第12話 ヴィエルシフロの戦い(4)

 翌朝、作戦が始まった。

 夜中の内に兵士達が港のオリエス達が乗ってきた潜水艇の無線機でクリュテ達と連絡を取り合って昼にドームを爆撃する事になった。

 小規模とは言えドームの天井を破壊する事になれば水がかなり押し寄せてくる。

 一定の時間が経てば海中で待機する作業員達が壊れた壁面を塞ぐ手順になっているがどのくらいの水が流れるかわからないままだった。

「とにかく水流にのまれないように治安局を探すんじゃ」

 レスペルクは厳しい表情で話した。

 一行は治安局から離れた場所に作戦本部を作って待機した。

 ドームの天井を沢山の光弾が流れた。

 ゴンゴンと鈍い音が続いた。

 黒装束の魔物達が音の鳴る方へ飛んで集まっていた。

 壁面が壊れて水が流れ落ちた。

 集まった魔物達が水に飲まれていった。

「すげえな」

「ああ」

 治安局の塔を折れんばかりに流れ落ちる水にデアンとオリエスは圧倒された。

 魔物達が壁をふさごうと壁に貼り付き始めた。水の勢いが弱くなった。

「行くわよ」

 シュミルは叫んだ。

 作戦本部から信号弾が放たれた。

 治安局の周辺にいた兵士達が突入した。

 オリエス達も後を追って続いた。

 治安局の中にいた魔物達を次々と倒して上の階に上がった。

 魔物にされた兵士達が現われた。

「おりゃあああ」

 ヴォリラが大斧で倒した。

 兵士達は灰になって消えた。

「俺達も戦うぞ」

 デアンが叫んだ。

 魔物にされた兵士達が銃や剣を持っていた。

「くそっ、銃も使えるのか」

 オリエスは風の盾を作って突撃した。

「うっ」

 銃弾が顔をかすった。

 オリエスは剣で魔物を貫いた。

「今、治すわ」

「いや、いい。先に行くぞ!」

 シュミルに断ったオリエスの顔は頬から血が流れた。

「迷わない。ここで終わらせるんだ」

 オリエスは呟いた。

 一行はフロアを手分けしてレガルトを探しながら上の階へ進んだ。

 最上階へ続く階段があるフロアまで辿り着いた。

「やっぱりいたか」

 オリエス達の目の前に黄金の鎧の騎士が立っていた。

 兵士達が続いて上がってきた。

「どうやら上にお父様がいるようね。みんな、あいつは私達が足止めするから上の階へ」

 シュミルは兵士達に指示して癒やしの魔法を騎士にかけた。

 騎士の動きが一瞬止まった。

「いくぞ!」

 兵士達は急いで最上階に向かた。

「うおおおお!」

 オリエスは風の弾丸を連射しながら騎士に向かった。

 騎士は受け身の姿勢で魔法に耐えて剣でオリエスの剣を受けた。

 背後からデアンが鎧の隙間に剣を刺した。

 しかし何の手応えもなくデアンは剣を抜いた。

「馬鹿野郎の馬鹿力だ。どうだ!」

 ヴォリラが大斧で頭に振り下ろした。

 鎧が固く斧が弾かれた。

「くっ」

 ヴォリラは痛みが走った手首を押さえた。

「はあああ!」

 パンジィが炎の弾丸を放った。

 騎士は剣で弾いた。

 剣を構え直した騎士が飛びかかろうとした時、シュミルは再び癒やしの魔法で動きを一瞬止めた。

「とにかく動きを止めるのよ!」

「くそっ、どうすれば倒せるんだ」

 オリエス達が交戦していると最上階の階段から兵士達が降りてきた。

「お父様!」

「おおシュミルか、すまない。状況は兵士から聞いた。ここはもういい。撤退するぞ」

 レガルトが叫んだ。

 塔が大きく揺れた。

「ここが壊れる前に全員撤退するわ!」

「シュミル、君は先に行くんだ。どうやらこいつは俺達と遊びたくて見逃してくれなさそうだ」

「ああ、そうだな。魔法が効かないからパンジィも一緒に行くんだ」

 オリエスとデアンが叫んだ。

「そんな……」

「出来ないわ」

 シュミルとパンジィは困惑した。

「いいから行くんだ」

 騎士と剣を交えながらオリエスは叫んだ。

「ああもう、面倒臭いのは嫌いだ!」

 ヴォリラが騎士の後ろから斧を振り下ろした。

 騎士がよけた。

「うっ!」

 騎士の剣がヴォリラの腹を貫いた。

「おい!」

「ヴォリラ!」

 デアンとオリエスは叫んだ。

「うおおおおお!」

 刺された剣を持ったままヴォリラは大斧で騎士の首をはねた。

 黄金の兜が飛び跳ねた。

 首のない騎士が左手で黒い玉を作り出した。

「使わせるか!」

 オリエスは騎士の左手に風の弾丸を連射した。

 騎士の左手がぴくんと跳ねた。

「どりゃああああ」

 ヴォリラが大斧を振り下ろし騎士の右腕を切り落とした。

 右腕の鎧がガシャン音を立てて落ちた。

 騎士はその場でひざまずいて動きが止まった。

 ヴォリラは体に刺さった剣を抜いた。

「うわあああ!」

 ヴォリラの腹から血が大量に流れ落ちた。

「大丈夫よ」

 シュミルは癒やしの魔法をヴォリラに放った。

「ありがとう。シュミル様……」

 出血は止まったがヴォリラは意識を失った。

 地鳴りが続いた。

「逃げるぞ!」

 オリエスとデアンはヴォリラを担いで走った。

 塔の揺れが激しくなった。

 一行は必死に階段を駆け下りた。

「よし、出口だ」

 オリエス達は治安局を出た。

「何だ!」

 オリエス達に大きな影が重なった。

 壊れた塔の瓦礫が降ってきた。

「くそっ!」

 ヴォリラを離してオリエスは両手を伸ばした。

「うおりゃあああ!」

 オリエスは両手から風の弾丸を一斉に放った。

 弾丸で瓦礫が粉々に砕けて降った。

「くそっ、まだでかいのが降ってくる。みんな逃げるんだ!」

「お前も急げよ!」

 デアン達が逃げるのを見て風の弾丸を放ちながらオリエスも走って治安居から離れた。

 塔の上部が崩れ落ちた。

 黒装束の魔物達の動きが止まった。

 魔物に変えられた兵士達もバタバタとその場に倒れた。

「やったのか?」

 デアンは辺りを見渡しながら言った。

「わからない。あいつが逃げたから他の魔物の動きが止まっただけかも知れない」

 オリエスは息を荒くして呟いた。

 魔物にされた兵士の亡骸にむせび泣く兵士達があちこちにいた。

「みんなご苦労じゃった」

 レスペルクが歩いてきた。

「俺、何で悲しいんだ……」

 オリエスの目から涙が溢れた。

 辺りが薄暗くなってきた。

 その晩、オリエス達はレスペルクの家に集まった。

 クリュテとノリゼン、そしてクリュテの兄のヴァイルも来ていた。

 長いテーブルを囲んだ席でレガルトが立ち上がった。

「全く……私とした事が油断して申し訳ない。兵士達も沢山死んで傷ついて町の長として失格だよ」

 レガルトは落胆した。

「いや、誰が長であってもあの敵勢じゃ立ち向かえなかっただろう。気を落とす暇があったら町の復興に力を入れるのじゃ。これからがもっと大変じゃぞ」

 レスペルクが言うとレガルトは「そうだな」と小声で答えて椅子に座った。

「オリエスよ。見ての通り今はこの町を立て直さなければならん。この星の治安を一手に引き受けるヴィエルシフロがこのざまじゃ他の町で何か起きても助けてやれんからな。その為にも聖樹の破壊はしばらくお預けじゃ。わかってくれ」

「本当にすまない。レイシェルにはさっき連絡しておいた。我々も一刻も早く部隊を編成して作戦を始めるつもりだ」

 レスペルクとレガルトは詫びた。

「なあ、これじゃ仕方ねえよな」

 デアンはため息をついてオリエスを見た。

「そうだな。俺達も強くならないとな。このままだと金色のあいつがまた襲ってきたら負けてしまう」

 オリエスの脳裏に剣に貫かれたヴォリラの姿と魔物に刺されたフウリイの姿が重なった。

「ヴォリラは大丈夫なのか?」

 デアンが心配そうな表情で訊いた。

「ヴォリラなら大丈夫だ。聖魔法と医者の治療を受けて命を取り留めたよ。全く無茶ばかりしおって。昔、私がある町を訪れた時に建物が崩れる事故に遭ってな。その時もあいつが身を挺して守ってくれたんじゃ。あの時も手当てが遅れたら死ぬかも知れなかっただろう」

 レガルトが沈痛な表情で話した。

「それじゃヴォリラの頭の怪我は……」

「ああ、その時のものだ。魔法でも治療でも治らなくて可哀想な事をした」

「そうだったのか。でもよお、あいつ自分の事を馬鹿だと言っていたけど俺から見たら立派な兵士だぜ。あいつの気持ちは今でも町を守る兵士なんだ」

 デアンが熱く語った。

「デアンは強くなりたいからヴォリラの強さが羨ましいんだな」

 オリエスが穏やかに言った。

「おう。あいつが金色の奴をやっつけた時は凄くカッコよかったぜ」

 デアンは嬉しそうに答えた。

「そうじゃな。ヴォリラが目を覚ましたら伝えておくよ」

「ああ、わしも礼を言わねばならんな。あと褒美も用意しないといかんし」

 レスペルクとレガルトの表情が少し明るくなった。

「どうじゃ。ここはしばらく各々で修行しないか」

 レスペルクが提案するとオリエス達は黙って考えた。

「そうだな。我々も町の復興と共に兵士をもっと鍛えないといけないな」

 クリュテが言うと、

「どうだ。確かデアンだったか。お前も剣の訓練をしないか。かなりきついが」

 青い鎧を着たヴァイルが微笑んでデアンに訊いた。

「えっ、剣の訓練ができるのか。独学じゃわからない事が多くて困っていたんだ」

「そうね。やってみたら? コソ泥の腕も上がるかもしれないけど」

「コソ泥って……商人の息子として鑑定しているだけだぞ」

「物は言いようね……」

 パンジィは呆れた。

「デアンは決まりじゃな。ノリゼンは町の復興に当たってもらおう」

「わかりました。そういう事だ。オリエスも頑張れよ」

「ああ、ノリゼンもな」

 オリエスはノリゼンと握手した。

「それでオリエスとパンジィじゃが、レイシェルからフラスコンテに戻ってくるようにとの事じゃ。多分魔法を修行するんだろう」

「わかりました。明日行きます」

 パンジィがレスペルクに答えると、

「は~いレガルト様。自分もオリエス様達と共にフラスコンテで修行したいのであります!」

 シュミルが手を挙げて言った。

「好きにするが良い」

 レガルトは一言答えてレスペルクと話をした。

「なあ、あの家どうなっているんだ?」

「さあね。別に仲が悪い訳じゃなさそうだけど」

 パンジィは冷めた口調でデアンに答えた。

「デアン、しばらく別れる事になるな。気をつけてな」

「おう、オリエスも時々熱くなって無茶するから気をつけろよ」

 こうして各々次の戦いに備える事になった。

 ヴィエルシフロにまた朝が来た。

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