第8話 フラスコンテの寺院

 オリエス達は幾つかの町で補給をしながら北方の海底のフラスコンテに着いた。

 氷に覆われた海上からの日差しが少ないせいかこの地の聖樹は細い枝に葉がまばらについて貧相な姿をしていた。

 そしてそのふもとにあるフラスコンテは冷たい海と聖樹から出る物質の影響でドームの表面に氷が張り付いて外見はとてもいびつな形をしていた。

「ああ寒い。やっぱり北の地は冷えるな」

「ああ、手が凍りそうだ。早く入港しよう」

 船の中は温風で暖かくしても外の冷たい海のせいで冷えていた。

「町もこんな感じだったら嫌だな」

 デアンがぼやいた。

「多分大丈夫だろう。人が住んでいるから」

(あそこに俺の本当の母親がいる……)

 オリエスは複雑な思いを抱えて上の空で答えた。

 フラスコンテに入港して二人は町に入った。

 町の中から見える空は厚い氷で覆われて天井の至る所に埋め込まれた照明で明るさを保っていた。

「船の中よりマシだけど少し寒いな」

 デアンは腕組みしながら呟いた。

「そうだな。でも寺院に行ったらすぐ帰るだけだから」

「えっ、そうなのか。だってよ……」

「俺の母さんはおばさんの家で眠っているよ。ここには俺を生んだ人がいる。そしてどうして俺を捨てたのか話を聞く。それだけだよ」

 淡々と答えるオリエスにデアンは気まずそうな表情をした。

 通りの先に丸い屋根の建物が見えた。

「あれじゃねえのか」

「多分な」

 二人は建物を目指して歩いた。

 なだらかな坂道の先に球状の大きな寺院が見えた。

「さすが宗教都市の寺院だな。壁の彫刻もすげえし」

壁に細かい絵が彫られた寺院は荘厳なたたずまいをしていた。

 正面の門から入った二人はそばにいた神官にフウリイに会いたい事を伝えた。

「中は吹き抜けか」

 オリエスは高い天井を見ながら呟いた。

 程なくして一人の中年の女が寺院の奥から現われた。

「こんにちは。あなたがオリエスね。私がフウリイよ」

 青と緑の神官の服を着たフウリイはオリエスを一目見るなり話しかけた。

「………………」

 オリエスは黙った。

 フウリイは表情を変えずにオリエスを見た。

「俺はデアン、こいつの友達」

「よろしく。デアン」

 フウリイはデアンに笑顔で答えた。

「大きくなったわね。オリエス……」

 フウリイの子供を見るような眼差しにオリエスは口元をきつく結んだ。

「あなたが私をそんな顔で見るのはわかっているわ。本当にごめんなさい」

 フウリイは表情を曇らせてオリエスに頭を下げた。

「あの小便したいんだけど、便所どこ?」

 気まずくなったデアンはフウリイに訊いた。

「奥に入って右よ」

 フウリイの返事を聞くなりデアンは「どうも」と寺院の奥へ走って行った。

「座って話をしましょう」

 フウリイは壁際の椅子にオリエスを案内して並んで座った。

「何から話したらいいかしら」

「俺を捨てた訳」

 フウリイのゆっくりした問いかけにオリエスは目を合わさず早口で答えた。

 フウリイの表情が固くなった。

「そうよね。あなたにとって私はあなたを捨てた薄情な母親だもんね。そう思われても仕方ないわ」

 オリエスは無言のままだった。

「言い訳にしか聞こえないけど話すわ。昔、私はあなたを産んですぐに病気にかかったの。毎日寝込むようになってあなたをまともに育てられない事に私は悩んだわ。もちろんあなたのお父さんのガルキエもね」

「ガルキエ……父さん?」

「ええ、そうよ」

 オリエスの呟きをフウリイは聞き取った。

「それで二人で話し合ってこの寺院で働いていたサルク……あなたのおばさん夫婦にあなたを預ける事にしたの。育てるのに必要なお金と一緒にね。でもサルクはしばらくして夫のダルトンを病気で亡くしてね。それでバルフェとレイナが預かる事になったの」

「まるで物のように人手に渡っていったんだな。俺って……」

 オリエスは冷たく言った。

「病気が治るのに何年もかかったわ。そしてその間にガルキエも事故で亡くなった。あの頃は町の改修中でね。慣れない力仕事で亡くなる人が沢山いたわ。体の弱い私にはあなたを引き取って育てる事はできないと悩んでいた時にバルフェとレイナが自分の子供として引き取りたいと言ってくれたの」

「父さんと母さんが……」

「あなたを孤児院に預けようかと言ったけどね。レイナは自分の子供のように愛おしいからこれからも一緒にいたいと言ったの。バルフェも同じ考えだったわ。私よりもあなたを大切に思ってくれる素敵な二人よね。私は陰ながら援助する事を約束して二人に引き取ってもらう事にしたの」

「そうなんだ……」

「そうよ。だからあなたはバルフェとレイナの子供。私の事はいくらでも憎んでも構わないけどあの二人は絶対に憎んだらだめよ」

「でも父さんも母さんも眠り病にかかって……」

「何ですって!」

 これまで穏やかに話していたフウリイが驚いた。

「今はサルクおばさんの家にいるんだ。おばさんからあなたに会うように言われたからここに来たんだ」

「そうなの。バルフェとレイナが……あなたは大丈夫だったのね」

「俺も町にいたけどなぜか俺だけ眠らなかったよ」

「そうだったの……辛いわね」

 フウリイの表情が暗くなった。

「そうか、あの二人が眠り病に……気の毒にな」

 白髪頭の老人が話に入ってきた。

「いてててて」

 デアンが老人に耳を引っ張られていた。

「全く……寺院の蔵で物音がすると思ったらこいつが忍び込んでいてな……」

「お前なあ」

 オリエスは頭を押さえた。

「あの……本当にすみません。でも悪い奴じゃないんです。許してもらえませんか」

 オリエスは老人に頭を下げた。

「ああ、『金目の物がない貧乏臭い寺だ』と言って何も盗っていないから許してやってもいいがな」

「す、すみません」

デアンは頭をかいて苦笑いしながら謝った。

「お前がオリエスか。私はこの寺院の長のレイシェルじゃ。フウリイの子がこんな立派に成長するとはな」

「レイシェル様。ありがとうございます」

 フウリイは立ち上がって頭を深々と下げた。

「かしこまらなくてよい。今は雑談の時間じゃ。あの二人も眠り病になって気の毒にな。それにしてもオリエスのように眠り病にかからない者もいるんじゃな」

「私の子供ですし、《木の民》の血筋が関係しているのでしょうか」

「木の民? 何ですかそれは」

 二人の会話にオリエスが入った。

「オリエス、私は木の民の血を引いているの。あなたは風の魔法が使えるんじゃないの?」

「えっ、はい。つい最近……」

 フウリイの問いにオリエスは答えた。

「ほお、風の魔法が……それなら間違いなく木の民の血を引いておるな」

「だから木の民って何だよ。爺さん」

 デアンも話に入ってきた。

「じ、爺さん……まあいいわ。木の民というのは聖樹を信仰する民族でな。文明を嫌い隠れ里にひっそり住んでいるんじゃ」

「私の祖先は普通に暮らしたくて里に出たそうなの」

「そうなんですか。風の魔法を使える木の民は眠り病にかからないと……」

 オリエスは頭を押さえながら答えた。

「まだ仮説の段階じゃがな。だからフウリイもモノシフロの研究に協力しているんじゃ。そろそろメッサが来る頃か」

「ええ。そうですね」

 フウリイは入口を見た。

 数人の男女が入ってきた。

「すみません」

「おお、ご苦労じゃな」

 低い男の声にレイシェルは手を振って答えた。

「モノシフロの研究者達じゃ」

「ふうん……」

 デアンは近づいてくる人影を見た。

「具合はいかがですか」

「はい、大丈夫です。メッサ先生」

 白と灰色の線が入った服を着たメッサにフウリイは微笑んで答えた。

「それじゃ採血しましょうか」

「血を採るんですか」

 オリエスはメッサに訊いた。

「ああ。木の民の血を今調べておるところなんじゃ。そうじゃ。オリエスも採血してもらうか」

 準備を始めたメッサに代わってレイシェルが答えた。

「えっ……」

 オリエスは驚いた。

 フウリイは袖を上げて痩せた女に伸ばした。

 女がフウリイの腕に注射を刺して採血を始めた。

「レイシェル様、こちらは?」

「ああ、フウリイの子のオリエスじゃ」

「お子さんですか。それなら是非!」

 メッサは喜びながら注射器をオリエスに向けた。

「いや、そう言われても……」

 オリエスはいきなりの提案に戸惑った。

「オリエス、嫌なら無理しなくていいのよ」

「べ、別に無理していないよ。いくらでもどうぞ」

 フウリイの母親ぶった行動が気に入らずにオリエスは腕をメッサに伸ばした。

「ああ……完全にこじらせてるな」

「そうじゃな。仕方ないとは言え……」

 デアンとレイシェルは呆れた表情でオリエスを見た。

 採血はすぐに済んだ。

「本当に木の民の血で治るんですか?」

「民族の個体差かも知れないが木の民の血には眠り病に抵抗できる何かが含まれているそうです。まだ研究中で細かい事までわかりませんが」

「早くわかるといいな」

 淡々と説明するメッサにデアンが小声で呟いた。

 オリエスも「ああ」と言いながらフウリイを見た。

「でもよ。病気が治るかも知れないと言っても結局原因は何だよ」

 デアンはレイシェルに訊いた。

「隕石が落ちた場所に発生した黒い魔石が原因らしいと研究者から聞いたな」

「魔石ですか?」

 オリエスが腕を押さえてながら訊いた。

「ええ、隕石に付着していた未知の生き物が近くの聖樹に取り付いて魔石を生んでいるそうです」

 メッサが注射器を鞄に入れながらオリエスに話した。

「まだわからない事ばかりですけどね」

 メッサは鞄に道具をしまって立ち上がった。

「それじゃまた来ます」

「わざわざありがとうございました」

 フウリイはメッサ達に礼を言って立ち上がった。

 オリエスの指先に振動を感じた。

「あれ? 誰だろう」

 オリエスは左手を開いてパタホンを呼び出した。

「パンジィ? ああ、あの時の」

 オリエスは画面に話しかけた。

「君達ここに来ていたんだ。今どこに居るの?」

「レイシェルさんの寺院だよ」

「ちょうど良かった。私達もそっちに行くから待っててね」

 張りのあるパンジィの声が切れるとオリエスは画面を閉じた。


「何だあれは!」「キャー!」

 突然、寺院にいた人々が騒々しくなった。

 吹き抜けの天窓から黒装束の魔物達が次々と降りてきた。

「あいつらどうして!」

 デアンは剣を構えた。

「みんなを安全な場所へ」

 オリエスもフウリイ達に言うと剣を構えた。

「オリエス、あなたは戦うの?」

「いいから。早く逃げて!」

 オリエスはフウリイに言うと魔物達に飛びかかった。

「何!」

 魔物は袖から剣を持ち出してオリエスの剣を受けた。

「くそっ! こいつは剣も使えるのか」

 オリエスは間合いを取って魔法を放った。

 風の弾丸を受けた魔物がひるんだ。

「うおお!」

 オリエスの剣は魔物の頭を貫いた。

 黒装束がバサッと床に落ちて砕かれた石もポトリと落ちた。

「次だ!」

 オリエスは斜め前の魔物に魔法を放って剣を振り下ろした。

 吹き抜けの屋根の窓から魔物が次々と降りてきた。

「きりがないぜ!」

 デアンが叫んだ。

「どうだ」

 オリエスは風の弾丸を乱射した。

 数発が当たって着地する姿勢が崩れた魔物にオリエスは突進した。

 ゆっくり立ち上がる魔物の頭に剣を突き刺して振り返って魔物に風の弾丸を放った。

 魔物が後ずさりした時、炎の弾が魔物に当たって体が燃えた。

「へえ、結構やるじゃない」

 入口に立ったパンジィが手に真っ赤な火球を浮かべながら感心した。

「うおおお!」

 オリエスは燃えた魔物の頭に剣を刺して倒した。

「こいつらどうしてここに」

「わからん。私達の後をつけてきたのかも知れんな」

 オリエスの隣でノリゼンが右手に白い光の球を作って構えた。

「とにかく全部倒すしかないわ」

「ああ、そうだな」

 デアンは魔物に飛びかかって剣を頭に刺して倒した。

 しかし魔物達は次々と窓から降りてきた。

「何だこいつら。槍も持っているぞ」

「今までより強い奴か」

 武装した魔物達がデアンとオリエスに襲いかかった。

 オリエスは魔法を放ちながら攻撃したが動きが早かった。

 魔物が火の玉を放った。

「くそっ、さっきのは雑魚だったのかよ」

 デアンも苦戦した。

「ここで強い魔法を使ったら寺院が燃えてしまうわ。どうしたら」

「それなら聖魔法で」

 ノリゼンが掌の白い光球を放った。

 光球は魔物に命中して動きが止まった。

 デアンが素早く魔物の頭を突き刺した。

「みんな、伏せるんじゃ」

 レイシェルが叫んだ。オリエス達はとっさに伏せた。

 レイシェルが氷の弾丸を放った。

 氷の弾丸が次々と魔物達に命中して動きが止まった。

「今だ!」

 オリエスとデアンは魔物達の頭を次々と刺した。

「ふう。久しぶりの魔法は体力を使うわ」

 手首を振りながらレイシェルが呟いた時、

「レイシェル様、危ない!」

 パンジィの声にハッと気付いたレイシェルが見上げると剣を持った黒装束が降りてきた。

「危ない!」

 フウリイは魔法で風の盾を作り魔物の剣を受けたが、魔物はすぐに剣を持ち直しフウリイの腹を刺した。

「フウリイ!」

 レイシェルの叫び声にオリエスは振り返った。

「えっ……」

 フウリイの体が剣で貫かれていた。

「こ、この野郎!」

 オリエスは叫びながら風の弾丸を連射した。

 魔物の動きが止まった。

「うおおお!」

 オリエスの剣が魔物の頭を貫いた。

 黒装束がバサッと床に落ちた。

「しっかりして。かあ……フウリイさん」

 オリエスは剣が刺さったままのフウリイを抱きかかえた。

「ごめんね。しくじったわ」

「しゃべらないで」

 オリエスはゆっくりフウリイを横にした。

 フウリイは痛みに唸った。

「すまん。わしが油断したすきに……今メッサ達に連絡したから来るまでの辛抱じゃ」

「オリエス、右手を私の手と合わせて」

「右手? ああ……」

 フウリイの言う意味がわからないままオリエスは右手をフウリイの右手に合わせた。

 緑色の光が二人の掌を包んだ。

「何だ。この光は」

「覚醒の儀式よ。木の民はね。他の人と違って伝承しなければ魔法をまともに使えないの」

「そうだったのか……でも今はそんな事しなくても後から出来るじゃないか」

 オリエスは目を潤ませた。

「あなたは私より木の民の血を受け継いでいる。あなたの魔法は私より遙かに強いわ。これで仲間と共に戦いなさい」

 二人の掌が更に輝いてほのかな緑色に変わってオリエスの体を包んだ。

「ありがとう」

「がんばるのよ」

 フウリイは静かに目を閉じた。

 オリエスは振り返って立ち上がった。

 まだデアン達が魔物と戦っていた。

 オリエスはノリゼンのそばに走った。

「フウリイさんを頼みます」

「わかった」

 ノリゼンがフウリイの元に駆けていった。

「お前ら、許さないからな!」

 オリエスは掌を握りしめて力強く開いた。

 魔物達を上空に舞い上げた。

「すごい風圧。それなら」

 パンジィは炎の柱を放った。

 炎が風に舞い上がって魔物に燃え移った。

 燃え上がった魔物達が床に落ちてきた。

「そこだ!」「うおおおお!」

 オリエスとデアンが次々と魔物の頭を刺した。

 魔物達は全滅した。


「あの人は!」

 息が荒いままオリエスはフウリイの元へ駆け寄った。

 ノリゼンが聖魔法でフウリイを手当てしていた。

「ダメです。木の民だと思ったように治らない」

「やはりメッサ達に任せるしかないようだ」

 レイシェルはがっかりした表情で言った。

「そんな……まだ聞きたい事があったのに」

 オリエスも落胆した。

 しばらくしてメッサ達が戻ってきた。

 フウリイの傷は深くモノシフロへ連れて行くことになった。

 寺院の神官達がフウリイの搬送の準備を慌ただしく始めた。

 寺院の修理が始まって辺りは物音と人々の声で騒々しくなった。

「レイシェル様。申し訳ございません。もっと早く来ていればこんな事にならなかったのに」

 パンジィはレイシェルに頭を下げた。

「いや、わしの力不足じゃ。気にするな」

「君はこの寺院の人だったのか」

 そばに立っていたオリエスが話しかけた。

「ここで魔法の修行をしていたの。そしてレイシェル様の命令でノリゼンと一緒に黒装束を追っていたのよ。オリエス、あなたにも謝らないといけないわ。私達がもっと早く来ていれば……」

「いや、いいんだ。ありがとう。助けてくれて」

 オリエスは穏やかに微笑んでメッサ達の手当てを受けているフウリイを見た。

「しかし何で攻撃してきたんだ。この前会った時はこそこそ逃げ回るだけだったのに」

「敵も強くなっているのかも知れん。早くなんとかしないと」

 デアンとノリゼンが話しているとレイシェルが咳払いをして話し始めた。

「ここであれこれ考えても仕方ない。お前達、これからヴィエルシフロへ行って治安維持隊と共に隕石が落ちた場所に生えた聖樹を破壊しに行くのじゃ」

「聖樹の破壊ですか?」

 ノリゼンとパンジィは驚いた表情でレイシェルを見た。

「ああ、そうじゃ。どうやら魔物が出てくる原因はそこにあるようじゃ。ヴィエルシフロのレガルト様に書状を書いた。なぜかヴィエルシフロとは連絡が通じないようだからこれを持っていくといい」

「わかりました」

 ノリゼンが書状を受け取った。

オリエスは黙ってフウリイの様子を見ていた。

「オリエス、フウリイが心配なのはよくわかる。大丈夫だ。わしもあいつらと一緒にモノシフロに行って見守っているからな。この寺院も直すのに当分閉めなきゃならんし」

「ありがとうございます」

 オリエスはレイシェルを見て小声で礼を言った。

「なあ、お前はサルクおばさんの家に戻って休んだ方がいいんじゃねえのか」

 デアンは心配そうな表情で話した。

「ありがとう。大丈夫だよ。父さんも母さんもまだ眠っているから悪いし」

「そうじゃったな。育ての親が眠り病にかかっていたんじゃな」

「そういう言い方やめてくれませんか。俺にとっては父さんと母さんです」

 オリエスの口調がきつくなった。

「すまん。お前の事情も知らずに……」

 レイシェルは複雑な表情で詫びた。

「オリエス、色々あって大変なのはわかるわ。やっぱり休んだ方がいいんじゃない」

「大丈夫。体を動かしていたいから」

 心配するパンジィにオリエスは微笑んで話した。

「それではレイシェル様、行って参ります」

 ノリゼンが頭を下げた。

「ああ、気をつけてな」

一行はレイシェルと別れて出口へ歩いた。

 物々しい雰囲気に包まれている中、オリエスは横たわって手当てを受けているフウリイを見ながら歩いた。

(あの人が本当の母親……)

 初めて会った実の母親が目の前で剣に貫かれる光景が重なってオリエスは頭を強く振って寺院を出た。

「でもよお。いきなりヴィエルシフロの連中と一緒に戦えなんてあの爺さんも無茶すぎないか?」

「レイシェル様はああ見えても元々はヴィエルシフロの参謀だったから何か考えがあるのだろう」

「えっ、そうなのか」

「私も元々レイシェル様の部下だったんだ」

「そうなんだ。道理で体を鍛えている感じがしたよ」

 デアンとノリゼンが後ろで話していたが、オリエスは無言で歩いていた。

「ねえ、オリエスは何をしたいの?」

「えっ? 何をって」

 急に話しかけてきたパンジィに戸惑いながら一呼吸ついて答えた。

「父さんと母さんの眠り病を治したい……それだけかな。だけどヴィエルシフロの兵士達と手を組んで戦えとかいきなり言われて訳がわからないよ」

「そうだよね。私達と違ってオリエスはレイシェル様とは何の関係もないし命令されても従う必要ないから無理して一緒に行かなくてもいいんだよ」

「ああ。でも一人でいても何も出来ないからな。眠り病と黒装束の魔物と関係があるとしたら、その魔物を生んでいるかも知れない聖樹を壊す事も意味があると思っている。でもわからないんだ……」

「本当、わからない事だらけだよね。私も父さんの眠り病を治したい。それだけなのよ」

「君の父さんも眠り病なんだ」

「本当、馬鹿な父親でね。いつも外で喧嘩ばかりして母さんに迷惑かけて母さんは愛想尽かして他の町へ出て行ったの。でも私は父さんと一緒に住む事にした。何か放っとけなくてね。町の評判は悪くても家では普通の父さんなの。他の人と優しく付き合えばと言えば『うるさい、外でヘラヘラなんかしてられっか』だって。馬鹿だよね。でも無駄に頑固な父さんが好き。だから早く目が覚めて欲しいんだ」

 目を潤ませながら話すパンジィを見てオリエスは、

「みんな家族が眠って悲しんでいるんだ……」

 と小声で呟いた。

「なあ、パンジィはノリゼンと付き合っているのか」

 デアンが大声でパンジィに訊いた。

「あんた、いっぺん焼かれたいの?」

 パンジィは振り向きざまに掌に炎を浮かべてデアンの顔の前に差し出した。

「いや、ごめんごめん」

 デアンはゆっくり後ずさりした。

「こういう所は父親似なんだな」

 オリエスは呟いた。

「何か言った?」

「いや、何でもないよ」

 にらむパンジィにオリエスは笑って答えた。

(何だか色々疲れるな……)

 オリエスはため息をついて小道を歩いた。

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