第13話 言葉縛り

言葉はあなたを縛る

はじめに言葉ありき


まず、あなたは言葉で考える

あなたはあなたの考えを言葉に置き換えて誰かに伝える

しかし、その誰かもまた、言葉に縛られている


あなたの言葉を知らない人にあなたの考えは伝わらないし

あなたの言葉を解さない者とは分り合えないだろう


あなたが”赤い”と言っても

他人の赤色が、あなたと同じ赤色とは限らないのである

だからあなたは言葉を尽くす


”血のような赤”とあなたは言う

血の色は同じはずなのに、人は言葉に縛られる


それを”力みなぎる情熱の赤”と思う人もあれば

それを”狂気にゆがんだどす黒い赤”と思う人もいる

仕方がないので、あなたはさらに言葉を尽くす


その花の色をたとえるのであれば、この世に存在するどんなに情熱的な赤い色をした草花よりもさらに赤い

それはまるで血の色のようであり、力強く野原に咲いている

その生命力は触れればやけどをしてしまいそうな生き生きとしたものであり、見る者の心を高揚させる


あなたは言葉を尽くしたので、ようやくあなたの伝えたい色を多くの人に伝えることに成功した

そしてあなたの言葉を聞いた人々は口々に言う


その花はとてもきれいな赤い色をしていると

素敵な赤だと

とても赤いと

見たこともない赤さだと

目を奪われるような赤だと

すっごく赤いと


あなたがどれだけ言葉を尽くしたとしても

あなたはあなたの言葉に縛られ、そしてあなた以外の言葉の中に埋もれてしまう

あなたはそれでも言葉を尽くさなければならない

その呪縛が解かれることはない


言葉はあなたを縛る

言の葉に載せるあなたの思いは

一度、世に放たれれば、それはもうあなたのものであって、あなたのものではなくなる


あなたが言の葉に載せた思いは、あなたの思う人に届くでしょう

しかし想いが届いたとしても、あなたの想いが叶うとは限らないでしょう


あなたはまた、違う言の葉に想いを乗せて、それを届けるでしょう

あなたが如何に言の葉を選りすぐっても

あなたが幾つも言の葉を重ねても

あなたがどれだけ言の葉を整えても

叶わぬ想いはあるでしょう


やがてあなたは言の葉を失い、想いを携えて会いに行くでしょう

そして見つめるのでしょう

やがて抱きしめるのでしょう

あなたの言の葉が枯れ、あふれ出した想いがあなたの身体を突き動かしたとしても

あなたの想いは言の葉によって断ち切られるでしょう


”ごめんなさい

わたし、あなたのことが、きらいです”


あなたは心に痛みを感じ、それを言の葉に載せるでしょう

”私の胸は張り裂けそうだ”と


でも、あなたの胸は裂けることはないのです

あなたはとてもつらいので、それを言の葉に載せるでしょう


”あなたのいない世界など、僕には何の意味もない”と

でも、世界は他の誰かにとって、無意味であるはずもない


あなたはそれを知り、落胆し、それを言の葉に載せるでしょう

”こんな仕打ちには耐えられない。僕は死んでしまいたい”と


おめでとう

あなたの言の葉がついに叶えられるときが来た


あなたはどんな想いを言の葉に載せても叶えられないと絶望し

”死”によってこそ、唯一それが叶えられると知るでしょう


あなたは”死”についての言の葉を集めるでしょう


はじめに言葉ありき

そして死はすべての終わり


言葉に始まり死で終わる

言葉なしには”死”は存在し得ない


なぜなら”死”とは亡骸を示す”言の葉”ではない

まずあなたは言の葉を比べるでしょう


”死”の対は”生”


生きているとはどういうことなのか

あなたは問うでしょう


 私は生きているがしかし、生きているのであろうか

 しかし私は亡骸ではない

 朽ちた骸に血は通わず、ぬくもりもなく、動かず、息をしない

 腹も減らず、考えもせず、怯えもしない

 私の身体には血も通い、熱を帯び、五体は自由に動き、息をしなければ苦しい

 動けば腹は減るし、今日の食事のことを考えなければならない

 そして食べる術がないと気づくと怖くて仕方がない

 嗚呼、私はなぜ、怖がるのか

 私は知っている

 死ぬのが怖いのだ


おめでとう

あなたはあなたの間違いにようやく気づいた


はじめに言葉があるのではない

はじめに”死”があるのである


人は”死”に抗うすべとして言葉を得たのである

人は”死”がある限り、言葉無しには生きていけない


だからあなたは言葉を尽くす

それが箱舟としてのあなたの宿命なのだ


人は誰もが言葉に縛られている

”死”がその傍らにある限り、あなたは”生きている”という言葉の中にある


そして”生きる”という意味と、”生きたい”という衝動との違いについて意識するようになる


そう意識している自分を発見し、”思うゆえに我あり”にたどり着く


人に恋焦がれて、想い叶わず、死に出会ったあなたは、概念的な自分の死を認識し

”それでも生きていいる自分は何者なのか”と自問自答する


問うところに答えあり

問わずところに答え無し


”ごめんなさい

わたし、あなたのことが、きらいです”


あなたがその言葉を問い続ける限り、きっとそこに答えはあるのだ

言葉に縛られし者よ!

その想いを言の葉に載せよ!


動物は本能で生き、人は言葉で生きる

そう、人は言葉によって生かされている

よく生きるために、よく言葉を尽し、よく言葉を用いよ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る