第6話 ブルフォレ

 コーティスを出発したオリエス達の潜水艇は半日余りでブルフォレに着いた。

「うわっ何だ、この長いゆらゆらした物は」

 半透明になった操縦席の前に緑色で長い海草が沢山ゆれていた。

「デアンは初めてなのか。綺麗だろ。海の森だな」

「いや、綺麗というよりこんなモサモサしている中を行けるのか」

「ああ、絡まる事はないよ」

 高く伸びた海草の森を抜けると大きな聖樹とドーム状の都市が見えた。

「聖樹の根もすげえな」

「根から養分を大量に出しているから海草があんなに大きく育ったんだ」

 聖樹は小ぶりながら太い根が網の目のように海底に張っていた。

 潜水艇はゆっくりブルフォレに入港した。

「じゃあ町でゆっくりしてくれ。俺は二人をおばさんの家に連れて行くから」

 船の中でオリエスはバルフェを背負いながら言った。

「今さら何を遠慮しているんだよ。俺も行ってやるよ」

 デアンはレイナを背負った。

「悪いな。ここまで本当にありがとう」

「何言っているんだよ。俺も楽しかったぜ。死にそうになったけどな」

 二人は潜水艇を降りた。

 町に入りパホストに触れたオリエスは掌のパタホンでサルクに話しかけた。

「おばさん、オリエスだけど父さんと母さんを連れてきたんだ。今から向かうから」

「そうかい。待っているよ」

 画面から年老いた女の声が聞こえた。

 オリエスは画面を閉じて町を歩いた。

「ここも俺達みたいに家族を背負っている人がいるな」

 デアンの言う通り身内と思われる人を背負って歩いている人々があちこちにいた。

 それを見る人は皆気の毒な表情をしていた。

「あんな顔で見られると辛いな。生きているのに」

 オリエスは呟いた。

 商店通りを抜けてしばらく歩いたところにサルクの家があった。

「ごめんください。おばさんいる?」

 サルクの家に入ったオリエスが呼ぶとふくよかな体つきのサルクが出てきた。

「ああ、オリエスよく来たね。こちらはお友達かい?」

「ああ、デアンだよ」

「えっと……デアンです」

 デアンは神妙な顔で挨拶した。

「石版の記事を見てから心配していたんだよ。ああ……バルフェもレイナも眠っているようだね」

 担がれてうなだれている二人の姿を見てサルクの目から涙が溢れた。

「こっちに連れてきて」

 サルクの案内で二人は奥の部屋でバルフェとレイナをベッドに乗せた。

「父さん母さん、やっと家で休めるよ。長く船の中で休ませてごめんよ」

 オリエスの目から涙が流れてガクッとその場にうずくまった。

「良かったな。オリエス……」

 デアンが優しく肩を叩いた。

 サルクに広間へ通された二人は食事をした。

「うわっ! うまそうな魚だな」

 目の前に置かれた大きな焼き魚にデアンは喜んだ。

「そうでしょう。この町の近くには海草が伸びて魚の巣になっているから新鮮な魚が沢山捕れるのよ。沢山食べなさい」

「遠慮なくいただきます!」

 デアンが焼き魚をバリバリと骨ごと食べている間、

「おばさん、俺どうしたらいいかまだ考えていないんだ。父さんと母さんを楽に休ませたくて勢いでここまで来たけど……」

「そうなのかい。オリエスも成年の儀式をする頃だったね。バルフェも楽しみにしているって前に手紙に書いていたよ」

「………………」

 オリエスはうつむいた。サルクは一息ついて言った。

「あのねオリエス。大人になったあなたなら受け入れられると思うから聞いて。あなたはね、二人の子供じゃないのよ」

「えっ!」

 オリエスは驚いてサルクを見た。

「んが!」

 デアンは喉に詰まらせてゴホゴホと咳き込んだ。

「な、何を言っているんだ。そんな話聞いたことないよ」

「そうよ。大人になるまであなたに言わないでおこうとみんなで決めたの。辛い思いさせたくないから」

「いや。今聞いても十分辛いし、何を言っているんだ!」

 オリエスの口調が激しくなった。

 隣でデアンが咳き込んだままオリエスの背中を引っ張った。

「いいから最後まで話を聞きなさい!」

 サルクは怒鳴った。二人はおとなしくなった。

 サルクはまた一息ついて穏やかに話し始めた。

「あなたの本当の親は《フラスコンテ》にいるの。北の町よ。お父さんはもう亡くなったけどお母さんのフウリイが寺院で神官をやっている筈よ。詳しい事はフラスコンテに行って直接訊くといいわ」

「フラスコンテってずっと北じゃねえか。町が氷のドームで覆われている宗教都市だったか」

 デアンは魚を頬張りながら言った。

「よく知っているわね。そうよ。私も昔そこに住んでいたの。行ったら町の真ん中にある寺院を訪ねなさい。大きいからすぐわかるわ」

 サルクは二人に話したがオリエスは黙ってうつむいたままだった。

 その晩、オリエスとデアンは別の部屋で休んだ。

「父さん、母さん……俺、頭が変になりそうだよ。嘘だよな……」

 オリエスは寝室で泣き、そのまま眠りについた。

 翌朝、二人は食事をすませた。

「おばさん、父さんと母さんをよろしく頼みます」

 オリエスは口元をかみしめて頭を下げた。

「ああ、オリエスも辛いだろうが頑張るんだよ」

「おばさん、ありがとう。また来るね」

「ええ、ご馳走するからいつでもいらっしゃいね。デアン」

 二人はサルクの家を出た。

「それでどうするんだ」

 デアンは申し訳なさそうに訊いた。

「もちろんフラスコンテに行くさ。お前は?」

「もちろんフラスコンテに行くさ! でいいだろ?」

 デアンの返事にオリエスは微笑んだ。

(とにかく会って話を聞かない事には何も始まらないな)

 オリエスはドーム越しの青い海の空を眺めてまた口元をかみしめた。

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