第10話 ヴィエルシフロの戦い(2)

 翌日、作戦本部がある仮設の小屋の中でオリエスや作戦部隊が集まった。

 潜水艇部隊の掩護射撃の合間にオリエス達と数名の兵士を乗せた小型の高速潜水艇がヴィエルシフロに潜入して町の中心にある治安局に向かう作戦が立てられた。

 作戦はヴァイルの部隊と合流次第行われる事になった。

「港は爆撃を受けて足場が悪くなるだろうから潜入部隊は気をつけていくんだぞ」

「はい!」

 兵士達は力強く返事をした。

 クリュテは潜水艇部隊に説明を始めた。

「なあ、あのクリュテって意外といい奴かもな」

 デアンはオリエスに小声で話しかけた。

「そりゃ、私のお兄様は部下思いのいい人だもん」

「えっ?」

 デアンが振り返るとシュミルが立っていた。

「こ、これはシュミル様、失礼しました」

 デアンは恐縮して言葉を選びながら詫びた。

「何がシュミル様よ。同じ年頃の子から言われると気持ち悪いの。シュミルでいいわよ。デアン」

「そうなんだ。よろしくシュミル」

 デアンは照れ笑いした。

「でもシュミルは何でここにいるの?」

「もちろん作戦に参加する為よ。は~いクリュテ隊長。自分も潜入作戦に参加させて頂きたいのであります!」

 手を挙げてシュミルが大声で言うとクリュテは、

「勝手にしろ」

 と言って引き続き説明を始めた。

「えっそれだけ? おい、本当にいいのかよ」

「君、町の長の娘だろう。怪我したらどうするんだ」

 デアンとオリエスは心配したが、

「いいのよ。この子のあだ名知ってる? 《美しき死神》よ」

「いやだ~パンジィったら。そんな褒められたもんじゃないのに」

 シュミルは照れ笑いして答えた。

「どこが褒められているんだ?」

「さ、さあな……」

 デアンとオリエスの表情が暗くなった。

「でもよ。ノリゼンは凄いな。朝から作戦を立ててさ。ヴィエルシフロにいた方が良かったんじゃねえの」

「ああ凄いな。だけどノリゼンは自分の役目をやっていると思う。軍人としてじゃなく寺院の賢者としてさ」

 オリエスは隊長の横に立っているノリゼンを見ながら話した。

 クリュテの希望でノリゼンはこの町の作戦本部に残る事になった。

(俺も今の自分の役目を果たさなきゃな……)

 自分の掌に小さく風を吹かせてオリエスは思った。

 作戦の説明が終わりオリエス達は港の小型潜水艇で待機した。

「最新の船の中はこうなっているのか……」

「おっ興味あるのか」

 若い兵士がオリエスに話しかけた。

「はい、水道技師を目指していたので。潜水艇の操縦も小型ならできます」

「ふ~ん、意外と普通なんだな。まあいいや。見てもいいが動かすんじゃないぞ」

と言って兵士は外に出て行った。

「私達、どんな風に見られているのかしら?」

「さあな、何でもできる最強部隊ってところかもな。しかしこんな時によくオリエスは船に興味を持てるな」

「そりゃ聖樹を壊して父さん達が目を覚ましたら元の生活に戻るんだから色々勉強しておいた方がいいだろう」

「オリエスさんは勤勉家なんですね」

 シュミルは微笑んだ。

「本当真面目よね。どっかのコソ泥ももう少し勉強したらいいのに」

「コソ泥って……俺も父ちゃん達が目を覚ましたらもっと商売の勉強するよ」

(目を覚ましたら……か本当にそうなるのか)

 オリエスは船の計器を見ながら思った。

 作戦の準備が完了しオリエス達を乗せた潜水艇が出発した。

 前面の壁が透明になって海中の景色が見えた。

 他の潜水艇が先行していた。

「そろそろだな」

 操縦していた兵士が呟いた。

 ヴィエルシフロが見えた。

「攻撃開始!」

 無線機からの声が聞こえると先行していた数隻の潜水艇から光弾が発射された。

 町の港の周りに次々と命中して爆発と大きな泡が立った。

 港から潜水艇が出撃して光弾を発射してきた。

「これより突入する。捕まってろよ!」

 兵士が叫んだ。

 潜水艇が高速で進んだ。

 時々激しく揺れてオリエス達は椅子にしがみついて堪えた。

「よし、港に入るぞ」

 崩れかけた港に潜水艇が入って浮上した。

「突入する!」

 兵士の合図と共にハッチが開きオリエス達は降りた。

 黒装束の魔物と青い顔の兵士達がいた。

「こいつら人間か……」

 オリエスは躊躇しながら剣を持った兵士を刺した。

 兵士は脆くすぐに倒れて黒い灰に変わった。

「な、何だこいつ。うっ……」

 オリエスは吐き気を押さえながら呟いた。

「もう人間じゃないんだから遠慮しないでね。手加減したら死ぬわよ」

 シュミルが戸惑うオリエスに厳しい口調で話した。

 オリエスは「わかった」と答えて風の弾丸を連射した。

「中身が空っぽの黒装束は俺がやる!」

 デアンは剣で魔物の頭に突き刺した。

「よしこのまま町に入るぞ」

 兵士の合図でオリエス達は町に入った。

「うわっ何だあれ、すげえ高いな」

 デアンは遠くに見える塔を見て驚いた。

 他の町には見られない巨大な塔の建物が治安局だ。

 遠くで銃や爆発音が響いた。

「仲間達が戦っているようだ。こちらクリュテ潜入部隊。少人数で町に入った。これより治安局に向かう」

 兵士がパタホンの画面に呼びかけるとすぐに塔の付近から光球が上がった。

「よし、あそこへ行く。気をつけろ」

 オリエス達は兵士に案内され細い道を走って目的地に着いた。

 大きめの民家の庭が作戦拠点になっていた。

 兵士が事情を説明している間、オリエスは周りを見た。

「酷すぎる。町がボロボロだ」

「ああ、ここがこのざまじゃ他の町で起きたらひとたまりもないな」

 オリエスとデアンは重い口調で呟いた。

 爆撃で町中の建物が崩れかけていた。

「治安局の前に黄金の鎧を着た魔物が現われて手こずっているようだ。君達はそいつらを足止めしてくれ。我々はその間に局に入る」

 兵士の指示に従いオリエス達は治安局へ走った。

 顔の見えない黄金の鎧姿の魔物が入口の前に立っていた。

「あれか。随分派手な鎧と剣持っているな。倒したら頂くか」

 物陰に隠れたデアンが呟いた。

「頑丈そうだから魔法が効くかわからないが正面から行くしかないな」

「そうね。他に方法はなさそうだし私が魔法で目くらましをするから二人で攻撃して」

「死にそうになったら私が治してあげるから心配しないでね」

「殺さないでくれよな。いくぞ!」

 デアンの合図で一行は黄金の鎧の騎士に突進した。

 後ろからパンジィが炎の柱を撃った。騎士の顔に当たったがびくとも動かなかった。

「ならば力づくで!」

「うおりゃあ!」

 デアンとオリエスは騎士の頭を突き刺そうとしたが剣でかわされた。

 二人は何度も狙ったがことごとく剣でかわされた。

「うわっ!」

 デアンは腕に傷を負った。

「そこっ」

 シュミルは白い光線を放った。

 デアンの腕の傷が消えた。

「ありがてえ! これなら何度でもやれるぞ」

 デアンは騎士と剣を交えた。

「そこだ!」

 オリエスは騎士の顔に風の弾丸を撃った。

 騎士が後ずさりした。

「今だ!」

 オリエスが剣を構えて騎士の頭を狙った。

 騎士はオリエスの剣をかわし、オリエスの腕に剣を突き刺した。

「うっ! 今だ! デアン」

「了解!」

 デアンがすかさず騎士の頭を狙った。デアンの剣が鎧の隙間を突き抜けた。

「やった!」

 腕に刺さった剣を抜いたオリエスは叫んだ。

「いや、こいつの頭には石がない!」

 デアンは剣を抜いてすばやく後退した。

 オリエスも痛みを堪えて後ずさりした。

「くそっ、どこなんだ。こいつの弱点は!」

 オリエスは剣を構えた。

「うおおおっ」

「よせ、闇雲に突っ込んでも意味ねえぞ」

 デアンの忠告を聞かずオリエスは騎士に剣を振り下ろした。

 剣の腕は騎士の方が上でオリエスが攻撃しても簡単にかわされた。

「これならどうだ!」

 オリエスの放った風の弾丸が鎧に当たって騎士は半歩下がったがびくともしなかった。

 騎士が構え直してオリエスに襲いかかった。

「くそっ、なんでこの魔物は強いんだ」

 オリエスは剣を受けるだけで精一杯だった。

「そこ、どうだ」

 デアンが後ろから刺そうとした。

「ぐわっ!」

騎士に蹴られてデアンは吹っ飛んだ。

「何て頑丈なの」

「ええ、しかも強い。魔物というより本当に騎士みたいな振る舞いね。あいつは他の魔物と違うわ」

 パンジィとシュミルは騎士の強さに圧倒された。

「だけどすばやさなら一瞬だけど何とかなるわ」

 シュミルは二人に光線を放った。

「足下が軽くなるわよ」

 二人に光が包まれた。

「体が軽くなった」

「よしこれで敵の動きに合わせられる」

 オリエスとデアンは騎士に振りかかった。

 騎士の攻撃をよけながら攻撃を続けたが騎士には傷ひとつ付けられなかった。

「すばしっこくなってもダメか」

「ああ、だがどこかに弱点があるはずだ」

 デアンとオリエスは剣を振り続けたがやはり効果がなかった。

 騎士が二人を掴んで投げ飛ばした。

「ぐっ!」

「こいつ何て馬鹿力だ」

 二人は傷だらけになり立ち上がった。

 シュミルの魔法で傷は癒えたものの二人の戦意が落ちていた。

 騎士が左手で巨大な火の玉を出した。

「魔法かよ」

「そんな玉、こらえてやる!」

 オリエスは風の盾を作った。

 騎士が火の玉を放った。

「だめよ。逃げて!」

 パンジィが叫んだ。

 火の玉はすぐに飛び散って小さな弾丸になり二人に当たった。

「うわっ」

 オリエス達は熱い弾丸を必死に堪えた。

 騎士が剣を構えて二人に飛びかかった。

「まずいわ」

「それなら!」

 シュミルが光球をパンジィが炎の弾丸を騎士に放ったがびくともしなかった。

「二人とも逃げて!」

「えっ」

 パンジィの声が聞こえた時には騎士の剣がすぐオリエスの目の前に見えた。

「やられる!」

 オリエスが身構えた時、騎士の背後で鈍い男がして動きが止まった。

 その隙にオリエスとデアンは後退した。

 騎士のすぐそばに大きな斧が落ちていた。

「おりゃあ!」

 大柄の男が騎士に飛びかかった。

 男と共に騎士は転んだ。

 騎士は男を離してすぐに立ち上がった。

 男は斧を持って騎士と戦った。

 男の斧が騎士の腕を切り落とした。

「今のうち逃げるぞ!」

 男は走りながら叫んだ。

 オリエス達は退却した。

「くそっ、倒せない。何故だ」

「とにかく逃げて考えようぜ」

「全く何なのあの化け物」

「仕方ないわ。さっきの場所に戻りましょう」

 オリエス達は治安局への侵入作戦を諦めて作戦拠点に戻った。

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