3話 妹と親睦会~そしてお風呂で

 今までの疲れとか、そんなものがすべて消え去ったような清々しい朝。


 目を覚ますと、いつもとは違う天井が視界に入った。


 ……やべぇ、ベッドがふかふかすぎてめっちゃ良く寝れた。


 俺は体を起こし、背伸びをしてまだ起ききっていない意識を醒まさせる。

 

「……さて、今日はなにしよっかな」


 そう呟きながら、俺は寝間着から部屋着へと着替え、枕元にあるスマホを取り時間を確認する。


「六時半か。いつも通りだな」


 頷いてスマホを枕に投げる。


 さて、本当になにしようかな。

 


 ──コンコン。



 何もすることがなく、ベッドに腰掛けだらりと今日の予定を考えていると、不意に扉がノックされた。


「どうぞ」


 ふかふかのベッドから腰を上げることをせず入室を促すと、ガチャっと軽快に扉が開かれた。


「おはようございます、お兄ちゃん♪」


 朝一の来訪者はあかねだった。


 ふぅ、茜の笑顔が太陽よりも眩しいぜ☆


 なんてセリフを胸中で呟きながら、俺は笑顔を返す。

 

「おはよう、茜。何かようか?」


「いえ、少しお兄ちゃんとお話がしたい、なぁっと……」


 どこかテンションの高い茜は、部屋に入るや浮かべていた笑顔を真顔にチェンジする。


「茜、どうかしたか?」


「……」


 茜は俺の質問に答えず、どこか淀みハイライトの消えた瞳で見つめてくる。


 そしてゆっくりと口を開いた。

 

「お兄ちゃん、どうして部屋から女の匂いがするんですか?」


 茜は威圧を放ちながらそう尋ねてきた。


 ……あぁ、そう言えば茜って鼻がすごい利くんだよな。犬みたいに。


 相変わらずだなぁと苦笑しながら、俺は昨晩のことを茜に話す。


「昨日の夜、かえでちゃんが部屋に来たんだよ」


 そう言った途端、いきなり茜が襲いかかってきた!


「わっ!?」


 俺は情けない声を上げながらも、なんとか茜を受け止める。


 茜は無言で抱きついてくると、俺の腹に顔を擦りつけてきた。


 これは、どうすればいいんだろうか。


 そう戸惑った俺は、とりあえず茜の頭を撫でておくのであった。




 それからしばらくして、茜がゆっくりと顔を上げた。


「……茜?」


 名前を呼ぶと、茜は拗ねたような目で見つめてくる。


「……お兄ちゃんは、妹以外の女の子と仲良くしちゃ、ダメです」


 茜は頬を膨らませつつ、甘えるようにそう言う。


 その言葉に、俺はつい頬をほころばせる。

 

「楓ちゃんはもう妹だと思うけど?」


「……それでも、ダメ」


 わがままな妹だな。まぁそこがすごい可愛いんだけど。


 俺は微笑みながら、再び茜の頭を撫でてやる。


「茜、あんまりわがまま言っちゃダメだぞ?」


 やんわりと叱ると、茜は負けずと言葉を返してきた。


「や、だ! お兄ちゃんは私のだもんっ! 光月みつき朝日あさひはまだいいけど、私たち以外とは仲良くしちゃダメ!」


 いつもの茜とは違う、まるで子供のような口調で茜が言い放った。


 ……茜って、こんな駄々こねる様なタイプだったか? もっと大人しくて大和撫子みたいなタイプだっと思うんだが……。


 俺は今までの茜を思い浮かべ、今の茜との違いに首を傾げる。


「茜、お前ってそんな駄々っ子だったか? 昨日までは大人しい感じだったけど」


 そう尋ねると、茜は「ふぅ」と息を吐きゆっくりと口を開く。


「今までは我慢してたんです。お兄ちゃんに甘えたいのを、ずっと。それでお父さんとお母さんが転勤で離れて、ついにお兄ちゃんとイチャイチャできるっ! って思ったら……」


 今まで胸に秘めていた欲望を、茜はなに一つ隠さずさらけ出していく。


「……そうか。まぁ、ある程度は分かった。俺はただいつもの茜と違って戸惑っただけだから。今の茜が本当の茜なんだよな?」


 そう確認すると、茜はコクリと頷く。


「それならいいんだ」


 少し驚いたが、それだけだ。むしろ妹にこれだけ想われているとか、兄として光栄すぎるだろ。


 俺は独りでに頷いて、存分に甘やかすよう茜を抱き締めわしゃわしゃと頭を撫でてやる。


「んっ…………んんぅ~♪」


 茜は気持ち良さそうに喉を鳴らした。

 


 

 それから十分程が経っても、茜は離れようとはしなかった。


「茜? そろそろ離れてくれな「嫌です」──えぇっ」


 まさかの即答っ!?


 あまりの速さに、一瞬反応するのを忘れてしまった。


 俺は膝上から退こうとしない茜にため息を溢し、ガラ空きな背中をゆっくりとさする。


「はぁ……そんなこと言ってると、お仕置きするぞ?」


 完全に冗談半分だったのだが、ハッと顔を上げた茜の瞳は、〝お仕置き〟に対する期待を孕んでいた。


 あ、あれれー? なんで期待しちゃってんの?


「ど、どんなお仕置き、するの……?」


 茜は頬をほんのりと朱色に染め、まるで恋する乙女のような様子で尋ねてきた。


 その姿に思わずドキッとしてしまうが、俺は咳払いをして心を落ち着かせる。


「えっ、いや、なんだ……」


「お仕置き、してくれないんですか?」


 茜は今もなお赤い瞳を輝かせ、期待の眼差しを向けてくる。


 おかしいだろっ……なんでお仕置き期待してるんだよ。


「茜、お仕置きはないぞ。俺は茜たちを傷つけることはしないからな」


 どう返そうかと悩んだ挙げ句そんな平凡な答えを口に出すと、茜は明らかに残念そうに肩を落とした。


 いや、だからなんで期待してたんだ? ないって分かった途端になんでガッカリするんだ?


 わけわからないと頭を悩ませていると、茜はゆっくりと体を密着させてきた。


「茜?」


「もう少しの間、こうさせてください」


 そう言いながら、茜は俺の背中に腕をまわす。


 何気に俺の腹に柔らかい感触が──いや、なんでもない。


「お兄ちゃん、大好き」


「お、おう。俺も大好きだぞ」


「えへへっ♪」


 

 結局、そのまま七時くらいまで茜に抱きつかれたままだった。

 


 

   ◇妹◇

 


 

 ──さて、俺は今、羽真はねま家の門の前にいた。


 勿論、一人じゃない。


 俺、茜、光月、朝日、楓ちゃん、蓮唯れんゆいちゃん、すずちゃんの七人が、その場にいた。


 なぜ俺たちが外にいるのか疑問に思う人もいるだろう。


 まぁ深い理由はないぞ。ただ親睦を深めましょうって感じで、皆で買い物に行くのだ。


 ついでに説明すると、行くのは駅から十分程歩いた距離にある有名な某ショッピングモール。



「よし、じゃあ行くぞ」


 皆に声をかけると、「おーっ!」と可愛らしい返事が返ってくる。


 俺は返事を聞くと、目的地に向かって進み始めた。




   妹移動中いどーちゅー

 



 駄弁りながら長々と歩いていると、気付けば目的地の近くまで来ていた。



「ところで皆、今日買いたい物とかあるか?」

 そう尋ねると、皆次々に口を開く。

「首輪とか、手錠とか欲しいですね」

 と茜。

「「アイス食べたい」」

 と光月と朝日。

「そ、その、新しい下着を……」

 と楓ちゃん。

「動きやすいズボンが欲しい!」

 と蓮唯ちゃん。

「……ぬいぐるみが欲しい、です」

 と凉ちゃん。

 うん、まず一言。茜、それをなにに使う気だ? 明らかにそういうプレイに使う気だろ?

 そして次、楓ちゃん。顔真っ赤にしちゃって、恥ずかしいなら答えなくていいんだよ?

 そして凉ちゃんは女の子っぽいね! いいよ、流石俺の天使!

 ……よし、突っ込み終わった。何故口に出さないのかって? それはまぁ、他の人の迷惑になるからさ。……多分。

 

 

 ショッピングモールに着くと、俺は真っ先に口を開く。

「うーむ、ショッピングモールってこんな広いんだな」

 なかなか駅前こっちに来ないので、つい先月建てられたここのショッピングモールには来たことがなかった。

 横を見ると、茜と光月、朝日も目を輝かせてショッピングモール内を眺めていた。

 うん、今日ショッピングモール来てよかった。可愛い茜たちの姿が見れたから。

 

「えっと、それじゃあ買い物行こっか。先にどこ行く?」

 茜たちの姿に満足した俺は、取り敢えず皆に尋ねる。すると皆は一斉に首を傾げた。

「どうでしょう。葉雪はゆきにぃさんはどうしたいですか?」

 そう楓ちゃんが尋ね返してきた。

 蓮唯ちゃんと凉ちゃんは笑みを浮かべ楓ちゃんを見ている。

 うん、可愛い娘たちが笑顔で見つめあってる(わけではない)と、なんかすごい良い。語彙力の無さよな。

 そう思っていると、茜が横腹をつついてきた。

「ん? なんだ?」

「……なんで私に構ってくれないんですか」

 そう言い、茜は頬を膨らませる。

 なにこれ嫉妬? ヤキモチ? すごい可愛い。

「今、可愛いとか思ってませんか?」

 え? 察し良すぎじゃない?

 ならあえて開き直ろう。

「だって茜可愛いじゃん」

 そう言うと、茜は顔を真っ赤に染める。

「な、お兄ちゃん、それは卑怯です……」

 そう言い、再び頬を膨らませる。

 ホントに可愛い。


「「アイス食べたい~」」

 突然、流れを変えるように、光月と朝日がそう言う。二人の要望で、俺たちの最初の目的地が決まった。

 

 

 ショッピングモールの三階。

 全国規模で有名なアイスクリームショップで、俺たちはアイスを買った。

 勿論、俺が全員分払いました。

 流石全国規模の店舗、六人分で三千円したよ。俺の財布が軽くなる。

 まぁ、可愛い妹たちが笑顔になるなら三千円くらい安いもんさ!

 

 皆美味しそうにアイスを食べてました。

 ついでに、「あーん」イベントは無かった……いや、寂しくないよ? うん、全然寂しくないよ……ぐすっ。

 

  

   ◇妹◇

 

 

 その後、凉ちゃんにぬいぐるみを買って、楓ちゃんに下着代を渡して、蓮唯ちゃんのズボン選んで、ついでに茜の首輪を選んだ。

 茜の瞳に合わせて、赤色の首輪にしたんですよ。ドヤァ。ってかなんで首輪なんて売ってるんだ……。茜、すごい喜んでたなぁ……いつからああなったんだろう、ははっ。

 

 そんなこんなで楽しいショッピングは幕を閉じ、家に帰った時には既に時刻は六時になっていた。

 

 

 夜、七波ななみさん(厳人さんの奥さん)の作った夕食を食べ終わると、各自自分たちの部屋に戻った。

 部屋に戻ってから、俺は明日の支度をし、ついでに予習も終わらせる。

 シスコンは頭が良いのだ。

 ふっ、と鼻を鳴らし、机の上を見る。

 やること全部終わったなぁ。

 暇になった俺は、ふっかふかのベッドに横にダイブする。

 まだ慣れない、この柔らかさ。

 

 コンコン──

 

 ベッドに横になり時間を潰していると、不意に扉がノックされた。

 どうやら今夜も来客がいるようだ。

「どうぞ」

 そう言うと「失礼します」と言葉が聞こえ、ガチャと扉が開かれる。

 声から分かっていたが、やはり来訪者は楓ちゃんだった。

 今夜も来たのか。

 こんな毎日来ていいのかな? いや、俺としてはむしろ毎日来て欲しい。深夜の密会。なんだからイケナイ響きが。

 

 と思ったが、ただ単に風呂が空いたと言う報告だけだった。

 ……うん、そうだよね。会って一日じゃまだこのくらいだよね……うん。

 俺は少し落ち込みながら、風呂場へ向かった。

 

 

 

「うーむ、やっぱ広いなぁ……」

 公衆浴場と同じくらいの広さの風呂場、その真ん中で俺は呟いた。

 これはすごい。

 そんな貧相な感想しか持てないほど、俺は驚いていた。


「まぁ、この広さで一人だけって、すごい寂しいけどな」 

 うん、ホントに寂しい。

 俺は湯船に浸かりながら、一人静かに涙を流していた。



 入浴してから十分程経ち、そろそろ上がろうかと考えているとき、風呂場の扉が開く音がした。

 厳人さんでも入ってきたかな?

 そう思いながら、俺は立ち上がり──

 

「わぁ、流石ですね。お風呂場も広いなんて」

「「すごいすごい~」」 

「どうです、素晴らしいでしょ!」

「なんで蓮唯が自慢気にしてるの?」

「皆で、お風呂……」

 

 聞こえてきた声に素早く反応し、俺は湯船に再び浸かる。肩までしっかりと。

 チラリと見たが、皆バスタオルを巻いていた。

 てことは、事故じゃないな。意図的か。

 俺は冷静に状況を判断し、見付からないように端へと移動する。

 

「お兄ちゃん、どこへ行くんですか?」

 ──が、すぐに茜に見付かってしまった。

 俺は平常を装いつつ、笑顔と共に言葉を返す。

「い、いやぁ、突然皆が来たから、目を合わせないように出る方法を探してたんだよー」

 正直にそう言うと、茜はクスッと笑う。

「逃がすわけないでしょう。私が楓さんに頼んで、お兄ちゃんを先にお風呂に入らせたんですよ」

 そんなことだと思いましたよ!

 俺は心の中で叫ぶと、ため息を吐く。

「それで、茜はなにが目的なんだ? 場合によっては怒るぞ?」

 俺がそう言うと、いつかの様に茜は期待の眼差しを向けてくる。

 だからなんで期待するの……


 茜が話すのを待っていると、楓ちゃんが先に口を開く。

「あの、茜さんが『お兄ちゃんと仲良くなりたいなら一緒にお風呂くらい入らないと』って言ったので……私、葉雪にぃさんともっと仲良くなりたくて、それで……」

 耳まで真っ赤にしながらも、楓は続ける。

「お、お風呂に入るくらいなら、良いかなって……」

 そう言うと顔を逸らしてしまう。

 お兄ちゃん、楓ちゃんの将来が心配です。俺みたいな男とお風呂に入るとか。

 そしてお風呂くらいって、全然〝くらい〟ってレベルじゃないよ? お風呂ってゴール直前だよ?

 本当に好きな人以外は家族としか入っちゃいけません、お兄ちゃんとの約束ねっ☆


「──と、言うわけで、不本意に他人、特に異性とお風呂に入っちゃいけません」

 俺はゆっくりじっくりと説明する。

 すると、楓は口を開く。

「葉雪にぃさんは、他人じゃないですよ?」

「いやいや、俺と楓ちゃんってまだ──」

「私と葉雪にぃさんは、そういう仲じゃないんですか?」

 その一言に、風呂場は凍り付いた。

 先に湯船に浸かりはしゃいでいた妹たちも、石になったように固まり、黙ってしまった。

 

 茜はおもむろにこちらを向くと、ハイライトの消えた瞳で見つめてくる。

 そして、殺気のような圧を放ちながら尋ねてくる。

「お兄ちゃん? やっぱり昨日の夜にナニかあったの?」

 やばい、答え間違えたら殺されるやつだ……っ!

 そう思い、俺は慎重に言葉を選び返す。

「変なことは何もなかったって。楓ちゃんもなにか反論して!」

 楓ちゃんに助けを求めると、楓ちゃんは頬を朱色に染めながら、言葉を口にする。

「あの、家族に、なりました……」

 楓ちゃんのその言葉に、茜は更に殺気を放つ。

 待って、そんなこと全くしてないよね!? ……ん、待てよ? 確か昨晩は──

 

『兄が欲しかったんですよ』


『今日から俺がお兄ちゃんだ』

 

 あったわ。確かに家族兄妹になったわ。

 そのことに気付き、急いで口にする。

「そ、そうなんだよ! 昨晩楓ちゃんが『兄が欲しがった』って言ったから『俺が兄になる』って言ったんだよ! ほら、兄妹も家族だろ!?」

「そ、そうなんですよっ」

 俺の言葉に、楓ちゃんも同調する。


「ホント、ですか?」

 放たれていたモノは霧散し、茜は目尻に涙を浮かべ尋ねてくる。

「ホントだよ。俺を信じてくれ」 

 それから十分近く説明すると、茜の暴走は終わった。

 


 その後、七人で仲良く風呂に入りましたとさ。

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