5話 ちょっと事件な感じ

 朝、時刻は五時半。

 俺は小さめのアラームに目を覚ました。

「…………っ!」

 俺は腕を伸ばすと、昨晩のことを思い出す。

 案の定、とても良い夢を見れたのだが、内容が内容なため、赤面せずにはいられなかった。

 俺は気を紛らわせようと、タンスからジャージとシャツを引っ張り出し、それに着替える。

「……さ、最近できてなかったからな」 

 後付けするように呟き、俺は足早に廊下を駆けた。

 

 羽真はねま宅を出ると、俺は一度振り返り豪邸を上から下へ流し見する。

 いつ見ても場違いだなぁ。

 そう思いながら、俺は適当に走り始めた。

 

 それからいつもの公園に着くと、ストレッチを始める。

 長座対前屈、腹筋、背筋、腕立て伏せ、スクワット、と順番にやっていき、全てを五十回くらいやると、俺は再びジョギングを開始する。

 いつもなら自分の家に帰るのだが、今帰る場所は羽真家なので、あの日本にあるべきなのか分からない豪邸に向かって走った。

 

 

「ふぅ、距離が増えると少し疲れるな」

 そう呟きなら家に入り、一度部屋に戻る。

 着替えのシャツをタンスから取ると、時間を確認する。

 六時か。まだ大丈夫かな。

 そう思い、俺はあの広い風呂場に向かった。

 

 

「うーん、広い!」

 俺風呂入る度に言ってるよね、これ。

 まぁ、そんなことはどうでもいいんやい。

 俺は軽くシャワーで、汗を洗い流すとすぐに風呂場を出る。

 体を拭き、トランクスを履き、俺は鏡を見る。

 うん、よく鍛えられてて素晴らしい。

 自分の筋肉具合に満足し、うんうんと頷く。

 そしてシャツに手を掛け──

 

 ガチャ、と脱衣所の扉が開かれた。

 

「……」

 入ってきたのは、羽真家の長女、かえでちゃんだった。

 楓ちゃんの長く綺麗な白髪は所々跳ねている。おそらく寝癖を直しに来たのだろう。

 眠たそうに半開きになっていた碧の瞳は、俺を捉えると大きく開かれる。

 これって、ラッキースケベ?

 いや、逆だろう。普通俺が楓ちゃんの着替えをお邪魔するべきだろ。なに? 俺は「きゃー」って叫んで体隠した方がいいの? トランクス履いてるから大丈夫だろうけど。

「……」

「……」

 脱衣所に沈黙が訪れる。 

 

 その沈黙を破ったのは楓ちゃんだった。

「すすすす、すいません! 今出ていきますねっ!」

 言うが早いか、楓ちゃんは開いたままだった扉から廊下へ出ていった。

 あはは、あれまた気まずいやつだな、これ。

 俺は気を沈めながら、いそいそと着替え脱衣所を出た。

 

 部屋に戻り、俺はすぐに制服を着る。

 そして、鞄とスマホを持ってすぐに部屋を出る。

 それからリビングに行くと、まだ誰も来ていなかった。

 ソファーに鞄を置き、俺は台所に向かう。

「さて、久しぶりに作るなぁ」

 そう呟き、袖を捲る。

 さぁって、腕が鳴るぜっ!

  

 

 全員分の朝食を作っていると、突然扉が開かれた。

 リビングに入ってきたのは、先程顔を会わせた楓ちゃんだった。


「おはよう、楓ちゃん」

「お、おはようございます。葉雪はゆきにぃさん」

 頬を少し赤く染めながらも、楓ちゃんは挨拶を返してくれた。

 よかった。そこまで気まずくはない。

 そのことに安堵しつつ、俺は手を動かす。

「葉雪にぃさんが朝食を作るのですか?」

 楓ちゃんは隣にやってくると、不思議そうに訊ねてくる。

「そうだね。七波ななみさんは仕事が忙しそうだから、俺が替わりに作ることにしたんだ」

 そう言うと、楓ちゃんは少し悔しそうな顔をする。

「私も母様に替わって作ろうとしたんですけど、まだその時は料理ができなくて……」

 そう言い、楓ちゃんは顔を曇らせる。

「なら、俺と一緒に作ってみる? 今はもう作っちゃったけど、夕飯は一緒に作らない?」

 そう訊くと、楓ちゃんは顔を輝かせる。

「はいっ!」

 楓ちゃんは笑顔で返事をすると、鼻歌を歌い始める。

 嬉しそうだなぁ。

 そう思いながら、俺は朝食を仕上げた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 登校時間になり、俺たちは家を出て、学校へ向かった。

 あかね光月みつき朝日あさひと会話しながら歩いていると、目的地である伊吹高校か見えてきた。

 ついでに、羽真家からだと浦瀬うらせ中学校は伊吹高校よりも更に先になる。

 

 伊吹高校の前で光月、朝日と別れ、そのまま校舎の中へ入る。

 いつものように二階の階段で茜と別れ、教室に向かった。

 

「おっはよう!」

 無駄に高いテンションで挨拶をすると、クラスメイトたちは笑いながら挨拶を返してくれる。

 自分の席に着くと、つばさかなでがやってくる。

「おはよう、葉雪」

「おはよー、ユキくん」

「おう、おはよう」

 二人に挨拶を返し、俺は背伸びをする。

 そうしていると、奏が顔を近付けスンスンと匂いを嗅いでくる。

「お? ユキくんまた朝のジョギング始めた?」

 なんだこいつ、なんで分かるんだよ。茜と同類なのか。

 と思いながらも俺は答える。

「まぁな。最近忙しくてできてなかったからな」

「ふーん」

 奏はそう言うと顔を離す。

 そのまま朝のHRホームルームが始まるまで、俺たち三人で雑談をしていた。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 昼休みもいつものように四人で過ごし、午後の授業が始まる。

 午後の授業もサラサラと流れていき、放課後となった。

 放課後と言えば、加入している部活に出たり、委員会の仕事をする人が多いだろう。

 まぁ、俺は妹最優先ですから! 部活も委員会も入ってないんですけどねっ!

 

 茜を迎えに行こうと席を立つと、スマホが振動する。

 ポケットからスマホを取り出し確認すると、茜からメールが届いていた。

 

『用事があるので、校門の所で待っていてください』

 

 先に帰っててくださいって言わないところ、茜だよなぁ。

 そう思いながら教室から出る。 

 さて、茜の用事が終わるまで、どうするかなぁ。

 俺は暇潰しに、校内を探索することに決め、第一に階段へ足を進めた。

 

 階段を降りようとすると、上から声が聞こえてきた。

 上ってことは、一年生かな。

 少し興味が湧き、階段上を見ると一人の女子生徒がノートの山を抱え、階段を降りていた。

 なんだろう、ものすごく危険な香りがするぞ?

 そう思い、声を掛けようとした途端──

 

「きゃっ!?」

 

 女の子は階段を踏み外し、悲鳴を上げながら落ちてきた。

「危ないッ!」

 俺は急いで下に移動し、落ちてきた女の子を受け止める。

 ノートは床に散らばってしまったが、仕方ないだろう。

「大丈夫?」

 そう訊ねると、女の子は顔を真っ赤に染めてしまう。

 俺はゆっくりと女の子を下ろし床に立たせる。

 俺はそのまま女の子を観察する。

 黒い髪をボブカットにしており、瞳は綺麗な黒色だ。

 そんでもって、少し幼さが残っている顔立ちである。

 幼可愛いなぁ。

 そう思っていると、女の子は潤んだ瞳を向けてくる。 

 

「えっと、大丈夫? 痛いところはない?」

 そう訊ねると、女の子は口を開く。

「だ、大丈夫です。助かりました」

 うん、大丈夫なら問題ないな。

 そう思い帰ろうとすると、床に散らばったノートが目に入る。

 このまま帰ったらまた同じことが起こりそうだな……

「ノート運ぶの手伝おうか?」

 そう訊ねると、少女は一瞬驚きに目を見開き、次には嬉しそうに頬を綻ばせる。

「あの、ありがとうございます!」

「っと、できれば君の名前教えてくれるかな?」

「あの、はい。私は波瀬はせ司音しのんって言います。一年三組です」

 一年三組って言うと、茜と同じクラスだよな。

「俺は高木たかぎ葉雪だ。宜しくな」

 そう言うと、司音ちゃんは目を見開く。

「えっ! あのシスコン先輩?」

 あのってなんだあのって。なに? 俺は後輩からシスコン先輩って呼ばれてるの?

「ま、まぁ、そのシスコン先輩で間違ってないと思うよ」

 苦笑いを浮かべつつ、そう返す。

「あっ、ごめんなさい。こんなこと言ったら失礼ですよね」

 司音ちゃんは申し訳なさそうにそう言う。

「大丈夫、気にしないで。それよりノートを早く運ぼう。職員室でいいんだよね?」

 そう訊ねると、司音ちゃんは「はい」と答える。

 俺と司音ちゃんは床に散らばったノートを集め、二人で職員室に向かった。

 

 

「失礼しました」

 そう言い、司音ちゃんは職員室の扉を閉める。

「先輩、ありがとうございました」

 こちらを向いた司音ちゃんは、そう言いながら頭を下げる。

「いいよ。暇してたし」

 そう答えると、司音ちゃんは慈愛に満ちた天使のような笑顔を向けてくる。

 くっ、眩しいっ!

「先輩は優しいんですね」

「優しいか。まぁ、時々言われるな」

 奏とか特に言ってくるな。あいつよく「宿題忘れてたのぉぉぉおおお!」って叫んで仕方なく見せたら、「ありがとねユキくん! やっぱりユキくんは優しいね~」と言ってきたり。

 なんだろう、涙が止まらないや……

「やっぱりですか! 今日はありがとうございました。また明日!」

 そう言い、司音ちゃんは階段を上っていった。

 教室に戻ってまた降りてくるのかなぁ。

 想像してみるととても大変そうだ。

 

「さて、茜は待ってるかな」

 そう呟き、昇降口に向かった。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 校門のところに着くが、まだ茜は来ていなかった。

 うーむ、用事ってなんだろう。

 メールが来てから十分は経っていると思うんだが。

 仕方なく俺は校門に寄り掛かり、茜を待った。

 

 

 それから十分程待っただろうか。

 ふと校舎の方を見ると、茜がトボトボと歩いてきていた。

 俯いているのもあり、茜の表情は見えない。


「あーかーねー!」

 名前を呼ぶと、茜はハッと顔を上げる。

「お兄ちゃん……っ」

 茜は走り出し、抱き付いてくる。

 俺は茜を受け止めると、茜の顔を窺う。

「茜、なにかあったか?」

「……」

 俺の問いに茜は答えなかったが、様子からしてなにかあったのだろう。

「話したくなったら話してくれよ」

 頭を撫でながら、俺は茜にそう言った。

「さて、帰るか」

 俺はそう呟き、茜の手を握り歩き始めた。

 

 それから光月、朝日と合流し、四人で家に帰った。

 

 

   ◇妹◇

 

 

 約束通り、楓ちゃんと一緒に夕飯を作って、それを全員で食べた。

 皆美味しいと言っていたので、良かったと言えるだろう。

 特に厳人げんとさんが褒め倒してきた。

 照れるから止めていただきたい。

 

 俺は部屋で呼ばれるのを待っていた。

 何に呼ばれるのを、と訊かれたら、妹たちは今風呂に入っている、と言えば分かるだろう。

「うん、暇だ」

 そう呟き、ベッドに横になる。

 そう言えば、母さんがよく「食べた後は横になるな」って言ってたな。

 その言葉を思いだし、俺は体を起こした。

 

 

 コンコン──

 

 妹モノのラノベを読んでいると、扉がノックされる。

「どうぞー」

 そう言うと、ガチャと扉が開かれる。

 入ってきたのは茜だった。

 茜は扉を閉めると、赤い瞳で俺を真っ直ぐ見つめる。

「ん? 茜、どうした?」

 茜の様子がおかしいのに気付き、俺は訊ねる。

「ちょっと、話す気になりました」

 茜はそう言いながら、俺の隣に腰掛ける。

 放課後のことか。

 茜は少し間を置くと、ゆっくりと語り始めた。

 

「放課後、お兄ちゃんのところに行こうとしたら、クラスの男子に呼ばれて空き教室に言ったんですよ」

 男子から呼ばれたって、それって告白か? 茜可愛いからな、仕方ない。

 ちょっと黒い感情が沸き上がったが、俺はそれをすぐに吹き飛ばす。

「教室に入ると、他に三人の男子が居たんです。それで、最初の男子が私に言ってきたんです。『高木さんのことが好きです。付き合ってください』って」

 うん、やっぱり告白だったか。

「それで? 茜はなんて答えたの?」

「『お兄ちゃんが好きだから、付き合うことはできません。すいません』って答えました」

 茜らしい返しに、頬が緩むのを感じる。

 我が妹は重度のブラコンに育ったようで。

「そしたら、その男子が『実の兄を好きになるなんておかしい、気持ち悪い』って言ってきて……」

「…………………………」

 その言葉を聞いて、俺は昔のことを思い出した。

 中学二年生の時に聞いたクラスメイトの女子の会話。

 ──シスコンなんて気持ち悪い。

 俺はその言葉を聞いて悲しくなった。そして次に来たのは恐怖だった。

 茜たちに嫌われてるのではないかという恐怖が。茜たちもそう思ってるのではないかという恐怖が。

 だかか俺は茜が心配になった。あの時の俺と同じようになってるのではないかと。

「そ、それでその後は?」

 そう訊ねると、茜は苦笑いを浮かべる。

「その、ちょっとその言葉が頭に来て、つい叩いちゃいました……」

「そ、そうか……」 

「そのまま教室を出たんですけど、そしたら急に悲しくなっちゃって。お兄ちゃんも気持ち悪いって思ってるんじゃないかなって……」

 そう言うと、茜は涙を流し始める。

「……」

 俺は黙って茜を抱き締める。

「大丈夫、俺は茜こと、気持ち悪いなんて思わないよ」

 俺はそう言いながら、茜の背中をさする。

「それで、その……同じクラスですし、明日も会うことになるって思ったら、なんだか億劫になってしまって……」

 弱々しく、茜は言う。

「大丈夫。明日は休め。俺がそいつら説教してやる」

 そのまま、茜が落ち着くまで、ずっと慰めていた。

 

 

「ありがとうございました、お兄ちゃん」

「おう。今日は安心して寝てくれ」

 そう返すと、茜は部屋から出ていった。

「さて……」

 俺はベッドに腰掛け、天井を向く。

 

「茜を傷付けた罪、償ってもらうからな」

 俺は誰に対して言うでもなく、ただそう呟いた。

 

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