7話 看病と添い寝


 あの件から二日、金曜日。

 時刻は午前九時半、俺は部屋で一人勉強をしていた。

 

「うーん」

 と言っても、今のような唸り声を上げるだけで、勉強は全然進んでいない。

 理由は、あかねが心配だからだ。

 いや、と言っても山田たちはまだ学校に行ってないし、心配することは何一つ無い。

 けど、やっぱり茜と話して、慰めてあげたい。

 あれ? 心配ってどこいったんだ。

 うーむ、妹エネルギーが足りてないからまともな思考ができてない。

 ……いや、なんだよ妹エネルギーって。俺ももう末期だな。

 そう思いながら、俺は勉強をするのであった。


 

「ふぁぁ、やっと終わった」

 今日の分の宿題を終え、俺は体を伸ばす。

 何故か今日はいつもより進みが悪かった。

 なんだろう、もしかして本当に妹エネルギーが存在するのか?

 それはさておき。

 チラリと時計を確認すると、既に十二時を回っていた。

「昼飯でも作るかな」

 そう呟き、俺はリビングに向かった。

 

「あっ」

「ん?」

 葉雪がリビングに入ると、そこには先客がいた。

「にぃさま」

 すずちゃんは水色の髪を揺らしながら、俺を呼ぶ。

「あれ? 凉ちゃん、学校は?」

 俺は凉ちゃんに訊ねる。

「今日は午前までしかなかったんです」

 そう答え、凉ちゃんはコップに入っていた牛乳を飲み干す。

 そのままコップを水で軽く洗い、テーブルの上に置く。

「今から昼飯作るけど、一緒に食べる?」

 そう訊ねると、凉ちゃんは頬をほんのり朱色に染める。

「は、はい」

 凉ちゃんの返事を聞くと、俺はすぐさま動き出す。

 

 葉雪は手慣れた動きで二人分の炒飯を作り、皿に盛り付ける。

「凉ちゃん、持ってって」

「はいっ」

 凉ちゃんは一皿ずつ慎重に運んでいく。

 それを横目に、俺は使用したフライパンを水に浸ける。

 こうしておくと、洗うときすぐに終わるんだよな。

 手を洗い、俺は自分の席に着く。

 凉ちゃんは目を輝かせ、炒飯を見つめていた。

 そんなに炒飯好きなのかなぁ。

 そう思いながら手を合わせると、凉ちゃんも慌てて俺に倣うように手を合わせる。

「「いただきます」」

 合掌すると、二人は同時に炒飯を食べ始めた。


 

   ◇妹◇

 

 

「はぁ、はぁ……」

 凉ちゃんは荒く息をする。頬を伝う汗が、少し艶めかしく思える。

「うっ……」

 その状況に、俺は声を漏らす。

 俺は必死に抵抗しようとするが、凉ちゃんの体のどこか触れてはいけないところを触りそうで中々動けない。

 結局、俺は凉ちゃんに──

 

 ベッドに押し倒されたままになってしまう。

 

 話が掴めないだろうから、少し前に遡ろう。

 昼飯を食べ終わると、俺は部屋に戻った。

 特にすることもないので、俺は明日の分の勉強をやり始めた。

 それから暫くすると、凉ちゃんが部屋を訪ねてきた。

 勉強を教えてほしいと言われ、俺は快く引き受ける。

 一時間程で勉強を教え終わり、凉ちゃんが部屋に戻ると、俺は勉強を止めてラノベ(妹モノ)を読み始めた。

 それから一時間が経ち、ふとホットケーキが作りたくなり、台所に向かった。

 鼻歌を歌いながら、俺は手際良くホットケーキを五枚焼き上げた。

 一緒に食べようと、凉ちゃんを呼びに行き──

 気付いたらベッドに押し倒されていた。 

 おかしいよね?

 

「す、凉ちゃん?」

「はぁ……はぅ」

 俺の問いに、凉ちゃんは荒い息をするだけだ。

 

 最初はアレな展開を予想してたが、凉ちゃんの様子がおかしいことに気付く。

「ちょっと触るね」

 そう言い、俺は凉ちゃんの額に触れる。

 凉ちゃんの額は、ものすごく熱かった。

 やっぱり熱があったか。

「凉ちゃん、体温計取ってくるから少し待ってて」

 上に覆い被さっていた凉ちゃんをベッドに寝かせ、急いでリビングに向かう。

 なんだろう、凉ちゃんが熱だと分かったらすんなり動けたな。

 俺は棚の中から体温計をとり、すぐに凉ちゃんの部屋に戻る。

 体温計のカバーを外し、凉ちゃんに渡した。

「はい。これで熱測って」

 凉ちゃんはコクリと頷き、体温計を受け取る。

 一分程で体温計から音が鳴り、測り終わったことを知らせる。

「三十八度九分か。高い方だな」

 そう呟くと、俺は急いで看病の準備を始めた。

 

 結局、茜たちが帰ってくるまで、俺はずっと凉ちゃんの看病をしていた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 俺は今、正座をしている。

 待って、お願いだがら逃げないで。分かるよ、君の気持ちはよぉく分かる。さっきも凉ちゃんに押し倒されてたし、ドン引きするのはよく分かる。だけど逃げないで、ホント。

 話を戻すが、俺は今、自室の床に正座している。

 目の前には、腕を組み深紅の瞳で俺を見下ろす茜がいる。

 俺が凉ちゃんに付きっきりだったことに、嫉妬してしまったらしい。

 

「お兄ちゃん、なにか言い残すことはありませんか?」

「俺は無実だ」

 無駄と知りつつも、俺は決まり文句を口にする。

 このセリフは大抵、ラノベ主人公がラッキースケベの後、ヒロインたちから死刑宣告を下される前に言うものだ。

「知りません。この場は私が全てです。私がルールです」

 なんと我儘な妹なんだろうか。そこが可愛い。

「でもなぁ。俺は凉ちゃんの看病をしてただけで、他にはなにもしてないぞ?」

 そう言うと、茜は不貞腐れたように唇を尖らせる。

「分かってますけど……」

 はぁ、仕方ないな。

「それじゃあ、茜の言うことを聞いてやろう」

 そう言うと、茜は目を輝かせる。

「ホントですかっ!」

 喜ぶ茜に、「但し」と付け足す。

「俺ができると思ったことだけな」

 だってなんでもって言ったら、茜絶対ヤバいお願いしてくるから。

 俺の言葉に、茜は少しばかり悩むが、すぐに口を開く。

「それじゃあ、今日は一緒に寝てください」

「……なにもすんなよ?」

「そのセリフはフリと受け取っても?」

「ダメです」

 そう言うと、茜は少し残念そうにするが、すぐに「えへへ」と笑いだす。

 一緒に寝るのがそんなに嬉しいんかね。

 中学二年までは一緒に寝てたんだけどな。

 まぁ、俺も茜と一緒に寝れるのは嬉しいし、いっか。

 

 それから暫くすると、かえでちゃんに呼ばれ、リビングに向かった。

 今日の夕飯は楓ちゃんが作ったのだと。

 楽しみだな。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 夕食を食べ終えると、俺は真っ先に厳人げんとさんのところに向かった。

 厳人さんの部屋に着くと、俺は扉をノックする。


「どうぞ」

 許可を得られたので、俺は部屋に入る。

「失礼します」

「おや、葉雪くんだったか」

 そう言うと、厳人さんは起動していたパソコンを閉じ、こちらに向き合う。

「今日は凉の面倒を見てくれてありがとう」

「いえ、当然のことです」

 俺は素直にそう返す。

「それで、用件を聞こうじゃないか」

「実は──」

「娘はまだやらん」

 俺は用件を伝えようとしたが、すぐに厳人さんの言葉に遮られてしまう。

 てか何故〝まだ〟を付けた。

「いえ、そういうのじゃありません」

「そうか」

「はい。それで、訊ねたいことがあるんですが。楓ちゃんたちの誕生日を教えてくれませんか?」

 そう言うと、厳人さんはニヤリと笑う。

「なんだ、まだ訊いてなかったのか。まぁ、いいだろう。

 楓は十月十五日だ。蓮唯は八月二十日、凉は五月十五日だ」

 なるほど、てことは茜の次に凉ちゃんの誕生日が来るのか。

「それじゃ次に。厳人さんは山奥か海辺に別荘は持ってますか?」

「どうしてそんなことを?」

 そう訊かれ、俺は素直に答える。

「実はですね────」

 説明し終えると、厳人さんは大声で笑う。

「いやぁ、君は本当に面白いな。その件は私が準備しておこう」

 俺は「ありがとうございます」と礼を言い、厳人さんの部屋を出た。

 さて、楽しみだな。

 俺は期待を胸に、自室に戻った。

  

 

   ◇妹◇

 

 

 風呂で今日一日の疲れを洗い流すと、俺は湯冷めしないうちに寝間着に着替える。

「ふぅ、今日も疲れたなぁ」

 そう一人言を呟きながら、自室の扉を開ける。

 

「あっ」「あっ」 

 部屋に入ると、茜がベッドで寝ていた。

 いや、正確には毛布を抱き枕の様に抱き締め、枕に顔を埋めていた。

 またか……

 これが初めてというわけではない。以前にも何度か同じことをしていたことがある。

「なにやってんだ」

 そう訊ねると、茜は体を起こして答える。

「お兄ちゃんの匂いを堪能していました」

「……俺の匂いなんて嗅ぐんじゃない。それに、男の体臭は毎日風呂に入ってても臭うって聞くし。だから今後するんじゃない」

 俺が呆れたようにそう言うと、茜が反論してくる。

「嫌です。お兄ちゃんの匂い嗅いでいると、すごい気持ち良くなれるんです。後若干興奮もしちゃいますけど」

 その言葉に、葉雪は不安になる。

 一緒に寝るの、止めようかな……

 まぁ、茜が変態なのは前からだったな。

 そう自分に言い聞かせ、早く寝ようと決心する。

「ほら、さっさと寝るぞ。もっと寄ってくれ」

 そう言いながら、俺は無理矢理ベッドに入る。

 

「狭いな」

 広いベッドとはいえ、高校生二人が寝るのには少し狭い。

「なら、こうしちゃいましょうっ」

 そう言いながら、茜が抱き付いてくる。

 それだけではなく、自らの足を俺の足に絡めてくる。

 茜って暖かいよな……

「ふへへ。こうしていると、お兄ちゃんの匂いで包まれてる感覚です」

 頬を紅潮させながら、茜はそう言う。

 なんか恥ずかしくなってきた。

 俺は気を紛らわそうと、口を開く。

「茜も、良い匂いだよ」

「ふぇ……っ!」

 俺の言葉に、茜は紅潮していた頬を真っ赤に染める。

 その姿に、悪戯心が芽生える。

「茜の匂い、ずっと嗅いでいたいな」

「うぅぅぅぅっ!」

 そう言うと、恥ずかしさからだろうか、茜は唸りながら抱き付く力を強くする。

 正面から向き合っているため、当然茜の膨らみの感触が服越しに伝わってくる。

 や、柔らかい……って、そうじゃないっ!

「あ、茜、少し離れてくれっ」

「うぅぅぅっ!」

 茜は俺の言葉を無視する。

 結局、その状態で一緒に寝ることになってしまった。

 俺は胸に伝わってくる茜の膨らみの感触に、悶々とした気持ちで眠りに就いた。

 

 

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