24話 呆気ない終わり/始まり

 これまた日が過ぎ土曜日。

 俺は月出里すだちから呼び出しを受け、駅前の喫茶店に向かっていた。

 いやぁ、駅前ってなんでもあるね。

 などとくだらないことはさておき。

 俺が家を出たのが九時四十分。駅まで凡そ二十分から三十分といったところだ。

 メールの文からして急ぎではないだろうが、早く家に帰りたいので俺は速足で向かっていた。

 帰りたいって思うの早くないか? とか言わないでくれ。だって家出る前に、あかねが潤んだ瞳で「お兄ちゃん、早く帰ってきてくださいね?」って言ったんだぞ? 妹の頼みなら仕方ないだろ。

 

 

 ──喫茶店『まいるどかふぇ』

 以前司音しのんちゃんと来た所とは別の場所だ。

 俺は扉を開け、店内に入る。

 扉の内側に付いていたドアベルから軽い音が鳴る。

 

「いらっしゃいませ──って、あの時の!?」

 店の奥からやって来た店員は、俺の顔を見るなり、指差してそう言う。

「えっと、どちら様?」

 俺の方には記憶にない。

 やや茶色掛かった長い黒髪を下ろしており、やや丸みのある瞳は驚きから見開かれている。

 容姿は幼さが抜けており、背丈は茜と同じかそれよりは高いだろう。

 うん、こんな人知らない。

「あの、覚えてませんか? 先週図書室で──」

 先週、図書室。このキーワードから、俺は一人の人物を思い浮かべた。

 確か、茜と司音ちゃんを待ってる間に本を探してて、偶然同じ本を取った人がいたような。

 俺はその時の記憶を思い返し、目の前の女子と照らし合わせる。

 確かに、似てる、かな?

 あの時は詳しく見たわけではないので、正確さに欠けるが、この人の口振りから当たってるのは明らかだろう。

「あぁ、あの時の」

「思い出してくれた?」

 俺は「はい」と返すと、店内を見渡す。

 いた。

 俺の探し人、又は呼び出し人の彼女は、窓側の一番奥の席で苛立ちを露にしていた。

 彼女の視線は、真っ直ぐ俺と目の前の女子を捉えている。

 あぁ、なんとなくこの後の展開が読めた……

「あの、話なら後で聞くんで、今は失礼します」

「あ、うん」

 俺は女子の返事を聞き、真っ直ぐ月出里の待つ席に向かった。

 

「ねぇ、高木ぃ、あたしを待たせてるのに店員の女と話すなんて、いい度胸ね」

 俺を迎えてくれたのは、凡そ歓迎や感謝とはかけ離れた言葉だった。

「いやぁ、悪いとは思ってるよ? あの人とは知り合いで、偶然会って少し話をしてただけなんだよ」

「ふんっ、まぁいいけどっ。……ケーキ一つね」

「太るぞ」

「運動はしてるからいいの」

 どうやら、俺がケーキを奢るのは確定のようだ。

「それで、要件はなんだ? あの、チャラ男がなんかしてきたのか?」

 そう訊ねると、月出里は真面目な表情で答える。

「結果だけで言うと、津田つだは二度とあたしにちょっかいを掛けないって約束してくれた」

「……ほう、それはまたいきなり」

 この一週間になにがあったんだ。

「詳しいことを説明してくれ」

「分かってるわよ」

 月出里ほ珈琲を啜り、ゆっくりと語り出す。この一週間のことを。

「と言っても、木曜日まで普通に会いに来てたんだけどね。昨日、ちょっとしたことがあって」

「ちょっとしたこと、な」

「実は、告白されたんだ。イケメンから」

 俺はその言葉を聞き、ゆっくりと口を開く。

「いいか、イケメンは大抵ゲスだ。傷付かないうちに離れろ」

「ばっか! 全員がそうじゃないってわかってるでしょぉ!?」

 月出里は俺の言葉に激怒し、声を荒らげる。

「はいはい。冗談はさておき」

「冗談には見えなかったけど?」

 まっさかー、冗談に決まってるじゃないか。

 とは口に出さず、俺は息を吐く。

「ほら、さっさと続き話せ」

 そう言うと、月出里はやれやれといった感じで口を開く。

「はいはい。その告白してきたやつがさ、結構な人気者なんだよ」

「ふむ」

「しかも性格も高木と違ってすごい優しいし」

 ん? 今月出里コイツなんて言った?

「いや、俺も優しいだろ」

「どっこがぁ」

 現にこうして付き合ってあげてるだろ。とは言えない。

「それでね、丁度告白された時に津田が来て、その津田を見てそいつが『僕の好きな人に迷惑を掛けないでくれ』って一言で切り伏せちゃってさぁ~」

 どうして俺は月出里コイツの惚気を聞かなきゃならんのだ。

 などといった不満は胸に秘め、俺は月出里の話を聞く。

「告白の返事は来週でいいって言ってくれて、もうとてもキュンとしちゃった」

 ちょろいな。なんて口にしない。したら絶対殴られるだけじゃ済まない。

「そうかいそうかい。それで? 返事はどうするんだ?」

 興味無さげに訊いたのが悪かったのか、キリッと睨んでくる。

「勿論オーケーするわよ」

「そうかい。それじゃあ、俺の役目はここまでだな」

 俺はそう言い、席を立とうとする。

「ちょっと、まだ終わりじゃないわよ」

 が、すぐに呼び止められる。

「なんだよ。俺は早く帰らなきゃならんのだ。さっさと終わらせろ」

「あんたね……まぁ、いいわ。先週はありがと。これだけは伝えとくわ」

 俺は月出里の言葉に、苦笑いを浮かべる。

 あぁ、月出里って奴は昔っから生真面目なんだからなぁ。

「なによ?」

「別に。ただ、お前らしいなって。ほら、ケーキ代は置いとくからな」

 俺は財布から千円札を一枚取り出し机に置く。

「ちょっと、これは多すぎるわよっ」

「いいって。まぁ、理由を付けるなら、彼氏ができた祝いってことで」

 俺はそう言うと、今度こそ席を立った。


「……ありがと」

 去り際に聞こえたセリフに笑みを浮かべながら、俺はレジに向かった。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 喫茶店を出て帰宅中、俺はあることを思い出した。

「そう言えば、あの店員さんになにも言ってなかった」

 後で、なんて言ったからには、ちゃんと顔を見せておく方がよかったのだろう。

「まぁ、ここまで来たんだし。また学校で会えるからいっか」

 俺はそう結論付け、帰路を急いだ。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 帰ってから昼食を作る時間まで、俺はずっと茜といた。

 俺の部屋のベッドに横になり、二人揃って本を読んでいた。

 なにを読んでいたかって? 勿論『妹神話』だ。

 二人して小説の世界にのめり込んでいたため、昼食で呼びに来たかえでちゃんにこっぴどく怒られた。

 

 

 昼食を食べ終え、俺は再び部屋で本を読んでいた。

 いやぁ、最近ろくに本を読めていなかったからなぁ。こう言う時間も大切だよなぁ。

 ただ、先程と違うのは隣に茜がいないことだ。

 茜は来週ある再テストに向けて、テスト勉強をしている。

 俺が勉強を教えようか? と訊ねたら、茜は「大丈夫、お兄ちゃんの妹ですから、この程度余裕で満点取ってみせますっ!」と返された。

 うん、そんなにやる気になってるなんて、お兄ちゃん嬉しい。

 それはさておき。

 

 ──コンコン。

 

 ページを捲ったところで扉がノックされ、俺は開いていたページに栞を挟む。

「はいはい」

 俺は体を起こし、扉を開けた。

「今時間ありますか?」

 楓ちゃんは長い白髪を揺らしながら、上目遣いで訊ねてくる。

 そんなに可愛く訊かれたらなくてもあると答えてしまうじゃないか。

 なんてバカなことを考えながら、俺は楓ちゃんを部屋に招く。

 

「それで、なにかあった?」 

 俺は楓ちゃんに訊ねる。

「その、ですね。来週の土曜日、出掛けませんか?」

 来週と言うと、そろそろ体育祭の下準備が始まるかな?

「まぁ、予定はないけど。それじゃあどこ行く? 皆で遊べる所と言えば──」

「いえ、皆でではなく、二人っきりで」

 楓ちゃんは俺の言葉を遮りそう言う。

「……二人っきり?」

 俺は楓ちゃんの言葉に驚き、オウム返しで訊ねる。

「はい。その、一緒に行きたいところがありまして……」

 楓ちゃんは申し訳なさそうにそう言う。

「まぁ、どこでもいいけど。分かった。それじゃあ来週の土曜日は楓ちゃんとデートってことか」

 そう言うと、瞬く間に楓ちゃんは顔を真っ赤に染める。まるで茹でタコのように。

「ででででで、デートですかっ!?」

「ん? 二人っきりで出掛けるならデートって言えるんじゃないのか? それとも、俺とデートは嫌?」

 悪戯気味にそう訊ねると、楓ちゃんは勢いよく首を左右に振る。

「いえいえいえっ! 別に葉雪にぃさんとデートするのが嫌と言うわけではなくて! 寧ろ嬉しいですけどっ! ──あっ」

 楓ちゃんは更に顔を真っ赤にし、俯いてしまった。

 が、すぐに楓ちゃんは顔を上げ俺の顔を涙目で睨む。

「い、今のは誘導ですっ! 卑怯ですっ!」

 あれは完全に楓ちゃんの自滅だと思うんだけどなぁ。

 と内心思いつつ、俺は謝罪を口にする。

「ごめんごめん。お詫びに楓ちゃんのお願いを一つ聞こう」

 そう言うと、楓ちゃんは膨れっ面を止め、目を輝かせる。

「ほ、ホントですか?」

「あぁ、ホントだ」

「ホントにホント?」

「ホントにホント」

「ホントにホントにホント?」

「……あぁ、勿論」

 俺は楓ちゃんの勢いに圧され、そう答える。

「絶対ですよ? それじゃあまた後でっ」

 楓ちゃんは上機嫌なまま部屋を出ていった。

 なんだろう、またなにか起こるのかなぁ……

 俺は言葉にできない不安を胸に、読書を再開した。

 

 

   ◇妹◇

 

 

「もしもし、伊吹高校の校長であってるかね?」

 男は椅子に腰掛け、悠々とした口調で訊ねる。

『は、はい。そうです』

 緊張したような、怯えたような声音が電話の向こうから伝わる。

「そこまで緊張しなくていい。私から一つ、貴校に提案があるのだ」

『て、提案ですか? それはどう言ったものでしょうか?』

 男の言葉に、電話相手は畏まった口調で聞き返す。

「うむ。近々行われる体育祭のことなのだが──」

 男は自分の案を、手短に相手に伝える。

「──と言うことなのだが、どうだろう?」

『は、はいっ! 是非!』

 相手の返事に満足したのか、男はニヤリと笑みを浮かべる。

「それではまた近いうちに連絡する」

 それだけ言うと、男は電話を切った。

 

「葉雪くん、これは私からのサプライズプレゼントだ。快く受け取ってくれたまえ」

 そう言った男の表情は、厳つい成人男性からは想像もできない、まるで悪戯をする少年のようなものだった。

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