第5話 謎の黒装束団
モンタンスで補給を済ませたオリエスの潜水艇はブルフォレを目指した。
「この調子で進むとやっぱり燃料が足りないな」
デアンが計器を見ながら言った。
「えっそうなのか」
隣の席で操縦していたオリエスが前を向いたまま言った。
「前にも言った通りここから先には強く流れる海流があってそれを横切る形で通らないといけないんだ」
「詳しいんだな」
「一応商人の息子だし大まかな海の道は覚えたからな」
「その商人の息子がいかつい装備をしている事に何とも思わないのか」
「ああこれか。男は強くなきゃいけないからな」
(全然答えになっていない……)
オリエスはため息をついた。
「それじゃどこかに寄るか」
「そうだな。ブルフォレまで少なくともあと1日はかかるからな。ここで寝泊まりするのも大変だし」
「そうか。付近の地図を出すぞ」
オリエスは計器を操作して操縦席に地図を出した。
地図といっても潜水艇の周辺の限られた範囲だった。
「えっと今進んでいる道がこの辺だから……」
デアンは持ってきた地図の本をめくりながら画面を見た。
「ブルフォレまで行くだけなのに世界中を旅するつもりか」
「まあそう言うなよ。こういうのが好きなんだよ」
デアンは地図を見ながら言った。
「あった。まだかなり先だが《コーティス》がある。そこに寄ろう」
「わかった。飯ならそこの袋に入っているから適当に食っていいから」
「おっ、ありがとうな」
デアンは後部座席の横の袋をあさりだした。
(まっいいか。気がまぎれるし)
オリエスは微笑んで操縦を続けた。
潜水艇は半日でコーティスに着いた。
「ああ、やっぱりずっと船の中だと疲れるな」
デアンは船を出て背伸びをした。
「俺もこんなに疲れるとは思わなかった。少し外で休みたいな」
オリエスも疲れた表情で船を降りた。
「じゃあ燃料の補給の手続きを済ませたら町に入るか」
「ああ、そうしよう。本当に疲れた」
オリエス達は補給手続きを済ませて町に入った。
「のどかだな。ポルバラトみたいな田舎町か」
「へえそうなんだ。俺の町はもっと賑やかだけどな」
オリエス達が話をしながら歩いていると飲食店があった。
「あそこで少し休もうぜ」
デアンは駆け足で店に入った。
「全く……」
オリエスも呆れながら店に入った。
店の中は閑散としていた。
「誰もいないのか」
オリエスが呟きながらテーブル席に座ると、
「ああ、この時間はみんな仕事しているからね」
中年の太った女主人が水を持ってきた。
オリエスは「あっどうも」とカップの水を飲んだ。
「お客さん、観光で?」
「いえ、ブルフォレに行く途中の補給で」
「ああそうなの。大したものはないけどゆっくりして行ってね」
女主人は愛想良く笑って店の奥に入って行った。
その後、二人は食事しながら談笑していた。
「ああ、疲れた」
痩せた中年の男が入ってきた。
「いらっしゃい」
女主人が男に水を差し出した。
「いつもの定食で。また黒装束の連中が来ているよ」
「えっまたかい。何だか気味悪いわね。一言も喋らないし」
オリエスは二人の話が少し気になった。
(変な連中が来ているのか。でも早く父さんと母さんをブルフォレに連れて行かないと)
「なあオッサン、何だその黒装束って」
「おいっ! ああ、すみません。勝手に話に入って」
オリエスはデアンの頭を押さえて二人に謝った。
「いいじゃねえか。何だよ、その気味が悪い連中って」
デアンがオリエスの手を離して女主人に訊いた。
「ああそれがね……」
女主人が話し始めた。
(ああ、首を突っ込んでしまった。早く行きたいのに……)
オリエスはこめかみを押さえた。
二人の話では数日前から黒装束を来た集団が隣の廃墟になった町に出入りしているのが目撃されていた。
「黒装束か」
オリエスは店の横にあった石版を持って画面を出した。
「確かに黒い服を着た集団があちこちに現われているらしいな。捕まえようとしてもすぐに逃げているみたいだけど」
オリエスは画面の記事を見ながら話した。
「そうなのよ。逃げ足が早くてね。誰かの話では空を飛んで逃げたって」
「空を? そんな鳥じゃあるまいし」
デアンは半笑いで言った。
「鳥か何かわからないが、ふわっと浮いて服をひらひらさせながら飛んでいったとか俺も聞いたぞ」
男は手を揺らしながら言った。
「服をひらひらねえ。あっ!」
オリエスは小さく呟いた。
ポルバラトの水処理場で一瞬見た黒い影を思い出してオリエスは大きく目を開いた。
「おじさん、その廃墟の町はどこにあるんですか!」
オリエスは立ち上がって男に訊いた。
「南西のドームだよ。だが中は暗いぞ」
「ちょっと様子を見てきます」
「何だよ。急に話に乗ってきて」
「理由は後で話すから。ああごちそうさま。デアンお金払っといて」
オリエスは早足で店を出た。
(もしかしたら……)
「おいオリエス、どうしたんだ」
デアンが走ってきた。
「俺見たんだ。町のみんなが眠り病になった時に飛んでいる黒い影を」
「何! そいつの仕業か?」
「わからない。わからないけど何か眠り病に関わっている気がするんだ」
オリエスは走りながら言った。
「それでそいつらに訊くのか?」
「ああ、もし知っていたら治し方もな」
「おい、ちょっと落ち着けよ」
「父さんも母さんもずっとあんな風に眠っているんだぞ。落ち着いていられるか!」
オリエスは立ち止まって大声で怒鳴った。
デアンはオリエスの険しい涙目の表情に一瞬ひるんだが、
「なあ、お前だけの問題じゃないんだぞ」
と小声で言った。
オリエスは我に返ってデアンの寂しそうな表情を見た。
「そうだった……ごめん、どうかしていたんだ」
「わかっているよ。気にするな」
デアンは笑ってオリエスの肩を叩いた。
オリエスは暗い表情のまましばらく黙った。
「じゃあその廃墟とやらに行こうか」
デアンが笑って言った。
「あ、ああ……。そうだな」
「だけどお前、丸腰だと危ないから安い剣でも買っとけよ」
「剣か……。苦手なんだけど仕方ないか」
二人は近くの武器屋に寄って港へ向かった。
潜水艇の燃料補給を終えた事を確認した二人はコーティスを出発してすぐに廃墟になった海底都市に到着した。
港の補給担当者によるとこの町は放棄されて以来、一部の住民が倉庫代わりに使っていた。
「捨てられた町に入るの初めてだけどよ。誰もいなくなるとこんなに気味悪くなるのか」
「俺も初めてだ。聖樹が弱くなると人が住めなくなるらしいな。まだ空気が残っているからそんなに日が経っていないようだ」
潜水艇を降りたオリエス達は辺りの薄暗い景色に警戒しながら歩いた。
「暗くて何も音がしないし気味悪いな」
「ハハハ、もしかしてこういう所は苦手か。デアンは」
「お前はどうなんだよ」
デアンはびくびくしながら言った。
「平気だよ。よく町はずれの森の中で遊んでいたからな。暗くなっても家に帰らなくて父さんに怒られていたよ」
「お前、意外と野生的なんだな」
「何だよ野生的って。別に狩りとかしてないし」
「変わっているなお前……あっ止まれ」
デアンがオリエスの服を引っ張った。
「どうした」
「遠くで物音がした。ここから黙って歩くぞ」
デアンの指示に従ってオリエスは無言で歩き出した。
町をしばらく歩いて平原に抜けた。
青い日差しが波打ちながら照らした一帯は静寂に包まれていた。
老朽化のため地面に所々水たまりが出来ていた。
二人はでこぼこの道を歩いて町はずれの森に入った。
森の奥の洞窟にぼんやりと明かりが灯っていた。
二人は目で合図して洞窟に入った。
洞窟の奥に進むと明るい広場があった。
二人は物陰から様子を見た。
黒装束の集団が広場の真ん中に集まっていた。
「怪しいな」
デアンが小声で話した。オリエスは黙ったまま様子を見た。
黒いフード付きの服を着て顔は見えず黒い手袋と黒い靴でまさしく全身黒ずくめの恰好をしていた。
その中の四人が円になって真ん中に手を伸ばした。
じわじわと黒い炎が現れた。
「あれは魔法か?」
「わからない。だが隠れていても仕方ない。訊いてみるか」
オリエスは物陰から出た。
「おい!」
デアンは後を追った。
「邪魔してすまない。教えてくれ」
オリエスは叫んだ。洞窟の中で声が余計に響いた。
黒装束の集団が一斉にオリエスの方を向いた。
「あなた達がやっているのは何だ? 眠り病と関係あるのか」
集団の動きがピタッと止まった。
「もし眠り病を治す方法を知っているなら教えてくれないか」
「おい、なんか人間じゃなさそうだぞ」
デアンが後ろから呟いた。
「俺はあなた達の敵ではない。ただ知りたいだけなんだ」
さっきまで炎を呼び出していた四人が手を挙げた。
他の者達が一斉に黒い炎の弾丸をオリエス達に放った。
「くそっ!」
オリエスは風の盾を作り攻撃に耐えた。
黒装束達がまた炎を撃とうした。
「言う事を聞かなきゃ。仕方ねえな」
デアンは剣を構えて集団に突っ込んだ。
「くそっ」
オリエスも剣を持って突っ込んだ。
「くらえ!」
オリエスが黒装束の一人に剣を振り下ろした。
服がパンとしわが寄っただけだった。
「なんだと!」
オリエスは何度も剣を振って黒装束の体に当てた。
しかしパンパンと生地を叩く音がするだけでダメージを与えられなかった。
「こいつら中身がないのか」
オリエスは袖の中に剣を刺したが手ごたえがなかった。
「まずいな」
デアンが隣に立った。
「なら魔法で!」
オリエスが風の弾丸を放ったが服がボコボコ鳴るだけでびくともしなかった。
黒装束達が襲ってきた。
「ああもう、オリエスどうするんだよ!」
「どうするって言われても」
真っ赤な炎の弾丸が飛んできた。
黒装束達はふわりとよけた。
二人は弾丸が飛んできた方に振り向いた。
そこにはオリエス達と同じ年頃の少女と白いローブを着た長身の大人の男が立っていた。
「そいつらの弱点は頭にある小さな石よ! 石を砕くのよ」
少女が叫んだ。
「よくわからねえが、やるしかないな」
デアンは黒装束のフードに剣を何度か刺した。
「手ごたえあり!」
刺された黒装束はその場にペシャンと服と手袋と靴だけになった。
「そういう事か!」
オリエスも剣をフードの中に何度も刺した。
かすかに当たった。
黒装束の動きが止まった。
「そこだ!」
オリエスがもう一度刺すとしぼんだ風船のように黒装束がその場に崩れ落ちた。
「きりがないな。これでどうだ」
オリエスは黒装束の頭を左手で掴んだ。
顔に風の弾丸を撃った。
敵の動きが止まった隙に剣で刺した。
「へえ、キミやるじゃない」
いつの間にか後ろに少女が立っていた。
「でも一匹ずつ倒していたら時間がもったいないでしょ」
少女の掌から顔面大の炎が現れた。
「範囲攻撃ってやつか。俺に出来るか」
「もしかしてやった事ないの?」
「まだ使えるようになったばかりだし」
「ええっ……」
少女は呆れた表情になった。
「魔力を多く使うけど攻撃が広がるイメージで力を込めて撃つのよ」
「わかった」
「おいオリエス、何とかしてくれよ」
デアンが叫んだ。
デアンの体の周りが白く光った。
「これで少しはダメージを受けずになる筈だ」
白いローブの男が叫んだ。
「おお、ありがとうな」
デアンは礼を言って敵と戦った。
「いくわよ!」
少女は掌を敵に向けた。
炎が帯状に広がって敵の服に燃え移った。
「これでどうだ」
オリエスは手に力を入れた。風の弾丸を連射した。
数体の動きが止まった。
「デアン、いくぞ!」
「おう!」
オリエスは剣を持ち突進して頭を突いた。
「はあ!」
デアンも次々と頭を突いて倒した。
黒装束の集団を全滅させた。
二人はハアハアと息を立てた。
「何とか倒したな」
デアンは剣をおさめた。
「ああ、本当に危なかった。ありがとう」
オリエスは少女と男に礼を言った。
「あんた達どういうつもり! 馬鹿じゃないの!」
少女は二人を指さして怒鳴った。
「何なの今の戦い方。剣をぶんぶん振り回していただけじゃない。敵がのろまだったから良かったけどもっと強かったら死んでたわよ。反省しなさい! この脳筋コンビ」
「脳筋って酷いな……今の敵よりすげえ怖い」
デアンは少女の剣幕に圧倒された。
「すまない。まだ戦い慣れしていなくて。君たちは?」
「私はパンジィ、こっちは賢者のノリゼン」
「俺はオリエスでこいつはデアン。改めて礼を言うよ。助けてくれてありがとう」
「そっちの脳筋君よりは話せそうね。でも風の魔法使いなんて珍しいわね」
「ああ、私も滅多に会った事がないな」
ノリゼンも加わってしばらく四人で話をした。
「シフルートの眠り病の調査か。どうしてここに来たんだ」
デアンが剣を拭きながら訊いた。
「あなた達と同じで黒装束の集団を追ってきたの。何か関わりがあるのは確かなんだけどね。見ての通りあいつら喋れないから謎だらけなの」
パンジィは砕けた石をつまんで言った。
「この石には何かの魔力が込められているらしくてモノシフロで調査中らしいわ」
「群れで動いているって事はどこかに親玉がいるのか」
「そうだな。だがその親玉は目撃されていないから謎のままでな」
オリエスの問いにノリゼンは腕を組んで答えた。
「とにかく無駄な戦いはしない事ね。そんな腕じゃ死ぬわよ」
「へいへい。以後気をつけます」
デアンは卑屈気味に答えた。
「じゃあ私達は用事があるからこれで。また会えたらよろしくね」
「ブルフォレまでもう少しだが気をつけるんだぞ」
二人は先に洞窟を出て行った。
「取りあえず俺達もコーティスに戻るか」
デアンの言葉にオリエスは「ああ」と答えて立ち上がった。
コーティスに戻った二人は店の女主人に様子を伝えて黒装束を見かけても近寄らないように言った。
「わざわざ親切にありがとう。もう遅いから向かいの宿屋に泊まって行くといいよ」
女主人の提案に二人は礼を言って宿屋に泊まった。
「黒装束も気になるが明日はブルフォレへ出発だな」
「そうだな。俺もおばさんに二人を預けたらどうするか考えないとな」
「さてどうするかだな。俺もまだ何も考えてねえな」
二人はしばらく話して眠りについた。
次の日二人は港に入った。
オリエスは掌を開いてパタホンを呼び出した。
「モノシフロから連絡は無いな。ちゃんと町へ行ったのか」
「さあな。どこだって眠り病が起きているから大変だろう」
デアンの言葉にオリエスは「ああ、そうだな」と答えて画面を閉じた。
(レックス達はずっとあのままなのか。バモンドさん達が着いたら何とかしてくれるか)
オリエスの表情がまた曇った。
「おい、早く行こうぜ」
ハッチからデアンが頭だけ出して叫んだ。
オリエスは軽く頭を振って潜水艇に乗り込んだ。
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