第12話 愛を呪う

愛されない自分にどう向き合うか

僕が知っている言葉の中で一番残酷な言葉なのだけれど

愛を知らなければその残酷さに気付くこともなく過ごしていける


傷みを知らなければ、いたわることはできない

悲しみを知らなければ、慰めることはできない


いや、それだからこそ、人は『なんとなく』で日常を過ごせるようにできているのだから、そんなことを掘り返す必要なんかない


わかっていても、人は恋愛小説を書くし、ラブソングを歌う

だから世の中は「愛」に溢れて、今にも溺れそうだ

愛に溺れると、ろくなことにはならない


はじめてあなたと見たときから、僕には予感があったんだ

僕の視線は知らず知らずにあなたに向かう

僕があなたを見るとき、あなたはいつも素敵な表情をしている

ある時は微笑み

ある時は楽しげで

ある時は心を震わせ

またある時は儚げで

ある時は力強く

ある時は透き通っている


僕があなたの声を聴くとき、僕の心はかき乱される

あなたが誰と話しているのか

あなたが誰の話をしているのか

あなたが何を思うのか

ああたが何を考えているのか

誰かの視線があなたを捉えている

僕はとても不安になる

誰かがあなたに話しかける

僕はたじろぎ、狼狽える


あなたはまっすぐに人の目を見ながら話を聞く

そして相手の顔を覗き込むようにして話をする

1センチ近づくごとに僕の鼓動は高鳴る

何メートルも離れたところから僕はそれを眺めている

あなたと話し相手との距離を感じている


僕はあなたを見つけてしまった

あなたは僕の世界の中心

決して近づくことなどできない

触れることなどできない


それは太陽のようでもあり

月のようでもある

夜空に輝く星々の中で一番激しく瞬く星なのかもしれない

吹き寄せる風の中にあなたのかすかな匂いを感じ

僕は気がふれそうになる


僕は知っている

僕がどんなにあなたのことが好きであるかを


そして僕は知っている

あなたの中に僕はいない

その残酷さに比べたら

僕の手に握られたナイフでは、身を守ることもおぼつかないだろう


あなたを失えば僕は世界を失う

悲しみも憎しみも怒りも侘しさも

あなたを失ったあとを埋めることはできないだろう

あなたを傷つけるなんてことはできようはずもない

でもあなたの中に僕を残すためには、僕は何をすればいいのだろう

あなたの残酷さに対して、僕はどう抗えばいいのだろう


僕はナイフをしまい込む

壊れかかった心をかばい、こぼれ落ちそうな涙をこらえる

溢れかけた思いを胸に、歯を食いしばりながら、僕は呪う

愛を呪う


僕が居なくなるか、あなたが居なくなるか

世界がこんなにも狭く、浅く、色あせているなんて

どうか届いてほしい

この想い

僕が押しつぶされてしまいそうなこの想い

でもあなたに届くころには氷のように解けて消えてしまう

イカロスがそうであったように

太陽に魅入られた者は、決してそれを手に入れることはできない


でも僕は見てしまった

聴いてしまった

知ってしまった

もう、どうすることもできない


あなたに触れたい

あなたの中に、僕を刻み込みたい

だから僕は研ぎ続ける

このどす黒く光る刃物を

いつかイカロスの翼を身に付け

太陽に向かって羽ばたいて見せる

たとえたどり着けなくとも

奈落の底に落ちようとも

僕はあなたに焼かれたい


愛されない自分を僕は見つめている

いつまでも、いつまでも

僕はあなたを見つめている

いつまでも、どこまでも

たとえ千のナイフが僕を突き刺そうとも

この残酷さの前では痛みさえ感じないだろう


だからどうか、僕のナイフを受け取ってほしい

それで僕を突き刺してほしい

僕がいなくなればあなたは救われる

そして僕はあなたの中に残ることができる

あなたが消えてしまう前に

どうかこのナイフを受け取ってほしい


愛しているよ

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