13話 姉妹で──

 一週間の中で一番楽しいと感じる土曜日。

 俺はあかねたちと朝食を摂ると、外出用の服に着替える。

 向かう先は、司音しのんちゃんと魅音みのんちゃんのところだ。

 茜たちには事前に知らせてあり、なにか聞かれることはなかった。

 

 すっかり覚えてしまった道を歩きながら、俺は司音ちゃんの家に向かう。

 やはりと言うべきか、羽真はねま家から司音ちゃんの家は遠かった。

 学校から二十分程掛かる距離にあるので、羽真家からは二倍近く掛かった。

 

 

 司音ちゃんの家に着くと、呼び鈴を鳴らす。

 

 ピンポーン──

 

 呼び鈴が鳴り、少しするとガチャと扉が開かれる。

「あっ、先輩、いらっしゃいです」

 司音ちゃんは笑顔で迎え入れてくれる。

 司音ちゃんは花柄のピンク色のチュニックにホットパンツといったラフな格好をしていた。

 いつもの制服とは違い、とても女の子らしい感じになっている。

 正直、すごい可愛い。

「おじゃましまーす」

 俺は司音ちゃんのまだ知らぬ一面を見れたことに上機嫌になりながら、家へ入っていった。

 

 玄関で靴を脱ぐと、俺は司音ちゃんに続き階段を上る。

 家の中が静かなことに、俺は少し疑問を抱いた。

「司音ちゃん、親御さんは?」

 そう訊ねると、以前と似たような答えが返ってくる。

「仕事ですよ。うちの両親は日曜日以外は基本家にいませんし」

「そ、そうか」

 てことはつまり、また年頃の男女──以下略。

 司音ちゃんは二階に上がると、不意にこちらを向く。

「ん? どうした?」

「ですから、先輩、今日は私と魅音を襲い──」

「言わせねぇよ!?」

 俺は慌てて司音ちゃんの言葉を遮る。

 危ない、ホント司音ちゃんは小悪魔だ。

「っと、そう言えば、魅音が先輩に喜んでほしいって、なにかしてましたよ」

 おぉ、なんだろう、魅音ちゃん可愛いところあるな。

 部屋の前に着くと、俺は扉をノックする。

 

「はい」

 少し遅れて、中から魅音ちゃんの声が聞こえてくる。

「やっほ。今日も来たよ」

「そうですか。どうぞ、入ってください」

「あぁ、わかっ──って、えぇぇぇぇぇえええ!?」

 待って、今『入ってください』って言った!? ど、どういうことだ!?

「ほら先輩、魅音がいいって言ってるんですから、早く入りましょうよ」

 隣にいる司音ちゃんは、呑気にそう言ってくる。

「う、うん……分かったよ」

 俺はそう返し、ゆっくりとドアノブを回す。

「おじゃましまーす……」

 ゆっくりと、俺は扉から顔を出し、部屋の中を見る。

 

「い、いらっしゃい、です」

 

 そこにいたのは、スクール水着を纏った魅音ちゃんだった。

 

「「…………」」

 

 その光景に、司音ちゃんまでもが言葉を失った。

「は、早く入ってください」

 魅音ちゃんに促され、俺と司音ちゃんは無言で部屋に入る。

 

 これは、また面倒なことになりそうだ。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 部屋に入り、俺は予め用意されていた椅子に座る。

「ど、どうです先輩。魅音可愛いでしょうっ」 

 思い出したかのように、司音ちゃんが訊ねてくる。

 俺はその質問に、魅音ちゃんに目を向ける。

 魅音ちゃんは、分かりやすく言えば司音ちゃんを幼くした感じだ。

 ただ、一緒というわけではない。あくまで顔立ちが似ているだけで、それ以外は全く別だ。

 ……胸は似てるけど。

 そんなことを思っていると、二人から鋭い視線が向けられる。 

 ……こ、こほんっ。

 肩辺りまで伸びた紫色の髪。そして髪と同じくらい澄んだ紫色の瞳。

 とても綺麗だ。

 そして、いつもの少し大人っぽい口調からはイメージできない程、顔立ちは幼い。

 やはり小学生といったところか。

 

「うん、とても可愛いよ」

 そう言うと、魅音ちゃんの顔は真っ赤に染まった。

「あ、ありがとうございます……」

 魅音ちゃんは照れながらも礼を言ってくる。

 可愛い。

 と、和んでる場合じゃない。

「ねぇ魅音ちゃん、そろそろ着替えた方がいいと思うよ?」

 そう言うと、魅音ちゃんは更に顔を赤くする。

「は、はいっ……」

 俺は魅音ちゃんが着替えるまで、部屋の外に出た。

 

 

「もっ、もう大丈夫です……」

 部屋を出てから十分程過ぎて、魅音ちゃんから声が掛かる。

「ほーい」

 そう返し、俺は再び部屋に入った。

 魅音ちゃんはスク水ではなく、普通の女の子らしい服を着ていた。

 具体的に言えば、淡い青色のオフショルダーに薄水色のフレアスカートだ。

「可愛いね、似合ってるよ」

 率直に感想を口にすると、魅音ちゃんはやはり顔を赤くしてしまう。

「先輩は女の子キラーですね~」

 なにその女の子キラーって。

「それじゃあ、今日もお話しよっか」

「……はい」

 魅音ちゃんは俯きながらも返事をする。

「さて、今日はなにを話そうかな」

 そう言うと、魅音ちゃんがバッと顔を上げ、真っ直ぐこちらを見つめてくる。

「は、葉雪さんは、好きな人って、いますか?」

 す、好きな人かぁ。

「どうだろ。今のところはいないかなぁ」

 そう答えると、何故か魅音ちゃんは安心したように息を吐く。

 どうしたんだろう。

「先輩先輩、姉妹丼に興味はありますか?」

 突然、司音ちゃんがそう訊ねてくる。

 し、姉妹丼って、あれだよな……

 一応知識としては知ってるけど……

「ど、どうしてそんなことを訊いてくるんだ?」

 俺は司音ちゃんに訊き返す。

 すると、司音ちゃんはニヤリと笑う。

「どうですか? 私と魅音の姉妹丼」

 その言葉に、魅音ちゃんが顔を真っ赤にする。

 俺も同じように、真っ赤になっているのだろう。顔が熱い。 

 一瞬二人の恥ずかしい姿を想像してしまった自分を殴りたい。

「そ、そうだな。体は大切にしような」

 俺の動揺っぷりを見て、司音ちゃんは小悪魔的な笑みを浮かべる。

 くっ……茜と似たタイプだなっ! 

 

 いきなり、司音ちゃんは思い付いたかのように手を叩く。

「私、先輩なら……いいですよ?」

 そう言いながら、司音ちゃんは襟元を引っ張る。

 だが、下のシャツが見えただけだった。

「はいはい。冗談はそこまでな」

 そう言い流すと、司音ちゃんは膨れっ面になる。

 なんでかなぁ……

 

 それから長々と雑談していると、

 

 きゅぅぅ~

 

 と誰かのお腹が鳴った。

 勿論俺ではないので、二人を見ると、魅音ちゃんが顔を真っ赤にして俯いていた。

 おぉ、魅音ちゃんだったか。

「魅音ちゃん、お腹空いた?」

「……っ~~~!」

 魅音ちゃんは顔を手で覆い隠しながらも、コクコクと頷く。

 ポケットからスマホを取り出し時刻を確認する。

 時間はそろそろ十二時になろうとしていた。

 丁度、お昼時だな。

「よし、じゃあ俺が作ろうか」

 そう言いながら、立ち上がる。

「あっ、ありがとうございます。先輩の手料理、楽しみですね~」

「……(コクコク)」

「おっし。それじゃあ台所使わせてもらうよ。

 あっ、冷蔵庫の中の食材って、使っても大丈夫?」

「勿論ですよ~」

 よし、許可はもらった。

 さぁて、美味しい飯を作ってあげますか。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 俺が作ったオムライスを、二人は美味しい美味しいと言いながら食べてくれた。

 いやぁ、喜んでもらえてよかったよ。

 それから俺たちはリビングで寛いでいた。

 

「あ、先輩、お茶飲みますか?」

「あぁ、お願い」

 そう言うと、司音ちゃんは「分かりました」と言い冷蔵庫の方に向かった。

 

 

 

 そして数分後、俺は今風呂場にいた。

「ど、どうしてこうなった……」

 俺は風呂場で一人呟く。

 出ようにも、脱衣所には司音ちゃんと魅音ちゃんがいる。

 勿論、お風呂に入るために服を脱いでいる。

「どうしてこうなった……」

 もう一度呟き、俺は天井を見上げた。

 

 

 時間はほんの少し遡る。

 

 俺はソファーに深く腰掛けて、司音ちゃんを待った。

「先輩、お待たせしました」

 お盆にお茶の入ったコップを三つ乗せ、こちらに向かってくる。

「……おっと、足が引っ掛かったぁ!」

 突然、司音ちゃんはそう声を上げ、倒れる。

 まるでアニメのように。

 お茶はコップから漏れ、俺と魅音ちゃん、司音ちゃんの体に掛かった。

 すっごいわざとらしいな……

「あー、これはいけない。早くお風呂に入りましょー」

 司音ちゃんは棒読み気味にそう言った。

 

 

 と、これが今までの経緯だ。

 全く、司音ちゃんにはしてやられたな。

 そう思っていると、ガチャと扉が開かれる。

 

「先輩ー、体洗いましたか?」

「いや、まだだけど」

 そう答えると、司音ちゃんは笑い声を上げる。

「それじゃあ、私が先輩の体を洗ってあげますねぇ♪」

 その言葉に、誕生日の夜のことを思い出した。

「い、いや、遠慮しておくよ。俺は先に出るから、二人はゆっくりして──」

 俺が立とうとすると、背中に二つの重みが掛かる。

「っ!?」

 背中に伝わってくるのは、女の子らしい柔らかい感触だった。

 待って、今の状況は……っ!?

「だめですよぉ、先輩。今は私たちにご奉仕されてください」

「……私、頑張るっ」

 二人の言葉に、顔が熱くなる。

「先輩、姉妹丼ですよぉ? 楽しみですか?」

 司音ちゃんの声が弾んでいる。多分笑っているのだろう。

「だ、だからっ! そういうのは好きな人にやってくれっ!」

 

「私は、先輩のこと、好きですよ?」

 司音ちゃんは、真面目な声音でそう答える。


「わ、私もっ、葉雪さんのこと、好き、です……」

 魅音ちゃんも、同じように答える。

 

 確かに、好きでもなければこんなことはしないだろう。

 でも──

「どうして、俺なんだ?」

 後ろを見ずに、俺は訊ねる。

「どうしてって、先輩は魅音のことを真剣に対応してくれるからです。

 ……それに、私のことも」

「わ、私はっ、その、毎日話しに来てくれて……嬉しくて、気付いたら……」

 そ、そうなのか。

「それでもっ! こんなことはやっちゃいけませんっ!」

 俺は恥ずかしさ半分、嬉しさ半分で叫ぶ。

「……そうですよね。いくら好きでも、無理矢理はだめですよね」

 案外、司音ちゃんは素直に引き下がった。

 よ、良かった……

「それで先輩、この後、どうしますか?」

 司音ちゃんがそう訊ねてくる。

「そうだな。まずはこの状況をどうにかしよう」

 

 

   ◇妹◇

 

 

 それからは何事も無く、三人で仲良く雑談をした。

 魅音ちゃんはもう立ち直ったらしく、来週から学校に復帰するらしい。

 三日間、結構楽しかったな……

 

 そして気付けば、空は茜色に染まっていた。

「それじゃあ、そろそろ帰るよ」

 そう言い、俺はソファーから腰を上げる。

「はい。今日はありがとうございました」

 俺と同じように、司音ちゃんと魅音ちゃんも腰を上げる。

 

「それじゃあ、また会おうね、魅音ちゃん」

 そう言うと、魅音ちゃんは顔を赤くしながらもコクコクと頷く。

「先輩、私は~?」

「司音ちゃんは学校で会えるだろ」

 そう言うと、司音ちゃんは「えへへ~」と笑う。

「それじゃ、お邪魔しました」

 俺は二人に手を振り、家を後にした。

 

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