11話 後輩の妹

 朝、五時。

 俺はいつも通りにジャージに着替え、日課である早朝ジョギング(プラス筋トレ)をこなした。

 シャワーで汗を流し制服に着替えると、俺は早足でリビングに向かった。

 部屋にいると、昨晩のことが甦ってしまい、落ち着くことができない。

 あぁ、どんな顔して会えばいいんだ……

 恥ずかしさと気まずさに唸りながらも、俺は一心不乱に弁当を作っていた。

 

 それから時間が経ち、あかねたちはリビングにやってきた。

 俺が挨拶を掛けようか悩んでいると、茜たちはいつもと変わらずに笑顔で挨拶してきた。

 それから朝食の席で何気なく話し掛けても、皆昨日のことを全く気にしていないように、いつも通りの反応をする。

 なんだろう。気にしてるこっちがバカみたいじゃないか。そんなことは言わないが。

 などと一人漫才を脳内で行い、気付けば登校時刻になっていた。

「いってきます」

 茜と光月みつき朝日あさひを連れて家を出発した。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 学校に着き、二階の階段で茜と別れる。

 そしていつものように、元気良く教室の扉を開く。

「おっはよう!」

 挨拶をすると、クラスメイトたち笑いながらは挨拶を返してくれる。

 ただ、今日はつばさの姿が見えない。

 席に着くと、真っ先にかなでがやってきた。

 

「やぁやぁ、おはよーユキくん」

「おう、おはよう。翼はどうした?」

 翼のことを訊ねると、奏はやんわりとした口調で答える。

「えっとねぇ、熱が出たって、朝言ってたぁ」

 熱か。あいつよく昔から熱出てたからなぁ。

 そんなことを思っていると、奏が続ける。

「それでね、うつすと悪いから、見舞いは来なくていい、寧ろ来るなって」

 なるほど。そこもいつも通りか。

「今日は少し寂しいねぇ」

「まぁ、そうだな」

 その日は、いつもより静かだった。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 長ったるい午前の授業が終わり、待ちに待った昼休みとなった。

 さて、今日は三人で昼飯を食うかな。

 そう思っていると、茜が教室にやって来た。

 

「お兄ちゃん。司音しのんちゃんが用事だってぇ」

 茜は教室に入ると同時にそう言う。

 司音ちゃんが?

 そう思っていると、扉の陰から司音ちゃんがひょこっと顔を出す。

「シスコン先輩」

「しばくぞ」

「ユキくんはフェミニストだから、女の子に乱暴できないよね~」

「……そんで、司音ちゃん、今日はどうしたの?」

 そう訊ねると、司音ちゃんは申し訳なさそうに口を開く。

「あのですね、先輩にご相談がありまして……」

「相談?」

「はい。それで放課後、お時間ありますか?」

 司音ちゃんはそう訊ねてくる。

 俺は一度茜の方に視線を向ける。

 茜は目が合うとコクリと頷く。

「了解した」

「それじゃあ、放課後、迎えに来てください」

 それだけ言うと、司音ちゃんは戻っていった。

「……それじゃあ、昼飯食べるか」

 そう言うと、茜と奏は頷く。

 なんか、面倒事がありそうだな……

 そう思いながら、自分で作った弁当のおかずを口に運んだ。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 放課後、約束通り一年三組の教室に、司音ちゃんを迎えに来た。

 教室内を見渡すと、司音ちゃんが本を読んでいた。

 

「司音ちゃーん」

 名前を呼ぶと、司音ちゃんは視線を本からこちらに向ける。

「あっ、シスコン先輩!」

「おまっ、大声で言うな!」

 皆俺のこと見てるじゃないか!

 俺がクラスを見渡している間に、司音ちゃんは真横まで移動してきた。

 え? なにこの子、結構速い。

 司音ちゃんの席は教室の前の方。対して俺がいたのは教室の後ろの扉だ。

 今の一瞬で移動したのか!? と異世界モノのようなセリフを脳内再生していると、司音ちゃんがおもむろに腕を絡めてくる。

「さ、先輩行きましょ。先輩♪」

 なんだこの後輩、小悪魔かな?

 司音ちゃんに引っ張られながら、俺はそんなことを思っていた。

 

 

 司音ちゃんとやって来たのは、駅前にある某有名カフェだ。 

 窓際の席に座ると、それぞれ飲み物を注文する。

「それで、相談ってなに?」

 そう訊ねると、司音ちゃんは少し表情を曇らせる。

「相談と言うのは、妹のことなんです」

 おぉ、司音ちゃんには妹がいるのか。

 心の中で同士だなと感じながら、葉雪は司音の話を聞く。

「実はですね、私の妹、今引きこもりになっちゃってるんですよ」

 引きこもり、現代日本に多く存在する人々。主な理由はいじめだったり人間不信だったりと色々あるが、そういった理由で外界を拒み、自らの部屋に閉じ籠る。

「それで、君の妹ちゃんはどうして引きこもりになったんだ?」

「えっと、好きな人にフラれて、そのショックで引きこもってしまったんです。あと、妹の名前は魅音みのんって言うんです」

「そうか、魅音ちゃんか。それで、好きな人にフラれて引きこもったと」

「それで、先輩に魅音を説得してほしいんです」

 引きこもりの妹を説得、か。まぁ、全ての〝妹〟のためだと思えば簡単かな。

 ……俺はいつからここまでの妹好きになったんだろうな。

「分かった。出来る限りのことはやってみるよ」

 そう答えると、司音ちゃんはパァと顔を輝かせる。

「それじゃあ、飲み終わったら今すぐ家に行きましょう!」

「今から!?」

 結局、頼んだ珈琲コーヒーを味わう暇もなく飲み干し、司音ちゃんの家に向かった。

 

 

   ◇妹◇

 

 

「ここが我が家ですっ!」

 二十分近く歩いて辿り着いたのは、うち高木家と同じくらいの大きさの家だった。

「ここが司音ちゃんの家か」

「はい。さ、早く入ってください」

 俺は言われるままに、司音ちゃんの家に上がった。

 

「あぁ、今日は両親帰ってきませんから」

 丁度玄関で靴を脱いだところで、思い出したかのように司音ちゃんがそう告げる。

 年頃の女の子だけの家に上がって良いものだろうか。

 そんなことを思いながらも、俺は司音ちゃんに案内されるまま、魅音ちゃんの部屋に向かった。

 

 二階に上がり、一つの扉の前で司音ちゃんは立ち止まる。

「ここが魅音の部屋です」

 司音ちゃんが声を潜めてそう言う。

「そうか」

 俺も倣えで声を潜めて返事をする。

「それじゃあ、ちょっと魅音呼びますね」

 そう言うと、司音ちゃんは扉をノックする。


「……なに?」

 すると、部屋の中から声がする。

 ソプラノ歌手に負けず劣らずの美しい声に、俺は驚く。

 綺麗な声だな。

「ねぇ、魅音、たまには顔見せてくれないかな?」

 司音ちゃんは、優しく問い掛ける。

「……やだ」

「どうして?」

「…………」

 魅音ちゃんからの返事は返ってこない。

「魅音、お願いだから、お姉ちゃんと話をしよ?」

「……やだ。私は今すごく傷付いてるの。だから放っておいて」


 はぁ、これはめんどくさいタイプだなぁ。

「俺が話をしてみるよ」

 俺は小声で司音ちゃんに言う。

「ありがとうございます」

 司音ちゃんは小声で礼を言う。


「魅音ちゃん、ちょっといい?」

 声を掛けると、中で物音がする。

「……誰?」

「俺は司音ちゃんの高校の先輩で、高木たかぎ葉雪はゆきだ。

 司音ちゃんに魅音ちゃんを元気付けてくれって頼まれたんだ」

 そう言うと、少しして言葉が反ってくる。

「……葉雪って、女子みたいな名前」

 お、おうぅ……痛いところ突くな。

「俺もそう思うよ」

「……バカみたい」

 すごい言われようだな……

「それでさ、俺と少し話さないか?」

「……嫌」

 おう、これは難しい。

「それに、葉雪は男でしょ?」

「そ、そうだけど」

「……男はもう嫌」

「それは……百合に目覚めたってことでいいかな?」

 そう訊ねると、中でなにかが倒れた音がする。

「ち、違うっ! なんでそうなるのっ!?」

 お、だんだん元気になってきたかな。

「でも、男を避けてたら気付いたら百合になってましたって、よく聞く話なんだけどなぁ」

「ち、違うもんっ! 今はまだ傷が癒えないだけで、治ったらちゃんと男の人が好きになれるもんっ!」

 声を荒らげ、魅音ちゃんは必死に反論してくる。

 なんだろう、可愛いな。

 俺はこれ以上話しても効果が無いと思い、帰る旨を伝える。

「そうかぁ。それじゃあ今日は帰るからね」

「……うん、また明日」

 明日、か。これで俺に少し興味があるってことはわかったな。

「おう、また明日」

 それだけ返すと、司音ちゃんと一緒に一階に降りた。

 

 

「そう言えば、魅音ちゃんって何歳なんだ?」

 玄関で靴を履きながら、司音ちゃんに訊ねる。

「えっと、今年で十二歳です」

「へぇ、ってことは小学六ね──十二歳!?」

「はい、そうですよ」

 じゅ、十二歳って言ったらあれだよな、小学校六年生だよな。その歳でフラれて引きこもり……凄いな。色んな意味で。

「それじゃあ今日は帰るよ。約束したから、明日も来るね」

 そう言うと、司音ちゃんは笑顔で答える。

「はい。また明日です」

 その言葉に送られ、俺は家を出た。

 空は既に茜色に染まっていた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 家に帰り、茜たちに事情を説明すると、渋々といった感じに了承してくれた。

 ただ、条件として、寝るまでずっと甘やかすこととなった。

 全く、可愛い妹たちだぜ☆

 

 閑話休題それはさておき

 

 俺は今、茜に膝枕をしている。

 あと、頭も撫でてる。

「どうだ?」

「んみゅ~、気持ちいいです♪」

 茜は上機嫌で答える。

 茜の髪、気持ちいいな。

 と、こんな感じで、兄妹共に良い気持ちになれる時間だ。

 

「んっ、あぁっ♪ もっとぉ♡」

 

「そこですっ♪ ああっ♪ はぁぁあああ♡」

 

「きもち、いぃですぅ♡」

 

 まるでエロいことしてるみたいだなって思っただろ。

 今、マッサージしてるんだぜ。勿論、いやらしい方じゃないぞ。脚を揉んでるんだ。

 えっ? 脚も結構危ない、だって? 大丈夫、ふくらはぎだから。

「なぁ、茜、変な声出さないでくれ」

 俺はふくらはぎを親指の腹で押しながら、茜にそう言う。

「あとさ、今日はもう遅いから部屋戻ってくれ」

 そう、既に時刻は十一時。寝るには充分な時間だ。

「ええぇ? どうしよっかなぁ♡」

 ダメだこれ、完全に発情してやがる。

「おにぃちゃん、もっとしてくださいよぉ♪」

「ダメだ、寝なさい」

「ぶぅ! そこは『今夜は寝かせないぜ☆』くらい言いましょうよぉ!」

「言うかバカ。これ以上駄々を捏ねるなら、もう二度と茜のお願い聞かないよ?」

 そう言うと、茜は渋々といった感じに体を起こす。

「分かりましたよぉ。でも、最後にキスしてください」

「…………仕方ないな」

 そう言い、俺は茜にキスする。

 勿論、唇に。

 

「んっ、はむっ……れろっ」

 

 一分足らず舌を絡めてキスをして、茜は部屋に戻っていった。

 

 

「……さて、寝るか」

 先程のことを忘れようと、俺はいつもより早く眠りに就いた。

 

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