第7話:オープン・ファイア
日本国神奈川県横須賀市、午後23時20分、2015年7月2日
横須賀パーキングで一時停車する。小さい休憩所でこの時間帯にしては珍しく数台しかいない。トイレ休憩だとはミミに言ったが運転しながらよりは一度足を止めて状況を整理し直したかったからだ。
通信術式を起動、自分の術式の中に音声として残された支部の連中の断末魔の瞬間を聞き直す。今や黒い文字となった彼らの名前を指定し被害データを見る。ほぼ即死、それだけだが重要な情報だ。支部の防護魔法は敵の突入時に潰されてる、それがあればビルド達の状況をもっと的確に把握することもホームの支援術式を起動させることも出来るが今はそれも無理だ。ミミは今助手席に座っている、トランクから出したSR-25狙撃銃を目立たないように長いストールで包んで抱えている。地球での任務の為に色々改造している。予測が正しければあいつ等に一矢報いてやることもできるだろう。
電話が鳴った。
あちらの状況は把握していた、ビルドがあちこち撃たれたが治癒魔法で今のところは軽傷に収まってる。完治させられないのは準備不足だ。リカは無傷、多分あいつが運転しているだろう。小僧はここからじゃ見えないが無事だと思いたい。それよりも敵の情報だ。
電話に出る、ビルドの声だ、少し辛そうに聞こえる。
「ビルドです。ジン様は無事です。そちらは大丈夫ですか?」
「ああ、お前こそ傷塞げてない様だが大丈夫か?」
「問題はありません、少し血を出しましたが…大丈夫です。」
「追尾されてるか分かるか?」
「今は大丈夫と思います、追跡されてる前提で距離は離しているつもりですが、私もリカもクルガン様ほど眼は利かないので何とも…」
「そうか、これで懲りたろ。目をカバーするための監視結界だ。警報は不用意に疑うな、爺の小言よ。それよりも敵の情報だ、憶測はいらん。分かってる事だけでいいぞ、まずは人数、武器、車だ。」
「私が見た限りでは銃撃をかけた者が3名、車の運転手が1名です。使用銃器は外見上からM4カービンと思いましたが弾丸が9ミリですのでコルト9ミリカービンです。車は黒の4ドア車、レクサスLSだと思いました。」
「使用魔術は確認できたか?」
「弾丸に軽度の強化術式が使われてましたがそれだけです、照準補佐など支援系統の術は何も。」
クルガンは彼女の情報をと自分の既知の情報を頭の中で合わせる。
一組4名単位、使用銃器は警察用のSMG、大型のセダン、攻撃は一般の強化弾のみ、か。支部に来た奴等も3名だった、運転手もいるだろう。つまりここまでで8名。もし敵がオフィルなら、小隊は12名単位、後の4名がいるはずだ。残りの1チームが俺を追跡しているか、それとも実は敵の数が2小隊以上で別働隊が一網打尽を狙ってホームで待ち伏せをしているか、いずれかだ。
後者はない、クルガンは可能性を一つに絞った。敵はこっちが本国への緊急通信を送れていないとは考えてないだろう、救援が来ることを前提にして考えていたら出来るだけ時間はかけないのが普通だ。殺すだけならもっと多人数で高威力の武器で一気に仕掛けるはずだ、追っ掛けては来ない。支部で戦闘になったのは命令の不徹底から来る偶発的な戦闘と考えたほうがいい。やつらは俺達が応戦より退避を優先すると知っている。いや味方に犠牲を出させぬ様に距離を開けて脅しながら追い立てるっていう考え方だ。しかしやつらは何故こんなことを?こっちの計画が漏れて、いや誰―
クルガンは裏切り者は一人しかいないことに気付いた。他にいない、こういう半端な回りくどい方法をオフィルが使うとするなら考えられる状況はただ一つだ、あいつが取引の代わりに息子を俺達の保護下から奪い返せと持ちかけてきたなら説明がつく。
だがそれだけじゃ不十分だ、ホームまで追い込む理由は何だ?こっちは本国に戻るだけだ、そもそも何がしたいんだ?駄目だ、今は考えるな。目先の敵に集中しろ。
奴等はここを通るだろう。全速でホームに俺達が向かっていると考えて犬の群れの様に追い込んでるのか、俺と知って追ってるなら相応の眼を持った奴だ、多分そいつが指揮官だろうか。ここは長い直線だ、道も狭い。やりようはある。いや、来やがった。
横横道路に差し掛かってから彼は即席の監視結界を仕掛けていた。手持ちは2個しかなかったが充分だ。射程距離は50メートルもないが何処にいようと術者に指定した条件を満たしうる対象が現れれば教える。その1個目は今、彼の脳に目標が釜利谷ジャンクションを通過したことを教えた。次の1個は横須賀インターチェンジだ。
「分かった、今どこを走ってる?」
「東扇島です、リカがいつものルートを選びました。待ち伏せ考えたらどこ走っても同じですからって。」
「いい心がけだ、そのまま横横まで突っ走れ。いつもの横須賀インターから港へ出るルートだ、ヴェルニー公園についたら車を捨てろ、その車はもう目立つ。もう切るぞ、俺たちを追ってる奴が見えた、多分奴等の指揮官クラスだろう。一発かましてやる。」
「駄目です!そんな…危険です。」
「奴等は真っ直ぐ追っかけてるだけだ、少なくとも車は止まるさ。いいな、ヴェルニー公園だ。」
彼は電話を切って車のエンジンキーを回す、エンジンが唸り声を上げた。少し移動させるだけだ、ベルトは締めるなとミミに伝え、その後指示を口にする。ミミは頷き、銃を巻くストールを取った。
日本国神奈川県横須賀市、午後23時30分、2015年7月2日
「Bチーム、現在位置を教えてくれ。」
「今Cチームの10キロ後ろを追尾中、このままなら後15分で合流です」
「分かった、そのまま行ってくれ。Cチーム、第1目標にあれから変化はないな?」
「ないぜ、かなり加速しているがまだ追えてる。もうすぐベイブリッジだが詰めようか?うまくいきゃ―」
「やめろ、距離は詰めるな、何度も言わすな。不用意に戦うな。」
「…わかった、了解。」
無線のマイクをOFFにしながら指揮官は思う。やはり不安だ、嫌な予感がする。
色んな奴等の思惑の絡んだこの作戦は現在の所形だけは本来の想定の範疇で進行している。とは言え独断専行と言うか無駄にやりすぎている。丸腰にさせるわけにはいかないから武器を持たせたが敵見たら撃つことしか頭に無いガキ共が特殊部隊員とは我が国も実は人材がないのかと言いたくなる。
Bチームは結果論だが襲撃成功。敵支部の駐在員4名を動かれる前に強襲で倒したが本来は支部の保護魔法を壊すだけで良かった。そのために限定条件は多いが結界破壊に特化した魔法具を持たせ敵地侵入に長けた能力のメンバーをチームに2人入れさせたが余計な手間が増えた。通信機能を潰すために保護魔法は破壊に成功したが無用な戦闘をしたために時間も魔力も食い負傷者まで出した。遅れないためには消毒を放棄させ合流を優先させなきゃいけなかった。
Cチームも功を焦った馬鹿共が見切り発車の襲撃をした。少年に傷を付けるなっていう厳命を忘れたのかと一瞬肝を冷やしたがツキはまだあった。事前に貫通力の高いライフルを取り上げ高精度のサブマシンガンを持たせたのは正解だった。損害を受けずに敵の護衛に重傷を負わせ第1目標の少年を現在追跡中。
そして俺達Aチームも第2目標、あのクルガン公爵を戦わずして敵術師のホーム、すなわち旅界術式発動拠点まで追い込みつつある。他は雑魚だがクルガンのジジイだけは厄介だ。あいつの眼は俺以上だ、視力強化の魔術無しで5マイル先の顔を見通せるって噂だし星でも最高齢の現役術師だが同時に最高の探知技術がある、それは奴の命を狙った暗殺者達がこれまで何人も返り討ちに遭ってる事で証明されてる。迂闊に尾行して奴の間合いに踏み込んで見えない所からドカンってパターンだ。だが今は充分に距離を取ってる。
気取られることなくホームの場所が判明したのは全くの奇跡だ、それなくしてこの作戦は成り立たない。奴の配下になってる連中は殆どが若いか地球での経験がない、つまりこっち同様に未熟な馬鹿だらけだ。まともに戦えるのがクルガンだけなら丸腰に等しい、あの少年の命が懸かっている。逃げるしかないはずだ。いや、お願いだからそのまま逃げてくれ。足止めて戦うなよ、こっちは向こうに追い込めば任務完了だ。
「スピードを上げすぎだぞ、落とせ」
「あ、はい。ですが距離がー」
「見てるのは俺だ、ここは西部じゃねえ。先に姿見せたら死ぬぜ?」
こいつは勘違いしている、敵の姿を捉えて撃ち殺さなきゃ仕事じゃないと思っているのか。
任務について何度説明してもこのザマとは。
リチャード・ボウルズはオフィル共和国軍で、地球での対帝国軍特殊部隊「ワスプ」、正式名称は陸軍第8特殊作戦連隊と呼ばれる部隊の隊長で現在の階級は少佐だ。敵の旅界術師の監視や暗殺を担当する。彼は先行している敵の位置を高精度の探知術で辛うじて捕捉できる距離から、慎重に目的地を目指していた。
彼自身は旅界術師ではないが戦闘、治癒、その他支援魔術全般に通ずる魔術師であると同時に軍人でもある。見かけこそ40代半ばに見えるが第二次西部作戦に従軍した歴戦のベテランだ。精度ではクルガン公爵には及ばないがオフィルでも有数の高い探知能力も備えている。その姿も部下と同じ地球の特殊部隊員を思わせる真っ黒い戦闘服に身を包んでいる。今彼は功を焦る部下の手綱を何とか握り締めながら数ヶ月前に上層部から発令された変な作戦に取り組んでいた。それは地球で帝国の保護下にある、とある少年を無傷で捕まえると言うものだった。
当初提案された作戦は4小隊規模で敵拠点を襲撃、各個撃破しながら敵を殲滅して第1目標を力づくで確保するというものだった。論外だ、次の提案は第1目標が通っている予備校に誘拐に特化したエージェントを侵入させることだがこれもクルガンとそのチームが結界を駆使して見張っている以上逃げられるのがオチだ、まず1大隊にも匹敵する奴の眼をかいくぐれる術者が必要な時点で厳しい。そして次の提案は敵の対応を上回る速度で武力強襲、第1目標を確保するというものでこれはボウルズとこの作戦の協力者の激怒をもって却下された。あの少年を殺す可能性の高い作戦は一切許容できない、それが協力者の前提条件だ。無能な連隊司令部や殺ししか頭が無い本国のアホ共に奴が愛想を尽かし始めたとき、二つの奇跡が起きた。
第1目標周辺の監視結界の能力が大幅に下がり、それによって対象の追跡が可能になったのだ。勿論気付かれては元も子もないので尾行は一度だけ、対象をクルガンでなく部下達だけに絞ったものだったが、支部とホームの場所が判明し構成人数や魔力の波長などの情報が入手出来たことで問題を一気に片付けた。
そしてもう一つは本来なら自分達の様な現場の荒事に関わってくることのないはずの人物達がその手を差し伸べた事だ。これによって本来なら不可能な絵空事が現実に可能な作戦となったのだ、不確定要素が多く回りくどいがこれなら当初の作戦の目的に最も合致する。
最後まで残った問題はこの第8連隊に加え本国の特殊空挺第1連隊まで動員される人数の劇的な増加と、人数の配分の問題から本国側に配置する隊員に優秀なメンバーを振らなければいけないことだった。おかげで一応精鋭という触れ込みだが脳味噌まで筋肉で出来てる様な本国の部隊を指揮する羽目になった。
今、彼の当面の任務は見えない目標に焦ってスピードを上げたがる運転手を後ろの座席からなだめすかすことだ。嫌な予感が消えない、ロストしていてもコースはもう分かっているんだ。近付かないでくれ。
「スピードを落とせって言っただろう?」
「は、速いに越したことはないかと思いまして。」
「指揮しているのは俺だ、お前じゃ―」
運転手席、そして助手席のヘッドレストが破裂する。頭、いや耳に激痛が走る。銃であることは理解できた、彼にとって撃たれたのは生涯でこれが6回目だがそれまで同様まだツキはある、かすり傷だ。フロントウィンドーに3つの弾痕、ヒビが走り前の視界が利かない。後部ドアが開いている、貫通した弾丸がロックを破壊したのだろうか。周囲に飛び散る血液と脳漿。運転手は下顎から上が砕け散ってる。助手席の部下は胸と腹を撃ち抜かれて痙攣している、生臭い臭いが広がる。ボウルズの治癒魔法では間に合わない、隣の席の部下も胸を撃ち抜かれて出血が酷く、壊れた笛のような息をしている。こいつも駄目か。
狙撃だ、何て威力だ、対物ライフル、いや機関砲か。車に施した防弾用の魔術処理は30口径のNATO弾を使うライフルを魔術強化した場合を基準にしている。それ以上の重火器は計算外だ。そんな銃は大きすぎて街中で持ち歩けないし何より作戦立案から装備の準備にかける時間が短くて装甲車に施す様な高防御の術式をしている猶予がなかった。
頭を失った死体はまだハンドルを握り締めている、ふらつきながら前進を続けている。フロントウインドウに大穴が開く、座席を貫通して隣の瀕死の部下の首を撃ち抜く。このままではまずい、次が来る。
ボウルズは意を決しドアを開け、両手でハンドルを握ったままの運転手の死体の片方の腕を掴み舵輪から引き剥がし同時に自分は飛び降りる。車はゆっくりとバランスを失い転倒、横倒しになりながら狙撃コースに目隠しとなって塞がる。倒れたボウルズはすぐに立ち上がる。肉体強化はすでに機能している、車の残骸を盾に隣の林に弾丸のような速度で飛び込んで伏せる。
時間にして数秒だ。
我に返り自分も脇腹に痛みを覚える、だがかすっただけだ、内臓の損傷はない。耳は1センチほどちぎれただけだ、まず生きている部下達への指示が先だ。歴戦の兵士の脳は目の前で一瞬で部下を皆殺しにされた怒りを深呼吸で抑えながら予定の変更をまず部下に指示することに全力を傾けようとした。ベストのポケットに入れた無線は無事だ、拳銃もある。
「Aチームより各チーム、車両を狙撃された、車両は大破、3名死亡。」
「生き残ったの隊長だけかよ。」
「そうだ。」
「くそ野郎が、おい、隊長、攻撃許可をよこせ。あいつらをぶち殺してやる。」
Cチームから悪態が飛ぶ、AチームとCチームの7人は元々は西部にいた偵察中隊からの選抜組だ、荒くれ者とは言え同じ隊でずっとやってきた同僚の死は憤怒に値するのだろう、みすみす死なせたことも悪いとは思っているが今は作戦中だ、こいつらの怒りに付き合わずに頭を任務に戻させねばならない。
ボウルズは部下の要請を無視した。
「Cチームはそのまま追跡を続行しろ、何度も言うが不用意に接近するな。Bチームは予定変更だ。横須賀PAまで来い。俺の回収に来てくれ、以上だ。」
返事を待たず無線機を切りポケットに戻す。治癒術式で脇腹の傷を処置し、耳の出血を止めるとゆっくりとボウルズは立ち上がった。やつらは長居はしないだろう、もう出発しているか。ライフルと術式触媒、出来れば上に着るものでもと思った矢先に銃声が2発鳴り、先程まで乗っていた車が爆発して炎上した。ボウルズは舌打ちしながらポケットから煙草を出す、部下から貰ったクールだ。
地球での着任以来、日本産のセブンスターに慣れ親しんでいた彼にはあまりいただけない味だった。
「…不味いな。」
二口ほど吸って彼は煙草を捨て、林の中を歩き出した。電話が鳴る、件の協力者だ。
パーキングエリアの出口から車道に半分突き出る様に、クルガンのAMGが停まっている。高速道路では危険極まりない行為だがこの車の持ち主が次に通過してくるであろう車の正体を既に把握していた、それこそが攻撃目標だからだ。
車通りが少ないのは助かった、日中にやれば巻き添えを出しかねない。
「よしミミ、お前に射撃管制用の感覚共有をかける。気持ち悪いだろうが終わったら直ぐ解除する、堪えろ。」
「あ、はい…わかりました。」
老魔術師はミミの後頭部に優しく手をかざす、彼女が吐息を漏らす。手が一瞬赤く光り、彼女の薄い青の瞳にも赤い光が宿る、それは今のクルガンの眼と同じだ。予期したものと全く違う不快感に彼女は当惑する。
「ぐ……」
「気持ちいいとでも思ったか?学校でエロ遊びに使うのとは訳が違う、何回か深呼吸しろ、不快感はそれで多少収まる。」
頭と背中、腹と両足に痺れの様な鈍い感覚が走る、眼と手は大丈夫だ。射撃に支障はないだろうと思うが気持ち悪い。
「クルガン様が撃たないんですか?私はこの銃は―」
「お前の目じゃ観測手できないだろ、何も考えずに俺の誘導に合わせろ、そうすりゃ初見の銃だろうが問題ない。さぁ構えろ、すぐ来るぞ。」
感覚共有の魔術は斥候や狙撃ではほぼ必須の技術だ、その為にミミもこの術の経験はある。だが陸軍学校でこの術を手ほどきを受けたときとは違う。あの時生徒たちはこの魔術をゲームの罰や性的な快楽の道具として使ったりしていたのだ。規則違反ではあるが術も道具も使わなきゃ覚えられないという理由から仲間内の悪ふざけ程度ならと学校も黙認していた。軍の演習でも感覚はやはり同じだった。数値にして彼女の10倍近いクルガンの魔力は、ミミ程度の力の人間と感覚を共有すれば神経系に快感どころか不快感を催すと理屈では分かっていても全く違う。だが敵は目前だ、考えてる暇はない。
ミミは身を乗り出し、そのままボンネットの上に置いたバッグにSR-25を載せて構える。この銃はクルガンが10年前に入手し、空軍の古参のメカニックに依頼して改造した職人芸の詰まった逸品だ。防護魔法だけ施した一般兵士用の標準規格品とは違う。非常に高価な超高速強化弾を使えるように銃身や機関部にも更に魔術的な強化をかけた物だ。威力も射程も50口径の対物ライフルすら遥かに凌ぐ。弾丸は10発、スリングベルトに取り付けたポーチには20発入りの予備のマガジンが5本収まっているが通常の強化弾しかない。この種の大きな自動小銃は地球での護身用としては本来はかさばるために敬遠される武器だが、索敵能力に長けた彼にとっては自身のアドバンテージを有効に使えるのだ。
クルガンが道路の先を眺める。道路に置いた結界から情報を引き継いだ彼の索敵術式が、まだカーブの向こう側にいる敵の姿を捉えている、視界にはいるのも、もうすぐだ。
「来るぞ、構えろ!」
距離2000、1800、1600、1400、1200、1000、見えた。クルガン同様、ミミの目にも黒いレクサスLSが見える、暗視スコープでもないのに景色が昼間の様に明るい。数は4人、顔まではっきりと見える。運転手か、後席の年長者っぽいのが指揮官だろうがどちらを優先すればー
「迷うな、撃つぞ!」
ミミの視線が左に誘導される。操縦席はこっちからは左だ、指が動く、最初の1発を放つ。陸軍学校の狙撃教練で持たされたドラグノフより反動が軽いことに驚いた。窓にヒビが走り向こうが見えなくなったが即座にに高さを下げて2発目と3発目を右側の座席と思しき位置に発射される。後部のハッチが開く、車の姿勢は変わらない。避けられたか?続けて4発目、左側の後部ドアが開く、5発目。人影が飛び出すがその瞬間に車が横転する。自分の意識とは別に視線がその後ろに延びる、速過ぎて追いつかない。身体にまとわりつく不快感が消えた。
彼が感覚共有を解除したのだ。
「よしお疲れ、お前の手柄だ、初めて男にぶち込んだ気分はどうだ?」
「その言い方も含めて最低です。」
「ははは、ちょっと銃を貸せ、念の為だ。」
クルガンは受け取った銃をゆっくり構える。彼は一度深呼吸をするとそのまま横転した車に2発連続して撃った。燃料タンクを貫通された車が火を噴く。通常弾のマガジンを入れ直してボンネットに置いたバッグと共に車の中に入れて車を発進させる。
「一人逃がしている、ズラかるぞ。先に合流地点を確保せんとな。」
誰かを殺したのは初めてだがミミにはその実感が沸かなかった。長距離の狙撃だからであろうか、クルガンの射撃誘導に身体を貸していたからだろうか。それとも、戦いとは本来そういうものなのだろうか?自分も、あんなふうにあっさりと殺されてしまうのだろうか?
余りの呆気なさに却って恐怖を意識してしまう、手の震えを隠せない。
「俺にもそういう時はあったが、ジジイの小言だが今は考えるな。今考えても答えは出ねえ、これが終わったらじっくり聞いてやる、だから今は考えるな。」
「はい…。」
車は合流地点に向けて加速する。
日本国神奈川県横須賀市、午後23時55分、2015年7月2日
電話が終わってから、里香のやつは車を猛然と加速させて無茶極まりない運転をした。ウィンカーも出さず道路上の他の車を障害物の様に凄まじいスピードですり抜けていく。彼女のトロいイメージしか知らない俺からすればまるで走り屋のゲームでもしているのではないかと思うような運転だ。ビルドさんは連絡が終わってから寝ているように目を閉じて静かにしている。少しでも回復したい、彼女はそう言っていた。声をかけたこと自体申し訳ないと思った。里香に至ってはあの酷い運転をしている最中に集中を妨げる気になれなかった。こんな運転している最中休む気になれるビルドさんもどうかしている。もうどうにでもなれ、そう思って俺も少し目を閉じた。
目的地のヴェルニー公園に辿り着くと彼女たちは車を放棄した。外から見ると何十発もの銃弾の痕が車に付いている。テールランプやナンバープレートは見る影もない。防弾仕様とは言っていたがこれだけ食らって一発も貫通していないのが不思議に思えた。そして今、俺たちは彼女達の仲間が現れるのを待っている。通りが見渡せて外からなるべく見えない場所で物陰に身を隠している。
先程から遠くでパトカーのサイレンがあちこちで鳴っている。やはり自分達と関係があるのだろうか。そんな俺の気持ちを見透かしたのかの様にビルドさんが言う。
「少し前に、クルガン様が敵と交戦しているはずです。先程連絡がありました、敵を何人か斃したとのことですから警察の動きはそれが関わってるものと考えていいと思いますよ。」
「思いますよって、そんな呑気な…」
「もう少しで安全な場所に着けます。ここでは捕まりません、大丈夫ですよ。」
彼女は笑ってみせる、やはり作り笑いなのだろう。今は目立たない様に長い丈の黒いジャケットを羽織っているが中の白い服が血でどす黒くなっている。多分本人は大丈夫じゃないのだろう。治癒魔法なんてゲームじゃ服にすら痕も残さないが現実では血は流れるのだという事実を改めて認識した。いや、実際に目の当たりにしてもこれが現実とはどうしても思えない。魔法、銃撃、そして自分の全く知らない顔を見せる二人。里香はサブマシンガンを、ビルドさんは拳銃を手にしている。これは夢か、違う。身体は動く、港の潮風も感じる、これは現実だ。
その思考は二人の声で中断した、迎えが来たのだ。
まるでスポーツカーの様な豪快なエンジン音を響かせる真っ黒いベンツの4ドアが通りに滑り込んでくる。運転席に座っているのは帽子を被り髭が真っ白い貫禄のありそうな外国人、隣の女性は見た感じ里香より少し年上っぽいアジア系の様にも見えるが髪が真っ赤だ。
既視感を覚える。この老人も女性も、俺は知っている。
その女性が降りてくる、手には拳銃を持っている。隙無く構えているように見えるが俺の顔を見るや喜びを露わにし、ビルドさんに駆け寄って抱き合う。
「大丈夫ですかビルド様、私も心配でー」
「私は大丈夫よ、話はホームでしましょう、とにかく車に。」
車の中から怒号が飛んでくる。
「こら、そこの馬鹿共!とっとと乗りやがれ、撃たれてえのか!」
ビルドさんを先頭に俺が乗り込む、その後を自らが盾となるようにその女性と里香が俺を囲むように構える、そして俺が乗り込むのを確認して里香が隣に乗り込みドアを閉める、最後に女性が乗ろうとした瞬間、運転席の老人がいきなり彼女の腕を掴む。同時に銃声が響く。一発どころかそこかしこから機関銃の連射音が響く。窓ガラスに鈍い音が何度も響くが傷一つない。彼女は力なく崩れるが運転手が助手席に引きずり込む。ビルドさんが後部座席から身を乗り出す、だがそのまま崩れるように戻り座り込む。男はドアを閉めてタイヤを軋ませながら車を発進させる。ビルドさんは唇を噛んでいる。男が悔しそうに呟く。
「言わんこっちゃねえ…」
悲しみと悔しさを振り切るようにビルドさんが男に報告する。里香も涙を堪えている。
「…敵の数は3名、銃は先程と同じと思われます。敵の集結前に離脱しましょう。」
「ああ、今のうちにホームへ向かうぞ、リカ、MP5はビルドに渡せ、お前は俺のライフルを持っておけ。ホームに着いても多分撃ち合いは避けられん、そこの坊やだけは殺されても護るぞ。」
「了解。」
「はい…。」
「おう坊や、頭パンクしそうだろうが細けえことは後で話す、俺らもお前だけは命がけで護る。そこの子と一緒だ、そいつは信じてくれ。」
助手席の彼女は動かない。ミラー越しに彼女の額に穴が開いていた。
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