第15話 隠れ里(3)

 三人の修行が始まった。

 それぞれ横穴の部屋で寝泊まりして住民の力を借りながら魔法を鍛えた。

「ふ~ん。氷より水の魔法が難しいのね。何で私は氷の魔法がうまく使えないのかしら」

「それはね。あなたが炎の力をうまく抑えられないからよ」

 中年の女が右手に炎の玉を出して左手に氷の玉を出した。

「それ何度やっても炎が大きく出るのよ」

 パンジィが同じ事をやると掌の上に炎の玉が女の物より2倍ほど大きく出た。

「わかったわ。じゃあ左手に氷の玉を出して」

「こうかしら」

 パンジィの左手に小さな氷の玉が現われた。

「それじゃ炎の玉を小さくして左手に水の玉を出してみて」

「うまくできるかしら」

 パンジィは女が言う通りに右手の炎を小さくして左手に力を入れた。

 水の玉がいきなり現われてパシャッと弾けた。

「どうやらあなたは氷よりも水の魔法が得意みたいね」

 女は濡れた顔を拭いて笑った。

「そうみたいね……」

 パンジィは全身ずぶ濡れになった。

 別の部屋ではシュミルが訓練していた。

「はあっ!」

 光の玉を標的に連射した。

「なあお嬢ちゃん、癒やす練習もした方がいいんじゃないの?」

 小太りの男が話しかけてきた。

「癒やすって誰かいないと出来ないでしょう? レイシェル様に教わって集中する訓練なら何度もやったわ」

「レイシェルか、あいつ聖魔法を使えなくて教えられなかったからな。あっ、そうだ。レイシェルの置き土産を持ってくるから使ってみるか」

 男は部屋から出て行った。

「置き土産? 何かしら?」

 シュミルがしばらく待っていると男が戻ってきた。

「へへっお待たせ。訓練用の魔法人形だそうだ」

「へえ、そんなのがあったんだ」

 シュミルは鉄製の人形を見た。

「何でもヴィエルシフロの研究所で作ったけど動きが激しすぎて使えないとかで部隊で却下されたそうなんだよ」

 男は人形の頭に聖魔法を放った。

「な、何でそんな物がここにあるんですか……」

「訓練に使えるって言われたんだけど手に負えなくて蔵に入れていたんだ」

「何かすごく嫌な予感がするわ」

「いいか。この人形はお嬢ちゃんめがけてひたすら魔法で攻撃してくる。それに耐えながら自分に癒やしの魔法をかけるんだ。もちろん強化系もかけていいぞ」

 人形の顔面に模様が映った。

「もうやるしかないわね! いいわ!」

 シュミルは掌に光球を出した。

「それじゃいくぞ」

 魔法人形は全身から炎の弾丸を連射した。

「痛い!」

 シュミルは全身で攻撃を受けて魔法で癒やした。

「これは真剣に命がけね。さっさと撃ちなさいよ失敗作!」

 シュミルの声に反応して人形の顔の紋様が激しく歪んだ。

「そうそう、こいつ言っている事わかるみたいだから」

「えっ……」

 人形は炎と氷の弾丸を連射した。

「ちょっと……怒らせたの私……」

 シュミルはとっさに両手で光の膜を張った。

 弾丸が弾き飛ばされていった。

「あら? こんな事もできるのね。オリエスの風の盾みたいね」

 一瞬の気の緩みで光の膜が消えた。

 人形から炎の弾丸が連射された。

「えっ? いやああああ!」

 部屋中にシュミルの悲鳴が響いた。

 オリエスは広い部屋で二人の若い男と訓練をしていた。

 二人の男が風の弾丸を連射してオリエスが風の盾で受け止めた。

「俺の弾もこんな威力なのか」

 掌に感じる重い威力に何度も後ろに吹き飛ばされそうになった。

「風の魔法を使える奴は少ないから自分と同じ魔法を受けた事はないだろう」

「はい。こんなに威力があるなんて思いませんでした」

 ヘミンスが入ってきた。

「あっ、ヘミンス様」

 男が話しかけた。

「構わん。続けたまえ」

 オリエスはまた風の盾を作った。

 男達が風の弾丸を連射した。

 オリエスは必死に堪えた。

「手が空いているのを三人連れてきてくれ」

 ヘミンスは男に指示した。

 男は部屋を出て行った。

「まさか五人相手にやるんですか」

 オリエスは荒い息づかいのまま言った。

「そうだ。お前には力がある。大丈夫だ」

 男達が入ってきて五人で風の弾丸を連射した。

「くっ! 重たい!」

 風の盾を張ってオリエスは堪えたが、

「うわあっ!」

 弾丸が腕や足に当たって姿勢を崩して後ろに吹っ飛んだ。

「今日はこれに耐えられるまで続けたまえ」

 ヘミンスは穏やかな口調で話して部屋を出た。

 こうして各々が修行の日々を過ごした。

 期限の三つの月が並ぶ日になった。

 三人はヘミンス達の前に並んだ。

「皆さん、本当にありがとうございました」

 オリエスは礼を言った。

「オリエス、お前は素直に自分の力を信じればいい。そして仲間の力もだ。お前は一人ではない。そばに居なくてもみんながお前と一緒に戦っている。それだけは忘れないでくれ」

 ヘミンスは淡々と話した。

「はい。それでは」

 オリエス達は一礼した。

 住民達は静かにひざまずいて三人を見送った。

 三人は扉を開いて洞窟に出た。

 後ろで扉が閉まる音がした。

「疲れた……体のあちこちがすごく痛い。ちゃんと船を動かせるかな」

「私、飲み水を作って商売しようかしら……」

「何なのよ。あの馬鹿人形……」

 三人はげっそりと疲れた表情に変わった。

 そして重たい足取りで潜水艇に乗ってロコトロアを後にした。

「疲れたけど確かに魔法の力は強くなったわ」

「そうね。木の民の人達って魔法の知識も豊富なのにどうしてあんな所に隠れるように住むのかしら」

「あんまり関わりたくないのだろう。何となくわかるよ。あの人達は聖樹を特別なものだと信仰しているようだし俺達は聖樹の力を借りて生活している。考え方が違うのさ」

「考え方が違うなら仕方ないわね。それにヘミンス様ってかなり頑固そうだし」

「確かにね。頑固というより他の人と違うわよね。何だか物凄く長生きしてそう」

 パンジィの言う事にオリエスは納得した。

(あの人の力は何だ? 魔法? それとも木の民の力?)

「ああ、結局何者か訊かなかったよ」

 オリエスは呟いた。


 一行は北上してフラスコンテに着いた。

「おお、ご苦労じゃったの」

 寺院の広間でレイシェルが笑顔で迎えた。

「レイシェル様ありがとうございました。色々と勉強になりました」

 オリエスは礼を言った。

「どうやら修行の成果はあったようじゃの。パンジィもシュミル殿もいい顔になったな」

「ええ。とても勉強になりました」

「本当とても勉強になりましたわ」

 二人はやつれた顔で笑って答えた。

 シュミルはレイシェルに手紙を差し出した。

「レイシェル様、ヘミンス様から手紙を預かってきました。それと貴重な体験が出来て良かったとの事でお土産にレイシェル様がお好きなロコトロア産の地酒を頂いて来ました」

「ほお、ヘミンスがそんな事を……随分丸くなったの。あいつも年を取ったのか」

 レイシェルは手紙を受け取って驚いた。

「へえ、丸くなったんですか。あれで……」

「ハハハ……」

 パンジィとオリエスは苦笑した。

「まあとにかく今日はゆっくり休むんじゃ。これからの事は明日話そう」

 三人はそれぞれ部屋に入って休んだ。

「はあ、やっと普通のベッドで眠れる」

 オリエスは仰向けになって目を閉じた。

(デアンは元気にしているのか)

 ふと思いながら眠りについた。

 寺院の食堂で夕食を済ませて部屋に戻る途中でオリエスはレイシェルに呼び止められた。

「さっきヘミンスの手紙を読んだのじゃが、始祖の聖樹が成長したというのは本当か?」

「はい。一瞬で大きくなりました」

「そうか……」

 レイシェルの表情が曇った。

「あの、次の世界の成長ってどういう事ですか?」

「お前、なぜそれを!」

「いえ、ヘミンス様がそう言われていたのですがよくわからないので……」

 レイシェルの余りの驚きようにオリエスは困惑した。

「いや、すまない。ヘミンスの手紙を読んで色々驚く事があってな。お前も大変だったな」

「いえ、鍛えてもらって良かったです」

「そうか。じゃあまた明日な」

 レイシェルは部屋に戻っていった。

(何が書かれていたんだ……)

 オリエスは不安になった。

 翌朝、寺院の小部屋にオリエス達は集まった。

「みんなロコトロアの修行は本当にご苦労だったな。さてまだ疲れが取れないだろうがこれからヴィエルシフロへ行ってレガルト様と面会するんじゃ」

「まあお父様と……」

「いよいよね」

「そうなんですか?」

 三人はレイシェルを見た。

「ああ、黒い聖樹の破壊作戦が始まるんじゃ」

 レイシェルの表情が厳しくなった。

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