16話 告白と計画
水曜日。
俺はいつも通り、普通に学校生活を過ごしていた。
いや、いつも通りというわけではない。かすみんのことで少し落ち着きがないのは自覚している。
だけど、そんなことで妹たちに心配は掛けれない。
よし、いつも通りだ、いつも通り笑顔で──
そして時は昼休み。
「お兄ちゃん、一昨日から様子が変だよ。なにかあったの?」
いきなり
こ、ここは誤魔化さねば。
「ん、いや、別になにもないぞ」
なるべく普通に、いつも通りに俺は返す。
「嘘です。お兄ちゃんはなにかあるといつもそう言います」
お、おう……流石に長い付き合いだし、妹だし、このくらいバレるのか……
「んー、もしかして
「何故それをっ!? ────って、ああっ」
「あれ、当たっちゃいましたか」
なぁ!? しまった、茜ね鎌掛けてきやがった……
「それでお兄ちゃん、なにに悩んでるんですか?」
言うべきなのか? かすみんは言うなって言ってたけど。
……あぁ! もう悩むのとかめんどくさい。
「実はな──」
茜に一昨日かすみんから言われたことを話すと、
「ちょっと、霞さんのところ行ってくる」
何故か怒った様子で教室を出ていった。
ついでに、いつも通り一緒に食べていたわけだから、
「まったく、葉雪は変なことで悩むよね、いつも」
「そーだよ、ユキくんはもっとお調子者の筈だよ」
「いや、それはないだろ。俺はいつも真面目だ」
奏の言葉に、俺はすぐさま反論する。
「そうですよ奏先輩。お兄ちゃん先輩はただの天然タラシですよ」
おい待て、と口を開こうとし、放送が掛かった。
『二年四組、高木葉雪くん、至急職員室までお越しください。|飛矢佐(とびやさ)先生がお呼びです』
「……葉雪、行ってきなよ」
「多分茜ちゃんが暴走したんだろうね~」
「えっ? 先輩方、なんでそんなに落ち着いてるんですか?」
司音ちゃんが戸惑い、二人にそう訊ねる。
「いつものことだから」「いつものことだし」
「あっ、はい」
この三人は芸でもやってるのか? って思うくらいきれいな流れだった。
それは置いといて。
「それじゃあ、行ってくる」
そう言うと、俺は職員室に向かった。
職員室に着くと、案の定茜とかすみんは言い合いをしていた。
しかも、茜の方はすごい声を荒らげてる。
周りの先生は少し、いや結構引いてる。
はぁ、茜って暴走するとこうなるんだよなぁ……
俺はため息を吐いて、二人に近付く。
「おい茜、ここは職員室だぞ。もう少し落ち着きを持ってだな」
そう言うと、茜は振り向き俺を睨む。
えぇ……俺なにか悪いことした?
「お兄ちゃん! お兄ちゃんからもなにか言ってくださいっ!」
茜はお怒りのようだ。
……なにに?
「かすみ──飛矢佐先生、いったい茜はなにに怒ってるんですか?」
そう訊ねると、かすみんはため息を吐き、席を立つ。
「いつものとこ、行くぞ」
それだけ言うと、かすみんは職員室を出ていく。
俺は茜の手を引いて、かすみんの後を追った。
「説明してくださいっ!」
バンッ! と茜が机を叩く。
場所は『旧生徒指導室』、俺とかすみんの密会場所だ。
……やっぱり、密会場所って言うとイケナイことをしてるような──いや、なんでもない。
それよりも、今は茜だ。
「霞さん、どうして合コンをするなんて言い出すんですかっ!」
どうやら、茜はかすみんが合コンをすることにお怒りらしい。
別に本人の自由だろうに。
「……親のためだとさっき言っただろ」
かすみんがそう答えると、茜は更に声を上げる。
「嘘ですっ! 確かにそれもあるかもしれませんが、それを口実にしてるだけです!」
「なにを根拠に──」
「霞さんは、諦めたいんじゃないんですか!? 自分では太刀打ちできないとでも勘違いしてっ」
「──っ!」
茜の言葉に、かすみんは息を呑む。
「どうして、諦めようとするんですか? 昔からずっと思い続けてたのに」
「……」
「私が理由なら、それは謝ります。
ですけど、その程度の理由で諦める程、霞さんの思いは弱くありませんよね?」
「……」
かすみんは苦虫を噛み潰したような顔をする。
話から流石に察しは付く。俺はそこまで鈍感ではないからな。
でも、俺は口を出さない方がいいだろう。今は彼女たちの話だ。
「霞さん、もう一度訊きます。どうして合コンをしようと思ったんですか?」
「……」
かすみんは無言で茜を見つめ、「はぁ……」とため息を吐く。
「分かった、分かったから一旦出ていってくれ」
かすみんがそう言うと、茜は頷き教室から出ていく。
「葉雪、少しいいか?」
「ん、あぁ」
なにを言われるのか、察しは付いてる。
そして、俺の答えは決まっている。
かすみんは一度息を吐き、黒い瞳で俺を見つめてくる。
「葉雪、私はお前のことが好きだ。昔から、この思いは変わっていない。
……私と、結婚前提で付き合ってくれないか?」
いつものぶっきら棒な口調で、でもちゃんと気持ちは籠っていて──
いや待て、告白されるのは確信してたけど、まさか結婚前提で、までは想像してなかった。
だけどまぁ、俺の答えは変わらない。
「……ごめん。それはできない」
そう答えると、かすみんは苦しそうに微笑む。
「あぁ、分かっていたさ。お前が重度のシスコンで、恋愛なんて二の次ってことくらい、な」
「シスコンってところはまぁ、否定はしないけど。……ホントに、ごめん」
「バカ、なにお前が謝ってんだよ。ささ、話は終わった。さっさと出てけ。あと、茜呼べ」
俺は頷き、教室を出ると、そとで待っていた茜に入るように伝える。
これは戻った方がいいのかな。
そう思い、俺は『旧生徒指導室』を後にした。
◇妹◇
「霞さん、貴女はバカですか」
茜は霞にそう言う。
「お前、入ってきて早々、先生に『バカ』はないだろ」
「いや、だってそうじゃないですか。
なにいきなり告白してるんですか? 私はただ貴女の気持ちをお兄ちゃんに伝えてほしかっただけで、プロポーズしろなんて一言も言ってませんよ?
あと、お兄ちゃんと結婚するのは私なので」
「長い」
「失礼ですね。
あぁ、失恋した霞さんに、一つ提案があります」
茜がそう言うと、霞は興味深そうに言葉を返す。
「ほぅ、言ってみろ。傷口に塩を塗るようなことだったら──」
「大丈夫ですよ」
霞の言葉を遮り、茜はそう言う。
「霞さん、お兄ちゃんの──になりませんか?」
「は?」
茜の提案に、霞は
その反応を見て、茜はニヤリと頬を上げる。
「どうですか? そしたらお兄ちゃんのハーレムに加われますよ」
茜の提案は、今の霞には悪魔の囁きに聞こえただろう。
霞は少し考え、答えを出す。
「分かった。なってやるよ、葉雪の──に」
霞の答えを聞き、茜は笑みを浮かべた。
まるで、悪魔のように。
◇妹◇
「へっくちっ!」
俺はドリフ的なくしゃみをすると、鼻を擦る。
翼と奏、司音ちゃんは驚いてこちらを見る。
「誰かが俺の噂をしてる……」
「誰かって、茜ちゃんでしょ」
翼がそう言うと、奏と司音ちゃんが頷く。
「だから無視しとけ」
「あぁ、そうだな」
いや、無視はできないかもな。
だって、嫌な予感がするから。俺の嫌な予感は当たるんだよな……
とその時、司音ちゃんのスマホが鳴る。
「あっ、茜ちゃんからメールです。
えっと……お兄ちゃん先輩、放課後茜ちゃんは私と話があるそうなので、待っていてくれませんか?」
茜と司音ちゃんが話か……これは本格的になにかあるな。
「分かった。それじゃあ俺は図書室にいるから、終わったら来てくれ」
「はい」
──キーンコーンカーンコーン。
丁度そこで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「それじゃあ、私は教室に戻りますね」
そう言い、司音ちゃんは教室を出ていった。
「さて、俺たちは授業の準備でもするか」
「そーだねー」
そう言い、二人は自分たちの席に戻っていった。
◇妹◇
放課後。
俺は鞄を持って、図書室に向かった。
放課後の利用者は少ないのか、図書委員以外には数人しかいなかった。
さて、なにか面白い本ないかな。
俺は一つ一つ本棚を巡り、自分に合った本を探す。
おっ、これ面白そうだな。
俺が見付けたのは、『おかしな動物 ~神話編~』という図鑑形式の本だ。
俺はその本を取ろうと手を伸ばす。
「「あっ」」
丁度その時、俺と同じように本を取ろうとしていた女子の手と触れた。
俺はさっと手を引く。相手も同じように手を引くと、そこから譲り合いが始まった。
「ど、どうぞ」
「いや、大丈夫だ。どうぞ」
「いえいえ」
「いえいえいえ」
「いえいえいえいえっ」
その譲り合いを終わらせたのは、図書委員の人だった。
「おほんっ!」
わざとらしい咳に、俺たちは譲り合いを止める。
「そ、それじゃあ、私が」
「おう」
女子は本を取ると、そのまま別の本棚に向かった。
そう思いながら、俺は他の本を探した。
それから暫くして、茜と司音ちゃんが図書室に来た。
俺は読んでた本を本棚に仕舞い、二人の元に向かった。
「すいませんお兄ちゃん、遅れてしまいました」
「んや、気にしてないから」
「それでですね、今週の土曜日、空いてますか?」
今週の土曜か。特に用事はなかったかな。
まぁ、妹との約束があったらそれ優先だろうけど。
「あぁ、大丈夫だぞ」
そう答えると、何故か司音ちゃんが顔を真っ赤にして俯く。
なにかあるのか?
「それじゃあ、土曜日、皆で遊びましょう♪」
ん? 今言葉に含みがあったような……別にいいか。
「分かった。土曜日だな。午後からか?」
「いえ、午前からです」
「りょーかいした」
そう返すと、茜は一瞬ニヤリと笑い、そしていつもの笑みを浮かべる。
……なにか企んでるな。少し警戒しといた方がいいかな。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「そうだな」
そう返し、俺たちは図書室を後にした。
そう言えば、司音ちゃんは終始俯いてたな。体調でも悪いのだろうか。
この時の俺は、あんなことになるなんて想像もしていなかった。
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