「ああ気持ちいいな……」

 ヴォリラは優しい木の香りとほどよい湿気にうっとりした。

「何かこれいいな。森の中にいるみたいだ」

 デアンも目を閉じて呟いた。

 三人の魔法はすぐ消えたが部屋にはわずかな香りが残った。

「みんな、ありがとう。俺も早く怪我を治して町を立て直すよ」

「ああ、ヴォリラがいるとあっという間に立て直せそうだな。頑張れよ」

 オリエスは振り向いて、

「レスペルク様、いいですか?」

「あっああ……」

 レスペルクと部屋を出た。

 二人は広間の椅子に座った。

「レスペルク様、教えて下さい。次の世界の成長って何ですか?」

 オリエスは神妙な表情で訊いた。

「それは……まあ古くから語り継がれる伝承みたいなもんだ。誰が残したかわからない記録に書かれた言葉だ。《聖樹の成長が世界を成長させる》とな。どうしてパンジィやお前がその言葉を?」

「ロコトロアのヘミンス様が始祖の聖樹が成長した時に言われました」

「始祖の聖樹が成長したのか!」

 レスペルクは大きく目を開いて驚いた。

「レイシェル様も驚いていました。始祖の聖樹が成長すると何が起きるのですか?」

「それは私にもわからん。だがレイシェルの耳に入ったという事はそのうちガンザシフロの者達も知るだろう」

 《ガンザシフロ》とはアクアティリスの行政都市であり、そこで法律が取り決められたり様々な政事が行われていた。

「もしかしたら予言かも知れないな。あの黒い聖樹も世界の成長を叶えるための駒なのかも知れん」

「全てがその予言に沿って動いているのかも知れない。俺達もその駒って事ですか……」

 オリエスとレスペルクは固い表情で語っていたところにノリゼン達が歩いてきた。

「レスペルク様、私達はそろそろ帰ります。ヴォリラが元気そうで安心しました」

「そうか。また遊びに来るが良い」

「じゃあ、俺も一緒に帰ります」

 オリエスは立ち上がった。

「みんな、気をつけてな」

 レスペルクはにこやかに見送った。

 オリエス達は家を出て森の中を歩いた。

「なあ、明日はどうする?」

 デアンはオリエスに話しかけた。

「そうだな、宿屋で少し休むよ。まだ修行の疲れが残っているし」

「そうね。私もちょっと休むわ」

「そうよね。私も部屋の掃除をしたいし……」

「いや、そこの二人はどうでもいいよ」

 デアンは手を振りながら言った。

「あっそう。ごめんなさいね」

「そうひねくれずに私に水の魔法を見せてくれないか」

 ノリゼンがパンジィに話しかけた。

「そうよね。興味あるでしょう? 水は氷の魔法より難しいんだって、それでね……」

 パンジィは目を輝かせて話した。

「さすが年の功だな。女の子の気持ちをわかっているよ」

 デアンは呟いた。

 オリエスは苦笑した。

 その晩、オリエスとデアンは二人で食事しながら談笑した。

「じゃあな。明日はゆっくり休めよ」

「ああ、デアンもな。お休み」

 オリエスはデアンと別れて向かいの宿屋に戻った。

 部屋の宿屋に戻ったオリエスは入浴した後、ベッドで横になりながら石版に映し出された記事を読んだ。

「眠り病がまた広がっているのか」

 画面には眠り病になった町の名前が載っていた。

「サルクおばさんの所もそろそろ危ないかもな。何とか終わらせないと」

 オリエスは会議中に見た黒い聖樹の写真を思い出した。

(何であの木を知ってるんだろう。木の民の力か? あの木に聖石があるとしたらどんな力を持っているのか)

 取り留めもなく浮かぶ考えにオリエスは頭を軽く押さえた。

「ああ、考えすぎて気難しくなっているのかな」

 小さく呟いたオリエスは石版を脇に置いて眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る