21話 茜の誕生日

 月曜日。

 いつもは学校が始まると言う一週間で最も憂鬱な気持ちになる日なのだが、今日だけは別だ。

 そう、なにを隠そう、今日はあかねの誕生日なのだ!

 ……正直、前日まで忘れてたのは恥ずかしいが、その分だけパーティを豪華にして補おう。

 なんせ、昨日は帰ってからこっぴどく怒られたからな。

 

 そして今、時刻で表すと午後六時。学校も終わり、いつもなら茜たちと仲良く下校してる時間。

 俺は光月みつき朝日あさひを茜に託し、一足先に家に帰っていた。

 理由は先にも述べた通り、茜の誕生日パーティを豪華なもにするためだ。

 

 俺は制服のまま、駅前にある某ショッピングモールに向かった。

 まず買う物は部屋に付ける飾りだ。俺の誕生日の時は何もなかったが、流石に茜たちの誕生日に飾り無しはつらい。

 百均でリビングを埋めれる程の量の飾りを買い、次に俺は一階にあるスーパーに向かった。

 あらかじめかえでちゃんから受け取っていたお金で、良質の牛肉やらなんやを買い物袋が一杯になるほど買う。

 正直、楓ちゃんから貰ったお金っていうのは気が引けるし、それに兄としての尊厳が……いや、なんでもない。今は尊厳どうこうより茜の方が大事だ。

 俺は両手に荷物を抱え、ショッピングモールの中を移動していた。

 プレゼントは昨日買ったし、あとは何を買えばいいだろうか。

 頭を悩ませていると、不意にポケットの中のスマホが振動した。

 荷物を置いてからスマホを取り出す。

 相手はっと、楓ちゃんか。

 俺は応答ボタンを押し、耳にスマホを当てる。

 

『もしもし、葉雪はゆきにぃさんですか?』

 

 おわっ、なんか耳もとで囁かれてるみたいでくすぐったい。

 

「あぁ、なにかあった?」

 

 そう尋ねるとスマホの向こう側から「ひゅっ!?」と可愛らしい声が聞こえてきた。


「? 楓ちゃん、どうかした?」

 

 もう一度訊ねると、やはり「ひゅっ!?」といった悲鳴みちた声が聞こえてくる。

 ……これはあれか? 俺と同じように、耳もとで囁かれてるような感覚に悶えている、とか?

 笑ってしまいそうになるのを堪え、俺はもう一度「どうかした?」と楓ちゃんに訊ねる。

 今度は声を抑えたのか、息を呑む音が聞こえた。

 

『実はですね、茜さんが帰ってきたんですけど……』

 

「うん」

 

『その、是が非でもリビングに入ろうとしてて』

 

「そ、そうか。それは、まぁ……頑張ってくれ」

 

 そう言うと、楓ちゃんは「そんなぁっ!」と声を上げる。

 俺は心の中で謝罪しつつ、「早く帰るから」と伝え電話を切った。

「……よし、買い物終わらせて帰るか」

 俺はそう呟き、残っていた物を買い終え、俺はダッシュでショッピングモールを出た。

 

 ……外に羽真はねま家の車(リムジンのようなやつ)が停まっていて、俺はそれに乗って家に帰った。

 楓ちゃん、ホント気が利いていい子だなぁ……。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 午後七時。

 茜は、光月と朝日が部屋に繋ぎ止めてくれているので、今のところ準備中のリビングに来ることはない。

 蓮唯れんゆいちゃんとすずちゃんが手分けして、リビングを飾り付けしている。

 そして俺と楓ちゃんは、俺が買ってきた食材で豪華なディナーを作っていた。

 聞いて驚け、なんとステーキだ。どうだ、凄いだろう。凄いだろうっ! 値段めっちゃ高かったんだよ! いやぁ、こんなの楓ちゃんのお金なかったら買えなかったんだろうなぁ。

 そんな呑気に考えつつ、俺はさらっとサラダを作り終える。

 隣では楓ちゃんがスープを作っている。

 たまに小皿に注ぎ、味見をしては「うーん」と唸っている。

 どうやら、満足のいく味にはならないらしい。

「楓ちゃん、ちょっと俺にも一口くれ」

 そう言うと、楓ちゃんは頬を赤らめながらも、「ど、どうぞっ」と言って小皿にスープを注いで渡してきた。

 俺はスープを一口飲み、味を確認する。

「うーん、かつおぶし……昆布入れてみたらどうかな?」

 そう言うと、楓ちゃんは「分かりました」と言い棚から鰹節と昆布を取り出した。

 何故かさっきから「間接キス……間接キス……」と何度も唱えているのだが……聞かなかったことにしよう。

 

 それから四十分程経ち、無事に飾り付けと料理は終わった。

 さぁ、楽しい誕生日パーティの始まりだ!

 

 

   ◇妹◇

 

 

 茜の部屋に使者すずちゃんを送り、俺たちはソファーに置いておいた袋からクラッカーを取り出す。

 事前に光月、朝日、凉ちゃんの三人にも渡してあるので、俺の時同様に前後から同時発射するのだ。

 ふむ、なんてサプライズ力、我ながら惚れ惚れするなっ!

「葉雪にぃさん、そろそろです」

 楓ちゃんの言葉に、俺は扉に目を向ける。

 少しして、ゆっくりと扉は開かれた。

 

「お兄ちゃん、もういいの──」

 

 パァン!

 

 俺たちは茜の言葉を遮るように、クラッカーを鳴らした。

「あぅあっ!?」

 茜は突然のことに驚いたのか頓狂な声を上げる。

 

 パァン!

 

 そして遅れて、再びクラッカーが鳴る。こんどは茜の後ろから。

 茜は驚きながらも後ろを振り向く。

 そこには、クラッカーを持った光月、朝日、凉ちゃんがいた。

 

「俺の時と同じようなもんだけど、どうだった?」

 そう訊ねると、茜は満面の笑みで、

「はい、とても嬉しかったです!」

 と答えた。

 

 

 それから皆席に着き、各自ジュースの入ったコップを掲げる。

「さて、茜の誕生日を祝いまして──」

 

「「かんぱーいっ!」」

 コップをぶつけると、カチンッと音が鳴った。

 俺はジュースを一口飲むと、料理を皆の皿に盛っていく。

 残念ながら、厳人げんとさんと七波ななみさんは仕事が忙しくてこの席にはいない。

 だが、お二人はちゃんと茜の誕生日を祝ってくれている。現に、朝なんて「いくらでも出してやる、欲しい物はなんだっ」と茜に訊いていた。

 うん、厳人さんって厳つい顔してるけど、心は子どもなんだよなぁ。

 そう思いながらも、俺はステーキを一口サイズに切って頬張る。

 う、旨いっ! 流石は百グラム三千円する牛肉だ! 普通の牛肉とは格が違うっ!

 俺はふと茜の方に目を向ける。茜は俺同様にステーキを頬張り、目を輝かせていた。

「お、美味しいですっ、すっごい美味しいです! ありがとうございます、お兄ちゃん、楓さん!」

 他の面々もステーキを頬張り目を輝かせ、俺と楓ちゃんに礼を言ってくる。

 俺と楓ちゃんは嬉しさと恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらも、「それならよかった」と返す。

 この日の夕食は、終始「美味しい」が絶えなかった。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 夕食後、十分程度の休憩時間を取り、ついに始まった。プレゼント渡しが。

 各自部屋に置いてきたプレゼントを取ってきて、今は小テーブルの上に置いてある。

 

「さて、それじゃあ誰から渡そうか」

 俺は皆を見渡しながらそう言う。

 すると、凉ちゃんがおずおずと手を上げる。

「私から……いいですか?」

 おお、凉ちゃんが積極的に。

 俺は爽やかな笑顔で答える。

「あぁ、勿論」

 凉ちゃんは小テーブルから薄い袋を取ると、それを茜に手渡した。

「あの、これ、どうぞ……私のお気に入り、ですっ」

「ありがとうございます、凉ちゃん。大切にしますね」

 プレゼントを受け取った茜は、満面の笑みで礼を言う。

 本当に嬉しそうでなによりだ。

 凉ちゃんは顔を真っ赤にしてソファーの陰に隠れてしまった。あれはあれで可愛い。

 次に手を上げたのは、蓮唯ちゃんだった。

「はいはいっ、次私ねっ!」

 俺は無言で首肯すると、蓮唯ちゃんは小テーブルから掌よりも少し大きいくらいの箱を持って、茜に渡した。

「はいっ、これ使ってね!」

「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね♪」

 茜は凉ちゃんの時同様に、笑顔で礼を言う。

 流れから察する通り、次に名乗り出たのは楓ちゃんだった。

 楓ちゃんのプレゼントは、大きめの長方形の箱だった。

 ラッピングされているから、何が入ってるのか分からないが、それは茜の楽しみだ。俺が気にすることじゃないだろう。

 それにしても、大きいな。何が入ってるんだろう。

「これ、私からです。良ければ使ってくださいね」

「はい、ありがとうございます。大切に使いますね、楓さん」

 さて、次はどっちかなぁ。

 と思っていると、光月と朝日は同時に小テーブルからプレゼントを取り出した。

 とうやら、二人同時に渡すらしい。

「「あかねぇ、プレゼント」」

 そう言い、二人は同時にプレゼントを渡す。

 光月からはシャンプーボトルの様なものが。朝日からは服屋などで見掛ける袋が渡された。

「ありがとう、二人とも。大切にするね」

 ふむ、予想としては美容品と服といったところか。まぁ、普通だよな。

 俺が用意したプレゼントよりも普通な物だったことに、俺は恥ずかしさが隠せないでいた。

 いや、皆もっとはっちゃけた物を渡すかと思ったんだよ。うん、俺は悪くない……

 俺は自分に言い訳をしつつ、小テーブルから二つの物を取り、そしてそのまま茜に渡した。

「これ、俺からだ。……もしよかったら、今開けてみてくれ」

「分かりました」

 茜は笑顔で答え、片方のラッピングを解く。

 長方形の箱の蓋を、茜はゆっくりと開けた。

「これは……っ!?」

 茜は箱からソレを取り出し、ぎゅっと抱き締める。

「ありがとう、ございますっ!」

「ほら、着けてやるから貸してくれ」

 俺はそう言い手を出すと、茜はソレを俺の掌にゆっくりと置く。

 俺は茜の後ろに移動し、ソレを首に着けた。

 言っておくが、首輪ではない。俺がプレゼントしたのは──

「ありがとう、ございます……こんな綺麗なネックレス、生まれて初めて着けました」

 そう、茜の言う通り、俺がプレゼントしたのはネックレスだ。

 黒を基調としており、真ん中にはルビーの様に深紅に輝く宝石みたいな物が付いていた。

 まぁ、値段敵に本物ではないんだろうけど。それでもこんなに喜んでもらえたら良かった。

 そう思いながら、俺はもう一つのプレゼントを開けるよう促す。

 茜はコクリと頷くと、もう一つのプレゼントのラッピングを解いた。

 ネックレスの箱とは違い、こちらの箱は正方形だ。

「あの、これは?」

 不思議そうに訊ねてくる茜に、俺は答えることなく箱を取る。

 そして、茜に見せるように、ゆっくりと箱を開いた。

「っ! お兄ちゃん、それって……」

「まぁ、なんとなくな。言っておくが、薬指にははめるなよ」

 俺は念を押すようにそう言う。

 茜は頷きながら、右手を差し出してきた。

 俺は茜の手を掴み、その人差し指に、ゆっくりとソレをはめた。

 ここまで言えば分かるだろう。俺がプレゼントしたもう一つの物とは、指輪なのだ。

 勿論、婚約指輪とかそんな物じゃない。だって俺たち実の兄妹だし。

 これはまぁ、茜に似合うかなって思って買った物だ。

 俺の予想通り、いやそれ以上に茜は喜んでくれた。

「お兄ちゃん、ありがとうございますっ……一生大切にしますねっ!」

 茜は嬉し涙を流しながら、笑顔で礼を言う。

「あぁ、大切にしてくれ。それと、誕生日おめでとう、茜」

 俺はそう言うと、ゆっくりと茜の頭を撫でた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 風呂から上がり部屋に戻ると、茜がベッドに腰掛けていた。

 茜は黒のネグリジェに、俺がプレゼントしたネックレスと指輪を着けていた。

 あと何気に指輪が人差し指から薬指に変わってるのは気のせいじゃないんだろうな。

 そう思いながらも、俺は茜の隣に腰掛ける。

「お兄ちゃん、今日はホントにありがとうございました。この二つは一生大切にしますね」

 俺はそのセリフに笑みを漏らしながら、ゆっくりと茜の頭を撫でる。

 風呂上がりのためか、ふわりとシャンプーの匂いが漂う。それに混じって、女の子特有の甘い匂いも。

「大切にしてくれるのはありがたいが、皆からのプレゼントも大切にしろよ?」

 そう言うと、茜は「勿論です」と答える。

「それで、お兄ちゃん、誕生日なので一つお願い聞いてくれますか?」

 茜は上目遣いで訊ねてくる。まったく、俺の弱いとろこを突いてきやがって。

 そんなことしなくても、茜のお願いなら大抵はオーケーするんだけどな。

 と思いながらも、俺は「いいぞ」と返す。

「それじゃあ、今日は一緒に寝てくれますか?」

「そのくらいならお安いご用だ」

「ふふっ、流石ですねお兄ちゃん。一緒に寝るのに全く抵抗がないなんて」

 茜がチラリと笑みを浮かべるので、俺は悪戯半分に答える。

「まぁな。茜と寝るの、俺好きだし」

 そう言うと、茜は顔を真っ赤に染め慌てる。

「えっ、あっ、お、お兄ちゃんっ!?」

 おぉ、凄い慌て様だな。

 俺は笑いながら部屋の電気を消すと、ベッドに潜り込んだ。

「ほら、寝るぞ茜」

「は、はいっ」

 茜は返事をすると、ぎゅっと俺に抱き付いてきた。

 いつもなら、離れろとか言うんだが……今日はいっか。

 そう思い、俺は茜を抱き締める。

 その際に、茜の膨らみが存在を強調してくるが、俺の鋼の理性によって精神攻撃は憚られた。

「お、お兄ちゃんっ、お兄ちゃんがこんなに積極的に……っ!」

 未だに茜は落ち着きなく慌てているので、俺はゆっくりと頭を撫でる。

 すると次第に茜は落ち着きを取り戻していく。

「……お兄ちゃん、今日は本当にありがとうございました」

 そう言い、茜は俺の唇に軽くキスをした。いつもとは違う、初々しいカップルがするような、本当に軽いキスだ。

「……おやすみ、茜」

「おやすみなさい、お兄ちゃん」

 俺たちはお互いを抱き枕にして、その日は眠りに就いた。

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