第9話 ヴィエルシフロの戦い(1)

「あれがヴィエルシフロか」

 半透明になった船室の壁から見える都市を見てオリエスは呟いた。

 巨大な聖樹のそばに立つ都市は他の都市より頑丈そうに見えた。

 突然、無数の光弾が接近してきた。

「な、何だ」

 デアンが驚いた。

「かわすんだ!」

 ノリゼンが叫んだ。

 オリエスはとっさに操縦桿を左に傾けた。

 しかし弾丸を受けて船内は激しく揺れた。

「何だよ!」

 オリエスは弾幕をかわせずに苛立った。

「衝撃防護膜を出して前の岩陰に隠れろ」

 ノリゼンの指示に従いオリエスは船体に防護膜を出して小高い岩に隠れた。

「一体何なんだ」

 デアンが椅子にしがみついたまま怒鳴った。

「敵だと思ったのかしら」

 パンジィは立ち上がってオリエスのそばで外の様子を見た。

「そこの潜水艇。聞こえるか」

 男の声が無線機から響いた。

「聞こえます。俺達は敵じゃありません。用事があって入港したいだけなんです」

「わかっている。君達の後ろの船についてくるんだ」

「後ろ?」

 オリエスは潜水艇を反転させた。

 前に大型潜水艇が2隻見えた。

「あれはヴィエルシフロの……」

 オリエスは前に曳航された時に見た潜水艇を思い出した。

「どういう事ですか?」

 ノリゼンが無線機に話しかけた。

「詳しい事は《ミリズイエ》に着いてから話す。ついてきたまえ」

「了解。オリエス、ついて行こう」

 ノリゼンの言葉に釈然としないままオリエスは従った。

 小さな聖樹のふもとにあるミリズイエに到着したオリエス達は船を降りて兵士達の案内で隣の潜水艇の前に来た。

「何だ、兵士ばっかりだぞ」

 デアンは周りを見ながら小声で話した。

「そうだな、何があったんだ」

 港の物々しい雰囲気にオリエスは戸惑った。

 船から紫の鎧を着た男が降りてきた。

「大丈夫か」

 その男は二十代前半の若い顔立ちをしていたが凜々しかった。

「クリュテ様でしたか。フラスコンテのレイシェル様の使いで来た者です」

 ノリゼンが一礼して言った。

「おうレイシェル殿の使いか……するとあなたはノリゼン殿。こうして会うのは初めてだな」

「レガルト様はお元気ですか?」

 ノリゼンが訊くとクリュテは表情を曇らせて、

「ひとまず町に入って話をしよう」

と歩き出した。

「何か事情があるみたいね」

「妙に暗いな。元々偉そうで嫌な連中だけどよ」

 パンジィとデアンが話していると、

「そうだな。偉そうで嫌な連中でも大変な時があるんだぞ」

 前を歩いていた兵士が皮肉交じりに言った。

「また聞こえていたのか……」

 デアンが苦笑したが、オリエスは無言のまま歩いた。

 一行は町に入って白い民家に案内された。

「一体何があったのですか」

 ノリゼンは椅子に座ったクリュテに訊いた。

「ああ、7日前に黒装束の魔物達が襲ってきて本部を乗っ取られたんだ」

「何ですって」

 ノリゼンは驚いた。

「そんな……ヴィエルシフロが乗っ取られるなんて」

 パンジィも驚きを隠せなかった。

「敵の動きが早くてな。あっという間だったらしい。私達兄弟は外を回っていたから詳細はわからないが、まだ交戦中らしい」

「そうなんですか。レガルト様は?」

「それもわからないんだ」

 クリュテは沈痛な表情で話した。

 ノリゼンは寺院が襲われた事、レイシェルからヴィエルシフロの兵士達と隕石の落ちた場所の聖樹を破壊するように言われた事を伝えた。

「そうか、フラスコンテにも黒装束が……一体何が起きているんだ」

 クリュテは腕組みして考えた。

「失礼します」

 オリエスと同じ年頃の少女がお茶を持ってきた。

「ノリゼン様、お久しぶりです」

「これはシュミル様、大変だったでしょう」

「いえ、他の兵士に比べたら……」

 ノリゼンとシュミルが話しているのを見ながら、

「おい、あの可愛い子誰だよ」

 デアンはパンジィに小声で訊いた。

「クリュテ様の妹のシュミル。聖魔法を使えるのよ」

「へえ、あの子は聖魔法使いか。見かけにふさわしく癒やしを捧げる可愛い子だな」

「ちょっと何よ。癒やされたいなら私が癒やしてあげましょうか」

「いや、お前の凶暴な炎じゃ癒やされる前に死んじまうよ」

 デアンとパンジィが険悪な雰囲気になった。

「あの……俺達はヴィエルシフロには行けないんですか」

 オリエスは戸惑いながらクリュテに訊いた。

「ああ、港は封鎖されて入れない状態だ。聖樹の問題も何とかしたいが本部が抑えられていては何もできないからな」

 テーブルにお茶を並べたシュミルが部屋の外に出た。

「そうですか……私達が町に潜入するっていう作戦はどうでしょうか?」

「えっ?」

ノリゼンの提案にみんなが驚いた。

「ここの船で港を爆撃してその合間に我々の船が港に入って中の様子を探るのです」

「祈りを捧げる賢者様とは思えない強引な作戦だな」

「さすが脳筋賢者、何も言えないわ」

 デアンとパンジィは呆れた。

「ここで待っていても仕方ないからな。わかった。君達と通信兵で潜入してくれ。作戦の詳細は少し考えよう」

 クリュテは茶を飲みながら答えた。

 民家を出たオリエス達は宿屋に泊まる事にした。

「じゃあ後でね」

 パンジィは自分の部屋に入った。

「ノリゼンよ。あんな作戦で大丈夫か」

「潜入できれば何とかなるだろう。町の人達が心配だからな」

「そりゃ俺も心配だけど。潜り込めたとしてどうするんだ」

「まず町の長のレガルト様の救出だな。あとはクリュテ様とヴァイル様がやってくれるだろう」

「ヴァイルって?」

「クリュテ様の兄上だ」

「へえ……」

 デアンとノリゼンの話をオリエスは黙って聞いた。

「クリュテ様は紫の鎧、ヴァイル様は青の鎧。二人でヴィエルシフロの旗の色の鎧を装備しているんだ」

「青の鎧……」

 オリエスは呟いた。

 以前に曳航された時に見かけた青い鎧を着た男を思い出した。

「ああ……あの人が」

「なあ、オリエス。何ぶつぶつ言ってるんだよ」

 デアンが話しかけた。

「あっ別に……ちょっと考え事をしていて。それで何?」

「何って……別にいいけどさ。また戦いになるな」

「そうだな。でも仕方ないな。ここまで来たら早く父さん達の眠り病を治したいし」

「ああ、そうだな」

「もう寝るか」

 オリエスは一足先にベッドで横になった。

 その晩、オリエスは宿の外で瞑想をしていた。

「魔法の練習か」

 ノリゼンが話しかけてきた。

「ああ、見ての通りだよ」

「戦いの前だからな」

「いや、怖いからかな」

 オリエスの答えにノリゼンの表情が固くなった。

「俺さ、魔法は今まで全く使えなくて諦めていたんだ。学校で魔法を使える奴を見て羨ましかった。その俺が突然魔法を使えるようになった。嬉しさより怖くなったんだ。間違って誰かを怪我させたりしないかとか魔力で頭がおかしくならないかとかさ。その上、今まで育ててくれた父さんと母さんの本当の子供じゃなくて、本当の母さんは俺の目の前であんな目に遭って……どうにかなりそうで怖いんだ」

 ノリゼンは黙っていた。

「今度の戦いでもまた魔法を使う。でもどこまで使いこなせるか自分でもわからない。もしかしたらうまく魔法を使えないまま殺されるんじゃないかって。今さら言うなよって事だけどさ……」

「でも家族を助けたいという目的の為に今はやるしかないと思っている。そうだろう?」

「ああ、そうだ」

「私はパンジィやレイシェル様みたいな攻撃系の魔法を使いたいと思っていた。しかし私に与えられた力はなぜか聖魔法。人を癒やす魔法だった。もちろん攻撃も出来るが戦う時にはいつも後ろから味方を癒やす事を求められていた。それが不満だと思っていた訳じゃない。だが何か違うと思っていた。そんな時、レイシェル様が参謀を辞められる時に一緒に寺院で働かないかと誘われたんだ。その時は意外だったが今はこれで良かったと思っている。魔法が使えるというのは使えない人から見たら羨ましく見えるかも知れない。でも魔法を使えたら自分自身の心と戦わなくてはいけない。きっと君は今、自分の心と戦っていると思うんだ。だからゆっくり戦って自分の道を探すといい」

「うん、ありがとう。ノリゼン」

 オリエスは静かに微笑んで礼を言った。

「それじゃ私は先に休むよ」

 ノリゼンは宿屋に戻った。

 暗い海がよどむ空の下、オリエスは静かに瞑想した。

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