10話 真・ぷれぜんとふぉーゆー

 部屋に戻り、俺はベッドに腰掛ける。

 時計を見ると、時刻は既に十時を過ぎていた。

 明日も学校あるし、そろそろ寝るか。

 そう思い、電気を消そうと立ち上がると扉がノックされた。

 うーん、誰だろ。 

 

「はいはい」

 扉を引くと、そこには黒色のネグリジェを身に纏ったあかねが立っていた。

 その、非常に言いづらいのだが、ネグリジェが透けて白色の下着が見えてるんだよなぁ……

「お兄ちゃん、少しいいですか?」

 茜はベッドに腰掛けると、赤い瞳を潤ませ俺を見上げる。

「あぁ。まぁ、寝ようと思ってたところだけど。それで何かあったのか?」

 そう訊ねると、茜は少し頬を朱色に染めながら答える。

「誕生日プレゼント、です」

 そう言うと同時に、茜が抱き付いてくる。

 だからネグリジェが透けてて下着と肌が──。と内心焦りつつも、俺は平常を装う。

「いや、誕生日プレゼントってさっき貰ったじゃん」

 そう言えば茜からは手錠を貰ったな。……あれ何に使えばいいの?

 茜は首を横に振り、口を開く。

「確かにあげましたけど、メインはこっちです」

 そう言いながら、茜は顔を近付けてくる。

 この時点で、茜がなにをしようとしているのか理解できた。

 だから俺は、それに繋がらないよう顔を背ける。

「いや、キスは何回もしてると思うんだけど。それにどっちかって言うと茜がしたいだけだろ」

 そう言うと、茜は動きを止めニヤリと笑う。

「ふふふ、甘い、甘いですよお兄ちゃん」

 は? 甘いだって? ……まさかもっと酷いモノが。

 そして茜は言葉を続ける。

「私がプレゼントにあげるのは──」

 茜は顔を近付け、

 

「私の〝初めてハジメテ〟ですよ」

 そう囁いた。

 は? 初めて?

「ごめん、それはどういう意味?」

 そう訊くと、茜は至近距離で見つめてくる。

 どことなく、茜の深紅の瞳が光ったような気がした。まるで獲物を狙うハンターの様に。

「お兄ちゃん、女の子があげる初めてハジメテと言ったら、アレしかないじゃないですか」

 あれって……アレ? いやいやいやっ! それはいけないだろ。

「バカか、いやバカだ。するわけないだろう」

 そう言うと、茜はなにがおかしいのか「あははっ」と笑い出す。

 え? ……まさか俺間違えた? もしかして普通のモノだった?

 茜の反応に戸惑っていると、茜はフッと笑う。

「大丈夫です。お兄ちゃんは横になってるだけでいいですから。お兄ちゃんがすることはナニもありませんよ」

「いや、よくないから。本当になにする気だよ」

「なにって、ナニに決まってるじゃないですか♪ 女の子の口から言わせるなんて、お兄ちゃんは鬼畜です♪」

「いや、決まってないから。あと、俺は鬼畜じゃない」

 そう答えると、茜は頬を膨らませる。

「しょうがないですね。それじゃあ私から、ベロチューをプレゼントします」

 いや、だから駄目だろう。というか、朝食前にしたよね?

 と、反論する前に、茜は唇を押し付ける。

 そのまま茜は口の中に舌を入れ、口の中を蹂躙する。

「んんんっ!」

 なんとか茜を引き剥がそうとするが、体に上手く力が入らない。

 くらくらする……

「んっ、んぅぅぅ……んむっ♡」

 部屋の中に、舌が唾液をかき混ぜる音が静かに響く。

 それから二分近く口づけをし、茜は満足したのか唇を離した。

 その際に唾液が糸を引き、それがとてもなまめかしく感じられた。

 

「はぁ、はぁ……ふふっ♡」

 茜は頬を完全に真っ赤に染め、息を荒らげながら、嬉しそうに笑う。

「……」

 俺は、明らかに発情した茜を半目で睨む。

 その目を見て、茜は更に息を荒らげる。

「あぁ♡ いいです、凄いです。お兄ちゃんのその目、凄いです♡」

「…………変態」

「はうっ♪」

 どうやら、今の茜になにを言っても興奮するだけみたいだ。

 そう思いため息を吐くと、茜は俺の上から退く。

「今日はここまでにしておきますね」

 そう言い、茜は立ち上がる。

 そして覚束ない足取りで扉まで向かう。

 最後に「初めてハジメテはまたの機会に」と言って茜は部屋を出ていった。

 そんな機会は来なくていいと、俺は心の底から思った。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 五分程経ち、体の熱も冷め、なんとか心が落ち着いた。

「さて、寝るか」

 

 二度目の来訪者は、光月みつきだった。

「あれ? 朝日あさひと一緒じゃないんだな」

 そう言うと、光月はコクリと頷く。

「……誕生日プレゼント、あげる」

 光月はゆっくりと、茜と同じことを口にする。

「光月、俺はもう誕生日プレゼント貰ったぞ?」

 そう言うと、光月はゆっくりと近付いてくる。

 あぁ、この流れは。

 茜という前例があるため、光月がナニをしようとしているのか見当がついた。

「光月、別にキスはしなくてもいいぞ?」

 そう言うと、光月は首を傾げる。

「……キスも、したいの?」

 キスも? 光月はなにをしようとしてるんだ?

「じっとしててね、おにぃ」

 そう言われ、仕方なく動きを止める。

 さて、なにをされるのかな。……普通のことであってほしいな。

「……」

 光月はおもむろに俺の右手を掴み上げる。

 そして、光月は俺の指をパクッと咥えた。

「なっ!?」

 その行動に、葉雪は驚きの声を上げる。

 光月は俺の反応を無視して、一心不乱に指を舐める。

「んっ、はむ……れろっ、んむむ」

 光月は親指から小指まで、順番に舐めていく。

 指に舌を絡め、何度も何度も舐め回し、五分程で右手の指全てを舐め終わった。

 これで解放される……

 そう思い、ほっと息を吐いた。

 が、光月は今度は左手の指を舐め始めた。

「なっ!?」

 まだ終わりじゃなかったのかっ!?

「んむ、れろっ……むぐ、んっ♡」

 やはり、光月は左手も親指から順番に舐めていく。

 なんか、光月の知らないところを見れた気がする。

 できれば知りたくなかった光月の一面に、苦笑いを禁じ得なかった。

 結局、同じように舐められ、両手の指は光月の唾液まみれになってしまった。

 どうしよう、これ。

 そのままにする、という選択肢は存在しないし。ティッシュで拭くのが普通かな。

 そう思い、机に置いてあるティッシュに手を伸ばす。

 が、光月は腕を掴むことでそれを制止する。

「どうした?」

 訊ねると、光月はゆっくりと口を開く。

「……舐めて?」

 タイミングからして、俺の指に付いてる光月の唾液を舐めてくれってことか。

 なんだこれ、はたから見たらただの変態じゃないか。

「断る」

 そう言うも、光月はじっと俺を見つめる。

 その視線に、どこか期待のようなものが見えたような気がした。

 互いに見つめ合うこと数分、折れたのは俺の方だった。

「……分かったよ」

 そう言うと、光月は嬉しそうにはにかむ。

 それを見て複雑な気持ちになりながらも、俺は指に付いた唾液を舐めていく。

 全ての指を舐め終わり、今度こそティッシュで指を拭いた。

「これていいだろ」

 そう光月に言うと、光月はピョンピョンと跳ねる。

「どうした?」

 そう訊ねると、光月は「しゃがんで」と言う。

 俺は言われた通りに腰を下ろす。

「それで、なにか──」

 光月は俺の言葉を遮るように、チュッと軽くキスをした。勿論、唇に。

「なっ」

「おやすみ、おにぃ」

 光月は頬を朱色に染め、明らかに目を逸らしたまま部屋から出ていった。

 なんなんだよ、今年の誕生日は……

 

 

   ◇妹◇

  

 

 光月が部屋に戻っていった後も、俺は寝ることはなかった。

 直感が告げている……まだ来ると。

 丁度その時、扉がノックされる。

「やっぱりか……」

 そう呟きながら、俺は扉を開ける。

「おにぃ!」

 無防備だった俺に、朝日が抱き付いてきた。

「どうした?」

 先の二人と同じように俺は訊ねる。

「えっとね、誕生日プレゼント!」

 やっぱりか。

「それで、朝日はなにをくれるんだ?」

 そう訊ねると、朝日はニパァと笑う。

 うん、元気でよろしい。

「えっとね、私のファーストキス、おにぃにあげる!」

 なんて初々しいんだっ!

 つい、そんなことを思ってしまう。

 実際、実の兄の誕生日に、ファーストキスをあげるのは普通ではないし、ういとも言えない。

 だが、そんな世間一般の常識は、俺たち兄妹には存在しなかった。

「じゃあ、おにぃ、しゃがんで」

「おう」

 言われた通りに腰を下ろすと、光月と同じように唇にチュッとキスをしてくる。

 本当に一瞬、初々しいカップルがするような軽いキスだった。

「じゃ、じゃあね! おやすみ、おにぃ!」

 朝日は顔を真っ赤にしてそう言い、早足で部屋を出ていった。

「可愛いなぁ」

 俺は朝日の反応を見て、心の底から安心してそう呟いた。

 

  

   ◇妹◇

 

 

 朝日が去った後、次に訪ねてきたのはかえでちゃんだった。

 もう、なんか察しがつくんですけど……

 そう思いながらも、俺は楓ちゃんをベッドに座らせる。

 言っておくが、決して邪な感情があるわけではない。

 ……いや、ないこともないよ? でもさ、俺はお兄ちゃんだから。妹に手を出すなんてありえない。

 実際に妹とキスをした奴が何を言うか。とか思われそうだなぁ。

「どうしたの? もう結構遅い時間だけど」

 そう言うと、楓ちゃんは少し頬を朱色に染める。

 何故だろう、いつも通りに見えるのに、いつもとは違う。

「誕生日プレゼントを渡しに来ました」

 デスヨネー。なんで皆別々におかしいプレゼントを用意してるんだよ。

 心の中で愚痴? を漏らしながらも、楓に笑みを向ける。

「プレゼントを渡す前に……お久しぶりですね、葉雪にぃさん」

 その言葉と同時に、楓ちゃんの纏う雰囲気が変わった。

 お久しぶり? なにを言ってるんだ?

「葉雪にぃさんは覚えてないかもしれませんが、ずっと昔に会っていたんですよ。私たち」

「会ったことが、ある……」

 俺は記憶を遡り、楓を探す。

 だが、楓に関する記憶はこの家に来て以来のもの以外は全く無かった。

「覚えてないのも無理ありません。あの時は私が一方的に知っていただけですから」

 そう言いながら、楓ちゃんはゆっくりと近付いてくる。

「目を閉じてください」

 そう言われ、俺は素直に目を閉じる。

 それから少しして、頬に柔らかいものが当てられる。

 俺は驚き目を開く。

「その、唇は恥ずかしいので、頬っぺたに……」

 楓ちゃんはそう言いはにかんでみせる。

 先程の意味深な物言いが嘘のように、いつも通りの楓ちゃんに戻る。

「後、最後に一つ。あまり他の女の子と仲良くしないでくださいね?」

 そう言うと、楓ちゃんは不意打ち気味に俺の唇にキスをした。

 俺は今起きたことの理解が追い付かず、目を点にして情けない顔を作る。

 楓ちゃんはカァァァッと顔を赤くすると、慌てて部屋から出ていってしまった。

 ……楓ちゃんのこと、もう少しちゃんと考えないとダメだな。

 俺はそう心に留めたのであった。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 勿論、これで終わるとは思っていない。

 そう、後二人残っているのだ。

 蓮唯れんゆいちゃんとすずちゃんの二人が。

 いや、勿論来ない可能性もある。だが、ここまできたら逆に来ないなんてことはないだろう。

「ふぅ……」とため息を吐くと同時に、扉がノックされた。

 扉を開けると、そこには蓮唯ちゃんが立っていた。

 やっぱり来た。

 別に嫌なわけではない。妹が部屋に来てくれて嬉しくないわけないじゃないか。

 だけどさ。皆が皆、おかしい誕生日プレゼントを渡すために来るってのは、なんか上手く喜べないんだよ。

 俺は考えていることを出さないように、いつも以上の笑顔を作る。

「どうぞ」

 蓮唯ちゃんを部屋に招き入れ、ベッドに座らせる。

「それで、どうしたの?」

 そう訊ねると、蓮唯ちゃんは笑みを浮かべる。

「誕生日プレゼントを、渡しに来たの?」

 どうして疑問系。

「それでね、少し目閉じてて?」

「お、おう」

 そう返し、俺は目を閉じる。

 直後、耳になにかが触れる。

 若干濡れてる? それで少しぬるぬるしてて……

 そして俺はすぐに気付く。

 舌っ!? 耳を舐められてる!?

「れ、蓮唯ちゃん!?」

「……はむ」

 今度は咥えられた。

 なんで耳なんだ!?

 そんな疑問を呑み込み、ただ俺は言われた通りにじっとする。

「んむ、れろっ…………ありがと!」

 耳を包んでいた温もりから解放され、俺はホッと息を吐く。

 俺は目を開き、そして驚く。

 目の前まで蓮唯ちゃんの顔が迫っていたのだ。

 多分、することは一つしかない。

 今更気付いたところで避けることなどできるわけもなく、

「ちゅっ」

 そのまま唇を奪われた。

「れ、蓮唯ちゃん……」

「にへへ、私のファーストキス、にぃににあげちゃった」

 そう言い、蓮唯ちゃんは恥ずかしそうにはにかむ。

 ……可愛すぎるっ!

 俺は叫びたくなるのを必死に抑え、

「ありがとう」

 と言った。

 俺の礼に、蓮唯ちゃんは更に顔を真っ赤にする。

「も、もう寝るねっ! おやすみ!」

 蓮唯ちゃんはそのまま、ドタバタと部屋から出ていった。

「なんだろう、すごい和むな」

 俺は蓮唯が出ていった後を見つめ、そう呟いた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 そして最後に来たのは凉ちゃん。

 これまた同じように招き入れ、ベッドに座らせる。

 え? 説明が雑だって? 仕方ないだろ。もう五回もしてるんだよ……疲れた。

 それはさておき。

「にぃさま。これ、プレゼント。さっき渡せなかったから……」

 そう言い、凉ちゃんは一冊の本を渡してきた。

 本のタイトルは、

 『上手なペットのしつけ方 ~子犬編~』

 というものだった。

 なんで躾方? ペット? どうして?

 疑問に思考を巡らせていると、凉が口を開く。

「それで、お勉強してください……」

 えっ!? この本でなにを勉強しろと!?

「あと、これも」

 そう言い、凉ちゃんは顔を近付けてくる。

 そして、俺の唇に自らの唇を当てる。

 つまりキスだ。

「わ、私のファーストキス……です。にぃさまにあげちゃった。えへへ」

 凉ちゃんは頬を赤く染めながらも、そう笑う。

「あ、ありがとう……」

「は、はい。おやすみなさいです……」

 まるで初々しいカップルのようなやり取りを終え、凉ちゃんは部屋から出ていった。

 去り際に見えた凉ちゃんの顔は、茹でタコのように真っ赤になっていた。

 今日来た中で、凉ちゃんが一番部屋を出ていくのが速かった。

 そんなに恥ずかしいならしなきゃいいのに……

 だが、嬉しかったことには変わりないので、俺はただ心の中で呟くことしかしなかった。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 俺は部屋の電気を消し、ベッドに横になる。

 暗い部屋の中で、天井を見つめながら考える。

 茜たちからのちょっぴりえっちぃプレゼント。

 楓ちゃんたちからの少し変わったプレゼント。

 嬉しいけど苦笑いを浮かべてしまう程にズレてる。

 でも、それでも可愛い。可愛い可愛い妹たちだ。

 今日貰った誕生日プレゼント。本当におかしいけれど、どれも大切なものだと思える。

「まさかファーストキスを貰うことになるとは」

 俺は一人呟き、笑みを浮かべる。

「さて、もう寝るか」

 そう呟き目を閉じると、程無くして俺の意識は夢の世界に沈んでいった。

 

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