第4話 モンタンスの少年
そこは付近の都市との交易が盛んで様々な物資が売買されていた。
聖樹が他より大きいからかモンタンスの周辺にも海底都市がいくつか点在していた。
オリエスが住むポルバラトからも定期的に商人がモンタンスと行き来していた。
潜水艇から出たオリエスは燃料管理の担当者がいる事務所に向かった。
「すみません。潜水艇の燃料を補給して欲しいのですが」
「ああ、了解。どの船かい?」
「5番乗り場の船です」
痩せた男と補給の手続きを済ませてオリエスは町に入った。
「えっと、パホストは……。あった」
オリエスはパホストと呼ばれる白い石の塔に左手を触れた。
こうする事でモンタンスの町の中でパタホンによる通話が可能になった。
町ごとに通信を限定しているのは聖樹への悪影響を防ぐためだった。
オリエスがモノシフロへ緊急通報したように、不測の事態の為にシフロへの通話は特別にできるようになっていたが、それでも短時間で済ませるルールになっていた。
「確かポルバラトの商人が寄り合う場所がどこかにあったはずだが」
市場をあちこち見渡しながらオリエスが歩いていると、
「何するんだ。離せよ!」
少年の声が耳に入った。
「あのならず者が子供相手に……」
「全くどうしようもない奴らだな」
市場の人々が小声で呟いた。
オリエスは声のする方向へ走って建物の陰から様子を覗いた。
袋小路で大柄な三人の男が少年に絡んでいた。
「ほら、さっさと金をよこしな」
「ふざけんな!」
少年は羽交い締めにしていた男の手を振り払い短剣を抜いた。
「ほお、やるのか」
男は置いてあった巨大な斧を持ち少年に振り下ろした。
少年はすばやくかわして背後にいた男の腹に蹴り入れた。
「うっ!」
男は叫んでうずくまった。
少年は斧を持った男に飛びかかった。
「おっと、そこまでだ。小僧」
もう一人の大柄の男が荷車で横たわっている女に剣を向けた。
「こいつが死んでもいいのか」
「母ちゃん!」
少年の叫び声にオリエスが口元をきつく結んだ。
「眠り病か。どうせ助からないんだからそのまま死なせてやればいいものを……」
斧を持った男が憐れんだ表情で言った。
「うるさい! 必ず治るんだ」
「医者も治らないって言ってるじゃないか。それなら早く死なせてやれよ」
「ううっ、いたたた……」
少年に蹴られた男が立ち上がった。
「このガキが!」
男が少年の顔を殴った。
少年は「うわっ」と叫んで転んだ。
「お前も母親と一緒に殺してやるよ」
男が少年に斧を振り下ろそうとした時、
「この卑怯者が!」
オリエスは少年の母親に剣を向けている男に体当たりした。
「ぐわっ」
男はよろめき持っていた剣が音を立てて地面に落ちた。
オリエスは剣を拾って構えた。
「何だ?」
斧を持った男が振り向いた。
「子供相手に卑怯だぞ。このならず者が!」
「うっせーな。ガキの仲間か」
男が斧を振り下ろした。
オリエスはかろうじてよけた。
「ふん、大した腕じゃなさそうだな」
「そうだが二人ならどうかな」
少年が男の背中を切りつけた。
「うっ! この野郎」
オリエスの横に少年は立った。
「ありがとうよ。だがお前の腕では無理だ」
「仕方ないだろう。あんな卑怯なところ見せられたら」
「そうか。俺はデアン、お前は?」
「オリエス」
「詳しい自己紹介は後にしてこいつらを始末しようぜ」
デアンは短剣を構え直して斧を持った男に飛びかかった。
オリエスは先ほど体当たりした男の首筋に剣を当てた。
「うっ」
男は気絶した。
「この野郎!」
デアンを殴った男がオリエスに殴りかかった。
オリエスは男の足をひっかけた。
男がぶざまに転んだ隙にオリエスは首筋に剣を当てた。
男は「うっ」と声を上げて気絶した。
「ふう。気絶技だけはうまくやれたな」
オリエスはデアンの元に走った。
「くそっ、手強いな」
デアンは舌打ちをして呟いた。
「てめえの首はもうすぐ転がるだろうよ」
男が力任せに斧を横に振った。
デアンは後方に飛んでかわした。
「身軽な奴だ。だがその短剣じゃ俺を倒せないぞ」
男がにやりと笑った。
「それじゃ、これでどうだ!」
オリエスが剣を男に振り下ろした。
男は素早くよけた。オリエスは勢い余ってよろけた。
「そこだ!」
男は斧を横に振った。
「まずい!」
デアンは叫んだ。
「やられるのか」
オリエスはとっさに剣を縦に持った。
斧とぶつかった勢いで剣の刃が折れた。
「くそっ」
デアンが男の背後に飛びかかった。
「もう食らわねえよ!」
男がデアンの腕を蹴った。
デアンの持っていた短剣が後ろに飛んだ。
「あばよ、クソガキ!」
男がオリエスに斧を振り下ろした。
「くそっ」
オリエスが観念した時、急に体が熱くなった。
「なんだ。この熱さは」
オリエスはとっさに右手を斧に向けた。
斧が弾かれて男がよろめいた。
「何だ。今のは!」「何だ。今のは!」
男とオリエスが同時に叫んだ。
「魔法……。これが魔法か」
オリエスの右手が緑色に輝いた。
「そんなまやかしなど!」
男が再び斧を振り下ろした。
オリエスは掌を力強く開いた。
斧が掌の少し前で止まっていた。
「魔法で盾になっているのか」
オリエスは更に掌に力を入れた。
「風か」
オリエスは掌に風が渦巻いているのを感じた。
「ならば、これでどうだ」
オリエスは斧を左手で持ち、男に掌を向けた。
「ぐわわ、ぐほっ!」
男の体に見えない風の弾丸が当たって後ろに吹っ飛んだ。
「今だ、デアン!」
「何かわからないが、ええい!」
デアンは男の右腕を切りつけて腹に蹴りを入れた。
「ぐはっ!」
男は叫んで気を失った。
「もう大丈夫みたいだな」
オリエスは息を荒くしながら言った。
「ああ、本当にありがとうな」
デアンは礼を言ってパタホンで警護団を呼んだ。
「しかしすげえな。魔法か」
警護団が男達を担いで連れて行く横でデアンは驚いた。
「今、出来るようになったよ。ずっと諦めていたのに」
「まあ俺達助かったから良かったじゃねえか」
デアンの笑顔にオリエスは笑みを浮かべたが荷車に横たわっている女を見て表情が曇った。
「あの人、君の母さん?」
「ああ、あいつらが言った通り眠り病だ。俺が住んでいるのはゼハンプでこの町のすぐそばにあるんだが3日前に起きたんだ。ここの親戚の家に来ていた俺が帰った時はみんな倒れていたよ。父ちゃんもな」
「そうなんだ。それで親戚の家に連れてきたのか」
「ああ、どうしようもなくてな。気がつかなかったか? ここでは眠り病の家族を連れた連中がよく歩いているよ」
オリエスはしばらく黙って細い路地の向こうの人混みを見た。
そして自分もまた家族を連れている事をデアンに話した。
「そうだったのか。ブルフォレはまだ遠いから燃料補給でここに寄ったのは正解だったな。あの辺は海流が激しいから普通より燃費かかるし」
「それじゃ俺、市場の寄合所に行くよ。みんな心配している筈だから」
オリエスは別れようとしたが、
「あっ、あのさあ。別に邪魔じゃなかったら一緒に連れていってくれないか?」
デアンが申し訳なさそうに言った。
「えっ?」
「俺の親もこんな感じだし、俺もこれからどうするか考える時間が欲しいんだ」
デアンは真剣な表情で言った。
「ああ、別に構わないよ。俺もブルフォレまで一人旅をするのは辛いからな」
「本当か、じゃあよろしくな。オリエス」
「ああ、こちらこそ。デアン」
二人は握手をした。
「とりあえずお互い用事を済ませて港で会おう」
デアンは掌を開いてパタホンを呼び出した。
「ああ、そうだな」
オリエスもパタホンを呼び出した。
二人は掌を合わせた。
こうする事でお互いの連絡先を登録できた。
デアンと別れたオリエスは商人の寄合所を訪れた。
受付の若い女にポルバラトの商人がどこにいるのか教えてもらい市場の通りを抜けて小さな建物が並ぶ居住区に入った。
「ここだな」
白い家の中に入ると商人達がいた。
「ああオリエス。よく来たな」
「バモンドさん……」
「モノシフロから連絡が来たんだ。大変だったな。レックスも眠ってしまったのか」
レックスの父親のバモントは暗い表情で話した。
他の商人達もがっかりしていた。
「レックスと一緒だったのにどうする事も出来なくて……みんな次々と倒れて」
「そうか。でもお前が無事で良かったよ。本当に良かった」
バモントはオリエスを抱きしめた。
「俺、何も出来なくて父さんも母さんも……」
オリエスは号泣した。
「俺、父さんと母さんを連れてブルフォレの親戚の家に行きます」
目をはらしてオリエスはバモンドに言った。
「そうか。俺達は明日ポルバラトに戻るよ。家族を放っておけないからな」
「それじゃ行くね。バモンドさん」
「ああ気をつけてな」
オリエスは家を出た。
その後、食料を買い込んで港でデアンを待った。
「待たせたな」
「お前、何だその格好……」
胸当てや甲冑を装備したデアンにオリエスは呆れた。
「いや、敵が襲ってきたら戦わないといけないからな」
デアンは細い剣を抜いて構えた。
「戦うって……」
(こいつ何で気合い入ってるんだ)
オリエスは不安になった。
「まあいいじゃないか。よろしくな。そうそう、金はさっきの連中の財布を引き抜いてたんまりあるから心配しなくていいぞ。じゃあ行くか」
(こいつと一緒にいると寿命が縮まりそうな気がする……)
オリエスは更に不安になって潜水艇に乗り込んだ。
「へえ、意外と単純に出来ているんだなポルバラトの船は。おっと……」
船内を見ながらデアンが話していると足下に何かがぶつかった。
デアンが神妙な表情になった。
「お前の親か……」
後から乗ってきたオリエスも暗い表情になった。
「ああそうだ。早く連れて行かないとな」
「そうだな。ごちゃごちゃ考える前にとっとと行こうぜ」
(退屈しないで済みそうだが何だか疲れてきた……)
デアンの空元気な態度にオリエスは苦笑いした。
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