25話 ちょっとびっくり/よばい

 皆は、体育祭、好きか?

 どの生徒に訊ねても、十中八九嫌いと答えるのは目に見えているこの質問。

 どうして俺がこんなことを考えているのか。理由は簡単、それは──

 

「おら高木たかぎ、サボってる暇あるならアンケート早く作れ」

 かすみんの叱声に、意識を取り戻す。

 いや、気絶してたわけじゃないけど。

 そう、今俺はかすみんに頼まれ、体育祭のアンケートを作成しているのだ。この月曜日の放課後に。

「……なんで俺なんだよ」

 俺は質問を紙に書きつつ、半目でかすみんを睨み訊ねる。

「まだ実行委員決まってないからな。明日決まるんだが、今日からやらんにゃ終わらんらしい」

 なんだそれ、もっとしっかりしろよ教師。

 と内心悪態を吐きつつ、すらすらとペンを走らせる。

「まぁ、そうピリピリするな。まるで生理真っ只中の女子みたいだぞ」

「例えが悪すぎるっ!?」

 と、俺とかすみんは楽しく? 会話をしながら、体育祭のアンケートを作り続けた。

 

 結局、アンケートを印刷し終え、各学年各クラスの担任に渡し終えたのが六時。家に帰ったのは七時手前になってしまった。

 

 

   ◇妹◇

 

 

「昨日は大変でしたね」

 隣を歩くあかねが、気遣うようにそう言う。

 昨日、遅くまでかすみんに付き合わされ、どうでもいい仕事をこなしていた。

「あぁ。まぁ、今日はもうしなくていいから気が楽だな」

「そうですね。実行委員なんて、どこが楽しいんでしょうか? 勿論、お兄ちゃんと一緒なら楽しいに決まってますけど」

 うん、いつもの茜だ。

「そうだな、俺も茜が一緒なら楽しいだろうよ」

 まぁ、うちのクラスはつばさが実行委員になるんだが。

 茜もそのことは知っているので、特になにも口にしない。

「そう言えば、伊吹高校って体育祭の練習ってないんですよね」

「そうだな。校長曰く『生徒たちの素の力が見たい』とか。なんだよ、どこのバトルモノだよ」

「そうですね。バトルモノの流れですね」

 茜はうんうんと俺の意見に賛同する。

 いつも、俺と茜はこんな雑談をしながら登校していた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

「おっはよ!」

 俺は教室に入り、大声で挨拶をする。

 クラスメイトたちは毎日毎日飽きずに、苦笑いを浮かべ挨拶を返してくる。

 良きかなクラスメイトの友情。

 なんてことを思いつつ、俺は自分の席に付く。


「おはよう、葉雪はゆき

「おはよー、ユキくん」

 丁度そこに、翼とかなでがやってくる。

「おう、おはよう」

 俺は二人に挨拶を返す。

「そう言えば、今朝小耳に挟んだのだが、今年の体育祭は特別なモノになるらしい」

「特別なモノ?」

 俺は翼の言葉を口にする。

「あぁ、詳しくは聞こえなかったが」

 ふむ、特別なモノか……どうなるんだ。

「まぁ、近いうちに知らされるだろ」

 俺は疑問を脳内のゴミ箱に投げ捨てる。

 それから、俺たちは担任の教師が来るまで雑談をしていた。

 

 

 朝のHRホームルーム。いつもなら適当に流すモノだが、今日だけは違った。

  

「再来週にある体育祭なんだが、なんと! 天ノ川学園と合同で行うことになった!」

 

 担任教師のその言葉に、クラスメイトたちは歓喜の声を上げた。

 

「まじかっ! 天ノ川学園って言ったら、美男美女の巣窟だろ!?」

「なんで!? うちの校長ってそんなとこと関わりあったの!?」

 

 と、もう五月蝿すぎてなにを言ってるかすら分からない。

 それに、このことは他のクラス、学年でも発表されたのだろう。他の場所からも声が上がっている。

 

 まじかぁ、多分の仕業なんだろうなぁ……はぁ……

 俺にはこれを誰が仕組んだか、容易に想像できた。

 理由は簡単、天ノ川学園にはかえでちゃんたちが通っている。

 もう、これだけで分かるだろう。

「あの人は…………はぁ」

 

 俺は朝のHRが終わるまで、数え切れない程のため息を吐いていた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 昼休み。

 俺と茜は職員室に呼ばれていた。

 先に言っておこう、悪いことは全くしていない。

 それに、俺たちを呼び出したのはかすみんだ。

 多分、体育祭の件で話があるのだろう。

 

「失礼します」

 俺はそう言い、職員室の扉を開ける。

 すると、かすみんは直ぐ様席を立ち、こちらに向かってきた。


「いつものとこ、行くぞ」

 かすみんはぶっきら棒にそう言い、職員室を出る。

 俺は職員室の扉を閉めると、茜と共にかすみんの後を付いて行った。

 

 

 来たのは当然『旧生徒指導室』だ。

 かすみんはパイプ椅子を取り出し、腰掛ける。


「率直に訊くぞ。お前、体育祭のことについてなにか知ってるだろ」

 かすみんの問に俺は頷く。

「けど、詳しく知ってるわけじゃないぞ? ただ、誰の仕業か想像できてるだけだ」

「それでも十分だ。ほら、さっさと答えろ。誰がこんなめんどくさいことをしたんだ」

 めんどくさいって、かすみん教師だろ。そんなこと言っちゃダメじゃね?

 と思いつつ、俺は素直に答える。

羽真はねま厳人げんと。羽真グループの社長で、一時的な俺たちの親」

 そう答えると、かすみんは「……はぁ」とため息を吐く。

「やはりか。理由の方もなんとなくは想像できるが、これは放っておこう」

「そうだな」

 うん、話終わりかな?

「それで、かすみさん、私たちになにかさせたいんでしょう?」

 突如、今まで黙っていた茜が口を開く。

「させたいこと?」

 俺は茜の言葉に首を傾げる。

 まさか、面倒事を俺たちにさせようと!?

「そうだな。お前たち二人には、臨時委員として、体育祭実行委員のサポートをしてほしい。てかしろ」

 なんと、命令形だった。

「臨時委員? それはなにをするんだ? 面倒な事だったらやらないぞ?」

 そう言うと、かすみんは「分かってる」と答える。

「仕事は簡単、実行委員の会議に出席して、私のサポートをするだけだ。褒美もあるぞ?」

「褒美?」

 褒美と言っても、くだらないモノだったら断ろう。

 そう思っていると、かすみんはふところから三枚の紙を取り出した。

「なんだそりゃ」

 かすみんはにやけ面で、堂々と答える。

 

「温泉旅館の宿泊券だ」

 

「……」

「……」

 俺と茜は無言になった。

 温泉旅館の、宿泊券……?

「かすみん、それはどこがご褒美なんだ?」

 正直、その手のモノは厳人さんに頼めばすぐに貰えると思うんだけど。

「……はぁ、そうだよな。そういう反応になるよな」

 かすみんは俺と茜の反応を見て、酷く落ち込む。

「いやさぁ、私だって分かってるんだよ。こんなの羽真グループの社長に頼めば一発だって。それももっと良いところのをな」

 半ば自嘲気味に喋るかすみんの姿は、なんと言うか痛々しい雰囲気に包まれていた。

 あー、俺もしかして反応ミスった?

 いや、もしかして、ではない。確実に、だ。

 

 それから俺と茜はなんとかかすみんを慰めることに成功した。

 対価として、昼休みの半分の時間を使ったが。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 その日の夜。夕食後。

 俺の部屋には楓ちゃんが来ていた。

 

「その、すいません、葉雪にぃさん。お父様が勝手なことをして……」

 どうやら、楓ちゃんは体育祭のことについて謝っているらしい。

「別にいいよ。確かに驚いたけど、楽しそうだし」

 うん、辛いことより楽しいことをしたいからな。

「それに、楓ちゃんたちと一緒に体育祭ができるんでしょ? すっげぇ嬉しいわ、それ」

 そう言うと、楓ちゃんは頬を赤く染める。

「その、私も葉雪にぃさんや茜さんと一緒にできるのは、嬉しいです」

「だろ? だから、楓ちゃんはなにも謝らなくていいんだよ」

 俺はそう言い、楓ちゃんの頭を撫でる。

 茜よりサラサラしてるな。

「んぅっ、葉雪にぃさん、撫でるのが上手いですね……んっ」

 ゆっくりと髪を撫でる度に、楓ちゃんは気持ち良さそうな声を上げる。

「まぁ、茜とか光月みつきとか朝日あさひによくやってたからな。自然と上手くなっていったんだろうよ」

 俺はそう返しつつ、楓ちゃんの髪を撫で続けた。

 

 

 俺は数分、楓ちゃんの白髪を撫でると、ベッドから腰を上げる。

「それじゃあ、俺はそろそろ風呂入るから。おやすみ、楓ちゃん」

「は、はい。おやすみなさい、葉雪にぃさん」

 楓ちゃんは笑顔でそう返し、部屋を出ていった。

 

「さて、さっさと風呂入って寝るかな」

 俺はそう呟き、寝間着を手に部屋を出た。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 更に夜。皆が寝静まった頃。

 俺は扉の開く音に目を覚ます。

 誰か、来たのか?

 俺は少し警戒しながら、狸寝入りをする。

 来訪者にバレないためだ。

 

 来訪者はゆっくりと布団の中に腕を入れてくる。

 五月の夜はまだ冷えるためか、首筋に触れた手は冷たかった。

 小さい手だな。

 俺はそんなことを考えながら、わざとらしい寝息を発てる。

 

「っ!?」

 俺の寝息に驚いたのか、来訪者の手はビクッと揺れた。

 だが、少しして来訪者は安心したのか、今度は手だけではなく、体まで布団の中に入れてきた。

 んんっ? これは所謂夜這いってやつか?

 そんな呑気に考えていると、来訪者は俺にゆっくりと抱き付いた。

 つまり、俺は今来訪者の抱き枕になっている。

 背中に当たる膨らみは、茜たちより張っていて、女性としての成長を感じさせる。

 俺の知る限り、ここまで胸が大きいのはあの子しか知らない。

 俺は悪戯心から、来訪者の名前を口にする。

 

「……すず、ちゃん」

「っ!?」

 俺が名前を呼ぶと、来訪者──凉ちゃんは驚きビクッと揺れる。


「……起きてたんです、か?」

 恐る恐る訊ねてくる凉ちゃんが可愛くて、つい振り向いて抱き締めたくなる。

 俺はその感情を抑えて、ゆっくりと口を開く。

「扉の開く音で目が覚めてね。どうしたの凉ちゃん、こんな夜遅くに」

 そう訊ねると、凉ちゃんはゆっくりと答える。

「その、最近、にぃさまと話せてないなって。それで、ちょっと寂しくなって……」

 確かに、最近凉ちゃんとはあまり会話ができてなかったな。

 俺は心の中で反省をすると、くるっと振り返る。

 

「ふぇっ!?」

 突然振り向いたのに驚いたのか、凉ちゃんは可愛らしい声を上げる。

「それじゃあ、今日は一緒に寝ようか」

「……うん」

 凉ちゃんは小さく頷くと、より体を密着させてきた。

 凉ちゃんって、結構暖かいんだな……

 俺はそう思いながら、再び夢の世界に意識を沈めた。

 

 

 余談だが、朝偶然茜に見付かり、大変なことになった。

 大変なことは、まぁ大変なことだ。

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