第13話 隠れ里(1)
「じゃあ、またな」
「ああ、デアンも頑張れよ」
半壊した港の入口でデアンとオリエスは握手して別れた。
オリエスとパンジィとシュミルは小型の潜水艇に乗り込んだ。
レガルトの計らいで高速艇を治安部隊から貸してもらった。
「それにしても船を貸してもらった時のオリエスったら子供みたいな喜びようだったわね」
「本当、オリエスさんも他の兵士と同じで新しい船に乗るのが嬉しいのですね」
「全く男ってこんな事で喜ぶところが理解できないわ」
「あのな……」
(ああ……ずっと船の中でこの二人の話を聞かなきゃいけないのか)
操縦席に座るオリエスは憂鬱になった。
「ああ、それからシュミル、俺の事はオリエスと呼んでいいから」
「は~いそれじゃオリエス。出発進行!」
(うわっ最悪……)
オリエスは暗い表情で操縦桿を引いた。
操縦席の前の壁が透明に変わった。
潜水艇はゆっくり潜った。
90度旋回して港を出た。
「ここだけでも修理が大変だわ」
瓦礫が山積みになった港の底を見てシュミルは呟いた。
パンジィは黙って前の壁に映る景色を見ていた。
「どうオリエス、新しい船の操縦は」
船体が安定してシュミルが席を立ってオリエスの隣に来た。
「ああ、とても軽いな」
「もう少し進んだらお茶を煎れてあげるわ」
「それにしてもシュミル、あんたの荷物多すぎない?」
「ああ、これね。化粧品に服に食料にレイシェル様へのお土産に……」
「もういいわ。つまりあんたの雑な部屋がここに来たようなもんよね」
パンジィは奥の小部屋から溢れ出た荷物を見てうんざりした。
「シュミルとパンジィはずっと前から知り合いなのか?」
操縦しながらオリエスは訊いた。
「う~ん、レイシェル様のところで修行していた時からね。そんなに昔って程じゃないけど」
「そうね。最初はいけすかないお嬢様だと思ったけど話してみたら気が合ったのよ」
「私もね。何だか私と違って気が強い生意気な子だと思っていたけど意外と気が合ったのよね」
(いや、ちょっと方向が違うだけで同類じゃないか……)
オリエスは二人に訊いた事をちょっと後悔した。
「でもパンジィの炎の魔法って凄いなって思って……私なんか全然出来ないもん」
「そういえばそうだな。それも修行の成果なのか」
「そうとも言えるけど私って氷の魔法があんまり使えない体質みたいでその分炎の魔法が強く使えるようなの」
「そうか、そう言えば俺の通っていた学校にも片方の魔法しか使えない奴がいたな。その時は魔法が使えなくてあんまり興味なかったけど」
オリエスが言うように魔法の強弱は個人差があった。
「私の聖魔法はどちらかと言えば治療系より攻撃系かな」
「へえ、ノリゼンとは違うんだな」
「ノリゼン様は攻撃よりも味方を癒やしたり強化するのが得意だって言っていたわ」
「その割にはこの前の戦いの時はよく効いていたぞ」
「自分でもびっくりしているの。意外と私も癒やせるんだなって」
「えっ、そうだったのか」
「へえ。やれば何とかなるもんね」
「そうねえ。私も少しは成長したのかしら」
(こいつ、天然っぽいしかなりヤバいな)
オリエスの顔が暗くなった。
オリエス達を乗せた潜水艇がフラスコンテに着いた。
「あ~船が早くて助かったけどずっと操縦していると疲れたな」
船を降りてオリエスは思いっきり背伸びした。
「本当疲れたわ」
パンジィも目をこすりながら言った。
「さっ、寺院へ行きましょう」
大きな荷物をガラガラと引きずってシュミルが歩き始めた。
「なあ、あれ何が入っているんだ?」
「さあね。お姫様セットじゃないの? 一応そういう身分だし」
「ああ……そうなのか」
両手で荷物を引いて歩くシュミルの後をオリエスとパンジィは距離を置いて歩いた。
寺院に着いた三人は奥の部屋にいるレイシェルと会った。
「よく帰ってきたな。これはシュミル殿も一緒で」
「お久しぶりです。レイシェル様」
三人は一礼して挨拶をすませた。
「レイシェル様、久しぶりにお会いするのでお土産買ってきましたの」
シュミルは荷物を開けて服を取り出した。
「きっといつも同じ服を着ていらっしゃると思って似合いそうな物を一通り買って来ました。いかがですか?」
シュミルは赤と黄色と青の縞模様のつなぎの服と揃いの色の下着を広げて見せた。
「いや……そういうのは……まあ気を遣ってくれてありがとう。頂いておくよ」
レイシェルは困惑した表情で礼を言った。
「年寄りには違う意味で《美しき死神》よね」
パンジィが呆れた顔で呟いた。
「ははは……」
(だめだ。一緒に長くいられる自信がない)
オリエスは眉間を押さえた。
レイシェルは土産の荷物を机の横に置いて立ち上がった。
「それにしてもヴィエルシフロがなあ……レガルト様やご兄弟もさぞ気落ちされているだろう」
「はい。ですが皆で町を立て直す事に気持ちを切り替えて力を尽くしています。亡くなった兵士達の為にも」
シュミルの手に力が入った。
「そうじゃな。人の上に立つ者が泣いていては下々の者達は前に進めん。レスペルク様がよく言っていたよ」
「そうです。だから私も泣いている暇があったら強くなりたいんです。どうかまた修行をお願いします」
シュミルは小さく頭を下げた。
(こういうところは相変わらず凄いな。俺にはこんな考え方は出来ない)
オリエスは黙ってレイシェルとシュミルを見た。
レイシェルがオリエスを見た。
「ところでオリエス。フウリイじゃが容体は安定したがまだ目が覚めないんじゃ。医者の話ではまだ時間が必要だとの事だ」
「そうですか」
「あと残念な話がもう一つ、オリエスの血では眠り病には効かないそうだ。かと言ってフウリイがあの状態だからフウリイの血も使えずにしばらく研究は保留になった。また別の手段を探すそうだ」
悪い知らせが続いてオリエスはがっかりした。
「まあそうがっかりするな。お前達には魔法の修行をする為に《ロコトロア》に行って欲しい」
「ロコトロア……ですか?」
「聞いた事のない町ね」
「うむ……町ではなく木の民の隠れ里じゃよ。外界との交流を拒む木の民達の住む洞窟があってな。この町をずっと南に行った先にある。まあ地図には載っているから迷う事はないだろう」
「ロコトロア……確かにヴィエルシフロの治安管理を断っているようですね。ヘミンス様という方が治めているのですね」
シュミルは石版に映った画面を見ながら話した。
「そうじゃ。木の民は古来より魔法が得意な民族じゃからパンジィとシュミル殿もいい修行が出来ると思うぞ。実はわしもしばらく世話になったんじゃ」
「そうなんですか」
「ああ、最初は嫌われていたが粘り強く居座ってやっと教えてもらったわい」
レイシェルは笑って答えた。
「さすが元脳筋参謀、体力だけは自信あるもんね」
パンジィが小声で呟いた。
「パンジィ聞こえておるぞ。まあ良い。そういう訳で三人でロコトロアに向かうんじゃ。期限は三つの月が並ぶ日まで。書状はこれじゃ。シュミル殿頼むぞ」
「はい。ヘミンス様に必ずお渡しします」
シュミルは書状を預かった。
その日は寺院に泊めてもらう事になった。
夜が更けた頃、
「ああ寒い。北の町の夜は体が凍りそうだ」
オリエスは便所から出て部屋に戻る途中、寺院の集会所を見た。
そこで魔物が襲ってきてフウリイが刺された場面を思い出した。
「まだあの人を母さんとは呼べない」
オリエスは呟いた。
『ええ。だからあなたはバルフェとレイナの子供。私の事はいくらでも憎んでもかまわないけどあの二人は絶対に憎んだらだめよ……』
あの時のフウリイの言葉を思い出した。
「でも憎めない……」
「オリエス、辛いのか」
柱に寄りかかっているオリエスにレイシェルが話しかけた。
「わかりません。ヴィエルシフロで魔物と戦って魔物に変えられた兵士達を殺して強い魔物に全くかなわなくて……あの時はただ必死だった。強くなりたいと思った気持ちは嘘じゃない。でもなぜです。なぜ俺なんですか? 今まで育ててくれた親は本当の親じゃない。実の親は目の前で刺される……そういう目に遭うのは俺じゃなくてもいいじゃないですか」
レイシェルは黙ってオリエスの話を聞いた。
「すみません。変な事を言って。シュミルみたいに泣くよりも強くなりたいって堂々と言えない俺は甘えているのかも知れない。でもそれのどこが悪いのですか? 普通にのどかな町で暮らしている子供はみんな甘えているのですか?」
レイシェルは静かにうなずいた。
「そうじゃな。寺院で働いているくせに私は人を慰めるのが下手だから優しい事は言えんがお前の話の中でひとつだけ間違っているところがある。それはな、お前は大人になったんじゃ。他人を見て自分を省みる……それは自分のやりたい放題やって満足していた子供には出来ない事なんじゃ」
「俺……よくわかりません」
「そう。わからないものじゃ。自分を責める時もあれば自分が正しいと思う時もある。人の心は死ぬまでそれを繰り返して成長していく……それは体の成長と違って目に見えないからわからない。お前は大人になりたてなんじゃ。沢山悩むのも大人のやる事じゃからな」
「答えになっているようでわかりません。でも……ありがとうございました」
「悩みがあったらまた打ち明けに来ると良い。ただ次からは相談料をもらうぞ。デアンが盗みに来るような金目の物を置きたいからな」
レイシェルは笑って部屋へ戻っていった。
「俺が大人……やっぱりわからないな」
オリエスは寺院の隙間風に震えて部屋へ戻った。
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