22話 らんじぇりーとらぶる

 あかねの誕生日の翌日。つまりは火曜日。

 早朝の日課をこなし、その後かえでちゃんと共に朝食を作った。

 それから少しして、茜と光月みつき朝日あさひと共に家を出た。

 羽真宅今の家から登校するのも慣れたな。

 と、思いつつ、俺たちは雑談をしながら学校へ向かった。

 高校の前に着き、光月、朝日と別れ、校舎に入る。

 

「それじゃあ、お兄ちゃん、また昼休み」

「おう、待ってるよ」

 二階の階段のところで言葉を交わし、俺は教室に向かう。

 

「おっはよー!」

 扉を開け、俺は大きな声で挨拶をする。

 クラスメイトたちは、笑いながら挨拶を返してくる。

 

「おはよう、葉雪はゆき

「おっはよ、ユキくん」

「おう、おはよう」

 俺はつばさかなでに挨拶を返し、自分の席に座る。

「なぁ二人共、月出里すだち兎白としろって覚えてるか?」

 そう訊ねると、奏が手を上げ口を開く。

「はいはーい、覚えてるよー。兎白ちゃんでしょ、あの真面目ちゃんだった」

「あぁ、そうだよ」

「……あぁ、あの月出里さんか。それで、いきなりどうしたんだよ。葉雪が妹さん以外の人のことを訊いてくるなんて、珍しいね」

 少しにやけながら、翼はそう言う。

「いや、まぁな。一昨日ショッピングモールで偶然出会って」

「へー、兎白ちゃんどうだった?」

「ギャルになってた」

 俺は、奏の質問に簡潔に答える。

「…………え?」

 奏は少し遅れて頓狂とんきょうな声を上げる。

「ええっ、あの兎白ちゃんがギャルになってたの?」

「あぁ、そうだぞ。ってか、月出里ってギャルに憧れてたじゃん」

「確かに、そんなこと言ってたような」

 俺の言葉に、翼が賛同する。

「あの兎白ちゃんが、ギャルに……」

 そう言い、奏は床に伏せる。

 いや、そんなにショックなのかよ。


「なぁ奏、月出里の連絡先いるか?」

 そう訊ねると、奏はバッと顔を上げる。

「いいの? やったぁ! …………なんでユキくんが、兎白ちゃんの連絡先知ってるの?」

 一度は喜んだ奏だが、俺が月出里の連絡先を知っていることを疑問に思ったのか、訝しそうに訊いてくる。

「色々あってな、教えてもらったんだよ。それより、月出里の連絡先いらないのか?」

「……いりますー」

 奏はそう言うと、おもむろにポケットからスマホを取り出す。

 俺はスマホの画面に月出里の連絡先を表示し、奏に見せる。

 

「はい、登録終わったよー」

 奏はそう言い、スマホをポケットに戻す。

 俺はホーム画面に戻し、ポケットに入れる。

「なんか相談とかされるだろうから、乗ってあげろよ?」

「勿論だよー」

 

 それから、俺たちは担任の教師が来るまで、いつも通り雑談をしていた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 午前の授業が終わり、待ちに待った昼休みとなった。

「あぁ……今日はいつもより当てられる回数が多くなってる気がする……」

 俺は背伸びをしながらそう口にする。

 実際、先週に比べたら三、四回近く当てられる回数が多くなっている。

 まぁ、予習もバッチリだし、当てられても問題なく答えられるんだけどな。

 

「お兄ちゃん、来たよー」

「お兄ちゃん先輩、こんにちはー」

 自分の席でぼーっとしていると、茜と司音しのんちゃんが教室にやってきた。

 俺は手を上げ、二人を手招く。

 それから翼を含めた四人で昼食を食べ始めた。

 奏は部活のなんかがあるから、一緒に食べれないと言っていた。

 部活頑張ってるんだなぁ。

「なぁ翼、サッカー部は昼休みになんかあったりしないのか?」

「そうだな、大会が近いとたまにあるかもしれないけど、基本はないよ」

 俺の質問に、翼は手を止めずに答える。

 それでも、食べながら喋らないところ常識があると思う。

「大変なんだなぁ」

 そう言うと、翼は「当たり前だろ」と笑う。

 

「お兄ちゃん、今日帰りに寄りたいところあるんだけど、一緒に来てくれる?」

 弁当も殆ど食べ終わった頃、突然茜が訊ねてくる。

「いいけど、光月と朝日を家に送った後でもいいか?」

「はい、大丈夫です。後、司音ちゃんもいます」

 茜がそう言うと、司音ちゃんはコクコクと頷く。

「おう、分かった」

 俺は最後のおかずを飲み込み、そう答えた。

 

 ──キーンコーンカーンコーン。

 

 丁度そこで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「それじゃあ、お兄ちゃん、また放課後ね」

 そう言い、茜と司音ちゃんは教室から出ていった。

 茜たちと入れ違いで帰ってきた奏は、「明日は朝練ギリギリまでやるってー」と項垂れていた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 更に時間が過ぎ、気付けば放課後。

 俺は茜と司音ちゃんを迎えに、一年三組の教室に向かった。

 

 三階ですれ違う生徒、つまり一年生からの刺さるような視線を耐え、一年三組の教室に辿り着くと、俺は開かれた扉から教室内を覗く。

 

「あっ、お兄ちゃん」

 茜は俺を見付けると、司音ちゃんと共にこちらに向かってくる。

 その際、他の生徒、特に男子からの視線が凄まじかった。

「それじゃあ行きましょう♪」

 茜は俺の右腕に自らの腕を絡ませ、上機嫌にそう言う。

 そのせいで、ここにいる男子たちは全員機嫌が悪いが。

 いや、まだ茜だけならここまではならなかったのだろう。

 俺はそう思いながら、茜の反対側を見る。

 司音ちゃんが、俺の左腕に自らの腕を絡めているのだ。

 司音ちゃんは茜に劣らず優れた容姿をしている。

 こんな可愛い二人を連れている俺に対する男子の印象は、さぞかし悪いのだろう。

 

「どうしましたか、お兄ちゃん先輩」

 俺が見つめていたためか、司音ちゃんは頬を赤らめながら訊ねてくる。

「いや、なんでもない」

 俺はそう返し、前を向いた。

 後ろは向かない。男子どもの視線がすごいから。

 

 

 光月と朝日を家に返し、俺たちは駅前の繁華街に来ていた。

 

「なぁ茜、今日はどこに行くんだ?」

 未だに目的地を知らされていないので、今の俺には不安しかない。

 何故って? 茜がなにも言わないときって言ったら、なにか企んでるときだからさ。

「そうですね~、お楽しみです」

 茜は焦らすようにそう答える。

 流石に教えてくれないか。なら──

「司音ちゃんはどこに行くか知らない?」

 俺は今度は司音ちゃんに訊ねた。

「すみません、私も知らないんです」

 司音ちゃんは申し訳なさそうに答える。

 茜の方を見ると、ニヤニヤと笑っていた。

 なるほど、俺が司音ちゃんに訊くことは想定内ってことか。

 仕方なく、俺は茜に腕を引かれるまま、繁華街の中を進んでいった。

 

「ここですっ!」

 あれから五分程歩いたところで、茜は一つの店の前で止まった。

 俺は店の看板を見て──絶句した。

 

「ら、ランジェリー、ショップ……」

 そう、茜に連れてこられたのは、ランジェリーショップ。つまり、女性用下着を専門としている店だった。

 まじかぁ……下着かぁ……選ばされるんだろうなぁ……はぁ。

「あ、茜ちゃんっ! こ、ここってっ」

 司音ちゃんは慌てていた。物凄く。

「ほら、なに慌ててるの? 早く入るよ」

 茜は俺と司音ちゃんの手を掴み、店の中へ足を進めた。

 

 

 案の定、店に入った途端、茜は様々な下着を手に取り、俺に見せてくる。

 清楚な感じな物から、少し大人びた際どい物まで。

 茜が身に付けているのを想像すると、清楚な物でもえっちぃ感じになるんだが、何故だろう。

 司音ちゃんも、いつものテンションを取り戻し、茜に負けずと様々な下着を見せてくる。

 お互いに、被らないよう意識しているのだろう。一度も同じ下着を見ることはなかった。

 てか、店員さんの視線がすごい。いや、悪い方ではなく、なんというか『面白いものを見付けた』みたいな視線だ。

 

「お兄ちゃん、こんなのどうですか?」

 茜が持ってきたのは、純白にレースの付いた下着だった。

「うーん、茜の印象とは、ちょっと違うかなぁ」

 俺はその下着を見て、冷静に判断する。

 勿論、茜たちだから冷静でいられるのだ。もし妹たち以外だったら……って、そんなことはまず起きないか。

 てか、今更なのだが、司音ちゃん、魅音みのんちゃん、かすみんは俺の妹になったらしい。

 司音ちゃん、魅音ちゃんはともかく、かすみんは俺より年上だろ。……身長は下だが。

 

「お兄ちゃん先輩、これ、どうですか?」

 司音ちゃんが見せてきたのは、水色と白の縞模様の下着だ。

「んー、司音ちゃんにはもっと違う──これとか似合うんじゃないか?」

 俺は純白の下着を渡す。

 茜が持ってきたのとは、また違ったものだ。

 まぁ、どんな違いがあるのかと訊かれたら、答えられる自信はないけど。

「……なるほど、お兄ちゃん先輩は私にこういうのを求めてるんですね」

「いや、求めてるわけじゃないけど」

 俺はそう言ったが、司音ちゃんが聞いているのかは分からなかった。

 

「お兄ちゃん、ちょっとこっち来てください」

 店の奥の方から茜に呼ばれ、俺はその方へ向かった。

 さっきまでは気付かなかったのだが、俺たち以外にも女性客がいた。

 なんと言うか、その人たちの視線がすごかった。

 まるで、初々しいカップルを見るような目だった。

「茜ー、どこだ?」

 ここら辺から声がしたと思ったのだが。

 俺は辺りを見渡し、茜を探す。

「えいっ」

「うわっ!?」

 突如、後ろの腕を引っ張られた。

 俺はそのまま、試着室の中へと連れ込まれる。

 

「あ、茜……っ!」

 俺は茜を叱ろうと振り返り、硬直した。

「どう、お兄ちゃん。似合う?」

 なんと、茜は下着姿だった。

 茜が身に付けているのは、黒地に赤い飾りの付いた下着だった。

 しかも、上下共に布面積が広いわけではなく、なかなかにエロいことになっている。

「…………」

 正直、俺は見惚れていた。

 

「お兄ちゃん、似合う?」

 茜の声に、俺は意識を取り戻す。

「あ、あぁ、すごい似合ってるぞっ」

 俺は顔を背けながら答える。

 似合い過ぎて、直視できない……

「お兄ちゃん、なんで目を逸らすの?」

 茜は不思議そうに訊ねてくる。

 そりゃあ、茜が可愛いから。とか答えると、後が大変だ。

「ねぇ、お兄ちゃん、もしこの姿で誘惑したら、ノってくれる?」

 茜は体を密着させ、上目遣いで訊ねてくる。

「……そんなわけ、ないだろ」

 俺は荒ぶる気持ちを抑え、そう答える。

「そっか。ふふん♪ それじゃあこれ買おっ♪」

 そう言い、茜は下着を脱ぎ始めた。

「っ!? お、俺は外で待っとくからなっ!」

 俺はそう言うと、急いで試着室から出た。

 この時俺は懸念していた。ここがランジェリーショップであることを。もう一人、一緒に来ていた者がいることを。

 

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「……………………」

「……………………」

 俺と司音ちゃんは、無言で見つめ合う。

 だが、その光景に甘酸っぱい雰囲気は存在しない。

 ……き、気まずいっ!

 

「お待たせしました──って、お兄ちゃん、司音ちゃん、なに見つめ合ってるんですか?」

 制服を着て出てきた茜は、俺たちのこと状況を見て、笑いながら訊ねてきた。

 いや、笑ってない。目が笑ってない。そして威圧が、なんか怒ってる……

「いや、なんでもないぞ……?」

「うん、なんでもないよ?」

 俺と司音ちゃんは、声を揃えてそう言った。

「そうですか……それじゃあ、これ買ってきますね」

 茜はさっき身に付けていた下着をわざとらしく見せ、そのままレジに向かっていった。

「わ、私も下着買ってきますね」

 司音ちゃんはそう言い、茜の後を追ってレジに向かった。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 今日、何事も無く私は家に帰ってくることができた。

 津田つだは休み時間に何度か話し掛けては来たが、放課後はすぐに部活に行き、一言も言葉を交わすことはなかった。

 

「はぁ……今日は疲れたなぁ……」

 私はそう呟き、ベッドに飛び乗った。

 勿論、部屋着に着替えて。

高木たかぎ……」

 私は一昨日会った旧友の名前を口に出し、枕に顔を埋める。

 なんと言うか、良くも悪くも昔から変わってなかったなぁ。

「はぁ……」

 私はため息を吐き、体を起こす。

「……勉強しよ」

 私はモヤモヤした気持ちを忘れるために、勉強を始めた。

 

 

 

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