1話 衝撃の告白

 ある日の早朝。


 時刻は五時半。日課である運動をするために設定されたアラームは、何故か部屋に鳴り響くことはなかった。


 そのため葉雪はゆきは起床時間に気付くことなく、規則正しい寝息を発てながら眠り続けるのであった。

 

 

 そして時刻は六時半。葉雪の部屋に一人の侵入者が現れた。



「お、に、い、ちゃ、ん~」



 普段アラーム以外で目を覚まさない葉雪だが、愛する妹──あかねの声に、爆発的な目覚めを迎える。


 葉雪は体を起こそうと力を入れるが、まるで拘束されているかのように体は動かなかった。


(んんー? なにがどうなってんだ?)


 自由の利かない体に疑問を抱きながら、葉雪はゆっくりと目蓋まぶたを開ける。


 視界が開けると、茜の顔が目の前まで迫っていた。


 瞬間、茜と目が合う。


 茜の目って、ルビーみたいで綺麗だなぁ。そんな感想を抱きながら、葉雪は茜に挨拶をした。



「お、おはよう。茜」


「っ~~~!? お、おはようございます、お兄ちゃん」


 茜は頬を赤く染め、葉雪の上から退く。


 あぁ、茜が上に乗ってたからか。と葉雪は理解する。


「えっと、私は下で待ってますね~」


 そう言うと、茜は素早く部屋から出ていった。


 半開きになった扉を数秒見つめ、何だったのだろうと疑問に思いながら葉雪はすぐに支度を始めた。




   ◇妹◇

  

 


 高校の制服に着替えた俺は、時計を確認してからリビングへ向かう。


「おはよう」


 リビングに入り、俺は家族に挨拶をする。


「おはようございます、お兄ちゃん」


 先程至近距離で見つめ合った茜は、何食わぬ顔で挨拶を返してきた。


 だがまだ恥ずかしいのだろう。頬は赤いし目が泳いでいる。


 そんな可愛い反応に、俺は朝から幸せを感じた。



「「おにぃ、おはよぉ~」」


 茜の様子に頬を緩ませていると、光月みつき朝日あさひが声を揃えて挨拶してきた。


「おう、おはよう」


 俺は挨拶を返しながら、しっかり整えられた髪を優しく撫でてやる。


 この上ない髪質……やはり最高だな!


「「んぅ~♪」」


 二人は気持ち良さそうに喉を鳴らし、上機嫌で定位置に戻っていった。


 双子の息ピッタリな動きを微笑ましく思いながら、俺はチラリと茜の方に目を向ける。


 すると予想通り、茜は羨ましそうに光月と朝日を見つめていた。


 後で茜の頭も撫でてあげよう。


 そう思いながら、俺も妹たちに倣って席に着くのであった。




「そう言えば、誰か俺のアラームの設定変えた?」


 和気藹々とした朝食の席で、俺は不意に思い浮かんだ疑問を口にする。


 俺の質問に皆首を傾げたが、一名肩をビクッと揺らし顔を逸らした。


 やっぱり茜か。


 顔を逸らした茜を横目で見ていると、母さんが頬に手を当て首を傾げた。


「どうしたの? 朝鳴らなかった?」


「あぁ。俺は設定変えてないし、電池もこの前変えたばっかりだからおかしいよな」


「そうね。なら後で確認しておくわ」


「ありがとう、母さん」


 そうしてアラームの話は終わり、そのまま和やかな朝食の時間に戻っていった。




   ◇妹◇




 朝食後、少し早めに家を出た俺は、茜と共に高校に向かっていた。


 いつも通り茜は俺の隣を歩いているが、様子が少しおかしい。いつもの落ち着きがなくなっている。


 その様子に、ふとイタズラ心が俺の中に芽生えた。


 気付けば俺は子供のように笑みを浮かべ、


「なぁ茜、いつアラームの設定変えたんだ?」


 確信めいて質問を投げかけると、再び茜は肩を揺らした。


「なっ、なんのことですかぁ?」


 とても動揺しているからか、茜は声を上擦らせぎこちない笑みを浮かべた。


 その表情に吹き出しそうになるのを堪え、俺は続ける。


「いや、分かってるから。正直に話してくれるとお兄ちゃん嬉しいなぁ~?」


 空を見上げながら、チラッチラッと横目で茜の様子を窺う。


「すみません……」


 すると茜は素直に謝ってきた。


「よしよし、正直な茜にはご褒美だ」


 俺は少しだけ乱暴に、茜の頭を撫で回した。


「きゃ~♪」


 茜は嬉しそうな悲鳴を上げ、頭に乗っかっている俺の手に、自らの手を重ねた。


 茜の手はすべすべしてて気持ちいいな。


 手の甲に伝わってくる感触に、つい頬が緩んでしまう。


「茜は可愛いなぁ」


「ふぇっ!? もぅ、いきなり可愛いなんて言わないでよぉ。照れちゃうもん……」


 心の底から偽りのない感想を溢すと、茜は顔を真っ赤に染め上げ両手で顔をおおい隠す。


 あぁっ、なんて可愛い反応なんだ……っ!


 恥ずかしがる茜の姿に悶えていると、不意に袖を引っ張られ、


「お兄ちゃん、大好き」


 指の間から瞳を覗かせて、茜が小さく呟いた。


「ッ~~~!?」


突然のことに思考停止していると、茜は数歩先で振り返り、してやったりと可愛らしく舌を見せた。



 そんな宇宙一可愛すぎる茜の姿を見て、俺は今なら魔王でも倒せるのではないかと思うのであった。

 


 

   ◇妹◇

 

 


 俺と茜がかよう伊吹高校は、一階に三年生、二階に二年生、三階に一年生の教室が位置づけられており、加えて四階と屋上がある。


 つまり朝のうちに俺と茜が一緒にいられるのは、二階の階段までなのだ。



「じゃあな、茜。頑張れよ」


「うんっ、また放課後ねっ!」


 そんな会話を交わし茜と別れると、俺は同級生の横を通りながら自らの教室へと向かった。

 


「よぉぉ! 皆の衆、おはよう!」


 バンッ! と勢いよく扉を開き、高らかとクラスメイトたちに挨拶をかける。


 すると返ってくるのは笑い混じりの「おはよう」という挨拶。


 良きかな、クラスメイト同士の友情。


 うんうんと頷きながら俺はクラスメイトたちの横を通り、自分の席に向かう。


 俺の席は窓際の一番後ろ。この席は、オタクなら誰もが夢見る(と思っている)ラノベ主人公の席だ。


 そこには既に、俺の幼馴染み二人が待っていた。



「おはよう、葉雪」


 俺を呼び捨てにするこいつは伊月いつきつばさ。俺の幼馴染みの一人で、バッサリと雑に切られた茶髪すらお洒落に見える爽やかイケメンである。


 入学当時からサッカー部のエースで、今年からはキャプテンになるらしい。サッカー部キャプテンで翼ってもう……いや、なんでもない。



「おはよー、ユキくん」


 そしてもう一人。俺をあだ名で呼ぶ彼女は山内やまうちかなで。こちらも俺の幼馴染み。合唱部の副部長で歌が大好きなやつ。楽器も幾つか使える。


 と脳内で幼馴染み二人の説明を済ませ、俺は二人に「おはよう」と挨拶を返す。


 席に着くと、奏が机に頬杖をしてニコリと笑った。


「ユキくん、今日は機嫌が良いけどいいことあった?」


「まぁな。朝妹たちの頭を撫でたんだよ」


 質問に答えると、二人は呆れたような笑みを浮かべた。


 何故だ。


「それはよかったな。帰ったらご褒美でもあげたらどうだ?」


「そりゃもちろん」


「ホント、ユキくんは妹が大好きだね~」


「当然だ! 俺が妹たちを嫌いになるとかありえない!」


 堂々と宣言するすると、二人は声を出して笑った。


 くぅ、笑われると少し癪だが……まぁいつものことだ、気にすることでもない。


 そのまま三人で駄弁っていると、朝のHRホームルームが始まり何の変哲もない学校生活が始まった。

 


 

   ◇妹◇

 


 

 午後八時。


 夕食も済ませ、母さんは台所で洗い物。茜は明日の授業の予習。光月と朝日も茜に習いながら勉強している。



 そして俺は何をしているかというと──

 


「いいか葉雪、今から言うことをちゃんと聞くんだぞ?」


 父さんとテーブルで向かい合わせになり話をしていた。


 正確には、今から話をするのだが。

 

 

 俺はふと夕方に父さんから届いたメールを思い浮かべる。


『夕食が終わったら話がある』


 メールには簡潔にそう書かれていた。


 うーん、なにか重要な話でもあるのかな?


 俺はお茶を飲み、どんな内容だろうかと首を傾げる。


 以前にも似たようなことは多々あったが、大抵「重要な仕事押し付けられた」や「厳人げんとに締め切り間際の仕事押し付けられた」や「厳人が社長やらないか? とか言ってきた」などと、正直どうでもいいことばかりだった。


 ついでに厳人さんとは、父さんの古くからの友人で超大企業である羽真はねまグループの社長だ。


 そう、あの羽真グループだ。世界各国に支部があり、会社の総資産が先進国の一国を越えると唱われる世界一の超大企業。これを厳人さんが一代で築き上げたのだ。


 父さんはその会社の本部の方で働いてる。


 確か、厳人さんが羽真グループを創設した当初から父さんは働いていて、仕事の腕を買われ社長直々に仕事を与えられている(押し付けられている)とか。

 これって贔屓ひいきじゃね? って思うけど、超大企業の社長の権力の前に、その程度のことは揉み消されるのだ。

 職権濫用じゃねぇか。 


 どうせ今回も同じだろうと思い、ため息を吐きながら尋ねる。


「それで、今回はどんなことを押し付けられたんだ?」


「おぉ、察しがいいな」


「そりゃ、何回も聞かされてるからな」


 そう返すと、「確かにな」と父さんは苦笑する。そしてお茶を飲み一息吐いて──

 

 

「実はな、父さん地方に転勤になったんだ」

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